【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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Thesis.25 初陣 ③

 ガシガシという何かが地面を蹴る音がして、日向は足を止める。

 ずるり、と両袖から『垂迹一糸(キルストリング)』を伸ばした日向の視線の先には──のっぺりとした黒いレザー質の覆面をした、御巫同様の黒いボディスーツの女性達の姿があった。

 壁をさらに破壊して突き進もうとしていた日向は通路の両側から迫る女性達に対し──

 

 

『       』

 

 

 無視して、そのまま壁を切り裂いた。

 対象の逃走行動を確認した女性達が猛烈な勢いで日向の後を追うが、日向もまた速い。切断された壁を体当たりで突き崩すようなタイミングで、隣の通路へと移ってしまう。

 女性達はそれを猛然とした勢いで追尾し──

 

 

「行動が安直だな。中身は機械か?」

 

 

 ギィィィン、と。

 隣の通路で待ち伏せしていた日向の『垂迹一糸(キルストリング)』が、一閃。

 壁の近くにいた女性達のうち三人程が、分かりやすく()()された。

 

 

「…………なるほどな」

 

 

 切り倒された女性の断面を見て、日向は無感動に呟く。

 切断された女性の断面は、乳白色のプラスチックのように非生命的な色合いを放っていた。

 

 ──御巫がかつて所属していた研究所では、人外も人類も操作する為の方法論として、人工タンパク質による義体技術が盛んに研究されていたという。

 そして、スーツ型の機体を作成するノウハウも、御巫があのスタイルを長く続けている以上、そのルーツは研究所に求められるかもしれない。

 つまり──廉価版・御巫七夕。

 

 

「人形趣味ここに極まれりだな。っつかこれ、見た目まんま御巫じゃないか? これ敵が設計してるんだとしたらちょっとキモいだろ……。いつの間に計測してんだよ」

 

 

 適当に呟く日向は、他の人形兵も同じように始末しようとして──そこで、驚愕の光景を目の当たりにする。

 ぐちゅり、ぐちゅり、と。

 先程両断した人形兵が、独りでに動いて断面を癒着させているのだ。

 

 

「…………どうなってんだ、それ」

 

 

 ──たとえば甲殻類は、外骨格で覆われた肉が損傷しようと脱皮という形で完全に補修することができる。その再生力は、失われた四肢が寸分の損耗なく復活するほど凄まじい。

 そして全身が人工タンパク質で構成された人形は、わざわざ内臓を人類同等に配置する必要もない。甲殻類のようなシンプルな肉の器さえ用意しておけば、それで事足りる。どれだけ破壊されようと修復できる不死身の兵隊の完成だ。つまり、そこに反駁伝承(ATリノヴェーション)の影はどこにも存在しない。

 だが、そんなことは日向の知るところではない。彼の目線からすれば急に再生したという『超常現象』。ごく自然な流れとして、異能の存在を想定する。

 そして、人形兵達は立ち止まらない。異常な再生に日向が足を止めた隙を狙って、残る二体の人形兵が飛び掛かる。

 

 

「チッ、面倒くさいな」

 

 

『       』

 

 

 日向は、今度は回避を選ばなかった。

 飛び掛かり拳を振りかぶってくる人形兵に対して、両袖から伸びた『アンカー』を振るい、そして互いに空中でぶつけ合わせる。

 一見すると意味の分からない行動──だが、直後に効果は発揮される。

 ガイィン!!!! という硬質な衝突音と同時に、ぶつけ合わせた『垂迹一糸(キルストリング)』が勢いよく弾かれたのだ。

 ──チェーンソーのような高速で運動する刃物をぶつけ合わせた際、最も注意すべき事象は何かといえば、それは()()()()である。

 チェーンソーが硬いものにぶつかった場合、『キックバック』といって、刃が弾かれて作業者にぶつかるおそれがある。そしてこの現象は、チェーンソーと同じ原理で破壊力を確保している『垂迹一糸(キルストリング)』にも適用することができる。即ち──『キックバック』を利用した、機体が出せる本来のパワー限界を超えた打撃である。

 

 ドゴォッッッ!!!! と。

 生身の人間なら、おそらくその衝撃だけで肉を千切れさせ絶命するであろう衝撃。

 コンクリの壁すらバターのように両断するほどの破壊力をそのまま転嫁させた一撃を食らって、少女人形二体の身体がくの字に折れ曲がる。そしてノーバウンドで数十メートルも吹っ飛ばされた──その体に、『垂迹一糸(キルストリング)』が素早く巻きついた。

 

 

「また再生されて千日手になるのも面倒臭いし、サクッと無力化しておいてやるよ」

 

 

 ゾザザザザザザン!!!! と。

 吹っ飛んでいく少女人形を引き留めるように巻きついた『垂迹一糸(キルストリング)』を起点にして、斬撃の螺旋が発生した。

 巻きついた少女人形の肉体の腰から下が、きわめて細かい輪切りに分割され、その場に落下する。そして吹っ飛ばされた勢いを殺されなかった上半身だけが、まるですっぽ抜けるみたいにして遠くへ消えていった。

 

 

「距離と分割数。いくら再生の反駁伝承(ATリノヴェーション)でも、これだけやればそう簡単には治らんだろ」

 

 

 落ち着き払って呟いた日向は、ちょうど再生して立ち上がった残りの三体にも目を向ける。

 実際には、いかに甲殻類を基にした再生能力を持っているといっても、その再生には限度がある。反駁伝承(ATリノヴェーション)でもない単なる物理的再生で復活できるのは、精々一部位単位が限度。それ以上細かく分割された場合、スーツの機能停止に伴い再生は不可能になるし、頭部を破壊されても命令の受信が不達になり機能を停止するのだが──そんな弱点も、日向は知らない。

