……どうして私は、気付かなかったんだろう。
後悔しても、もう遅い。
彼女は……ブラックルーイは、再び洗脳されてしまう。
私を、助けたせいで。
けど……希望はまだある。
実際に彼女の洗脳は解けていた。
幹部に頼って洗脳を解いてもらった、というのは、私にこの腕輪型の転移魔法機なるものを使わせるための嘘なんだろう。
けど。
妖精キュートが、絶対に不可能だと断言していた現象が、覆った。
ブラックルーイの洗脳は、一度解けたのだ。
なら、まだ、助ける方法はある。
一度は見捨てようとした私でも、まだ、彼女に手を伸ばすことができるかもしれない。なら……私は…。
「………この場合、私はどうしたらいいのかしらね〜」
ブラックルーイから受け取った、腕輪型転移魔法機。
それによって私は、あの幹部ピュアの手から逃れることができた。
腕輪型転移魔法機によって転移した先は、どうやらピュアとは別の幹部のアジトだったようで。
私は今、そのアジトの幹部らしき存在と対面していた。
「………」
「そもそも、どうして貴方がそれを持っているのか。それはルーイやあいつしか持ってなかったはずよ」
なんともいえないセンスの、妙な面をつけた彼女は、私に疑念の目を向ける。
当然といえば当然か。
ブラックルーイは、このアジトにいる幹部に頼れと、そう言っていたが、そもそも『ワ・ルーイ』は基本的に魔法少女と敵対している。
妙な仮面を被るこの女性も、以前キューティバース達との戦闘で姿を現していたことがあったし、例外ではないはずだ。
説明は必須だろう。
「……ブラックルーイから受け取った。……ブラックルーイは、私を助けるために、自分の身を犠牲にした」
「……どういうこと?」
「……私は、幹部ピュアに連れ去られて、洗脳装置に繋がれてしまった。けど、そこでブラックルーイが助けに来たんだ」
「……? どうしてルーイが?」
「……ブラックルーイの洗脳は、解けていた。だから、幹部に逆らうなんて真似をしたんだと思う。…………そして、腕輪型転移魔法機を私に渡して、転移先の幹部に頼れって、そう言い残して」
「………私には判断しかねるわね」
そう言って、目の前の女性は、私の前から姿を消す。
本当に、ブラックルーイが言っていた、頼れる幹部とは、彼女のことなのだろうか?
頼りにしても、良いのだろうか?
そんな風に不安な気持ちを抱えて、その場に待機していたところ。
私の前から姿を消していた、おそらく幹部と思われる女性が、もう1人、別の女性を連れてこちらに向かって歩いてくる姿が見えた。
「……本当に知らない子がいるね。ヒンナちゃん嘘ついてなかったんだ」
「なんで私がそんなしょうもない嘘つく必要があるのよ。………で、どうするの? 仮にもアジトに魔法少女が入り込んでしまったわけだけど……」
「ルーイちゃんに助けられたって話してるんでしょ? 詳細を聞いておかないと。ルーイちゃんが何か大変な目にあっていたら困るしね」
軽く会話を交わしながら、もう1人の女性は、私に愛想の良い顔を向けながら、問いを投げかけてくる。
「まず、確認したいんだけど。君は何者?」
その言葉を聞いて、初めて私は、自身の素性を名乗っていないことに気がついた。
ブラックルーイが頼って良いと言ったとはいえ、相手は幹部だ。だから、情報を出さないという選択も間違ってはいないのだろう。
が、今の私は、そもそもそんな考えにすら至っていなかった。
状況が状況で、混乱していたのだろう。名を名乗る余裕すら、今の私にはなかったということだ。
「友崎鳴です。……魔法少女スターチススクラッチとして、活動してます」
私は、素直に目の前の女性に名を告げる。
……素性を明かすのにはリスクがあるが、それでも、背に腹は変えられない。
ブラックルーイを助け出す上で、まず彼女に信用してもらうためには、こちらが不審人物でないということを示す他ないのだから。
