これ以上スターチスと会話を続けていくと、どうにもボロが出てしまいそうだったので、俺はお口をチャックして、再びピュアがいる1階へと移動する。
勿論、スターチススクラッチが洗脳装置から脱出していることがピュアにバレてしまうわけにはいかないため、彼女には別行動してもらうことにする。
「私がピュアの注意を引きつける。その間に逃げたら良いから」
「……待って、でも、貴方は? ………本当は、もう、洗脳が……」
「じゃあね」
俺は早々に会話を切り上げ、ピュアの元へと向かう。
流石に、ピュアの元へ向かう俺を追うことはないだろう。
そして、ピュアのすぐ近くまで歩いていった俺は、彼に声をかけ、彼の注意を俺に引きつける。
「ピュア様、洗脳装置の様子を見にいってきましたよ。スターチススクラッチの傷は、ほぼほぼ完治したみたいです」
「そっか。それじゃあ、洗脳を開始するために、ボタンを押しにいかなくちゃね。どうするルーイちゃん、俺についてくる?」
洗脳装置の場所まで行けば、スターチススクラッチが逃げ出したことがバレてしまう。
……まあ、バレた時は最悪腕輪型転移魔法機でジェネちゃんのアジトに帰って、ジェネちゃんに保護してもらえば良いだけなんだけど、出来るだけスターチスが逃げられる時間は稼いだ方が良いからなぁ。
「ほぼ完治しただけで、まだ完全には治癒していないので、もう少しだけ待ちませんか? ほら、不完全な状態で洗脳して、もし失敗でもしたら大変でしょう?」
そう思い、俺は若干渋るような様子を見せる。
が、ピュアはそんな俺の様子を見て、特に自身の行動を変える気はないらしく…。
「関係ないよ。洗脳は順調に進むはずだよ。怪我なんて、そんなものもうないんだから」
「い、いや、私が見た時は、まだ怪我が…」
「とりあえず、様子を見に行こうか? ほら、ルーイちゃんが見た時は怪我が残ってたのかもしれないけど、俺が見にいったら、もう治ってるかもしれないしね?」
そう言って、ピュアはずかずかと地下への階段を降りて行き出す。
……もう少しスターチスが逃げ出す時間を稼ぎたかったんだが、仕方ない。
俺はピュアの周りをうろちょろして、できるだけピュアの足が止まるように妨害しつつ、洗脳装置が置いてある地下の部屋へと進んでいく。
やがて、地下の洗脳部屋へと辿り着いた時、ピュアは扉に手をかける寸前で、俺の腕を手に取り…。
「これは邪魔になるから、外しておこうか」
そう言って、俺の腕輪型転移魔法機を取り外した。
一瞬のことだった。
俺が反応するよりも早く、ピュアは俺の腕から腕輪型転移魔法機を取り外していて。
「ちょ、ちょっと待…」
俺が叫んだ時にはもうすでに遅く。
ピュアは腕輪型転移魔法機を取り外してすぐに、洗脳装置がある部屋の扉を開けていた。
当然、そこには洗脳装置に繋がれた魔法少女なんて、存在していなくて…。
「どうしてだろうね。捕らえたはずのスターチススクラッチがいない……おかしいなぁ」
「そ、れは……」
バレたバレたバレた!! まずいまずいまずいまずいまずい!!
腕輪型転移魔法機もとられて、ジェネちゃんの元に帰る手段もない。
……裏切りがバレた。
これじゃ、光堕ちどころじゃ……。ど、どうしよう…!
