【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション 作:家葉 テイク
Thesis.1 人も歩けば怪異に当たる
三〇年前、世界は物語の只中に放り込まれた。
人類特有の認知不協和、『怪異』。
ネットロア、都市伝説、怪談、御伽噺、神話──それらに語られる『ヤツら』は、有史以来……いや、有史以前から人類の歴史の影で蠢き、そして人類を脅かしてきた。
ヤツらに、この世のあらゆる武器や兵器は意味を成さない。過去あらゆる国家が武力による安価な怪異の討伐を試みてきたが、神秘なき力は怪異の脅威の前に必ず膝を屈してきた。らしい。
だが、人類もただ怪異の脅威に怯えて来た訳じゃない。
この世のあらゆる武器や兵器が意味を成さないのであれば、怪異どもの持つ力を逆にこちら側が使ってやればいいのである。
そうして、怪異をその身に宿して戦う者がいた。
犬神憑きの呪術や神降ろしの神事といった技術を応用し、怪異をその身に宿して戦う者達。彼らは怪異と同じように歴史の影で暗躍し、そして人々を守る。
神なるモノを宿して戦う人々。歴史の影では、彼らは『神憑き』と、畏怖を込めてそう呼ばれていた。
────そんな『語られざる歴史』が、三〇年前、世界に向けて公にされた。
漫画やゲームの中のような
『ダブルスリーナイン社は、
ビルの壁面に投影された3Dホログラム広告で、スーツ姿の女が笑顔で宣伝文句を並べていた。
林立する高層ビルに、ホログラム広告。路上には排気ガスを一切排出しない次世代車が行き交い、その上には空中歩道がまるで立体パズルのように入り組んでいる。そしてそれらの奥には、天空まで伸びる巨大な建造物──軌道エレベータ『アメノミハシラタワー』が聳え立っていた。
まさしく、近未来都市。
たなびく旗のように空中を揺蕩う歩道の上で、俺は人の波に逆らわないように歩いていた。
『この
トロフィーを掲げるように、広告は語る。
その様子を横目に見ながら、俺は未来都市の街並みをさっさと進んで行った。広告の声が、人々の喧騒に紛れるように遠くなっていく。
そしてまるで捨て台詞の様に続く広告を最後まで聞くことなく、俺は雑踏の中へと飛び込んでいった。
人類を脅かす『怪異』と、人ならざる力をその身に宿して戦う『神憑き』。人知れず繰り広げられる人怪の戦い。人は怪異を恐れ、怪異に立ち向かう。
そんな
今や、怪異を恐れる時代は終わったと言われて久しい。人類は怪異の力を
たとえば、雷獣による発電。
たとえば、火車による発熱。
たとえば、河童による治水。
他にも、投影された広告は化け狐と山彦が利用されているし、浮遊する歩道の中核には一反木綿がいるし、空を突く軌道エレベータには大入道の怪異が応用されている。
化石燃料よりも持続可能で、核よりもクリーンで、再生可能エネルギーよりもパワフル。そんな夢のエネルギーを扱う技術を得た人類が、それを文明に取り込まないはずもなく。
人類文明は、恐れの対象だった怪異をも呑み込み──そして、この既存資源と全く異なる系のエネルギーは、人類の科学にブレイクスルーを齎した。その最先端たるこの街とそれ以外では、今や数十年レベルの技術的な開きが発生するとまで言われている。
よくよく見ると、街行く人達の横顔も希望と期待に満ち溢れていた。
ようは、湧いているのだ。
新たなる
そうした営みを一瞥して、俺は総括するように、小さく呟いた。
他意はない。ない、つもりだ。
「景気がよさそうで、何より」
三〇年前、世界は物語の只中に放り込まれた。
そして現在、世界は未だ物語の只中にいる。ただしそれは、人類と怪異の戦いの物語ではない。そんなありきたりな二項対立が崩壊した、未曾有の混沌という物語の中に、だ。
◆ ◆ ◆
いや、やっぱりごめん。他意はあった。
──怪異を恐れる時代の終焉は、概ね人類にとっては有益な結果を齎した。
だが、全てが丸く収まることなどない。中には、それによって割を食う人種というのも存在していた。
一つ、
今は廃れた職業『神憑き』だが、言葉の意味としては職業そのものだけを指す単語ではない。『神憑き』という言葉はその職業につく人を指したりもするし、あるいはその人達が持つ素質そのものを指すこともある。
そして職業としての『神憑き』が廃れても、『神憑き』の素質自体が失われるわけじゃない。
当然、人知れず『神憑き』の素質を持つ者は生まれるし、職業としての『神憑き』が廃れている以上、素質としての『神憑き』は制御・鍛錬される機会もなく放置され続けることになる。
怪異をその身に宿すことができるという特異体質が、鍛錬されることなく、放置されるのである。
するとどういうことが起こるだろうか?
