私は目を覚ます。
特になんてことはない。ただ瞼を上に上げるだけ。それだけの動作。
けれど、私は不思議と、今日がいつもとは違うと、そう感じていた。
だって。
「………大丈夫?」
目を開けたら、知らない女性が私の顔を覗き込んでいたのだから。
「……えーと………ごめんなさい。状況が掴めなくて」
知らない天井、知らないベッド、知らない女性。
うん、何これ? 何で私こんな状況に陥ってるの?
私死んだ? 死んで今死後の世界にいる?
何だ何だどうなってるんだ〜?
えーと、昨日何してたっけ。
確か、ショッピングモールにあるクレープ屋さんで、新作のクレープが発売されてる噂を聞いて、お姉ちゃんと買いに行ったんだっけ。
あれ? それからどうしたんだっけ?
んー、確か、変なのに襲われたような…。
じゃあ、今目の前にいる女性は、その変なのから守ってくれた人ってこと?
「あ、ありがとうございます! その、私を助けてくれて」
お礼はしておこう。
「……どういう、こと?」
けど、女性は困惑したような表情で私のことを見つめる。
んー、もしかして、別に私を助けたとか、そういうわけじゃないのかな?
まあ、そりゃ困惑するよね。助けてもないのに、いきなり助けてくれてありがとうございますって、意味わからんよね。
「ごめんなさい、多分勘違いです。忘れてください」
「いや、そうじゃなくて…」
私は頭に?マークを浮かべる。
何かおかしなことをしたのだろうか? これでも私はクラスカーストでも上の方、所謂陽キャと呼ばれている部類ではあるので、コミュニケーションに難はないと自負しているのだけど。
いやまあ、根暗な子とか、不良くんとかに片っ端から話しかけていった結果、なんかクラスの中心になってたっていうのが真実だから、実際陽キャなのかどうかって言われると微妙? なんじゃないかなって個人的には思ってるんだけどね。
「鳴って子、送り届けてきたわよ。それで、ルーイの様子は?」
「ヒンナちゃん、それがね……」
私が思考をあさっての方向に巡らせている間に、また部屋にもう1人女性が入ってくる。
ひんなさん? っていうのかな。
ひんなって、なんかお上品そうな名前だね。お人形さんみたい。
2人はコソコソと、何かを話し出している。
ふむ、内緒話ときたか。そりゃ困りますな。わたくし今の状況がどうなってるのかさっぱり把握しておりませんので、マジで困惑してますわよ。
「はぁ? 様子がおかしい? 私が試してやるわ。ルーイ! ピュアに何されたのか覚えてる?」
ルーイ? ピュア? 何だそれ。
「ルーイとかピュアとか、よく分からないんですけど……」
「は…?」
「………もしかして……」
本当に何なんだろう?
状況が全く掴めん。私って結構頭良い方だと思うんだけど、こういうのの考察はあんまり向いてないのかな。
状況判断というか、何でこうなってるのかっていう整理は苦手なのかも知れない。
暗記とか計算とか、そういうのは同年代の子と比べてできるんだけどね。ま、私天才なんで。
「こほん! 千夜ちゃん、はじめまして。私の名前は夏場夕音。千夜ちゃんの叔母にあたるんだけど、知ってるかな?」
夏場といえば、お母さんの旧姓……結婚する前に使っていた苗字だったはず。
んー、けど、お母さんに妹っていたんだっけ? 親戚の集まりとか、そういうの私行かないタイプだったからなー。
良い子ちゃんでいるのって案外しんどいんだよね。
学校で優しく振る舞うのは、割と素に近い状態かつ、皆より頭がいいっていう優越感に浸れるのが心地いいから構わないんだけどさ。
「ごめんなさい、初耳です。お母さんとそういう話してこなかったので…」
「………やっぱり」
「ねえ、どういうこと? ルーイの身に何が起こってるわけ?」
「……今のルーイちゃんは、ルーイちゃんじゃないよ。多分、ブラックルーイとして活動してた頃の記憶を失って……代わりに、光千夜としての記憶を取り戻してるっぽいね」
「は、はぁ? じゃあ、組織に洗脳される前の状態に戻ってるってこと!?」
「信じられないけど、そうなるね」
ふむふむ。
何やら洗脳とかいう物騒なワードが聞こえてきたんですけども。
ここまで情報が揃えば、天才美少女千夜ちゃんの推理の出番ってわけですよ。
まず、記憶を失った、という単語。
ここから、おそらく私は、何らかの形で、お姉ちゃんとショッピングモールへ出かけた後以降の記憶を失っているということになるのだろう。
そして、夕音叔母さんを含めた彼女達2人の女性は、おそらく私の欠けた記憶の中で関わっていた人物であると推測できる。
ふむ、ここまでは整理できたぞ。まあ私って頭良いからね。これくらいはお茶の子さいさいやで! ……何で関西弁?
