【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション 作:家葉 テイク
「もう準備はいいのかい?」
──二時間後。
俺は、いつも通り留学前の高校の学ランに身を包みながら身支度を整えていた。
見送りの御厨さんの問いに拳を握り、俺は頷いた。
「うす。大丈夫っす」
「……そうかい。あたしもついて行ければよかったんだけどねぇ。悪いわね、此処で決着をつけなくちゃいけないから……あたしも、フル稼働で行かなくちゃ」
「気にしないでください。向こうの足取りを調べてくれただけでも十分助かってるっすから」
言いながら、俺は端末ドローンに表示させたMAP映像を確認する。
『黄泉』全域が記された地図には、複数の赤い点が存在していた。そして俺の視線は、その中でもひと際大きな点に集中している。……此処が、御巫がいる場所。
『七夕には発信機を取り付けててね』
えぇ……? 発信機……? とややヒいていた俺に、御厨さんは心外そうに続けたものだ。
『勘違いしないでよ! あの子も承知の上さ! 普段はあの子の機能で無効化されてるし……。……だからこそ、あの子が最低限の機能すらも使えない状況になれば探知できるようになる』
『でも、それって』
『ええ。七夕が妨害用の電波を発すれば、すぐに止められる。……でも、それをやるには七夕のことをきちんと制御できていないと無理なはずよ』
あの時点で、御巫の『行動の禁止』についてはそれなりの精密さを発揮できていたが、能動的な行動についてはかなり単純な行動しかできていないようだった。おそらくシステムは構築できていても、行動に起こさせるにはプログラムを用意しないといけないのだ。『主任』はシステムを起動させることはできても、行動指示を行う為のプログラムまではまだ保持していない。
だから、『完全に制御を乗っ取られていないという生存報告』としても使える──というのが、御厨さんの見立てだ。
『そして
発信機の電波を妨害する為に御巫を調整しようとすれば、それだけの規模の研究施設が必要となる。つまり、『主任』が発信機のことを認識していようが、結局こちらから攻める構図は変えられないということだ。
……『主任』だって馬鹿じゃない。その上で何かしら対策は打って来るだろうが、その『前提』を押し付けることができたのは大きい。
発信機にしろ向かって来る俺にしろ、『主任』は逃げるという選択肢を既に失っている。此処から先、『主任』が迎え撃つしか選択肢がないのだ。つまり俺は、『主任』が選んだ選択肢の上をいけばいい。
「それじゃ、行ってきます」
改めて意識を現実に引き戻しつつ、俺は言う。
──
これが、機体をきちんと作成した
未知の感覚を体験しつつある俺に、御厨さんはにやりと意地の悪い笑みを浮かべて、
「七夕を頼むわね? 彼氏くん」
「だから彼氏じゃないですって……」
イジりにげんなりしつつ、御厨さんの揶揄いを躱して俺は目に着いた建物へと腕を伸ばす。
そして最後に、捨て台詞としてこう呟いた。
「ただの助手ですよ、俺は」
──シュ!! と。
その瞬間、学ランの袖から紐のような物質──『アンカー』が伸びて、俺が腕を向けていた建物の看板へと繋がる。紐はひとりでに伸縮し、俺の身体を建物の方へと高速で引き込む。
……スーツ型の
だが一方で、それは『人の範疇』でしか動けないということでもある。
いくら膂力を強化しようと、人は人なのだ。動きの流れが人と変わらないのであれば、結局は絶対値が増えただけの地続きでしかない。
なので俺は、一歩先を行かせてもらった。
看板が眼前に迫る。
俺は両手を動かして看板に掴まり、そして同時に袖口から『アンカー』を伸ばす。『アンカー』が別の建物に繋がり、そして俺を引き上げる──その繰り返しで、俺は『黄泉』の街並みを高速で移動していく。
俺の
全長数百メートルにも及ぶ細長い紐を、服の中に隠している。なお材質は、蜘蛛の糸を参考に構成した。
蜘蛛の糸っていうのは、鋼鉄の五倍以上の硬さと、有機物相応の伸縮性を誇るすさまじい素材だ。実際に人工タンパク質の普及が本格化した今の世の中でも、医療の現場から工業分野まで幅広い分野での活用がされている。
ただ、俺はそれをそのまま使ったわけではなく、人工筋肉とブレンドしてより合わせ、一本の『繊維』を作り上げた。これによって、伸縮と湾曲を自在に行うことができるアームを作り出し、俺は『人の域を超えた高速移動』を『怪異』抜きで実現することに成功した。
……まぁ、このあたりはスタートラインだ。『口裂け女』はピーキーだからな。基礎能力については、機体の工夫で補ってやるしかない。
俺は端末ドローンのMAPを睨む。こうしている今も高速で移動を続けているから、もう間もなく狙いのポイントには到着する。
俺の狙いは、強襲だった。
『主任』がこちらの追撃に気付いているなら、潜入をして御巫に奇襲すればいいじゃないかという視点も確かにある。俺の『神憑き』なら、触れば御巫の制御を奪えるだろうしな。
だが──一つ問題がある。
もし御巫が完全に『主任』の手中に収まっているなら、奇襲はまず不可能だという点だ。
『
逆に、御巫が完全に『主任』の手中に収まっていない場合でも、その場合は自分の存在を主任に知らしめることで御巫への注意を逸らす効果が見込める。そしてその効果は、ちんたら潜入して御巫の制御掌握が進んでしまうよりもよっぽどメリットになりうる。
結局、一番敵に回ってほしくないのは御巫なのだ。その前提でいけば、一見無謀にも見える真正面からの強襲という選択肢が一番合理的ということになる。
もっとも────。
「俺にその実力が伴っていれば、の話だが……そりゃ今更か」
呟き、俺は地上に降り立つ。
MAPの中に浮かぶ現在地は、ひと際大きな赤い点と接触している。そして俺の目の前には──廃工場が佇んでいた。
敷地全体を囲むひび割れたコンクリートの塀の向こうにある、無数の煙突のような細長い建造物と丸いタンク、それからさび付いた鋼鉄の校舎みたいな建物たち。そしてその入口には、蔦の張った金属の門が設置されていた。
『黄泉』の不安定な情勢で打ち捨てられた場所を利用しているのか、あるいは最初からそういう風に見えるようにカモフラージュされたものなのかは分からない。だが、外から見える風景と内部の状況が全く違うということだけは分かる。
此処は、活きた施設だ。
──そして、これから俺が殺す。
しゅるり、と俺の袖から、触手の様に『アンカー』が伸びる。
俺が腕を振るうまでもなく、『アンカー』は独りでに振るわれ、まるで鞭のように門に直撃した。直後。
『 』
ギャギィギギギギギギギギギギギギギギギギ!!!!!! と。
まるで悲鳴みたいに、門から火花が散る。『アンカー』はまるでナイフでバターを切るみたいに軽い勢いで、鋼鉄製の門をあっという間に切断してしまった。
…………うむ、機能の調子もばっちりだな。フェーズ1は問題なく稼働、と。……機能が機能なだけに、試し斬りもろくにできてないんだよな。我ながら、よくぶっつけ本番でここまで来たものだ。
ゴトン、と呆気ない音を立てて、鋼鉄の門は崩れる。
これだけ派手な音を立てれば、向こうもこちらの強襲は察知しただろう。鬼が出るか蛇が出るか、はたまた御巫が出るか……。
答えは分からないが、おそらく見ているであろう中年デブの変態オヤジに向けて、俺は宣言しておいた。
「待たせたな。お姫様を取り返しに来たぞ」