 ただ、知らないということは必ずしも不利を意味しない。

 原理を知らずとも、その現象が何を意味するのかというごく当たり前な戦略的観点を持っていれば、まるで収斂進化のように対策は収束する。

 

 まるで舌なめずりでもするように『垂迹一糸(キルストリング)』で床を鞭打ちながら、日向は言う。

 

 

「悪いが時間がないんでな。芸のない単純作業で片付けさせてもらうぞ」

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

「試作段階とはいえ、あの程度では物の数にもならんか」

 

 

 監視カメラの映像を眺めながら、巻狩は感嘆の声を上げた。

 映像の中では、少年が人形兵──『模倣小町(デミダブルセヴン)』達の四肢をバラバラに切断して、胴体のみ遠くに弾き飛ばしているところだった。

 模倣小町(デミダブルセヴン)の再生能力は、あくまで内部構造の破損修復によるもの。無から生やすことができるわけではないので、切断されたあとああして弾き飛ばされてしまってはどうしようもない。腕にしろ足にしろ、一本だけで修復することはできないからだ。

 日向は当然そんな欠点も知らないが、『身体が生えるにしろ、セオリーで言えば頭に近い部分からだろ』という判断で頭部や胴体を行動不能にした上で遠くに飛ばすという選択をしていた。

 

 

 

「……確か派遣留学生とか言っていたな。あれがか……? 既に戦闘スキルだけで言えば一級相当にも届きうるんじゃないか」

 

 

 誰に言うでもなくぼやく巻狩の横で、御巫は静かに監視カメラの方を向きながら佇んでいる。

 一切の感情が浮かばない横顔を見つつ、巻狩は御巫に問いかける。

 

 

「……〇七七番、あの少年の封入している『怪異』は何だ? あの破壊力、よほどの『怪異』をあてがったようだが……」

 

「『口裂け女』です」

 

 

 巻狩の問いかけに、御巫は即答で返した。

 補足するように、御巫は続ける。

 

 

「先日、初めて遭遇した際に彼が襲われていた『怪異』を撃退がてら核骨に封入し、それを譲渡しました。『口裂け女』への対抗策としては『ポマード』と三回唱えるか、『べっこう飴』を譲渡することで行動を止めることが可能とされています」

 

「『口裂け女』だと……? だが『私って綺麗?』から始まる問答が一切ないだろう。それに、オリジナルの『口裂け女』でもあんなデタラメな斬撃力はないはずだが……」

 

「原理は不明ですが、高度な調整が施されている可能性があります」

 

「それをお前に推測しろと言いたいのだが……」

 

「原理は不明です。反駁伝承(ATリノヴェーション)では『怪異』の利便性を上げればその分出力が弱まる傾向にあり、『怪異』本来の出力よりも威力が上昇している場合は、その分別の制約を設けることで利便性を低下させている可能性があります」

 

「…………本来の思考力をそのまま抽出するのは難しいか」

 

 

 要領を得ない回答に辟易としつつも、巻狩の表情に焦りはなかった。

 現状、一直線にこちらに向かってきてくれているお陰で、施設への破損も少ない。模倣小町(デミダブルセヴン)も最初の二体の破損は再生不能なレベルになっているが、他の機体については十分再生可能な範疇。あとは此処で日向を仕留めれば、労せず元のラインに戻すことができる。

 それに、『口裂け女』を封入しているということさえ分かれば、対策はもう確立したも同然だ。あからさまに封入した『怪異』を隠す運用からして、タネが割れたら終わるタイプの使い手だと巻狩は考えていた。

 

 

「〇七七番。侵入者がこの部屋に入ってもすぐには動くなよ。わたしが指示してから戦闘行動を開始しろ。それと、部屋の損害はなるべく最小限にしろ」

 

「承知いたしました。侵入者が部屋に入ってもすぐには動きません。指示があり次第戦闘行動を開始します。また、」

 

「…………復唱は良い。分かったから」

 

 

 御巫の応答を止め、苛立ちを紛れさせるように頭を掻いた、次の瞬間だった。

 スカァッ──と、まるでゼリーを切り分けるような軽さで、赤い一閃が壁を切り裂いた。

 バラバラに崩れた壁を踏み越えるようにして、少年が──日向友悟が、そこに足を踏み入れる。

 

 

「ようこそ、来訪者。名前を伺ってもいいかな?」

 

「おう、御巫。迎えに来たぞ」

 

 

 男の問いかけの一切を無視して、日向は無言を貫く御巫に声をかける。

 常とは違い、赤い振袖を失ったその姿を見て、日向はぴくりと眉を震わせた。

 

 

「マジのお人形趣味かよ……、気持ち()りぃ。さっさと振袖回収しないとな。正直目のやり場に困る」

 

「名前はと、聞いているんだがね」

 

 

 重ねるように言って、そこで初めて日向は巻狩と目を合わせた。

 そして、ゆっくりと口を開く。

 

 

「年齢差を考えた方がいいぞ、変態セクハラロリコンオヤジ」

 

「なるほど、無縁仏がお望みらしいな」

 

 

 攻撃的な笑みを浮かべて、巻狩は御巫の肩を抱く。

 そして、耳元で囁くようにして、指示を下す。

 

 

「あれを()()

 

 

 ──零落した最強に、無慈悲な命令が下される。

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