私、山吹遊美は昔、根暗な少女だった。
家庭環境が最悪で、両親は離婚。母親は女手一つで私を育てようとしてくれていて、父は仕送りこそしてくれるものの、私に顔を見せに来ることはなかった。
私が家に帰っても、誰もいない。部屋はもぬけの殻で、母は夜遅くまで働いているから、家事も私がしなくちゃいけなかった。
そんなんだから、私は学校の友達の話題にもついていけず。何の話もできないつまらない奴として、私と仲良くしてくれる人なんて、1人もいなくなっていた。
勉強ができるわけでもなく、運動音痴で、音楽などの才能に秀でているわけでもない。
そんな私を魅力的に感じる人なんて、誰もいなかったんだろう。
私と交流しようと、そう思ってくれる人なんて、誰もいなかった。
………彼女以外は。
光千夜。同じクラスの女の子で、私なんかとは違ってクラスの人気者。
明るくて、頭も良くて、天使みたいな子だった。
私が1人でいても、彼女は私に話しかけてきた。
興味なんてないだろうに、私が読んでいる本の話題に乗ってくれたり、他にもたくさん友達はいるだろうに、その友達よりも私のことを優先してくれていた。
どうして私なんかと一緒にいるのか、と尋ねたことがあった。
その時、彼女は言ってくれたのだ。
遊美の隣が1番気楽だって。
1番自分らしくいられるのが、遊美の隣なんだと。
嬉しかった。嬉しかったけど、同時に、こんな私でいいのかとも思った。
彼女が自分らしくいられるというのなら、それで結論は出ている。
だというのに、私は愚かにも思ってしまった。
こんな私じゃ、千夜に釣り合わない、なんて。
そういう風に思ってからは、私は根暗な自分を変えようと、必死に努力をし始めた。
徐々に変わっていく私、けど、千夜からしたら、私はちっとも変わってなかった。
まだ足りない。私は、まだ千夜の隣に相応しくないなんて、そんなこと、千夜は求めていなかったのに。
ある日、千夜がお姉さんとショッピングモールでお散歩するという話をしていて、それに私にもついてきてもらいたい、と話してきたことがあった。
当時の私は、千夜と2人きりで話すことは許容していたけれど、それでもやっぱり自分が千夜の隣に並べるような人間ではないとも思っていた。
千夜のお姉さんに、相応しくない自分を見せたくないと、自分勝手にもそう思ってしまったのだ。
だから私は、千夜の誘いを断った。
千夜は少し残念そうにしていたけど、また機会があったら誘うねと、そう言ってくれていた。
私の方も、千夜に相応しい人間になれたら、その時は………なんて、もう2度と叶わなくなる幻想を抱いて。
千夜は、姉とショッピングモールに行ったその日から、行方不明になった。
当時はまだ怪人という単語も浸透していない時代で、化け物がショッピングモールを襲撃した、という話を千夜のお姉さんから聞いただけだった。
だから、私には何が何だか分からなくて。千夜がいないということが信じられなくて。
それから、必死に情報を集め出した。
事件が起きたショッピングモールには何度も足を運んだ。光という表札のある家に何度も訪れて、千夜のお姉さんにうんざりされるくらいにはしつこく通った。
少しでも手掛かりが欲しくて、千夜のお姉さんをストーキングすることすら当たり前になっていた。
そうしてようやく掴んだ手掛かり。
それが、魔法少女。
だった。
「それにしても、随分と整備が行き届いてるね〜」
「昔この近辺のショッピングモールで怪人が暴れたことがあったからね。その時の修復作業ついでに、ここら一帯もリニューアルしたんだよ」
「へー」
私は今、1人の少女と並び立って歩いている。
広井と名乗った彼女は、私の知っている光千夜がそのまま成長したような容姿をしていて、思わず声をかけてしまったのだ。
……何なら、彼女が千夜なのではないかと、少し疑っている。
私は、この街を守る魔法少女として活動している。その中で、私の先輩にあたる、魔法少女シャイニングシンガー……光聖歌が、先日怪人の手助けをする魔法少女に出会った。
