「………ナイトルーイ…?」
私が魔法少女としての名を話したのを見て、エンシェントは首を傾げる。
もしかして、私のネーミングセンスが気に食わなかったのだろうか。
……そう考えたら、恥ずかしくなって来た。ブラックルーイだったら他人がつけただけだろうし、そんなに恥ずかしくないなってなるんだけどね…。
「…………私が勘違いしていただけ…? そう考えるのが自然ですね」
『まあ、自意識過剰なところあるし、思い込み激しいところがあっても不思議じゃないわな』
エンシェントは1人うんうんと頷き、納得したかのように私の方を見る。
妖精が何か語りかけてるけど、エンシェントは無視し続けているみたいだった。
「それじゃ、はじめましょうか」
エンシェントが戦闘開始の合図を鳴らす。それを聞いて、私は私なりにエンシェントと距離を取ることにした。
事前にイコルに魔法少女について聞いておいて良かった。おかげで、彼女の魔法の特徴は、私にとって既知のものとなっている。
エンシェントの魔法の特徴は、その多彩さと独自性にある。
魔法としては、昔話に出てくる妖怪をモチーフにしたものが多く、さっきの『神隠し』も、それに関連した魔法なのだろう。
そして、最も特徴的なのが……。
「……『糊付け』」
エンシェントが唱えた途端、どこからともなく、フクロウのような見た目をした、けれども確実にフクロウではないと断言できる、奇妙な雰囲気を纏った“ナニカ”が現れる。
そう、これがエンシェントの魔法の特徴。
……妖怪召喚。
日本の伝承に残っている妖怪を、自由自在に呼び出し使役する。これが彼女の魔法の最大の特徴であり、厄介な部分だ。
けど、デメリットが存在しないわけじゃない。
それは、エンシェントとあまりにも距離を離しすぎると、召喚された妖怪は自然消滅してしまうということ。
つまり、距離を取り続ければ、いくらエンシェントが妖怪を呼び出そうとも、その妖怪は自然消滅することになるのである。
「逃げてばかりじゃ私は倒せませんよー?」
エンシェントが私に向かって声を投げかけてくる。確かに、その通り。だけどこれでいい。エンシェントが召喚した『糊付け』が消滅するまで距離を取り、もう一度エンシェントに近づいて、次の妖怪を召喚させる。
これを繰り返すことで、エンシェントの魔力枯渇を狙う。それが今回の私の作戦なのだから。
「逃げ回られると面倒ですね…。なら……『迷わし神』」
エンシェントが魔法を唱える。が、今度は妖怪が召喚されることはなく……。
「『迷わし神』…? どういう魔法なんだろう? ……まあいっか、とにかく、距離を取り続ければ…」
私は走る。エンシェントに追いつかれないように、全速力で。
幸い、エンシェントは私を追う様子はない。
下はスカート丈になっているとはいえ、着物のような装いであるからか、動きづらいのかもしれない。
そんな風に考えながら、私はエンシェントと距離を取ろうと……。
「……あら、そちらから来てくれるなんて嬉しいですね♪」
突然。ニコリと、作り笑いを浮かべたエンシェントが、私の眼前に出現した。
「え……」
「『迷わし神』の効果ですよ。『糊付け』」
先程召喚されたフクロウが、私に攻撃を加えようとしてくる。
……ここで手札を切るのは好ましくないんだけど、仕方ない。
「『ブラッドフィッシュ・爆』」
私は自身の手を持参していたナイフで切り、血を流す。
すると、その血が形を変え、小さな魚へと変貌を遂げる。
形成された魚達は、フクロウ目掛けて突撃。瞬間に爆散し、『糊付け』もその爆発によって消滅した。
「リストカットとは感心しませんね。せっかくの綺麗な肌が台無しですよ?」
「リストカットじゃないんだけどね……。それと、おまけだよ。『ブラッドテンタクル』」
距離を詰められた以上は仕方ない。一気に攻めて、エンシェントの体勢を崩す!