『ねぇ、そこの坊や。私って──』
「だぁーっ!! ポマード!!!!」
答えはシンプル。
鍛錬されない素質は、ただただ暴走するのみ。
怪異を扱う性質は制御されることなく無秩序に拡散し、結果としてただ怪異を誘引するという結果のみを齎す。
…………即ち、俺のような『怪異に襲われやすい無力な一般人』の誕生だ。
「ポマードポマード!! おまけにもう一つポマードっ!! これでどうだ!?」
『────』
力の限り叫ぶと、後ろの女が硬直したのが分かった。
俺はそちらの方を見もせずに全力でダッシュし、少しでもあの女から距離を取ろうと走り続ける。──かれこれ十数分は継続されていた光景だった。
──あたりに人はいない。
未来都市の中にあって、まるで置いて行かれたかのように寂れた路地裏を、俺は全力で駆ける。道の隅で蠢いていた路面掃除ドローンを蹴飛ばし、目の前に浮かぶ端末ドローンのホログラムウインドウに表示された地図の通りに奥まった路地へと計画的に逃げ惑う俺だったが、相変わらず悪寒は収まらない。
都市伝説『口裂け女』。
『私って綺麗?』という問いかけを起点に、道行く人を襲う第三種危険怪異だ。対処法は『「ボマード」と三回唱える』とか『べっこう飴を与える』とか諸説あるが、どちらも『それで動きを止めている間に逃げろ』というなんとも頼りないものである。
とはいえ、他に対策は存在しない。これでも、打つ手なしの第一種や道具必須の第二種に比べたらマシなものである。これだけ走っても撒けないのが異常なだけであって……。
「クソったれ!! 既存エネルギーを超えた安心安全のパワーリソースが聞いて呆れる!!!!」
世の不条理を嘆くように、俺は叫んだ。
まだスタミナに陰りはない。あと数十分ほどなら、怪異とのマラソン勝負に付き合ってやってもいいくらいだ。この手の逃走劇は慣れっこだし。とはいえ──
「怪異インフラを整備した都市で野良怪異が出て来るとか、普通に責任問題なんじゃねーか──」
『ねぇ』
ヒュ、と。
俺の喉が、声にならない声を発した。
見ると、俺が曲がろうとした路地裏の角。その陰から──『口裂け女』が現れるところだった。
「コイツ、俺を先回りして……!?」
距離が近い! しゃあねぇ、こうなったら腹ぁ括ってやるしかねーか……。クソったれ、結局こうなるのかよ!
『坊や──私って、綺れブゴチャ!?』
──しかし。
『口裂け女』の口上は結局最後まで紡がれることはなかった。
何故か? 答えは単純。『口裂け女』は言葉の途中で、真上から降って来た一人の女に頭から叩き潰されたからだ。
「いやあ、珍しいものを見せてもらったね。ところで」
俺の窮地を救ってくれた女は、『口裂け女』の残骸の上に立って、まるで日常の一コマみたいに朗らかな笑みを浮かべる。
それから、ゆっくりと目を細めて、こう続けたのだった。
「わたしって、綺麗かな?」
……………………不覚にも、綺麗だと思ってしまった。
それが、俺の人生を一変させることになる……『最強』
そんなわけでお付き合いよろしくお願いします。
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