魔法少女ブラックルーイ。
先輩の妹で、私の親友、光千夜によく似た、漆黒のドレスを身に纏う夜のように暗い魔法少女。
私も、その魔法少女が立ち去る瞬間を見ていたが、どことなくその振る舞いが千夜のものとそっくりであるように思えた。
先輩……千夜のお姉さんの話だと、魔法少女ブラックルーイはあの日、ショッピングモールで怪人に襲われた時に姉に見捨てられて絶望したことがきっかけで、姉への憎悪と共に街を破壊する奇行に走っているんじゃないか、とのことだったが。
……あの千夜がそんなことするはずがないだろう。
私の友達になってくれたあんなに優しい子が、そんな理由で街を破壊しようだなんて発想に至るとは思えない。
もし、本当に姉に見捨てられたことが理由なんだとしたら、それだけ彼女にとって姉が大きな存在だったということだろうし、そうなのだとすれば、私は多分先輩を一生軽蔑することになるだろう。
私の仮説として、千夜は魔法少女としての力に呑まれているんじゃないか、というものがある。
通常、魔法少女には変身するための契約にあたってマスコットのような存在が必要であり、私や先輩、苺先輩が魔法少女になるにあたっては、キュートがその役割を担ってくれている。
そして、変身する上で契約したマスコットが近くに存在していなければ、魔法少女になることはできない。
だが、魔法少女ブラックルーイにはそのような存在がいなかった。
それに、『夢幻の魔』も不完全だった。
このことから、魔法少女ブラックルーイは、悪の組織『ワ・ルーイ』によって無理矢理魔法少女に覚醒させられた存在であり、本来の魔法少女のそれではないという答えが導き出せる。
なら、不完全な状態を利用されて、『ワ・ルーイ』に良いように扱われていると、そう考察したのだ。
まあ、あくまで仮説だし、実際千夜がどんな状態に置かれているのかは知らない。
けど、私が魔法少女になれば、千夜は
今度戦う時に、確認すれば良いだけの話だ。
それよりも今は…。
広井と名乗った彼女が、千夜すなわち魔法少女ブラックルーイと同一人物なのか、探る必要がある。
本当は私も怪人が暴れている場所に行こうと思っていたのだが、もし仮に広井さんが千夜なのであれば、魔法少女ブラックルーイは先輩達の元には現れないはず。とすれば、私が加勢に行かなくてもなんとかなるはず。
魔法少女ブラックルーイが現れれば、広井さんへの疑念は晴れるし、怪人が暴れているのはこの近辺なのだから、すぐに向かえば良い。
「おすすめのお店とかある?」
「近くに本屋さんがあるんだけど、そこがオススメかな。結構マイナーな本も置いてあるから、退屈しないんだよね」
「山吹さんって本好きなんだね、意外」
広井さんは、本当に意外そうな表情で私のことを見つめている。
……もし仮に広井さんが千夜で、私のことが遊美であると気付いていたら、こんな反応はしないはずだ。
けど、だからと言って目の前の彼女が千夜ではないと決まったわけではない。
私は昔と比べて雰囲気も明るくなっているし、千夜の隣に相応しいようにと思って努力したおかげか、千夜以外の友人も今はそれなりにいる。
なんなら、名字もかつては黄葉だったのが、親の復縁で山吹に変わっているから、仮に広井さんが千夜でも、私が遊美であると気付かなくたっておかしくはないだろう。
「そんなに意外かな?」
「うん。1人で本読むよりも友達と外で遊ぶ方が好きそうだなと思ったから。結構お洒落しているみたいだし」
そう言って広井さんは、私の爪や首元を見てくる。
多分、ネイルや私が身に付けているネックレスのことを言っているんだろう。
「あはは。まあね、でも、ネックレスは安物だよ。そんなにお金あるわけじゃないしね〜」
ネックレスは、かつて私と千夜が友達として、誕生日プレゼントを贈りあった時のものだ。そして、このネックレスは、私に向けて千夜がプレゼントしたもの……………ではない。