そう思い、私はさらに深く、自身の腕に切り傷をつけ、出血を促進する。
体外へと放出された血液は、触手の姿へと変貌し、エンシェント目掛けて襲いかかる。が……。
「触手ですか。なら………『アッコロカムイ』」
突如目の前に、巨大なタコのような生命体が現れる。
私が出現させた『ブラッドテンタクル』の触手達は、そのタコの触手で相殺されてしまう。
「わー………」
「私も詳しいわけじゃないですけど、アイヌで言うところの神的存在らしいですよ」
「妖怪じゃないじゃん……」
『アッコロカムイ』は、私の呼び出した『ブラッドテンタクル』とよろしくやっている。けど、私の『ブラッドテンタクル』は有限…。
これは、もう一度距離を取る作戦に切り替える必要があるかな…。
ということで……逃げるが勝ち!
「逃しませんよ。『見越し入道』」
私がエンシェントから距離を取ろうとした瞬間、目の前に大きな僧のような見た目をした妖怪が出現する。
……見越し入道。見上げるほど大きいという妖怪。けど、私はこの妖怪への対処法を知っている。
「見越した!!」
私がそう発言すると、出現した『見越し入道』は、霧のようになって霧散した。
「あら、見破られましたか」
「有名な妖怪だからね、対処法も知ってたよ」
「なら、これならどうです? 『馬鹿』」
『自己紹介かな?』
『馬鹿』。彼女は『見越し入道』がやられてすぐに新しい妖怪を出現させる。
衣服を着た馬……のように見えるが、どことなく鹿っぽさもある妖怪。
が、『見越し入道』と違って、そこまで巨大と言うわけでもない。なら、逃げる作戦で消滅を狙うのが良さそうかな。
なんて、甘い考えで私が走り出した、その時だった。
「追いかけろ。あとついでにアッコロカムイは触手一本分スマイルに分けてあげてください」
『ちょっ! 待っ!』
エンシェントにそう命令された『馬鹿』は、一瞬で私の元へと駆け抜ける。後ろの方でエンシェントの妖精がタコさんにしばかれる様子が見えたような気がするが、気のせいだろう。
ともかく、『馬鹿』はものすごい速さで私を追い抜き、目の前に立ちはだかってくる。
「なっ……」
逃げられない。
まるで、戦えと、そう迫られているかのようで…。
「仕方ない…! 『闇の炎』」
私はすかさず、『闇の炎』で『馬鹿』を始末するしかなかった。
「まだまだ行きますよ。『九尾の狐』『酒呑童子』『八岐大蛇』『土蜘蛛』『海坊主』」
一気に5体、エンシェントは妖怪を出現させる。
……しかも、今回エンシェントが召喚したのは、有名中の有名妖怪。
特に酒呑童子は、日本三大悪妖怪なんて呼ばれているくらいには、凶悪な妖怪だし、九尾の狐も、玉藻前という妖怪が三大妖怪に入れられていることもあるくらいの大物だ。
「……やっばぁ……」
一体どれだけの妖怪のストックがあるのか。
エンシェントの底が知れない。どうしてイコルが、私とエンシェントが戦闘することを危惧していたのか、ようやくわかった。
……これは、勝てない。
今の私が、どう逆立ちしようと、エンシェントカラミティに勝利することは、不可能だ。
でも……。
「初陣で負けるなんて、そんなの私のプライドが許さないんだよね……!」
せっかくの初戦闘。
ここで負けるなんて、私らしくない。
けど、状況は絶望的。
今の私じゃ、逆立ちしたって勝てないだろう。
敗北は、敗北。けど、一矢報いたい。
ただの敗北で、終わらせたくはない。
「……『ブラッドテンタクル』」
新しく『ブラッドテンタクル』を生み出したわけじゃない。
私は、既に魔法で出現させた『ブラッドテンタクル』を、遠隔で操作する。
狙うのは、エンシェント……ではない。
『酒呑童子』でも、『九尾の狐』でも、『土蜘蛛』でもない。
私が、狙うのは……。
『ふぎゅっ!』
……妖精。
私は、イコルから事前に聞いていた。
魔法少女は、妖精がいなければ変身できない、と。
このような姑息な真似を取るのは、好ましいとはいえない。
