【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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Thesis.27 最強の、女の子

 『主任』の傍らに、御巫が立つ。

 床にはまるでF1カーのタイヤ痕みたいに、御巫が高速移動してきたときにできたと思われる焼け焦げた靴跡があった。

 神速で護衛対象の側に立った『最強』に、『主任』は冷や汗をかきながら言う。

 

 

「ぜっ、〇七七番! もう遠くに行くな! わたしの護衛を最優先にしろ!」

 

「承知いたしました。護衛対象の保護を最優先にし、追撃の選択肢を排除します」

 

 

 そこで初めて己の命が戦場に乗っかった自覚をしたのか、ようやく焦りの表情を見せる『主任』に、俺は思わず笑ってしまった。

 あまりにも、今更過ぎる。戦闘の気配が漂ってきた時点で、自分の命はベットされているのに。……いや、そんな当たり前のことすら忘れてしまうほど、御巫という『最強』が強大すぎるのがいけないのか。

 

 

「滑稽だな、オッサン。自分の娘くらいの女の子に守られて恥ずかしくないのか?」

 

「……ハッ、()()が女の子に見えるのか? 人形性愛嗜好(アガルマトフィリア)とはそちらも随分業が深い」

 

「………………誰が人形(アガルマ)だって?」

 

 

 『主任』の軽口に応じたつもりだったが、思いのほか、応じた俺の声は低くなっていた。

 『主任』の方もそれに気付いたらしい。俺の神経を逆撫でしたことを喜ぶように、表情を醜く歪めさせた。

 

 

「図星か? 見れば分かるだろう。江戸の街を焼き尽くすほどの炎を操り、人外の膂力を躊躇なく振るい、そして不倶戴天の敵であっても操作権さえ握られれば言うことを聞く! これのどこが人形でないと? きみが切り裂いた連中とこの木偶人形には、何の違いもないよ」

 

「話にもならねぇな」

 

 

 コイツは、これまで御巫の何を見て来たんだ? ……まぁ何も見ていなかったんだろうな。現場の御厨さんみたいな人に丸投げして、御巫のことなんてスペックシートの上でしか認識していなかった。だから、こんな誤謬を恥ずかしげもなく開陳できる。

 

 

「人間だよ。御巫七夕は、ただの人間だ。最強だの実験体だの、そんなくっだらねぇ肩書よりも前に、そう定義されてる。仕事を選り好みして、家事を放棄して、食事は自炊とも呼べないピザ万能論で、コミュニケーションはところどころ押し付けが強い。……そんなダメ女が、御巫七夕だ」

 

 

 …………そして。

 

 

「……見ず知らずの俺を、迷わず助けてくれた。俺の苦境を知って、手を差し伸べて、懐に入れてくれた。大した見返りもないのに俺の面倒を見て、育ててくれた。タメ口きくとちょっと嬉しそうにして、敬語を使われるとちょっと不安そうにして、御厨さんのお節介を煙たがる……当たり前の善性を持った、ただの寂しがりな女の子なんだよ」

 

 

 そんな女の子の意思を、コイツは現在進行形で踏みつけにしている。

 俺にはそれが、どうしても我慢ならない。

 

 

「だから、許さねぇ。これから自分がボコボコにされる理由は分かったか?」

 

 

 拳を握るように、『垂迹一糸(キルストリング)』を波打たせる。

 ──一番のネックは高速移動を使って『爆発反応装甲』をぶつけられることだった。アレだけは、どうしてもノーダメージで切り抜けることはできなかったからな。……アイツに、操られている間に俺を傷つけたって十字架を背負わせる訳にはいかなかったし。

 だから、何とか『主任』に御巫を釘付けにする指示を出させる必要があった。

 そして、策は成った。この状況ならば、フェーズ2に入ることができる。

 

 

「何も知らない部外者が、随分見当違いの遠吠えだな」

 

 

 対して、『主任』はあくまでも俺の言葉を嘲笑う。

 

 

「ならば止めてみせろ。当たり前の善性を持ったただの女の子なら、言葉で言えば止まるんじゃないか? 不倶戴天の存在の指示一つで友人を焼き払うなんて、そんな冷血な真似はできないだろう? ──〇七七番、アレを焼き払え『いいや御巫七夕、お前は何もするな』……は?」

 

 

 『主任』の指示の直後。

 全く同じ声色で、命令の打ち消しがあった。

 

 

「おーおー、流石は関係者。仰る通り、言葉で止まってくれたじゃねーか」

 

 

 『主任』が周囲を見渡す。

 だが、何もない。目の前には御巫、そしてその向こうに立つ俺。それだけだ。

 

 

「だが、ちょっとセキュリティが甘すぎるんじゃないか? 口頭指示しかないなんて、そんなもの()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……おま、まさか……!?」

 

「『垂迹一糸(キルストリング)』──フェーズ2ってとこかな」

 

 

 『対抗策』を防御する為に、超音波を常に発することができる。

 ──この時点で、多分御巫なら疑問に思っていたはずだろう。超音波まで音域を調整することができるのならば、それ以下の可聴音域での調整もできるはず。つまり、()()()()()()()()()()()()()()? と。