「ぴゅ、ピュア様、こ、これは……!」
「どうしたのかな千夜ちゃん、そんなに汗を垂れ流して」
「だ、誰が……に、逃したんでしょうね! ま、魔法少女でも入ってきたんですかね!」
「……俺、誰かが逃したなんて一言も言ってないんだけど、どうして千夜ちゃんは誰かがスターチスを逃した、なんて思ったのかな? スターチスが自分で逃げた可能性だって、あるはずだよね?」
「そ、それは……あの……」
「やっぱり、洗脳が解けてたんだね。だって、さっきから俺が君のことを千夜ちゃんと、そう呼んでいることに、何の疑問も抱いてないんだから」
「……あ……ちが……」
ピュアは俺の腕をガシリと掴んで離さない。
逃げようにも、ピュアの力が強くて、逃げ出せそうにもない。
「洗脳が解けちゃったなら、仕方ないよね。ちょうどそこに洗脳装置があることだし、もう一度、洗脳されよっか?」
「や、やだ……お、お願いします! ちゃ、ちゃんと従いますから…!」
「駄目だよ千夜ちゃん。千夜ちゃん、俺のこと避けてたでしょ? 駄目だよそれじゃ。今度は、俺のことを避けないように、ちゃんと俺が大好きになるように洗脳してあげるからね」
「ご、ごめんなさい!」
俺の光堕ちライフはこんなところで終わるのか。
悲しい……切ない……辛い……。
俺の輝かしい光堕ちが……。
洗脳なんて、そんなの……光堕ちの興奮が味わえないじゃないか!!
どうしてくれるんだ! 光堕ちする瞬間の興奮を味わえると、そう思ってきたからこそ今まで頑張ってきたのに!!
「それじゃあ……千夜ちゃん、行こっか」
「……ブラックルーイ!!」
ピュアに連れられ、もう詰みかと思われた、その時だった。
俺とピュアの後方から、叫ぶ少女の声が、地下一階に響く。
その少女は、今さっきまで俺が聞いていた声で…。
「ま、さか……」
「………やっぱり、洗脳は解けてたんだ」
スターチススクラッチ。
俺がつい先ほど、洗脳装置から助け出した、魔法少女の1人。
そんな彼女が、何故か、再びこの場へと戻ってきてしまっていた。
「なんで……?」
「……貴方がトーレストを倒すと言った時、彼の……幹部ピュアからは、明らかに貴方を探るような視線が向けられていた。……貴方は、あの時すでに怪しまれていた。そんな時、捕らえたはずの私の姿が消えてしまったら?……真っ先に疑われるのは、ブラックルーイ、貴方であると、私は合理的に考えてそう導き出した」
え? あの時俺疑われてたの?
まじか。まあ今までピュア相手だし割と適当に対応しても良いやって感じだったから、ピュアがどういう考えしてるかとか全然知らなかったし、そのせいなんだろうけど。
「そして、もし、幹部が貴方のことを疑うような状況になっているとすれば……それは、貴方の洗脳が解けているから、そういう結論に至った」
「そっか。それで? さっき戦って、ボロボロになった体で、俺と………幹部と戦おうっていうのかな? 無駄だよ。いくら体力が回復して、身体も治癒されたとはいえ、魔力までは回復してない。ルーイちゃんの魔力だって枯渇してる。そんな状態で、俺とやり合えるのかな?」
「……そうだね。そもそも、今はレディもいない。魔力云々以前に、私には戦う能力すらない。けど……今ここで逃げたら、きっと後悔する。……一度は助けられないと諦めた存在が、今は……助けられるかもしれない。そう思ったら、もう…」
……スターチススクラッチは、俺が洗脳されたから組織に従っていると、そう思っていた。
そして、今日の一件で、俺の洗脳が解けていると、そう思うに至り……。
もし洗脳が解けているのなら、助けたいと。
もう組織に加担させたくないと、そう思ったのだろう。
だから、魔法少女に変身できないのにも関わらず、こうしてピュアに立ち向かったのだ。
その姿は、俺が求めていた魔法少女のキラキラそのもので…。
そんな彼女を、俺のために犠牲にしてしまって良いのか?
俺が光堕ちしたいというくだらない理由で組織に加担し、その結果、立派な精神を持つ彼女を、洗脳によって堕落させてしまっても良いのか?
………良いわけがない…!
彼女は、理想の魔法少女なんだ。そんな彼女が、洗脳されて組織に従わされるなんて結末、俺は認めない!
だから…!
