【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション 作:家葉 テイク
Thesis.31
翌日、俺と御巫は二人連れ立って自凝県の街並み──『黄泉』ではなく、普通に
此処は
自凝県では珍しくもない林立した高層ビルに、
「あれは試験運用中のパトロールドローンだね」
怪訝そうな表情をしていたのだろう。俺の視線を追った御巫が、そう補足してくれる。
「なにせ自凝県はまだまだ行政の監視が追いついてないからね。ああやって『目』を増やすところから始めてるんだって」
「なるほどな…………」
隣を歩く御巫は、相も変わらず漆黒のボディスーツに赤黒の振袖姿だ。
『県外』の常識ではどう考えても街行く人の平均値からは外れに外れたファッションだが、意外にも彼女はそこまで悪目立ちしていなかった。よく見てみたらスーツ型の
……まぁ、そこはいいんだ。俺が気にしているのはそこではなく。
「なぁ、やっぱ早く家を出過ぎたんじゃないか? まだ約束の時間まで全然あるぞ」
「んー、読みが外れたかなぁ」
俺達が今日八尋殿市にやってきた理由は、ただ一つ。自凝県警本部に収監されている『主任』の頭から情報を抜く。それだけである。
枕飾さんから伝えられた約束の時間は午後一時だったのだが──現在時刻は午前一〇時半。昼食をこっちで取るとしても流石に時間が余り過ぎている。もちろん家を出る時点でこうなるのは分かっていたので『もうちょっと後でよくない? 何ならメシ食ってから家出るでもよくない?』と進言はしていたのだが、家主御巫は『大丈夫だから』の一言で忠言を棄却していた。
御巫は少しバツが悪そうにして、
「『主任』の情報がクリティカルなら、口封じに『主任』が狙われるか、わたしの合流を妨害するかの二択だと思ったんだよね。だから妨害を受けても遅れないように早めの時間に行こうと思ってたんだけど」
「おい」
何を当たり前のように襲撃を前提にしたスケジュールを組んでるんだお前は。しかも俺も巻き込むの前提じゃねーか。
「先に言えよ、先に。なんで家出る前に言わないのそういうこと」
「どうせなら、友悟に咄嗟の襲撃への対応の経験値を稼いでもらおうかな~と思って。えへ」
「スパルタすぎない?」
これでも俺は普通の一般派遣留学生な訳だが、なんかプロの戦闘マンを育成するためのカリキュラムを始めてたりしない?
俺の疑惑に対し、御巫はけらけらと笑いながら、
「だーいじょーぶだって。こんな街中での襲撃に出されるような尻尾切り済みの三下なんて、友悟なら余裕だよ」
「多分御巫の言うことだから安全マージン的には本当にそうなのが釈然としない……」
『問題なくこなせるから遠慮なく試練を課すね』って、それもう神話の世界の女神様の理論なんだよな……。まぁコイツの最強っぷりを考えれば、あながち女神の理論を振るうのも間違いではないのかもしれないが。
呆れ半分の俺に、御巫は困った表情を作って、
「……でもまぁ、読みが外れたね。黒幕的にはもう『主任』の情報程度は困らないのか、あるいはわたし達に攻めて来てほしいのか……。……どっちにせよ、黒幕はわたし達が『主任』から情報を抜き取るのを妨害する気はないみたい」
「大丈夫か? 『主任』の脳内情報にハッキング対策のウイルスを仕込まれてるとかあったらヤバくない?」
「…………もしあったらヤバいね」
御巫は真顔で頷いて、
「何があっても不思議じゃないし、そこは対策しておこう。ありがと友悟、ナイス意見」
「どういたしまして」
「敬語」
「敬語かこれ?」
どっちかというと定型句じゃないか? あと『どういたしまして』ってそれ以上砕けた言葉に変換できなくない? 『別にお前の為に言った訳じゃないし』とか?
