【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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Thesis.22 整理

 俺はまず、御厨さんの診療所へと向かった。

 自動運転車の制御はフリーになっていた(おそらく降りる時に御巫が細工したんだろう)ので、それを使わせてもらった。

 ものの数分で到着した俺は、そのまま降りて全力疾走で工場のような御厨さんの診療所へと突入した。

 

 監視カメラ的なもので来客の動向は確認できるのか、御厨さんはすぐに出て来た。

 御厨さんは、俺の慌てようを見ただけで既に一定の警戒度に達したらしい。出て来た時には既に、先程話していたときとは比較にならないほどの険しい表情を浮かべていた。

 

 

「……どうしたの。七夕は?」

 

「『主任』に攫われたっす」

 

 

 前提条件については、向こうの方が詳しい。だから俺は、事実を端的に伝えた。

 

 

「原理は分からないです。だから受け入れてください。『主任』は御巫の動きを制御する方法を持っていて、それを使って御巫を無力化して攫っていった。確か……『A2Tリノヴェーション』と」

 

「……………………『最奥差配(A2Tリノヴェーション)』」

 

 

 絞り出すような御厨さんの台詞は、単なる鸚鵡返し以上の畏れが宿っているようだった。

 怪訝。その意思を伝えるように見つめると、御厨さんは小さく溜息を吐いた。

 

 

「……かつて、()達の研究所で研究されていた技術よ。『怪異』を操り、その怪題(テーゼ)を否定することで異能を『怪異』のモノから人類のモノへ奪い取ったのが反駁伝承(ATリノヴェーション)……。でも、アレは()()()()()()から」

 

 

 ……反駁伝承(ATリノヴェーション)の登場によって、『怪異』は人類()()のものになった。

 それは、確かにその通りだ。………………まさか。

 

 

「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……それが、()()()アンチテーゼ・リノヴェーション──最奥差配(A2Tリノヴェーション)存在意義(テーゼ)

 

「………………、」

 

「その原理は、人工タンパク質による義体技術。この治療技術を普及することで、『外付け』の素地を全人類に拡大する。それによって、()()()()()()()()()()()()のよ」

 

 

 つまり。

 御巫七夕が無力化されたのは、最強すらも上回る謎の能力が働いたわけじゃなかった。

 そんな次元の話じゃない。

 そもそも、同じ土俵に立ってすらいなかった。『主任』は、最初から『使用者』で、御巫は制御されるだけの道具だったんだ。

 

 俺は、目の前に立ちはだかる未知の理論という壁の高さを改めて認識する。

 その上で。

 

 

「御巫の救助のために、戦力が必要です。これからその為の反駁伝承(ATリノヴェーション)構築(つく)る。御厨さん、アンタの設備を貸してくれ」

 

 

 俺は、御厨さんに頭を下げた。

 俺はまだ、反駁伝承(ATリノヴェーション)の機体の作り方すらおぼつかないニュービーだ。一人だけじゃ、どう足掻いても御巫を救うことはできない。だからこそ、協力が要る。

 

 

「…………どうやって?」

 

 

 それに対して、御厨さんは静かに問いかけて来た。冷静さゆえの静かさ……ではない。声が震えていた。暴発しそうな感情を押し留めているんだ。無謀な正義感に突き動かされているようにしか見えない俺や、現状を生み出してしまった自分への怒りを。

 

 

「ヤツの支配は完璧じゃない」

 

 

 だが、別に俺は無謀な正義感に突き動かされてなんかいない。

 『やる』と決めた時点で、俺は目的に向けて材料を積み重ね始めていた。情報は、御巫がたくさん残してくれた。

 

 

「御巫からヤツへの攻撃は、自動で失敗していた。一方でそれ以上の行動制限や行動指示には口頭での命令を必須としていた。ヒトと反駁伝承(ATリノヴェーション)の関係に当てはめてみたら、随分制御力が落ちてるように思えます」

 

