「ゲームスタート」
コピー能力持ちの幹部と対峙した私は、千夜の様子を伺いながら、目の前の敵を見据える。
………私は、どうかしてしまっている。
千夜が酷い目に遭うことを想像して、毎日眠れない夜を過ごしている。
……あーちゃんのあの言葉があってから、私は、すっかりおかしくなってしまったんだ。
狂ってしまった。
千夜が酷い目にあっているのを見て、興奮を隠せなくなった。
そんな自分に嫌気がさしていたのに、いつの間にか罪悪感も薄れて。
千夜に帰ってきて欲しいのに、同時に千夜が尊厳を破壊されて、組織の駒として酷い扱いを受けることが、とてつもなく喜ばしいことだと感じてしまう。
ああ、私はまともだったのに。どうしてここまで狂ってしまったんだろう。
…………あーちゃんが、悪いんだからね。
私を、こんな風にして、おかしくして。
全部、全部…。
あーちゃんの……せいなんだから……。
「……さて、どの魔法を使おうか」
ブラックルーイの対応は、キューティとホワイトで行うみたいで。
相手の魔法をコピーできる幹部は、私が1番相手する上で都合が良いという理由で、私は千夜と戦うことはできなかった。
けど、それで良かったのかもしれない。
千夜と接触すれば、私はきっと、私の中にいる獣を制御することができなかっただろう。
私が理性的でいられるのは、千夜と接触していないからで。
まだ、私がまともなフリをしていられるのも、それが理由なのだ。
なら、私は、与えられた役割を全うしよう。
「『リジェクトクロー』!!」
「『リジェクトクロー』」
「『フライングフェザー』!」
「『フライングフェザー』」
スターチスとライオネルが、各々目の前の少女に向けて魔法を放つ。が、少女はその魔法をコピーし、同じように繰り出すことで相殺している。
なるほど、これは確かに、かなり厄介な相手だ。
「無駄だよ。私の前では、どんな魔法も、無駄。残念だけど、貴方達の魔法は全て、私も扱えるんだから」
けど、私の魔術は、魔法とは違う。
原点は同じかもしれないが、私の魔術は再現性がない。
一回こっきり、一期一会の即席魔法。厳密には複雑な理論が絡み合っているため、即席魔法という呼称はあまり適切ではないのだけれど。
ともかく、コピーできるような簡単な構造はしていないのだ。
この少女を相手にする上では、私はかなりの特効を持っていると言っても過言ではないだろう。
「……やるか」
私は、自身の手に持つ書を広げる。
複雑な魔術理論が、私の頭の中に浮かぶ。
二度と使うことのできない。今日だけの、今だけの特別な魔法。
……魔術。
「第一節……如何なる現象にも、その根底には核となるものが存在する」
「……? 何?」
「第二節……私は核なり。万物の根源であり創造主。私は全てを創造し、全てを破壊する、魔の神なり」
「詠唱? 厨二病?」
「第三節……ここに、私の世界を構築する。理屈立てられた、1人の神が織りなす世界。万物すべし頂点の魔の真髄を、この地に刻む」
「けど、嫌いじゃないよ。そういう厨二臭いの、私大好きだから」
これは、ただの下準備だ。
魔術構築には、時間がかかる。けど、絶えず状況が目まぐるしく変わる戦闘においては、そこまで長々と時間をかけることはできない。
だから、事前にある程度構築しておく。
基盤となる要素を構成して、そこから複雑な魔術を、大雑把に構築して瞬時に発動させる。
そのための詠唱。
私の頭の中にある複雑な数式を、言葉へと変換して整理するための、ただの頭の体操だ。
けど、この詠唱には大いなる意味がある。
一つは、詠唱の言葉をある程度意味が通るように構築することで、私の頭の整理を円滑に進めること。
二つは、意味の通る言葉によって構築された詠唱は、再度唱える際に思い出しやすく、下準備の短縮に役立つということ。
「『xmsijkckssox』」
「…? 魔法……?」
私の発した言葉に従って、火の玉が少女目掛けて飛んでいく。
私の言葉の羅列に、意味はない。ただ、頭の中に整理して、詠唱に出した結果、その言葉になっているだけなのだから。
「『dgwixjskskskk』」
「今度は何…?」
事前詠唱において最も便利である点は、やはり魔術を行使する上での再現性だ。
魔術には再現性がない。それは事実だ。
けれど、魔術を行使できるようにする過程。それには、再現性を持たせることができる。
同じ魔術を行使することはできない。けれど、魔術を行使するための手順の再現性を高めることは可能だ。
事前の詠唱を行うことによって、1回目の魔術と2回目の魔術で必要になる準備を、同じ手順で、短縮化して行うことができる。
つまり私は、事前詠唱を行うことにより、通常の魔法の行使と同様の速さで、魔術を行使することができる。
「『majsisjxisjxi』」
「なんで……! 模倣できない……!」
そして、準備をすっ飛ばしたとて、複雑な理屈で構成された魔術は、他者に簡単に再現できるものではない。
だって、その魔法を行使した私にだって、もう一度再現させることは不可能なのだから。
「………模倣できない魔法? けど、私の知ってるそれとは違う……なら……どういう理屈で……」
ブツブツと、おそらく私の“魔術”についての考察を述べているのだろう少女の姿を見ながら、私は淡々と、魔術を放っていく。
「無駄ですよ。事前詠唱で自動化しているとはいえ、最初に理論構築を行い、それを公式化したのは私。同じように事前詠唱を公式化するに至った計算式を辿らなければ、その理屈を理解し、同じように私の魔術を繰り出すことは叶わない」
「魔術…?」
「貴方には理解できない領域です」
魔術のことを考えていれば、少しは私の心も落ち着く。
親友の、千夜の無惨な姿を、妄想しないで済むから。
「なるほど、魔術。よくわからないけど、魔法のことを魔術と呼んでるのかな? ……なら、こっちは“妖術”で対応しようかな」
「……妖術?」
知らない単語を話し出した目の前の少女の様子を見て、私は警戒心を高める。
「『迷わし神』」
少女が魔法を発動させる。私は警戒を最大にし、攻撃に備える。が……。
「何も起きない…?」
「……残念ながら、私には妖怪召喚は不可能。けど、効果の再現ならできる」
一体、なんの話をしているのか、全くわからない。けど、何の意味もない魔法、ということはないはずだ。
……どうする、“解析”するべきか…。
けど、“解析”には時間がかかる。そっちにばかり意識を割いていると……。
「『ブラッドテンタクル』」
このように、向こうから攻撃を仕掛けられてしまう。
戦闘を行いながらの“解析”は、私には荷が重い。
なら……!