「なるほど……。魔法少女、かぁ……」
「で、この子どうしたらいいの?」
「困るね…。本来なら、組織のために、上手いこと利用していこうって話になるとは思うんだけど……まあ、いいか。ごほん。鳴ちゃんね、把握したよ。私の名前は………夏場夕音。悪の組織『ワ・ルーイ』に所属する、幹部の1人だよ」
……やっぱり、組織の幹部だった。
「あんた、そっちの名前で通すんだ?」
「そりゃそうでしょ。自己紹介します。私の名前は幹部ジェネシステネーブルでーすはさ、まあ一応名前ではあるけど、本名ではないでしょ?」
「確かに本名ではないわね。けど……」
「いいでしょ。とにかく、今は鳴ちゃんの話を聞かないと。ルーイちゃんの身に何が起こったのか」
けど、どうやらブラックルーイの言う通り、彼女達は頼っても大丈夫そうな幹部らしい。
味方……というわけではないのかもしれないが、少なくとも、ブラックルーイにとっては味方にあたる存在なのだろう。
そして、彼女達がまた、少なからずブラックルーイの身を案じているということも伝わってきた。
……これなら、きっと…。
「…………ブラックルーイは、幹部ピュアに捕まえられています。洗脳装置に繋がれて、今にも彼のいいなりの存在にされようとしています。だから…」
「ピュアが、洗脳装置を使ってルーイちゃんを自分のものにしようとしてるってことでいいのかな?」
「……そうですよ」
「……へえ………」
夏場夕音と名乗った彼女は、先程までの明るい雰囲気はどこへやら。声はドスの利いた、低くて恐ろしいものに変わり、笑顔だった表情は、怖いくらいに無で、まるで冷徹な仮面をつけているかのようだった。
「……………オクトロアに手出しさせないようにと思ってたのに、まさかピュアが横から掻っ攫っていくなんてね………。あいつ、調子に乗らせすぎたかな」
「あの……」
「君は帰っていいよ。本来なら、組織に侵入してきた魔法少女ってことで、捕らえて実験の材料にするところなんだろうけどね。それはあの子の意思に反するし、何より、身を挺して君のことを守ったあの子の行動が無駄になる」
あの子……とは、ブラックルーイのことだろう。
その呼び方は、まるで自分の子供に対して向けるもののようで……。
「…あの子の意思は、なるべく尊重してあげないと。……もう、長くないんだし」
「私は認めないわよ。そんなの」
夕音さんの言葉に、突っかかるようにもう1人の女性の幹部が言う。
もう長くない?
流れ的に、それはブラックルーイに向けた言葉なのだろう。
だとすれば……。
ブラックルーイの命は……?
もう、長くないと、そういうことなのだろうか。
もし、そうなのだとすれば…。
まだ救いの手を伸ばせると、そう信じていたはずの少女は。
もう既に、私の手には負えないほどの地獄に、身を置いてしまっていたというのだろうか。
洗脳や記憶喪失、それさえ解決できれば、助けることができると。
そんな甘い考えが通らないほどに、もう…。
「……さて、それじゃあ私は、ルーイちゃんを助けにいくことにするよ。……ヒンナちゃんは……そうだなぁ……。この子…鳴ちゃんを家まで送り届けてあげて。あ、そうそう、アジトの場所がバレないように、良い感じに家に返してあげてね」
「良い感じって、丸投げにも程があるでしょ。私だって仕事が……」
「まあまあ、ルーイちゃんのためだと思って。ね?」
「くっ………仕方ないわね……」
私は、夕音さんではない方の幹部の女性に抱き抱えられる。
会話の流れ的に、まあ私を家に送り届けるつもりなんだろう。
ひとまず、私は助かった。
洗脳されることもなく、大きな怪我も、治癒されたおかげで何も残らない状態になった。
私は完璧に、助け出された。
でも、だからこそ。
もう救えないブラックルーイの悲惨さが、より際立ってしまうようで……。
今の私には、合理的な思考ができるほどの余裕は、最早存在していなかった。