でも、ここまで整理したとて、よくわからんことがあるんだよね。それが…。
「あの、洗脳って何ですか?」
洗脳とかいう物騒なワード。何? 私新興宗教にでもハマってたの?
神様信じてた系? ちなみに私は元々神様信じてる系。根拠ないけど。
「ルーイ……あんたは、悪の組織『ワ・ルーイ』に拉致されて、洗脳されてたのよ。それで、この3年間、悪の組織の手駒として、働かされてたってわけ」
「ちょ、ヒンナちゃんストレートに全部告げすぎ! もうちょっと整理してゆっくり話すほうが…」
「回りくどいのは面倒臭いのよ。こういうのは早急さが大事なのよ。ミステリアスを行う上で、逃げ足の速さは必須なのと同じようにね」
ははーん?
つまりそういうことか。
私はあのショッピングモールで、変な化け物に襲われて(おそらくそれが『ワ・ルーイ』とかいう自分から悪者ですと高らかに主張せんばかりの名前した集団の下っ端だったんだろう、そこで拉致されたと。
その後、何らかの手段で洗脳されて、これまた下っ端として働いていたというわけだな?
「なるほど、全部理解しました」
「凄まじい超速理解!? 今のでぜんぶ飲み込めたの?」
「だから言ったでしょ、こういうのは速さが大事なの」
でも、いくら私がハイスペ美少女とはいえ、所詮は非力な小娘。できることなんてたかが知れてる。それをわざわざ拉致して手駒にするということは、それだけの価値を私に見出していたということになる。つまり、私の役割は……。
「もしかして、社長の愛人!?」
「もしもーし? 千夜ちゃん急にどうしちゃったのかなー?」
「確かに、私はハイスペ美少女だけど、だからって、まだ子供の私を…? そんなにも私は魅力的だと? そんな馬鹿な、私の容姿は優れているけどお姉ちゃんには負けるのに…」
「おういおうい、なんか変な方向に思考がシフトしちゃってますよー。大丈夫かなー?」
私って、罪な女なのね……。
うーん、でも流石に愛人の線はないかなー。
それだけの魅力が私にあるとは流石に思えない。お姉ちゃんの方が美人だし。
私を狙うくらいなら、お姉ちゃんを狙ったほうが良いと思うんだよね。いや、むしろ…。
「元々お姉ちゃんが目的だった……?」
「あ、これもしかしなくても拉致された原因について考えてらっしゃる感じ?」
「そうなんじゃない。わたしは気づいてたわよ」
ふむ。そう考えたら辻褄が合うかもしれない。
……でも愛人にするためにわざわざ拉致して洗脳?
アホかな?
いや、実際そういう犯罪者とかいると思うんだけどさ、組織単位でそれやるのは流石にヤベーでしょ。人身売買なら有り得るけど。
……うーん、考えても分かりそうにないね。素直に聞くのが早いかな。
「質問なんですけど、私って何で拉致されたんですか?」
「わお、ストレートに来たね……。なるほど、だんだんと千夜ちゃんのキャラが掴めてきたような……うーん、やっぱりまだわかんないかな」
「………ルーイ……今は千夜って呼んだほうがいいかしら? 千夜が拉致されたのは、千夜が魔法少女の素質を持っていたからよ」
魔法少女の素質?