「でも、どうすっか。だいぶ時間が余っちまったけど……。八尋殿市ってオフィス街だからなー……。どっかに暇を潰せそうな
何分、一昨日この島に来たばかりなのでよく分からない。
流石に市内に一つも商業施設がないということはあり得ないと思うが、往復時間も考えてあと三時間で行ったり来たりできる程度の距離なのかも分からん。車も駐車場に戻しちゃってるし。
そのあたり、土地勘があるであろう御巫の意見を聞こうと、それとなく視線を向けてみる。
「ん…………」
御巫は、端末ドローンを操作しながらちょっとまごついて、
「一応、あるよ。駅ビルと複合した百貨店が一つ。ほらこれ」
そう言って、御巫は端末ドローンを指先で操作しながら俺に見せて来る。……う、近い。
どれどれ……これは…………『ガンジツ』? 聞いたことない百貨店だな。
「友悟は耳馴染みがないかもね。此処、自凝県内にだけ展開してる百貨店だから。
「へー」
自凝県ならではって感じだ。まぁ、既製品とかはバックドアが怖いので使いたくないが…………ああ、なんか俺もすっかり御巫に染められてるなって今実感した。既製品を使うのにバックドアがどうこうで気が引けるのは派遣留学生の前でやるととてもサムい気がするので、今から気を付けておこう。
「おっ、ちょうど派遣留学生向けの新生活応援フェアをやってるみたいだね。見に行こうよ」
「つっても、別に足りないものはないけどな」
「ぶつくさ言わないの。さ、行こ!」
そう言って、御巫は俺の手を掴む。一瞬、昨日のことが過ってぎょっとしたが──特に問題もなく。
そのまま御巫は俺の手を引いて、ずんずん八尋殿市の街並みを進んで行くのだった。
◆ ◆ ◆
流石にずっと手を引かれるのは恥ずかしかったので早々に解除し、向かうこと一〇分弱。
意外と近くに、百貨店『ガンジツ』はあった。
「実は、『ガンジツ』には今のうちに行っておきたかったんだよね」
駅を取り込むような形で形成された巨大なビルの入口に立った御巫は、何でもないように言った。珍しい。御巫が俗世のものに興味を持つとは。いかにもそんなものどうでも良さそうなタイプなのに。
流石に口には出さずに、俺は上機嫌そうな御巫に問いかける。
「何でだ?」
「ワンチャン潰れるからね、ここ」
「はぁ!?」
やはり御巫は御巫であった。爆弾発言に俺は目を剝き、それから周りの目を気にしてすごすごとトーンを落とす。
「…………どういうことだよ」
「昨日、英姫が色々と動いてたじゃん?」
……確かに、昨日の戦闘に御厨さんは合流しなかった。なんでも『万全を期したい』みたいなことを言っていた気がするが……結局あれが何のためだったかは聞けてなかったな。
「あれは、『主任』の研究所から逆算した物資の流入経路をチェックしてたんだよ。色々大変だから、英姫の機能もフル活用してね」
「あの人も地味に超凄いよな」
確か、御厨さんの機能は自分の完全複製だったか? 大量の自分を投入して調査をしていたのだろう。昨日のやりとり的に自分同士で情報の同期も可能っぽいから、普通に調査するよりも捗るはずだ。
……で、それと爆弾発言に何の関係が?
