【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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Thesis.30 決着

 ──御巫の前に現れた、過去の遺物。

 彼女が以前所属していた研究所の『主任』であった男は今、

 

 

「──るるらなぁ、ん、でぇ…………?」

 

 

 ほぼ白目を向きながら辛うじて自らの身体に自我としてしがみついていた。

 ギリギリの瀬戸際で、『主任』は言う。

 

 

「リスクは、あった……っ、だが、こんな……早……るっるる、早く、最、悪の……るるるるるる、…………出目を、引く……ぅ……?」

 

「そこで『運』しか敗因の発想がない時点で終わってるんだよね」

 

 

 最早、回答は自我の乗っ取りですらなかった。

 俺の目の前にいた、操られていたはずの御巫が、今度は流暢な言葉で『主任』の疑問に答える。──いやこれは、どちらかというと判決の言い渡しのような『どうしようもなさ』に近いか。

 

 

「っていうか、少しは作戦の失敗も警戒しなよ。そもそもわたしが一四年前の一件からバックドアに対して対策を打っていない訳がないよね? まぁ、疑問に思われないようにわたしも小細工してはいたけどさぁ」

 

 

 御巫は溜息を吐いて、

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()。操作命令だけ受信して、それっぽく対応してただけ。なんか妙に昔の出来の悪いAIみたいな反応してるなとか思わなかった? わたしの素の判断能力、もう少しマシだからね」

 

 

 そんな、全ての前提が覆るようなことを言い出した。

 

 ……えぇ……?

 ……い、いや、そう考えればあらゆる疑問に辻褄が合うのも事実だが。

 

 御巫が指摘した出来の悪いAIみたいな癖のある行動もそうだが、御厨さんが疑問に思っていたバックドア対策があったのに何故貫通したのかという疑問にも説明がつく。そもそも貫通していなかったのだ。御厨さんの疑念は正しかった。……もしかしたら、あえて俺には言っていないだけで、御厨さんはこのパターンも想定していたかもしれないな。いやそれは言えよ。

 それに何より、あの御巫が囚われた場面。確かに、順序がおかしくはあったのだ。蜃気楼とカメラがあの場で無力化されるのはおかしい。無力化される場合はもっと前のタイミング(能力の支配を完全に奪われた時とか)で無力化されているはずだし、そうでないなら解除されるタイミングがないから『主任』に気付かれるまで持続していたはず。

 あのタイミングで蜃気楼とカメラが()()()()解除されたのには、明確な御巫の作為がなければあり得ない。つまりあの時点で、御巫には行動の主導権が残っていたのだ。……ただでさえブラックボックスの多い挙動でそれに気付けというのは、多分開発した張本人である御厨さんでないと無理だと思うが。

 

 

「『主任』さぁ、一人でこんなことできるほど甲斐性ないでしょ? 絶対いるじゃん。あんたを唆した黒幕っていうのがさ」

 

 

 バキ、と。

 御巫は、首に着いていた黒い輪を握力だけで握り潰し、無造作に放り投げる。苦労して組み立てた支配の結晶をいとも容易く放り投げられても、『主任』は何も言わない。いや、そもそも目の前の現実を認識できているのかすら怪しい。

 

 

「だから、ただ干渉を無効化して口頭で尋問するより、あえて干渉をある程度呑み込んで隙を見つつ、そっちが思考制御の窓口を開設したタイミングを狙って繋がりを作って、直接頭の中を覗いてやろうと思ったわけ」

 

 

 ──『最奥差配(A2Tリノヴェーション)』の、裏をかく。

 操作対象を思考制御で操縦するというコマンドを逆用して、操作主と思考単位で繋がる。これを使えば…………確かに、相手の脳内を読み取ることもできなくはない、か。

 普通に考えれば神業レベルの操作技術が要求されそうだが、御巫は『神憑き』の能力として、単なる炎を素粒子レベルで調整することができるほどの精密操作能力を持っている。それを駆使すれば、できなくはない芸当だろう。

 

 

「まぁでも、演技力に自信はついたかな。だって全然気付かなかったでしょ、『主任』。誰もが畏怖する最強を手中に収めることができたーっていう人生のトロフィーに目が眩んで。……ほんと、しょーもないよ」

 

 

 吐き捨てるように言って、御巫は呆然と佇む『主任』の前に立つ。

 そして中指を親指で抑えて、『主任』の額に向け、こう言い捨てた。

 

 

「じゃ、思考の確認は後日ゆっくりとやるんで、今はシャットダウンしといてよ」

 

 

 パチン。

 デコピンの形で放たれた命令によって、『主任』は完全に機能を停止し、その場に崩れ落ちた。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ……いや、理屈は分かった。

 でも、感情的に納得できないところがあるだろ!?