「……それは多分、リスク低減のためだと思うわ。思考操作を乱用したら、思考レベルで七夕と同調するかもしれない。だから攻撃禁止の指示はデフォルトで設定しておいて、行動指示は口頭にこだわってるのね」

 

「さらに、『主任』は指示体系(プロンプト)への理解も乏しかった。動かし方もぎこちなかったし。多分あの技術、開発したのはあの男じゃないでしょう」

 

 

 俺の指摘に、御厨さんは小さく頷いて目を伏せた。……開発したのは御厨さん本人ってわけね。

 そういえば戦闘中、御巫が煽りの一環で『研究所では自分の方が立場が上だった』的なことを言ってたっけ。アレはただ煽ってただけだと思ってたけど、実際はあながち間違いでもなかったかもしれない。『主任』自体が同調を恐れて口頭指示しかせず、かつその手法も覚束ないというのは、おっかなびっくり危険な兵器として扱っていないと起こりえないことだ。絶対安全だと分かっているなら、もうちょっとナメてかかるはずだしな。さっきみたいに。

 

 

「……でも、そもそもこの仕様は研究所を脱した時に封印したはずなのよ。でなければ、七夕だってもっと対策を練っていたはず。なのに……」

 

「…………そこについては確かに疑問が残りますけど、考えても仕方がない」

 

 

 そもそも、効き方もなんかちょっと違和感あったしな。

 カメラの為の蜃気楼は無力化された後も続いていたし、そもそもカメラ操作が中断されたのも何故だか分からない。もしかするとその封印とやらを使って抗っていたのかもしれないが……。

 ……まぁ、そこはいいか。今重要なのは、そこじゃない。

 

 

「それに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 俺は、自分の右手に視線を落としながら言う。

 

 

「俺も『神憑き』です。能力はまだ未熟だけど、制御強度に特化してる。前に他人の反駁伝承(ATリノヴェーション)の制御を乗っ取ったことだってある。あと」

 

 

 ならば、最奥差配(A2Tリノヴェーション)だって同じことが言えるんじゃないだろうか。少なくとも、俺が御巫に干渉することさえできれば、『主任』の支配を突破できる可能性はかなり高い。

 加えて、俺には追加の勝算もあった。つまり、

 

 

「口頭指示がメインなら、『言葉を使う』機能(口裂け女)は刺さる」

 

 

 『口裂け女』。

 問いかけの形で対象を指定し、相手の行動に選択肢を押し付ける『怪異』。

 こいつの能力は、解釈次第ではビビって口先でシステムを回している『主任』の天敵になりうる。

 

 

「アイツ、連れ去られる直前、俺に『助けて』って言ったんです」

 

 

 思い返す様に、俺は呟いた。

 車を出る前は、『迷惑かける』とか言ってたっけ。あの時点で、アイツはこの状況をある程度予見していたのかもしれない。

 

 

「命を懸けるほどの恩なんかない。出会って一日かそこらの浅い縁です。でも、孤高の最強を演じて裏社会を渡り歩いてきたアイツが最後に助けを求めたのは、()()()俺なんですよ」

 

 

 沈黙する御厨さんを、俺は真正面から見据える。

 

 

「だから助ける。その為に追加の論拠が必要なら片っ端から掻き集めてやります。必要なら、最強だって超えてやる。こんなことは、いちいち問うまでもない話でしょう」

 

 

 あの瞬間の、御巫の表情が瞼の裏に焼き付いて消えてくれない。

 申し訳なさそうな、儚い表情。俺を救った時に見た深紅の眼差しがゆっくりと細められた、あの光景を。

 端的に言って…………あのツラをした女の子を救えないという結末は、俺の心に生涯消えないトラウマを残す。

 

 

「──どうですか。命運を預けるに足るヴィジョンは見えました?」

 

 

 そこまで言って、俺は御厨さんの答えを待つ。

 理論も、感情も、俺が立ち向かうに足る材料は全て提示したつもりだ。これに対する御厨さんの答えは──

 