 

 

「馬鹿な……そんな簡単な話じゃないぞ! 同じ声といっても、抑揚や声質といったものは個人特定に使えるくらい千差万別だ! 口頭指示を中心にする以上、当然そのくらいのセキュリティ基準は設けている! なのに……」

 

「何度も言わせるなよ。『口裂け女』は『問答』に特化した『怪異』だぞ」

 

 

 というか、根本的な話。

 『垂迹一糸(キルストリング)』という反駁伝承(ATリノヴェーション)は、その機能の獲得を目的として構築したものだった。

 金属質と振動の特性を獲得することによる、音域を調整可能な音波発生機能。これを利用し、口頭指示によって操作される御巫に対し、制御権を持つ『主任』と同じ声を発することで指示系統を攪乱するという一手。最奥差配(A2Tリノヴェーション)の、弱点特攻(ピンポイントメタ)

 これが──『垂迹一糸(キルストリング)』の設計目的だ。

 

 もちろん、こんなものは通常であれば子供だましにもならない。普通は思考制御がメジャーだからな。たとえば俺が御巫の声をコピーしたとして、それで『怨燃小町(バーンアウト)』を操作するなんて絶対に無理だろう。

 だが、最奥差配(A2Tリノヴェーション)にはそれが通る。

 御巫との思考混濁のリスクを恐れて、口頭指示のみで運用している『主任』は、口頭指示を攪乱されれば御巫を正しく運用することができなくなってしまう。

 ──それはつまり、地獄に突き落とされた御巫に垂らす、一本の救い(クモ)の糸になる!

 

 

「おまえ!! 『口裂け女』はブラフという()()()()()()()()()()()()()()()!?」

 

「っつーか、簡単に騙されすぎだろ。流石に拍子抜けしすぎて罠の可能性も疑ったぞ」

 

 

 まさか本当に騙されてくれるとは思わなんだ。おそらく本質的に戦闘を志向する人間ではないということなのだろうが。

 『垂迹一糸(キルストリング)』を振るいながら、俺は『主任』へと歩を進める。

 『主任』はそれに対し、何も動かない。いや、選択肢を思い浮かべることができていない。

 

 

「さぁ、どうした。頼みの『最強』は頼れなくなっちまったなぁ。次はどうする? 逃げるか? 対抗するか? 選ばせてやるよ、まずは『問答』だ。答えに意味はねぇけどな」

 

「ぐ…………」

 

 

 御巫七夕も、反応しない。

 マスターの命令を忠実に守り、『何もしない』という指令を実行している。

 彼我の距離が、五メートルに差し掛かる。御巫の『爆発反応装甲』は、一ミリも反応しない。

 

 

「〇七七番、わたしの命令だけを聞け! ヤツを焼『行動の必要はない。待機を続けろ。以降、俺の命令は聞かないでいい』……ッ、この……!!」

 

 

 分かんねーやつだな。口頭指示に拘泥している限り、そっちと俺で条件は同じなんだよ。御巫の視点では、どっちの指示も『主任』の指示扱いになってるんだっつの。

 ……背後の情報を探る必要もあるし、此処で『主任』を殺す訳にはいかない。だが、変に喋られても面倒だしな。とりあえず猿轡でも噛ませて喋られなくするか? こういうとき、紐型の機体にしておいてよかったな。拘束から猿轡まで全部ひとりでこなせる。

 ……まぁ、向こうからしたら任意で物体を切断できる紐で拘束とか生きた心地がしないだろうけど。

 

 

 ぴくり、と。

 

 

 そこで、御巫の指が動いたのを、俺は見逃さなかった。

 

 ──御巫の自由意志が復活した可能性を考えるには脈絡がなさすぎる。とすると……口頭指示を放棄して、思考制御に移行したか!?

 即断して、俺は数メートルほど飛び退く。すると、先程までいた場所に御巫が一気に跳躍していたところだった。

 

 ………………やられるくらいならリスクをとるってことか。

 だが、これは悪くない。思考制御をするということは、『自分を護衛しろ』という前提設定よりも通常指示が優先されるケースが増えるということだ。見たところヤツは御巫のことを完璧には制御できていない。その状況で護衛が疎かになるなら、むしろ直接攻撃の隙は現在の方が多いはず。

 あとは、何とか逃げ回りながら『主任』を昏倒させる。それしかない。

 改めて戦闘態勢に入り直した俺を嘲笑うように、『主任』は言う。

 

 

「ははっ! 表情から余裕が消えたな! リスクがあるというだけで、技術的に不可能だなんてわたしは一言も言っていない! さぁ、此処からが本ばるるるるるりりるれれれ──」

 

 

 ──その言葉の、途中で。

 明確に、回線が切り替わる。陰気な中年男性の声色から、明確に明るい少女然とした声色へと人格がザッピングされていく。

 

 

「──れれれ()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()

 

 

 そして俺は、改めて体感した。

 

 その女は、何だかんだ言って最強なのだと。




 最強は零落したと地の文で描写したな。
 アレは嘘だ。
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