 

 

「おい……おい! 御巫! 俺は言いたいことがあるぞ!」

 

「あ、そうだね……」

 

 

 全部が終わったのを見計らって言うと、御巫はスンとしてこちらに向き直った。自覚はあるんかい。

 無自覚じゃなかったことが分かった分、俺はちょっとトーンダウンして、

 

 

「あの時、お前『たすけて』って言ってたよな。声は出てなかったけど口は動かして。アレまで演技だったとは、到底思えないんだが……どういう意図だったんだよ」

 

 

 確かに御巫は演技で操られていたフリをしていたのかもしれない。

 そりゃあもう迫真の演技だった。臨界稼働が発動しなくて慌ててるときとか、打つ手がなくて逃げるそぶりを見せるときとか。あれは、後から考えたら上手いこと『主任』の優越感とか征服感みたいな感情を刺激するためだったんだろう。

 でも、俺に『たすけて』と言った時の、あの弱弱しい表情まで演技(ウソ)だったとは、到底思えない。っていうかわざわざ相手に見えない状況を作ってまで演技をする必要がないしな。

 よくよく考えたら辻褄の合わないことをしてまで、俺に状況を誤認させるほどの合理性っていうのも思いつかない。俺の状況把握に何かしらの見落としがある可能性もあるが……。

 ……そんな俺の真面目腐った疑問に対し、御巫は何故か顔を逸らしながら答えた。

 

 

「……………………だって、二回目だったし」

 

 

 は? 二回目?

 

 

「鳴釜兼備の件と、今回の件。二度も、わたしの因縁に友悟を巻き込んだじゃん」

 

 

 御巫の続けた言葉に、俺は一応の納得をする。

 ああ、その二回目ね。巻き込まれたというか、向こうから突っ込んで来たって感じだと思うが……。……で、二回目だからっていうのと、例の『たすけて』に何の繋がりがあると……?

 

 

「だから、その……いなくなるかもと思って」

 

「はぁ?」

 

 

 あまりにもあり得ない想定に、俺は思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 いなくなる? あの流れで? いやいやいや……。

 

 

「そんなわけないだろ。考えてもみろよ。あそこでお前が『たすけて』と言わなかったとして、状況は『御巫が知らんオッサンに攫われた』だ。そこで俺がフェードアウトする理由なんて一ミリもなくない?」

 

「分かんないじゃん!」

 

 

 呆れ果てた俺に、御巫はビシ! と指をさす。おお、開き直った。

 

 

「友悟は忘れてるかもしれないけどね、わたし達、まだ知り合って四八時間も経ってないんだよ! 住む場所は確かに提供してるけど、そんなのいくらでも探し直せる。わたしを取り巻く因果と天秤にかけたら、無視して手を引いても全然おかしくないんだって! ……えっと、だから、助けに来てほしくて」

 

 

 一般論で言えば、そうなのかもしれない。

 でも、それって……俺が()()()()の難局で御巫を見捨てるかもしれないって思ってたってことか? 俺が、目の前で御巫が攫われたって状況で尻尾巻いて全部忘れて逃げ出すと?

 ……ふざけんなよ。

 

 

「見くびってんじゃねーぞ。出会ってから四八時間も経ってない? その四八時間弱の間、どれだけ一緒にいて会話したと思ってるんだ。俺はもう、お前を知っている。最強だとか伝承師だとか探偵だとか実験体だとかそんな見せかけの肩書きじゃねぇ。生の『御巫七夕』を知っちまった。その時点で、見捨てて逃げるなんて選択肢は生まれねーだろ」

 

 

 こんなもんは正義感とかそういう話ですらない、当たり前の感情の話だ。

 人となりを知っているヤツが、悪意を向けられている。その時点で、助ける理由は充填される。本来、選択肢なんてもんは生まれない。もしも生まれるとしたら、それは選択肢じゃない。『逃げる理由』だ。助けになりたいって思いが本物なら、どっちを選ぶかなんて考えるまでもない。