……んあー。なんかいるらしいね、そういう存在。興味なさすぎて全然調べてなかったや。
私って、何でか知らないけど、ある程度の知識が事前にインプットされてたっていうか、知識としていくつかの情報を持ってたり、何かのきっかけで頭の中にある知識の情報?みたいなのが、まるで奥底にしまっていたアルバムを取り出すかのように突然頭の中に溢れ出してくるんだよね。
だから、そこで得た情報でしかやりくりしてこなかったし、魔法少女っていう存在も、フィクションとしてのものしか知識が存在してないんだよね。
だから、現実の魔法少女に関しては全くの無知で、専門外って感じなんだよねー。
けどまあ、納得した。
フィクションとしての魔法少女の知識しかないけど、まあ何となく理解できた。組織が私を拉致した理由についてはね。
「……だから、千夜ちゃんは、その………」
「『ワ・ルーイ』の手駒として、たくさん働いてきたわ。街を破壊して、正義の魔法少女と戦って、そうやって組織に貢献してきたのよ、ルーイ……千夜は」
「は、はぁ……」
ま、街の破壊……。うわあ、本当に悪してるじゃん。
大丈夫かな? 私、捕まっちゃわないかな? 今頃指名手配犯になってるんじゃ……。
「わ、私の人生終わった…?」
「大丈夫だよ千夜ちゃん。魔法少女には『夢幻の魔』っていう、認識阻害の魔法が自動で掛かるようになってるから」
「ルーイにはそれないわよ」
「あっ………」
ルーイ。それが魔法少女としての私の名なんだろう。そして、今の流れ的に私は…。
「顔を晒した上で犯罪をしていると……もう後戻りできないですねこれ」
えーわたくしめ、光千夜の人生はここで終了となります。長い間お付き合いいただきありがとうございました。
光千夜先生の次回作にご期待ください。
じゃない!
本当に終わりなの? 私の人生ジ・エンド!? そんなバナナ!
「まあ、一般人には知られてないと思うわよ。それに、私のミステリアス仮面を被れば、素性が知れる心配はないわ」
一般人には知られてない、か。ならまだ光千夜のライフは0じゃない。これで勝つる!
………というか。
私って今めっちゃ悪なわけじゃないですか。
まあ、街を破壊しちゃったりしてるわけだし? 正義の魔法少女と敵対するような存在になってるわけだし?
でもね、仕方ないって事情あるじゃない?
だって洗脳されてたらしいじゃん? 拉致されて洗脳されてるんだよ? これ、被害者だよね?
ってことはさ……。
悪い奴が、良い奴に変わる、アレ。
普段は悪い奴が、劇場だと頼もしい味方になってくれるような、エモい展開。
そういうの、できるくない?
あれ、ジャンルとしての名前なんていうのかよく知らないんだけどさ。
ああいうの大好きなんだよね、私。
元々悪役だった奴が正義の味方になったり、悪い奴が更生して良い奴になるってシチュエーション。マジで大好き。好き好き大好き。
「けど、こんな状況だと、千夜ちゃんを戦いに向かわせるわけにもいかないね。……もう、組織の言いなりってわけじゃないんだし…」
「はぁ…。それで、オクトロアにはどう言い訳するつもり? 大体、あんたはオクトロアに警戒されてんのよ。そんなあんたが、ルーイの現状を秘匿しておこうなんて、無理な話じゃない」
「それは……」
なーるほどねえ。
叔母さんは、洗脳が解けた私に悪事を行わせたくないわけだ。そりゃそうだよね。今までは洗脳されてたから破壊のかぎりを尽くしてたんだろうけど、今はノーマインドコントロールなわけだから、そんな状態の姪っ子に悪事を働かせようとはならんよね。
けどさ……。
「私、やるよ。私がやらないと、夕音叔母さんが怪しまれるんでしょ?」
「千夜ちゃん……」
「だったら、いいよ。もし何か言われそうだったら、洗脳されて仕方なく……って言っておけば良いんだよ。そしたら誰も、私に強くは言えないでしょ?」
今まで散々争ってきた相手が、仲間になる。そんな展開を、私が演出できるなんて。
そんな光栄なことが、あるだろうか。
歪みあって、対立して、傷つけあって、そんな相手が、今までいた場所を裏切って、正義の側についてくれる。
そんな展開を、この、私が……!
この手で、演出できるなんて!
そんなチャンス、逃せるはずがない!
ああ、神様、ありがとうございます。このような境遇に、私を置いて下さるなんて。
やっぱり、神はいるんだね!
最高だよ。本当に最高だよ。
………そうだ、最高の展開のために。
私は今日から、悪を演じる。
そして、演出するんだ。
最低の悪が、最高の正義に変わるその瞬間を。
私が、この手で。