「その結果、『主任』は『
「はぁ!? …………いや、まさか」
そういえば、鳴釜は『
御巫に襲撃を仕掛ける為にいち企業の生命線でもある所属伝承師を秘密裏に潰せるほどの存在っていったいなんなんだと思っていたが……同じ『
「といっても、『主任』が歳旦重工と関わり出したのは結構最近だね。経営アドバイザーとして参画してる。『主任』を招いた歳旦重工の誰か……そいつが、今回の黒幕だとわたしは見てる」
「それは…………」
言葉に詰まる俺に、御巫はさらに続ける。
「『
御巫はおさらいでもするように、
「新たに台頭したダブルスリーナイン社という『巨人の歩み』に対抗する為に、旧来企業が様々な業種で経営協力をして、まるで鰯が群れを成して巨大な魚群を形作るみたいに『一つの巨大な企業』を形作った複合企業体。それが、『
でもその『
「結局、じり貧だったんだよね」
冷めた調子で、御巫が補足する。
「確かに複数企業の馬力を束ねることで、それなりにダブルスリーナイン社と対抗はできた。でも、所詮は経営統合もろくにしていない烏合の衆。単一経営のダブルスリーナイン社と比べてどうしてもフットワークは重いし、体力もない。ましてや業界トップはダントツでダブルスリーナイン社だしね」
「……何とか対抗できているように見えて、実際には足元から火が回っていた、と?」
「そ。それに、色々ズレてるんだよ。此処──『ガンジツ』も歳旦重工の関連企業だけど、通販で圧倒的シェアを持つダブルスリーナイン社に対抗して『
それは……確かにそうだ。実際、俺も此処で
「これは推測だけど、
それを得た連中が、藁をも掴む思いで手を伸ばすものと言ったら……。
「…………
「そうだね。わたしの古巣じゃ、そういうものを『
それが、つまり
「……わたし、実は悪の秘密結社の出身でね」
と、御巫は唐突に冗談みたいなプロフィールを公開してきた。
……が、俺は別に面食らったりはしない。まぁそうなんじゃないかと思っていたからだ。人間を操ろうとする悪の科学者やら、裏がありそうな闇医者やら、元実験体の最強人間やらが出てきているのだ。もはや悪の秘密結社が存在しない方がリアリティがないだろう。
「『
「……一人だけか?」
御厨さんの話だと、昔の御巫はバックドア対策はしていなかったはず。となると研究所が解体されるようなことがあれば間違いなく操られたはずだが……いくら一四年前──つまり御巫が四歳だったとしても、『
「一人だよ。オジサンけっこう強いからね。といっても、結構手こずったらしいけど。研究所は爆散するやらなんやらで周辺も巻き込む大事故になったから、揉み消しきれずにニュースになったらしいし」
「……へー」
…………そうなのか……。
「ともかく、そこで一大事業だったわたしが解放されたことで、色々あって結社も解散になったんだけど……結社がかつて掲げていた『
御巫の説明に納得しかけた俺は、そこである懸念に気付く。
「待てよ。ってことはガンジツって敵のお膝元みたいなもんじゃないか? 大丈夫なのか? そんなところに行って」
「心配しすぎだって。敵のお膝元ってことは、そこで暴れれば敵にもダメージが行くってことだよ?」
……む、それはそうだが……。
「でも、歳旦重工は御巫を襲撃する為に配下のニイナメロジスティクスを切り捨てただろ? ってことは、ガンジツだって切り捨てるんじゃないか?」
「歳旦重工がニイナメロジスティクスを切り捨てたって見方もどうだかね……。実情は逆かもよ?」
「……逆?」
オウム返しするほかない俺に、御巫は頷く。
「そ。逆に、ニイナメロジスティクスが『
…………ナオライに巣食っていた筒粥か。
確かに、旗色の悪い『
……そしてそれが意味するのは、『
「正直、白昼堂々襲ってきてくれるならむしろ好都合だよ。統制が取れていない証拠だからね。わたしも大手を振って反撃できる。でも、目下の目標はこれかなー」
そう言って、御巫は端末ドローンをこちらに見せて来る。
ガンジツの店内情報が表示されたホログラムのウインドウの一角には……『新生活応援フェア』の文字が。いやだから、欲しいものはないって言ったじゃん。
「友悟、さっき欲しいものないとか言ってたけど、小物類全然持ってないでしょ? ダメだよー欲しいものっていうのは自認じゃなくて外部のコンサルティングを以て決めなくちゃ」
「いや本当に要らないんだけどな……」
小物なんて、いるか? 最低限食事と身支度ができる程度のものさえあれば十分だと思うが……。いや、頻繁に引っ越す必要がないならある程度腰を据えることを前提とした小物類も使うようになるのだろうか。施設を出てからこっち、今まで半年以上同じところに住んでたことがないのでよくわからん。
「忘れてると思うけど、
「これから自分達が潰す企業のデパートで買い物するって、なんか無用に申し訳なくなってくるな……」
「そのうち慣れるよ」
あの、できれば慣れたくはないのですが…………。