 俺が目を見て言うと、御巫は無言のままにこちらに背を向けた。

 

 

「……そうだね、ごめん」

 

 

 うしろめたさだろうか。御巫はこちらに背を向けたまま、珍しくしおらしい口調で言った。

 ……んー。

 

 

「別に謝ってほしいわけじゃねーよ。それよりほかに言うことがあるんじゃないか? 俺、今回相当頑張ったからな?」

 

 

 具体的には、『あ』から始まって『う』で終わる感謝の言葉とか。最後に美味しいところこそ持って行かれたけど、そこまで追い詰めた──思考制御の札を切らせたのは俺の頑張りだからね。

 御巫はしばらく黙っていたが、やがてこちらに背を向けたまま、蚊の鳴くような小さな声で、こう言った。

 

 

「……………………ありがと」

 

 

 今もまだ背を向けてるのは、うしろめたさじゃなくて照れ臭さの方かね。まぁ武士の情けだ。そこまで掘り下げないでおいてやろう。

 

 

「友悟が助けに来てくれて、嬉しかったし、助かったよ。……友悟がいなかったら思考制御に入るまでもっとかかったと思うし、それまでに色々されたかもしれないし……」

 

「おう」

 

 

 そこは本当に良かったなと思う。立ち上がってよかった。

 そんな感じで鷹揚に答えて、俺は御巫が心の整理をつけるのを待っていてやる。

 少しの沈黙があったが、やがてすっかり調子を戻した御巫は、にんまりと嫌らしい笑みを浮かべてこちらに振り返って来た。まるで、格好の反撃材料を見つけたみたいに。いや、何の反撃やねん。

 

 

「まぁ、わたしは誰かさん曰く『寂しがりな女の子』らしいからね。友悟がいなくなっちゃったら寂しいからなー。だから臆病になっちゃったのかもなー?」

 

「あっ……!」

 

 

 そ……そうかコイツ、操られてるようで全然操られてなかったから、その間俺が何言ったかとかも全部覚えてるんだ!!

 その攻め方は半分自爆じゃないかと思うけど、それはそれとして完全に聞こえてない前提で色々言っちゃってたぞ!? まずい、なんか変なこととか言ってないよな……!?

 

 

「いやでも、本当に嬉しかったよ正直さー。わたしって最強だからね、ああいう風に屈託なく女の子扱いされた経験って皆無だし? 『ボコボコにされる理由は分かったか?』……んー庇われる側で言われるってこういう気持ちなんだね」

 

「最悪のオーディオコメンタリーだ!! 頼むからやめてくれ!!」

 

 

 そこについては、御巫が結局トドメを掻っ攫っていたことも含めて後から見ると本当にカッコつかないから! むしろ恥ずかしいやつだから!

 懇願する俺に、御巫はずいと近寄る。肩が触れそうなほどに近づいて、御巫は言う。

 

 

「っていうか、少しはわたしのことも労ってほしいなー。実際、相当大変だったんだよ? いくら精密操作ができるとはいえ、操作命令を受信しつつ無視するとか、かなりの綱渡りだからね。わたしじゃなかったら操作命令に呑み込まれててもおかしくなかったんだからさ」

 

「それは素直に凄いと思う」

 

 

 いやマジで。俺の場合は制御強度特化らしいから、たとえ『神憑き』の能力が覚醒したとしても同じことはできないだろうしな。

 近づくどころか肩をぐいぐい押し付けてきながら、御巫はさらに俺に追撃してくる。

 

 

「友悟はわたしのことを最強扱いしないけど、理屈が通るんだったらできて当然みたいな感じの態度が多いよね。ちゃんと褒めるのもコミュニケーションの上では大事だよ? わたしだって友悟のことよく褒めるじゃん。わたしのことももっと褒めなさい」

 

「うぐ、善処します」

 

「敬語」

 

 

 ハメ技だろ今の流れは。

 っていうか褒めろって言われて褒めるのはかなり照れ臭いし恥ずかしい!!

