……女幹部に見送られ、無事家に帰宅した私は、暫くの間、放心し、まともに動ける状態ではなかった。
襲撃からの拉致、加えて洗脳装置に繋がれるなど、忙しい1日を過ごしたからだろう。家に帰り、ゆったりと落ち着ける環境になった途端、先程までの忙しなさとのギャップで、私の体から元気が抜け落ちてしまったようだった。
だからこそ私は一度、眠りにつくことにした。
一度眠って、脳内の情報の整理を行うのが合理的であると、そう判断したから。
そして翌日。
私はベルから連絡が来ていたことに気づき、それに対して返す。
ベルが言うには、“キューティバース達から、鳴が誘拐されたと聞いた、大丈夫なのか”と。
そういえば、私はキューティバース達と共闘している時に攫われたのだったなと思い、ベルに心配をかけてしまった事を謝罪する。
と同時に、キューティバース達にも、話があると、明日の予定を空けておいてもらうようにベル経由でお願いしておく。
さて、これから私は、自身で得た情報を整理していく必要がある。
ブラックルーイの現状。幹部の動向。
それらをまとめる事で、見えてくるものがあるかもしれないから。
私は、机の引き出しからノートを取り出し、そのノートに自身の頭の中にある情報を整理するために書き出すことにした。
まず、幹部の動向について。
私達が現状認識している幹部は、おそらく全部で5名。
触手の擬人化といっていいほどに、触手で体が構成されている幹部、オクトロア。
ある日ブラックルーイと共に戦場に現れ、また、組織のアジトを単独で破壊することができるだけの力を持つ、謎の仮面を被った女。
私達がキューティバースと初めて邂逅した時に出会った、魔法少女の魔法を模倣する魔法を持った、少女の幹部。
そして、おそらく光千夜の体を弄んだ、最低最悪な幹部ピュアに、その幹部ピュアに利用されてしまった、幹部トーレスト。
この内、トーレストに関しては、おそらくあの場で仕留められただろう。トーレストにトドメを刺す前に、私はピュアに連れさられてしまったので、正確には把握できていないが。
つまり、現状脅威になり得るのは、残りの4名。
オクトロア、仮面の女、模倣少女、ピュア。
オクトロアはまだ対処可能。触手による記憶喪失、倫理破壊がネックだが、とりあえず脳を守りながら戦えば、それほど脅威な相手ではない。ピュアも同様だ。一度戦場に引き摺り出してしまえば、仕留めるのは難しくないだろう。
むしろ、この2人は裏での行動に注意した方が良い。
そして、仮面をつけた女と、魔法を模倣できる少女。
魔法を模倣できる少女は、言わずもがな。当然脅威だし、彼女と戦う上では、魔法をコピーされる心配をしなくても良いムーンノウシーカーが適任だろう。
ただ、個人的に私が心配しているのは、仮面を被った女だ。
あの女の破壊力は凄まじかった。単独でアジトを破壊するほどの威力。あの力を戦場で使われたら、どうなってしまうのか。
直接戦闘面では、厄介なことこの上ないだろう。
だからこそ、私はアジトを突き止め、奇襲を仕掛けるという形をとりたかったのだが。
彼らのアジトを探るためにも、ブラックルーイにつけていた発信機は、意味がなかった。
流石に2度も同じ手は通用しないのか。私の発信機はブラックルーイがアジトへ入ると、おそらくその効果が無効化されてしまっていたからだ。
結局私はアジトを突き止めることはできなかった。
これが、幹部に対する情報の現状だろう。
………次に、ブラックルーイ自身についてだ。
ブラックルーイ、本名は、光千夜。
魔法少女シャイニングシンガー、光聖歌の妹で、3年前、ショッピングモールで組織の襲撃に遭い、そこで拉致された。
拉致後は洗脳装置にかけられ、記憶の消去と組織の命令を遵守する、悪の魔法少女、ブラックルーイに変身させられることになった。
そして、何度かキューティバース達と交戦し、街の破壊を繰り返している。
これが大まかな情報。ここまでは、いい。ただ、このブラックルーイには、まだまだ不可解な点が残っている。
その代表的な例として、あげられるのが……。
広井愛結の存在。
広井愛結とは、ブラックルーイのもう一つの姿で、基本的には魔法少女ムーンノウシーカー、山吹遊美と共に行動する際に使っている偽名である。
しかし、なぜわざわざ広井愛結という偽名を作り出してまで、山吹遊美と交流しているのか。
魔法少女と接触するためだと仮定すれば説明がつかなくもないが、ブラックルーイは山吹遊美が魔法少女であることに気付いてはいない。
他に可能性があるとすれば、記憶喪失前…ブラックルーイになる以前の記憶を覚えていて、以前友達であった山吹遊美ともう一度友人の関係を築くために、広井愛結という別人として、彼女との接触を行うことにした、とかだろうか。
しかし、それではブラックルーイには以前の記憶が残っていると言うことになる。
以前キューティバースが光聖歌の名前をブラックルーイに投げかけた時の反応から察するに、おそらくブラックルーイは拉致以前の記憶を覚えてはいないはずだ。
とすれば……。
「断片的に記憶を覚えている、とか?」
あるいは、無意識のうちに、以前の記憶がブラックルーイ自身に根付いているのか。
本人は記憶を覚えていない。けれど確かに、潜在意識の中で拉致前の光千夜の意識が残っているとか?