 

「そりゃもう。早くも勝ちを確信させてもらう程度にはね」

 

 

 ──からりとした笑みだった。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 『口裂け女』というのは、昭和時代に成立した『都市伝説』という新しい形式の怪談から産まれた『怪異』だ。

 

 都市伝説というものは、人から人へ、言葉によって広まっていく伝承。

 最後の口伝。

 だからこそ、その形態については大幅なブレが存在している。

 つまり『口裂け女』は、確かな存在感を持っているくせに輪郭は不確かな『怪異』なのだ。

 

 『口裂け女』は、人に呼びかける。

 『私って、綺麗?』と問いかける形で通行人に呼びかけ、それを持って対象を『怪談の登場人物』に引きずり込む。

 『口裂け女』の問答は、それ自体が攻撃となる。ゆえに問答の終着点は必ず被害者の死を伴う攻撃に行き着く。

 それゆえ、『口裂け女』は()()()()()()()()()()()

 

 『口裂け女』は、人を切り裂く。

 凶器は定まっていない。都会に近いところでは鋏や包丁などの小型の刃物だが、都会から外れるごとに鎌や斧と言った大型の刃物になっていく。

 ただ明確なのは、その刃物を使って人を害するという点。口を裂き、自らと同じ『口裂け』に変えて、確実に殺す。それを以て怪異被害の終着点とする。

 

 輪郭の不確かさは、主に対抗策の幅広さと揺れに現れる。それはつまり、『怪異』を語る人間が、その恐怖から逃れようとした証拠である。

 最も著名な対抗策としては『ポマード』と三回唱えることだが、『べっこう飴』と唱える例もあるし、『べっこう飴』の実物を差し出すという例もある。中には、『ポマード』を塗った手を突き出せば怯むというような例すらあった。

 問答においても、『まぁまぁ』『普通』と答えればYES/NOで括れない状況に『口裂け女』が判断に窮するとか、逆に『綺麗』と言えば照れるとか、そういった話が出たかと思えば、『曖昧な答えをすれば殺される』とか『綺麗と言っても殺される』とかといった反対の言説が立ちはだかる様に現れる。

 

 人の口から伝えられる伝承だからこそ、恐怖に対抗する言説が生まれたかと思えば愉快犯的に恐怖を煽る言説も生まれる──そうして誰にも実像が分からないほどに、『怪異』の性質は複雑化していく。

 たとえば東北地方においては、『口裂け女』は足が速いとする伝承が一般的だ。これも、『口裂け女』に対して問答以外の対抗策を選ぼうとする選択肢を封じる意味合いが強い。

 『口裂け女』の刃物が一定しないのも、語られる土地の道端で所持していても不思議ではないものが自然と伝わっていると考えれば、さほどおかしなことではない。重要なのは切り裂くという役割(きょうふ)であり、目に見える物質はどうでもいいということだ。

 『口裂け女』という怪談は、近現代に入ってから産まれた存在だけに、その傾向が強い『怪異』でもあった。

 

 反駁伝承(ATリノヴェーション)とは、『怪異』の中に渦巻いているこうした雑多な伝承を掬い上げる技術だと、俺は体感した。

 考えてみれば、御巫が扱う『小袖の手』だってそうだ。アレは元々、遺品となった着物が移り変わった持ち主を病で殺すという伝承がメインだ。一方で、『女の遺品となった着物』による大火の伝承もまた『小袖の手』の一側面として語られていた。此処にチャネリングしたからこそ、『怨燃小町(バーンアウト)』は成立しているはずだ。

 

 だから、俺もアイツに対抗するには、通り一遍の伝承をなぞるだけではいけない。

 『口裂け女』という怪談の数ある雑多な解釈を紐解き、それを一本の筋に作り替えてやる。そうでもしないと、最強が振るう解釈に呑まれてしまうだろうしな。

 

 入力情報は既に出揃った。

 あとは──思考の翼を、広げるだけだ。

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