 

 

「善処じゃなくて~? わたしの神業に対するお褒めの言葉は~?」

 

「あーもう凄いよ流石だよ感服した!! これでいいか!? 肩をぐりぐり押し付けるな猫じゃないんだから!!」

 

 

 そう言って、俺はぐりぐりと距離を詰めるどころか肩を押し付けて来る御巫を手で押して距離をとる。

 と、

 

 

「ぅゃあ゙んっ!?」

 

 

 え、なになになに。怖い。今の声なに。

 ……御巫の声だよな。なんか変なとこ触ったとかじゃないよな???

 

 

「……あ、いや、ごめん。油断してて……『最奥差配(A2Tリノヴェーション)』用にわざと窓口開けてたからさ……。……ほら、友悟の体質で……ちょっと……うっかり本気で制御取られそうになって」

 

「クッソ危ないな!? 気を付けてくれよ!?」

 

 

 『主任』の『最奥差配(A2Tリノヴェーション)』よりも強制力あんの、俺の体質!?

 いや、そうか、そういえば当初は御巫に触れれば多分俺が制御を乗っ取れるとかそういうことも考えてたっけ……! いらんいらん、そんな伏線回収いらんから!

 

 

「だ、大丈夫。ちゃんと窓口閉めたから。もう触っても大丈夫」

 

「いやそんな改めて触るようなこともないけども」

 

 

 そもそも肩をぐいぐい押し付けてこなければね。

 なんかちょっとやや間合いを取ってる感のある御巫に何とも言えない気まずさを感じながら、俺は気を取り直して周囲の様子を見る。

 ……この機材全てが、御巫を支配するために準備されたものだと思うと、なんとも薄気味悪いもののように思える。実際にはそれらすべてが全くの無意味で終わったわけだが、それでも。これだけの設備を作る悪意が一人の少女に向けられていたという事実が、改めて気持ち悪かった。

 

 

「んで、この後はどうする? そいつの尋問とか、一応ちゃんとした設備がないとだろ。此処を使うのもアレだしな……」

 

「ん、そうだね。ひとまず枕飾サンに引き渡しかな。一応この人、マルカイ案件だと思うし」

 

 

 ……マルカイ案件?

 

 

「あ、刑事部対怪課のことね。枕飾サンの所属。怪異とか伝承師とかの犯罪を受け持ってるんだよ。この人、社会を相手取った秘密結社の残党だからさ。引き渡せばポイント稼げるんだよね。社会貢献ポイント」

 

「そういうのはポイント制ではないだろ……」

 

 

 言わんとしていることが分かるけども。

 ……っていうか。

 

 

「引き渡していいのか? 頭の中身を見るとか言ってなかったっけ?」

 

「見るよ。でも、ちゃんとした設備が必要だからさ。引き渡しの代わりに警察の設備を使わせてもらおうかなって。大丈夫、捜査協力って言えば普通に通るよ。わたし、信頼あるから」

 

 

 ……そりゃ、現世界最強がわざわざその技を使って捜査協力してくれるっていうなら、ある程度融通をきかせることもあるか。

 何度か実際に通したことがありそうな御巫の口ぶりに、俺も納得する。まぁそういう実務的な都合は抜きにしておいても、手元に置いておきたくないしな、このオッサン。

 御厨さんのとこでも条件は満たせそうだが、流石にコイツを御厨さんに預けるのはな……。ちょっと酷というか、御厨さんからすれば『主任』は『娘とすら思っている少女の身を脅かすオッサン』なわけで、そんなクソ外道を尋問の都合上殺さず手元に置いておくのは……精神衛生上よくはない。

 ……うん、やっぱり警察にお任せした方がいいな!

 

 

「了解。……でもちょっと意外だな。こういうので警察組織が頼れるのって。フィクションだとだいたいポンコツだし」

 

「漫画の読み過ぎだよ友悟。実際、警察組織との癒着があるのなんてダブルスリーナイン社絡みくらいだし」

 

 

 いや癒着はちゃんとあるんかい。

 これ今回の件の黒幕がダブルスリーナイン社だったらヤバイんじゃないか……?

 

 そんな俺の一抹の不安をよそに、その後はとんとん拍子で進み。

 『主任』こと巻狩勝氏は、無事に留置所に連行されたのだった。

 

 

 ちなみに、結論から言うとダブルスリーナイン社は黒幕ではありませんでした。

 何故なら、翌日俺達はきちんと『主任』から情報を抜き取ることができたので。

 

 

 

 ……まぁ、問題はその抜き取った情報の中身だったのだが…………。




 これにて第二章完、です。
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