そうだとすれば、無意識のうちに広井愛結として山吹遊美と交流したという理屈で説明がつく。
仮にそういう理屈だったとしても、もう少し変装のしようがあったんじゃないかとは思わないでもない。多少メイクなどで誤魔化してはいるのだろうが、私からすれば些細な違いでしかない。あれでは、何度かブラックルーイと顔を合わせたものにすぐにバレてしまうのではないだろうか。
逆に何故山吹遊美は彼女がブラックルーイであると、光千夜であると気付くことができていないのだろうか。
まあ、そんなことはどうでもいい。とにかく、ブラックルーイには以前の記憶が残っている可能性が、あったということ。
そして、その可能性は…。
「私が、潰した……」
私が幹部ピュアに誘拐され、洗脳装置にかけられてしまったせいで、ブラックルーイは、私を助けようとして、ピュアの洗脳装置に、私の代わりにかけられてしまった。
ブラックルーイが何故私を助けたのか。そんなの決まってる。光千夜の意識が、戻ってきていたからなんだ。
以前の心優しい少女の記憶が、潜在意識から引っ張り上げられてきたから、だからこそ、私を助けるという判断に至ったのだ。
思えば、幹部トーレストをキューティバース達と共に討伐するという思考に至っている時点で、もう既にその兆候は見えていた。
あの時既に、ブラックルーイは、光千夜の記憶を取り戻していたのだ。
でもそれを、私は台無しに……。
「2度目の洗脳……もう一度、光千夜の意識が戻ってくる可能性は、極めて低い…」
奇跡は、2度も起こらないから奇跡なのだ。
1度起こった奇跡を、もう1度起こすなど。そこまできたら最早必然と言える。
ブラックルーイを元の……光千夜に戻すのは、極めて絶望的。
そして、同じ幹部であるトーレストを廃人化させ、街を破壊し尽くすただの破壊兵器へと変貌させた幹部ピュアのことだ。
ブラックルーイを、理性のない怪物に仕上げることも、冷酷無慈悲な破壊者に変貌させることも、可能だろう。
もし、そうなれば、今度こそ私は……。
ブラックルーイに、トドメを刺さなければならない。
ベルも、キューティバースも、きっとそれができないだろうから。
「大丈夫……私は、やれる。……大丈夫…」
【…………大丈夫だから】
「………あ……」
【待ってるから!】
私の脳内に、ブラックルーイの……光千夜の言葉がフラッシュバックする。
そうだ、彼女は言っていた、待っていると。
彼女は言っていた、大丈夫だからと。
……その言葉は、私を逃すためのものだったんだろう。
けど、私には彼女の内心を知ることなんてできない。
もし、本当に助けを待っていたら?
もし、本当に洗脳の影響を受けていないんだとしたら?
……深層心理で、彼女が待っているとして、彼女が街を破壊し尽くす、幹部ピュアの都合の良い駒に作り変えられてしまっている時。
私は一切の躊躇なく、ブラックルーイを葬り去ることができるのだろうか。
「……う………うっ……」
想像するだけでも、悍ましい。私の助けを待っている少女が、いるかもしれない。
助けを求めていた相手に裏切られ、命を絶たれてしまう少女の存在が、あるのかもしれない。
そう考えただけで、私は、私は………。
「駄目、だ……。私はまだ冷静じゃない…。頭を、整理しないと」
私は再び布団に潜る。
信じたくない事実から、目を背けるように。
私は再び、夢の中へと入り込んだ。