個人的に妖精のことは嫌いじゃないし、私の家族にも妖精がいたから、こういう手を取るのは、好きじゃない。
けど、今の私は悪役なのだ。
悪役は悪役らしく、姑息で、最低で、露悪的に振る舞おうじゃないか。
悪として振る舞えば振る舞うほど、光堕ちした時の私の光の輝きは、より尊さを増すのだから。
「?……まさか、妖精を…?」
「気付いたところで、もう遅いよ。………妖精は、私の手にあるから……。『ブラックハンド』」
私は、触手で拘束した妖精を、『ブラックハンド』によって、黒い沼池の中に引き摺り込む。
「チェックメイトだよ。妖精がいなければ、魔法少女は変身できない。そして、その妖精は、今、いつでも私が始末できる状態にしてる。エンシェント、貴方は確かに強い。私じゃ太刀打ちできないほどに。けど、妖精の力がない貴方は、ただの無力な少女でしかない」
「……まさか、妖精を狙ってくるとは…。番外戦術に、してやられましたね」
「助けは来ない。それは貴方が自ら絶った。残念だけど、私の勝ちだよ」
「……そのようですね。降参です。参りました」
エンシェントは、両手を挙げ、敗北を認める。
それに呼応するかのように、エンシェントが呼び出した妖怪達は、霧のように、まるで最初から幻だったかのように消えてなくなった。
「……それじゃ、私の勝ちってことで」
「………賢い選択だと思いますよ。私は確かに強いと自負してます。怪人など雑兵に過ぎないし、幹部だって相手にするのは難しくない。ですが、妖精は無力です。私の才能に甘えて、自分は契約だけしてふよふよと浮いているだけの役立たずには、少し荷が重かったかな」
めっちゃ言うやん。
さっきも妖精のこと無視してたし、もしかして妖精嫌いなのかな?
せっかくだから良好な関係を築けばいいのに。私とキュートなんて、滅茶苦茶仲良かったからね。まあ、キュートには結構迷惑かけてきちゃったんだけどさ。
ある意味、今回エンシェントが私に敗北したのは、妖精とのコミュニケーションをとってこなかったから。妖精をパートナーとしてではなく、魔法少女に変身するための都合の良い存在としか捉えてなかったからなのかもしれないね。
ま、とにかく私の初陣は、一応は勝利という形で幕を終えた、と言ってもいいのかな。
よーしよーし。
そうだ、夕音おばさんにも連絡しようっと。
えーと、スマホ出して……。
「……えと、何してるんですか?」
「報告だよ報告」
「……できれば、見逃していただけるとありがたいんですけど…」
「うん。いいよ、でもちょっと待ってね…」
魔法少女に勝ったって自慢しなきゃ。
夕音叔母さん、不審な点もあるけど、今は数少ない連絡取れる身内だからね。
と、かかったかな。
「もしもし夕音叔母さん?」
『……千夜ちゃん、どうしたの?』
「魔法少女との初戦闘、勝ったよ! いやー我ながら戦闘センスが光ってましたなー!」
『ちょ、ちょっと待って千夜ちゃん! 魔法少女と戦ったの!?』
「え、うん。戦った……けど……」
『嘘でしょ……。こっちの千夜ちゃん……ルーイちゃんも戦闘に送っちゃったんだけど、ひ、ヒンナちゃん、不味いよ!』
「へ?」
ウキウキで報告したのに、夕音叔母さんは全然喜んでない。
それどころか、電話越しに聞く声は、どこか焦った様子で……。
『……千夜ちゃん、今すぐイコルのアジトに戻って。このままだと、分身の件がオクトロアにバレる!!』
「ば、バレる…?」
『別の場所で同時にブラックルーイが戦闘していた、その事実が記録に残ったら……そうしたらどうなるか…』
………そっか。
向こうの私が別の場所で戦闘しているなら。
今ここで私が存在しているのって、矛盾が生じてしまうわけで……。
そうすると、自然と、“もう1人のブラックルーイ”という情報は、幹部オクトロアさんの方にも回っちゃうわけで……。
「も、もしかして私、またなんかやっちゃいました?」
「なんか、大変そうですね……」
「……あはは………」
私の初陣は、特大のやらかしの発覚によって。
なんとも苦い思い出となってしまったのでした。