俺は掴まれていない方の手で、ピュアの手から腕輪型転移魔法機を奪い取る。
「ははは。無駄だよルーイちゃん。それを使ったところで、今は俺がルーイちゃんの腕を掴んでる。腕輪型転移魔法機は、俺にも作用する。俺が拒否さえすれば、腕輪型転移魔法機は発動しないんだ」
へーそうなんだ、初耳。なんて、呑気な考えをしてる場合ではなかったな。
ともかく、俺が腕輪型転移魔法機を使えないのは問題ない。腕輪型転移魔法機を使うのは…。
「これを!」
俺はスターチスに向けて腕輪型転移魔法機を投げつける。
「なっ…」
「それは、組織の別のアジトに繋がってる! そこにいる組織の幹部は……ピュアよりはマシだから! 助けを求めれば、助けてくれるかもしれない。だから……!」
「……でも、私は……貴方を助けに!」
彼女は食い下がらない。当然だ、魔法少女としての高潔な精神を持っている彼女なら、そういう反応をすることも当然予想できた。けど。
「待ってるから!」
「……へ?」
「私はこのまま洗脳されてしまうかもしれない……。けど、いつかまた正気に戻るから! だから……今は逃げて…!」
「でも……!」
「このまま戦っても、2人とも洗脳されて終わるだけ…。そんなの、合理的じゃないでしょ!?」
俺は、普段から彼女が口癖のように言っていた言葉を混ぜて、彼女を説得する。そして…。
「…………大丈夫だから。そこにいる組織の幹部は、洗脳の解き方を知ってる。私の洗脳を解いたのも、その人だから。だから、もう一度、その人を頼れば、大丈夫だから」
極め付けに、最後に彼女に希望を持たせる。自分が腕輪型転移魔法機を使えば、万事解決すると、ありもしない希望を持たせて。
彼女も、都合のいい話だと。
嘘であるということは、薄々察していただろう。
けれど、1%でも可能性があって、尚且つそちらの方が合理的であるとしれば、きっと彼女は…。
「わ……かった」
辛そうな表情をしながら、スターチススクラッチは腕輪型転移魔法機を起動する。
彼女の体は魔力に包まれ、そのまま……。
ジェネちゃんのアジトへと、転送されていった。
「他人のために自分を犠牲にする。千夜ちゃんは優しいね。そんな優しい千夜ちゃんだから、俺は千夜ちゃんが好きなんだよ」
「…………俺はお前が嫌いだよ」
「…? ……これは、新たな一面だね。千夜ちゃんって俺っ娘だったっけ? ま、いっか」
そう言って、ピュアは俺を洗脳装置へと繋いでいく。
……1回目は大丈夫だったんだ、2回目も大丈夫……だよな?
洗脳されても、分身がまだいる。だから大丈夫、だよな?
……不安だ。不安に塗れながら、俺は洗脳装置に繋がれる。
やがて、ピュアは洗脳装置の起動ボタンへと手を伸ばし。
「……これで先輩を出し抜いた、かな。ようやく、千夜ちゃんが俺のものになるよ。もう、先輩には手出しさせない」
洗脳装置のボタンを、起動した。
瞬間、脳に響く、気色の悪い感触。
キーンと響く耳鳴り。
その全てに、覚えがあった。
いや、思い出した、というべきか。
1回目の洗脳の時の、記憶を。
「う………ぐ……あ“き”ら“め”な“い” ……お“……ひ”………か“…………」
「諦めない? 無駄だよ。脳が壊れるまで、何度も何度も洗脳して、2度と逆らえないようにするんだから」
「り”………お“………ち”…………す“………る”!!」
けれど、その中に。
1回目の洗脳の時には、なかったものがあった。
それは、頭痛。
ジェネちゃんに、代償なのではないかと言われた、あの頭痛。
キュヴァちゃんと共に襲撃を企てた際に、キューティバースからお姉ちゃんの名前を投げかけられた時に感じた、あの頭痛。
その感覚が、俺の脳を襲ってきた。
「い“……だ”………い“………」
そのあまりの激痛に、俺の意識はだんだんと朦朧としていき……。
「な……ど……して…こ………に……おま……が…!」
「ゆ……さ……ない!…お……」
意識を失う寸前。最後に見たのは…。
「だい……ぶ?」
……俺の顔を心配そうに見つめる、ジェネちゃんの姿だった。