【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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第三章
Thesis.31 復古星系(アンレガシー)


 翌日、俺と御巫は二人連れ立って自凝県の街並み──『黄泉』ではなく、普通に()()()自凝県だ──を歩いていた。

 此処は八尋殿(やひろどの)市。県央に位置するオフィス街で、自凝県警の本部がある場所でもある。

 自凝県では珍しくもない林立した高層ビルに、反駁伝承(ATリノヴェーション)による空中歩道、それから路地の隅をうろつく清掃ドローン。それに加えて、この八尋殿市では黒いカラーリングのドローンが時たま飛んでいる。……なにあれ?

 

 

「あれは試験運用中のパトロールドローンだね」

 

 

 怪訝そうな表情をしていたのだろう。俺の視線を追った御巫が、そう補足してくれる。

 

 

「なにせ自凝県はまだまだ行政の監視が追いついてないからね。ああやって『目』を増やすところから始めてるんだって」

 

「なるほどな…………」

 

 

 隣を歩く御巫は、相も変わらず漆黒のボディスーツに赤黒の振袖姿だ。

 『県外』の常識ではどう考えても街行く人の平均値からは外れに外れたファッションだが、意外にも彼女はそこまで悪目立ちしていなかった。よく見てみたらスーツ型の反駁伝承(ATリノヴェーション)を身に纏う人が多かったとかそういう話ではなく、シンプルに、自凝県では和装をアレンジしたファッションが意外と多いのだ。御巫の格好も、そうした和装アレンジの中に紛れて『やや個性的』くらいの目立ち方に留まっている。

 ……まぁ、そこはいいんだ。俺が気にしているのはそこではなく。

 

 

「なぁ、やっぱ早く家を出過ぎたんじゃないか? まだ約束の時間まで全然あるぞ」

 

「んー、読みが外れたかなぁ」

 

 

 俺達が今日八尋殿市にやってきた理由は、ただ一つ。自凝県警本部に収監されている『主任』の頭から情報を抜く。それだけである。

 枕飾さんから伝えられた約束の時間は午後一時だったのだが──現在時刻は午前一〇時半。昼食をこっちで取るとしても流石に時間が余り過ぎている。もちろん家を出る時点でこうなるのは分かっていたので『もうちょっと後でよくない? 何ならメシ食ってから家出るでもよくない?』と進言はしていたのだが、家主御巫は『大丈夫だから』の一言で忠言を棄却していた。

 御巫は少しバツが悪そうにして、

 

 

「『主任』の情報がクリティカルなら、口封じに『主任』が狙われるか、わたしの合流を妨害するかの二択だと思ったんだよね。だから妨害を受けても遅れないように早めの時間に行こうと思ってたんだけど」

 

「おい」

 

 

 何を当たり前のように襲撃を前提にしたスケジュールを組んでるんだお前は。しかも俺も巻き込むの前提じゃねーか。

 

 

「先に言えよ、先に。なんで家出る前に言わないのそういうこと」

 

「どうせなら、友悟に咄嗟の襲撃への対応の経験値を稼いでもらおうかな~と思って。えへ」

 

「スパルタすぎない?」

 

 

 これでも俺は普通の一般派遣留学生な訳だが、なんかプロの戦闘マンを育成するためのカリキュラムを始めてたりしない?

 俺の疑惑に対し、御巫はけらけらと笑いながら、

 

 

「だーいじょーぶだって。こんな街中での襲撃に出されるような尻尾切り済みの三下なんて、友悟なら余裕だよ」

 

「多分御巫の言うことだから安全マージン的には本当にそうなのが釈然としない……」

 

 

 『問題なくこなせるから遠慮なく試練を課すね』って、それもう神話の世界の女神様の理論なんだよな……。まぁコイツの最強っぷりを考えれば、あながち女神の理論を振るうのも間違いではないのかもしれないが。

 呆れ半分の俺に、御巫は困った表情を作って、

 

 

「……でもまぁ、読みが外れたね。黒幕的にはもう『主任』の情報程度は困らないのか、あるいはわたし達に攻めて来てほしいのか……。……どっちにせよ、黒幕はわたし達が『主任』から情報を抜き取るのを妨害する気はないみたい」

 

「大丈夫か? 『主任』の脳内情報にハッキング対策のウイルスを仕込まれてるとかあったらヤバくない?」

 

「…………もしあったらヤバいね」

 

 

 御巫は真顔で頷いて、

 

 

「何があっても不思議じゃないし、そこは対策しておこう。ありがと友悟、ナイス意見」

 

「どういたしまして」

 

「敬語」

 

「敬語かこれ?」

 

 

 どっちかというと定型句じゃないか? あと『どういたしまして』ってそれ以上砕けた言葉に変換できなくない? 『別にお前の為に言った訳じゃないし』とか?

