【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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Thesis.29 道程 ②

 研究所を出た外の広い世界でも、わたしはやっぱり『最強』だった。

 

 私立探偵の助手として、義父さんを手伝って依頼をこなす日々。義父さんは口を酸っぱくして『義務教育を受けろ』って言ってたけど、わたし研究所で義務教育は済ませてるからね……ということで、無視して義父さんの仕事にひっついていた。手に職つけたかったし。

 今にして思うと、四歳のころから一〇年間のこの時期が、多分わたしの人格形成の上では一番大きな割合を占めていると思う。

 一番大きな影響は、やっぱり『世界』が広がったことだろうか。

 確かにわたしはこの広い世界でも最強だけれど、世の中には色んな頂点が存在する。たとえばわたしは家事の世界では最強になりえないし(なりたくもないし)、わたしの『最強』が価値を持たない世界もある。

 研究所の中でわたしは誰からも尊重される『祟り神(さいきょう)』だったけれど、研究所の外では必ずしも誰もがわたしのご機嫌を伺って来るわけじゃない。むしろわたしのことを煙たがって、あわよくば排除したがる人もいる。味方だけじゃない世界、かと思えば敵と味方が入れ替わることもある。〇と一だけで割り切れない曖昧な領域が存在するという経験も、随分わたしの糧になった。

 

 ああそうそう。暴走の時の記憶は残ってないけど、義父さんに止められたというのは後から聞いてめちゃくちゃ悔しかったので、この期間に自動防御の機能を設定したりもした。義父さんからは『それ以上強くなってどうする』って呆れられたけど。

 あとは、厄介なバックドアの対策も。これは結構上手くいって、バックドアから制御を乗っ取ろうとした下手人に気付かれないように制御を確保しつつ、操作命令だけ閲覧するみたいな小器用なこともできるようになった。……あの結社の残党がまだ残ってるかは分からないけど、人は必滅でも技は不滅だからね。

 

 そんな感じで研究所が崩壊してからの一〇年は、機能的にも人格的にも、わたしという最強を研ぎ澄ますための期間でもあった。

 なんだかんだでわたしは箱入り中の箱入り娘だった。研究所の中で人生が完結していたのだから当然だけど、義父さんについて探偵助手をこなしていくうちに、色んな社会の常識を身に着けることができた。……義父さんを取り巻く社会っていうのもだいぶ浮世離れしていることに気付いたのは、結構後になってからだったけど。

 ()()()()()、義父さんのこと、仕事のこと、怪異のこと、反駁伝承(ATリノヴェーション)のこと、社会のこと……色々なことを義父さんには教えてもらった。多分、英姫とあの人がいなくてもそのうち研究所はぶっ壊れてわたしは外の世界に飛び込んでいたと思うけど、その場合のわたしは『最強』ではなく『怪物』になっていたと思う。そう思うと、流石のわたしも二人には感謝の念を禁じ得ない。困っていたら助けてあげようと思う程度には。

 

 やがて経験を積んだわたしは、いつしか義父さんと同じく探偵として生きていくようになりたいと思うようになっていた。

 義父さんは相変わらず『義務教育を受けろ』とことあるごとに言っていたけど、正直、わたし研究所の中で義務教育どころか高等教育まで済ませてるからね……。ほら、プラズマとかを利用する関係で……。それに、同年代の少年少女とかうっかり壊してしまわないか心配で接するに接せないっていうのもある。『怨燃小町(バーンアウト)』着ないのは舐めプだし。

 ただ、学生という身分が魅力的に見えないのと同じくらい、探偵という生き方がわたしにとって魅力的だったというのは、やっぱり生き方を選ぶ上で大きなファクターだった。何と言っても自分で仕事を選んで、自分の責任でこなしていくっていうのがいい。適材適所。素敵な言葉だと思う。

 それに、義父さんの助手として活動していた時期にできたわたし個人の人脈もある。義父さんはかなり渋っていたけど、わたしの意志が固いのを見ると渋々背中を押してくれるようになった。いいお父さんだ、本当に。

 