千夜と先輩がショッピングモールで怪人に襲われて、その時に千夜が落としたもの。
つまり、私が千夜の誕生日に贈ったものだ。
私が千夜から貰ったのは、千夜の手作りブックカバーで、大切にしたいから家でしか使ってない。
「そのネックレス、デザインいいよね。私は結構好きだな〜。山吹さん、センスいいんだね」
千夜も、私がプレゼントしたネックレスのデザインは気に入っていた。
広井さんと千夜の感性は、似通っているのかもしれない。
……もう少し、探りを入れてみようかな。
「ありがとう。そう言ってもらえると何だか嬉しい。ところで、広井さんは本とか読むの?」
「本? あー………。読まない、かな。読んだことがないわけではないよ」
「読まないんだ。意外」
「そう? あんまり本読まなさそうに見えると思うけど」
……そっか。千夜も元々本好きというわけじゃなくて、あくまで私に合わせていただけだった。彼女が本を読まなくても、意外でもなんでもないのかもしれない。
「うーん。そうだね。さっきも言ったと思うけど、広井さんって私の昔の友達に似ているからさ。その子はよく本を読んでいたから、そのイメージがあって」
私の中では、千夜は結構本を読むイメージがあったけど、それは私の家に来た時だけだったし、千夜の家に行った時に何か書籍が置いてあったかと問われれば、教科書や参考書くらいしかなかったように思える。
でも、それを苦に感じている様子はなかった。
私が読んでいる本が、千夜の好みに合っていたのか、私の家に来るのが楽しかったのか、それは定かではないけど。
「まあ、でも好きな本もあるよ。“光の落ち葉”とかさ」
「……そんなマイナーな本知ってるんだ」
「え? マイナーなの?」
「うん。私も持ってるけど、さっき話してた本屋さんぐらいでしか売ってなかったし、今じゃどの店舗に行っても並んでない超マイナー本だよ」
……本好きでもないのに、あんなマイナー本を読んでいる、なんてことがあり得るんだろうか?
私だって、色んな書店を巡って、本当にたまたま巡りあった1冊だというのに。
やっぱり、彼女は、千夜なんじゃ…。
「………いやー、なんか読んだことある気がするんだよね。たまたま置いてあったのかな?」
「そんなたまたまで読めるような代物じゃない気がするけど…」
「そうなんだー。でもどこで読んだのかは覚えてないんだ! ちょっと記憶が曖昧でさ」
……私の広井さんに対する疑念が深まる。
接すれば接するほど、広井さんが千夜に見えてきて仕方がない。
「ねえ、広井さんって、出身学校は…」
私は、更に探りを入れようと、広井さんに質問を投げかけようとする。が、その時。
「あれ? 山吹さん、電話鳴ってるよ?」
「え、本当だ。ちょっとごめん!」
私のスマホに、連絡が入ってきていた。
表示されていたのは、聖歌先輩という文字。
先輩なら今、怪人の対処に向かっているはず。
討伐が完了したのだろうか。
私は、広井さんに少し待っててほしいと伝えてから、電話を取る。
「もしもし?」
『………ブラックルーイが現れたわ。……貴方にも来て欲しい』
「へ?」
ブラックルーイが現れた?
じゃあ、今私の目の前にいる、広井さんは……?
私や千夜くらいしか知らなさそうなマイナー本を知っていて、私のつけているネックレスが好きな感性をしていて……。
仕草も、どことなく千夜らしさを感じさせた、広井さんは。
千夜ではない?
こんなにも、千夜らしいのに?
「山吹さん?」
広井さんが、首を傾げながら私のことを見つめている。
……彼女は、千夜にそっくりなだけの、別人?
………世界には同じ顔の人が3人いるという話を聞いたりするが、こんなにもそっくりな少女がいるものなのだろうか…。
わからない。
とにかく、私も行かなくちゃ。
「広井さん、待ち合わせしてた友達から連絡があって、私すぐ行かなくちゃいけないみたいだから。ごめんね、せっかく一緒に過ごせそうだったのに。それじゃ!」
「あ! ちょっと待って! 連絡……先…………行っちゃった」