「スターチス、ライオネル、援護を!」
2人に頼めば良い。何も私は、1人で戦っているわけではないのだから。
私は、スターチスとライオネルに救援を求める。が、2人は一向に、私の援護に入ってくれる様子はなくて……。
「……スターチス? ライオネル? どう、して……」
まさか、私の……ドス黒い“欲”のことがバレてしまったのだろうか?
私の本性を知った2人が、私に幻滅し、愛想を尽かしてしまったのではないだろうか。
そんな不安が、私の頭を駆け巡る。
が……、どうやら、そういうわけではないようで……。
「『迷わし神』の効果だよ。道を迷わせ、正しいルートを辿らせない。それが、この魔法の使い道だから」
「つまり……」
「そう、私と貴方の一騎打ち」
……仲間を分断させる魔法も持っているというのか。
いや、持っているのは、彼女だけではないのだろう。
なんせ、彼女は他人の魔法を模倣する幹部だ。
とすれば、他に『迷わし神』を使う幹部なり魔法少女なりがいたということなのだろう。
味方が分断されるのは、戦場において好ましくない。
できれば、魔法少女側の魔法であって欲しいものなんだけど…。
「『ストロベリーアロー』」
「っ! キューティ先輩の!? ……『wiakxmeunx』」
手数の多さは、お互い同じ。
けど、私の魔術は、指向性を持たせられない。
得られる効果は、完全ランダム。必ずしも、望んだ魔法を使用できるわけじゃない。
有利なのは、相手の方。
模倣する少女の特効かと思われた私は、実際には拮抗できるだけで、特効でもなんでもなかったのだ。
目の前の敵を侮った。これは私の失態だ。
……少しでも、行使する魔術が、私の思うものと異なれば。
……その瞬間、私の負けは確定する。
緊張の中、私と少女は睨み合う。
やがて、お互いが次の“技”を繰り出そうと、魔法ないし魔術の詠唱を始めようとしたところで……。
「キュヴァ!……様。今すぐアジトに帰還するようにって、ジェネちゃ………ジェネシス様が!」
私のすぐ目の前に、千夜が現れた。
千夜の顔が、はっきり見える。千夜の声が、明瞭に聞こえる。千夜の匂いが、私の鼻口を刺激する。
あ………。
「なにごと?」
「わからない、けど、とにかくすぐに戻って欲しいって」
だ……めだ……私………。
「わかった。それじゃ……」
「腕輪型転移魔法機あるから、私に触れてもらえれば、一緒に帰還できる、けど」
ああああ! あああああ!!
「別に大丈夫。その魔法機に埋め込まれた魔法も模倣してるから」
………千夜が、阻止した。
私の、闘志も、正義感も、何もかも。
千夜に、壊された。
………久しぶりに見る千夜の姿に、私の心臓は、どうしても高鳴ってしまう。
私が行った事前詠唱が、崩れ去っていく。
千夜の姿を認識した途端、頭の中に浮かんでいた難しい数式が、全てゴミのように蕩けていく。
ああ、私はもう、とことん……。
「ということで、今回はお開き。魔術、面白かったよ。また遊ぼう」
先程まで戦っていた少女の言葉すら、私の耳には届かない。
「次は全員で。シャイニングも入れて来なよ。……人数が少ないと、歯応えがないから、ね」
小悪魔のようにくすくすと、そう告げる千夜の言葉だけが、私の耳をすんなりと通ってくる。
「………嘘でしょ、こんな簡単に……」
全部崩れた。さっきまでで構築したものも、今までの緊張感も。全部、全部!
「こんな……ことって……!」
これで、答えが出た。
どんなに難しい理屈をこねくり回そうと。
どんなに悪と敵対して、正義として振る舞っても。
もう私は、とっくに堕ち切っていて。
もう、どうしようもないところまで来ていたんだ。
「ふひ………」
理解できたなら、次は簡単。
さて、どうやって、千夜のこと……。
堕としてあげようかな。
もどして; ;