【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション 作:家葉 テイク
物心ついたとき、わたしは既にこの狭い世界の中の『最強』だった。
──関東高次憑依現象研究所。
わたしが生まれ育った場所は、そんな名前だった。
最初の記憶は、ふかふかのクッションとオモチャに囲まれた空間の中で、白衣を着た大人たちがわたしのご機嫌を取っている光景。
ただ、それは溺愛とは少し違う。色々なものを経験してきた今なら分かる。アレは、言わば祟り神を鎮める祭事のようなものだった。わたしという、何もかも焼き尽くしかねない『
この時点で、わたしの心臓は『核骨』に置換されていた。わたしの覚えているわたしの最古の日常は、『核骨』関連の健康調査と、機能の出力制御試験と、大人達のご機嫌取りの三種類。
ただ、別にこの無機質な日常も、当時のわたしはそこまで悪いものだと思っていなかった。美味しいものも楽しいものも労せず手に入る。行動の自由はないけれど、別にわたしがその気になれば壊せる程度の『檻』でしかないことだし──わたしは大人達に囚われているのではなく、
ある時、そんな日常に少し変化が訪れた。
これまで事務的に美味しいものや楽しいものを提供するだけで、対人の付き合いを見せてこなかった女研究者の一人が、わたしに対して干渉を強めて来たのだ。
女研究者はわたしの心臓に置換された『核骨』に関する理論の提唱者のひとりで、主にわたしの健康調査に携わっている人員だった。名前は、御厨英姫。
彼女は自分のことを英姫と下の名前で呼ぶように言って、それまで計測作業しか行っていなかった健康調査の時間で、わたしに対して色んな物語──今にして思えば情操教育──を読み聞かせるようになった。
わたしも、英姫のような接し方をしてくる人間が物珍しくて、その教育を甘んじて受け入れた。……思えばこの時の経験が、今のわたしの人格の根幹になっているような気がする。人生観については義父さんの影響が強いと思うけど。
そんな変化も、悪くはなかった。その他大勢の研究者からは物質的な安定を、英姫からは精神的な安定を受けたわたしは、ますますその研究所に鎮座する『
ただ、この時のわたしは、わたしの置かれていた状況というものをそこまで重く考えていなかった。
『七夕』。物心ついた頃には、わたしはそう呼ばれていた。同時に研究所のお偉い方からは『〇七七番』とも呼ばれていたので、『多分、七七番目の検体だから
結論から言うと。
関東高次憑依現象研究所は、悪の秘密結社の研究施設でした。
その昔、現在の
原因は、やっぱり
彼らは経済界に深く根を張り、変わってしまった現在の社会だと都合が悪いという立場の要人から資金を吸い上げて『
まぁ、そんなの夢物語なんだけど。
中世の錬金術師と一緒。黄金練成も不老不死もパトロンからお金を吸い上げる為の耳障りの良い
で、悪の秘密結社は色々な策を講じた。でも結局当時の技術力では箸にも棒にもかからず、やがてこんな珍説まで飛び出してしまった。
『じゃあもういっそ、現状の
いよいよ煮詰まってるなって感じではあったけど、多分パトロンを繋ぎとめる為に、明確な結果を出したかったんだと思う。
ただそんな煮詰まった研究の結果、わたしが生まれた。
研究資料を見た感じ、人工授精とかではなくよそから才能のある赤子を引っ張って来たっぽいけど、そこはそれ。社運(会社じゃなくて結社ね)をかけた研究のために、研究所は一から作成された。
〇七七番っていうのは、検体ではなく結社が講じた『
実際にわたしという成果物が生まれて、その制御技術として人工タンパク質による義体生成術とその制御用バックドアとして一応形となった『
ただ、悪の秘密結社が実験の成功を受けて『よかったね』で話を済ませるわけがなくて。
この当時、結社は成功したわたしを利用して、わたしを発電機にした大規模システムの構築やらわたしのクローンを作成しての体質のコピーやらわたしの強さを分析した新たな『テンプレ』の作成やら、色々なものを手広くやろうとしていたらしく。
で、どうもその関連でテロとかも企てていたらしく。
結果として、秩序側の人間から襲撃を受けた。
あの日のことは、よく覚えている。
健康調査のあとで、英姫と一緒にお茶をしていた時のことだった。
「……? 外がさわがしいね。なにかあったの?」
「…………七夕は気にしなくていいわ」
英姫はそう言っていたけど、表情が強張っていたのが丸分かりだった。
ともあれ、わたしは気持ちとしては研究所側だったから、英姫が困ってるなら手伝ってあげようかなーくらいの気分ではいたんだ。結社がどうとか、その時のわたしには知る由もなかったし──知ったとして、だから何? って感じではあったしね。
「いや、ふつうにそんな顏してたらしんぱいだよ。なんか悪いひとでもきてんの? ならわたしが追っぱらって来るけど」
「いいから。七夕は何もしなくていいの。……それにその人は、悪い人じゃないから」
このとき、研究所にはのちの私の養父──御巫宗次が侵入していた。
後から分かったことだけど、義父さんを研究所に引き入れたのは、英姫だったらしい。英姫はこのままわたしがテロの片棒を担がされて、色んな秩序維持を名目とする組織から排斥対象となるのが怖かったんだとか。実際、あのままいけばそうなって、どこかのタイミングですり潰されていただろうから……英姫の判断には感謝だね。
ほどなくして、研究所は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
研究所の核であるわたしは厳重なセキュリティのシェルターに移送されて、精神安定要因ってことで英姫と一緒に保護……いや、監禁された。
まぁ、効果はまるでなかったんだけどね。
義父さんはとにかく研究所の施設を破壊して回って、やがてわたしが監禁されていたシェルターまで解放してしまった。
──その時だった。『主任』がわたしのバックドアを使ってきたのは。
いやぁ、驚いたよあの時は。わたしの意志に関係なく、今まで出そうとも思ったことのない全力の炎が突然飛び出して来たんだからね。
そして同時に、屈辱だった。わたしは煽てられていいように利用されるのはよくても、自分の意思を無視して力を便利遣いされるのは嫌いなんだよね。
でも、当時のわたしはバックドアの脆弱性に対して何も対策していなかったから、とにかくがむしゃらに制御を乱そうとして、結果、暴走してしまった。気がついたら研究所が全壊しているどころか、周辺の道路まで吹き飛んでて、流石のわたしも唖然としたよ。
義父さんがわたしのことを気絶させてくれてなかったら、かなりヤバかったと思う。下手したら本当に都市を焼野原にしてた。……当時は『爆発反応装甲』もなかったから今ほどではないにしても、それでもわたしを気絶させるのは相当骨が折れたと思う。
こりゃーまずいな、流石に殺処分かな……と思っていたわたしの前に立って、義父さんは視線を合わせて、こう言った。
「お前……『
その誘いに頷いて。
それからわたしは御巫宗次の養子になって、御巫七夕という名前を手に入れた。