 そうして──研究所の崩壊から一〇年後、一四歳になったわたしは、独立して自凝県で探偵業を営むようになった。

 

 独立して、一人で生きていくようになっても、世界は相変わらず快適だったし、わたしは最強だった。

 最強のわたしを脅かすモノはない。それに孤立無援ですり減っていったプロを助手時代に何度も見て来たから、協力者を用意するのも忘れていないし。

 警察の枕飾サンに情報屋の今宵、それに(多分わたしを待ち構えて)この街で闇医者を始めていた英姫。それから各『異界特区』の実力者の面々……我ながら、地盤の構築までできる最強で困ってしまう。

 公私ともに順風満帆。最強具合は陰りなく、わたしは自由気ままにこの世界を謳歌していた。

 ──ただ、時折物足りなくなる瞬間があることは事実だった。

 わたしの隣に誰かが立ったことは、一度としてない。

 当然だ。狭い世界でも広い世界でも、『最強』の座に座っているのは、わたしが生まれてからわたし一人だけなのだから。

 そんな自分の在り方を否定したことはない。否定したいとも思わない。ただ、わたしが出会った人達はみんな、それこそ義父さんも含めて、わたしが最強であることを疑わない。並び立とうなんてことはまず考えない。最強とそれ以外として、関係性は確立している。

 わたしの隣に立ち、追い越そうと──『最強』の座からわたしを追い落とそうとする、または追い落としてくれそうだと予感するような人は、一人もいなかった。

 この感情を形容する言葉は、わたしの語彙には存在しなかったけど。

 

 そんなとき、一人の少年──日向友悟と出会った。

 

 最初は、この自凝県で『怪異』に襲われるという体質に関する物珍しさと同情からだった。『神憑き』として未熟ゆえの体質の暴走だけど、だとしてもあんなに強烈な暴走は滅多に見られない。今まで生きて来れたのが不思議なレベルで不運な少年に、手助けついでにちょっかいをかけようと思ったのが始まりだった。

 ただ、友悟はこれまで会った人達とはちょっと変わっていた。

 初めて出会った瞬間もそう。

 空から舞い降りて、脅威でしかない『怪異』を上から叩き潰すという登場。普通なら、わたし自身も脅威を上回る脅威としてしか認識できないと思う。わたしもそう思ってたから、『私って綺麗?』なんて叩き潰した『口裂け女』にからめて冗談めかして揶揄(からか)ったのに。

 だというのに、友悟の目には恐怖の色なんて一ミリも存在しなかった。そればかりか、『綺麗かと言われたら、そりゃ綺麗だと思いますけど』なんて真顔で言い出す始末。そりゃあわたしだって美女の自覚くらいはあるけど、『怪異』を叩き潰した直後に真顔でそんなこと言われた経験はない。直感で、『この子、めちゃくちゃ面白いな』と思った。

 その後、友悟の身元を引き受けたのは、そんな面白さを気に入ったのと、友悟の体質に興味があったのと、純粋な親切心から。これまできっと苦労してたんだろうし少しくらい助けてあげようかっていう、それだけだ。ちょうど部屋も空いてるし、家事を受け持ってもらえるならウィンウィンだなと思った。それ以上の他意は存在しなかった。

 

 でも、友悟は一度としてわたしのことを()()()()()()()

 

 他の人が当たり前にそうしていたように、わたしの最強を前提に置かなかった。それどころか、()()()()()はいくらでも覆しうる定説でしかないとまで言い切った。

 友悟は、わたしの最強を所与の前提として見ない。

 ただ現時点で、一番強いというだけの女。定義ではなく定説。それ以上でも以下でもない存在として、友悟はわたしに接してくる。必要ならばわたしのことだって超えてやるという選択肢を、当たり前のように持っている。

 言葉にして、意識してそう振舞っているんじゃない。

 ごくごく自然の発想として、そういうことを当たり前に考えられる。

 力量の問題じゃない。それ以前の、精神の次元で、既に同じステージに──わたしの隣に立ってくれる。それができる、男の子。

 

 

 そんな時だった。

 過去の遺物が、顔を出してきたのは。

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