 

 

「でも、どうすっか。だいぶ時間が余っちまったけど……。八尋殿市ってオフィス街だからなー……。どっかに暇を潰せそうな商業施設(デパート)とかってあるんかね」

 

 

 何分、一昨日この島に来たばかりなのでよく分からない。

 流石に市内に一つも商業施設がないということはあり得ないと思うが、往復時間も考えてあと三時間で行ったり来たりできる程度の距離なのかも分からん。車も駐車場に戻しちゃってるし。

 そのあたり、土地勘があるであろう御巫の意見を聞こうと、それとなく視線を向けてみる。

 

 

「ん…………」

 

 

 御巫は、端末ドローンを操作しながらちょっとまごついて、

 

 

「一応、あるよ。駅ビルと複合した百貨店が一つ。ほらこれ」

 

 

 そう言って、御巫は端末ドローンを指先で操作しながら俺に見せて来る。……う、近い。

 どれどれ……これは…………『ガンジツ』? 聞いたことない百貨店だな。

 

 

「友悟は耳馴染みがないかもね。此処、自凝県内にだけ展開してる百貨店だから。反駁伝承(ATリノヴェーション)系のお役立ち用品とかも売ってるよ」

 

「へー」

 

 

 自凝県ならではって感じだ。まぁ、既製品とかはバックドアが怖いので使いたくないが…………ああ、なんか俺もすっかり御巫に染められてるなって今実感した。既製品を使うのにバックドアがどうこうで気が引けるのは派遣留学生の前でやるととてもサムい気がするので、今から気を付けておこう。

 

 

「おっ、ちょうど派遣留学生向けの新生活応援フェアをやってるみたいだね。見に行こうよ」

 

「つっても、別に足りないものはないけどな」

 

「ぶつくさ言わないの。さ、行こ!」

 

 

 そう言って、御巫は俺の手を掴む。一瞬、昨日のことが過ってぎょっとしたが──特に問題もなく。

 そのまま御巫は俺の手を引いて、ずんずん八尋殿市の街並みを進んで行くのだった。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 流石にずっと手を引かれるのは恥ずかしかったので早々に解除し、向かうこと一〇分弱。

 意外と近くに、百貨店『ガンジツ』はあった。

 

 

「実は、『ガンジツ』には今のうちに行っておきたかったんだよね」

 

 

 駅を取り込むような形で形成された巨大なビルの入口に立った御巫は、何でもないように言った。珍しい。御巫が俗世のものに興味を持つとは。いかにもそんなものどうでも良さそうなタイプなのに。

 流石に口には出さずに、俺は上機嫌そうな御巫に問いかける。

 

 

「何でだ?」

 

「ワンチャン潰れるからね、ここ」

 

「はぁ!?」

 

 

 やはり御巫は御巫であった。爆弾発言に俺は目を剝き、それから周りの目を気にしてすごすごとトーンを落とす。

 

 

「…………どういうことだよ」

 

「昨日、英姫が色々と動いてたじゃん?」

 

 

 ……確かに、昨日の戦闘に御厨さんは合流しなかった。なんでも『万全を期したい』みたいなことを言っていた気がするが……結局あれが何のためだったかは聞けてなかったな。

 

 

「あれは、『主任』の研究所から逆算した物資の流入経路をチェックしてたんだよ。色々大変だから、英姫の機能もフル活用してね」

 

「あの人も地味に超凄いよな」

 

 

 確か、御厨さんの機能は自分の完全複製だったか? 大量の自分を投入して調査をしていたのだろう。昨日のやりとり的に自分同士で情報の同期も可能っぽいから、普通に調査するよりも捗るはずだ。

 ……で、それと爆弾発言に何の関係が?

 

 

「その結果、『主任』は『復古星系(アンレガシー)』……その元締め企業である歳旦重工と繋がっていたことが分かったんだ」

 

「はぁ!? …………いや、まさか」

 

 

 そういえば、鳴釜は『復古星系(アンレガシー)』の運輸系を担っていたニイナメロジスティクスの所属伝承師を潰して成り代わってたんだったよな。

 御巫に襲撃を仕掛ける為にいち企業の生命線でもある所属伝承師を秘密裏に潰せるほどの存在っていったいなんなんだと思っていたが……同じ『復古星系(アンレガシー)』の企業が関わっていたってことなのか。

 

 

「といっても、『主任』が歳旦重工と関わり出したのは結構最近だね。経営アドバイザーとして参画してる。『主任』を招いた歳旦重工の誰か……そいつが、今回の黒幕だとわたしは見てる」

 

「それは…………」

 

 

 言葉に詰まる俺に、御巫はさらに続ける。

 

 

「『復古星系(アンレガシー)』がどういうものだったか、覚えてる?」

 

 

 御巫はおさらいでもするように、

 

 

「新たに台頭したダブルスリーナイン社という『巨人の歩み』に対抗する為に、旧来企業が様々な業種で経営協力をして、まるで鰯が群れを成して巨大な魚群を形作るみたいに『一つの巨大な企業』を形作った複合企業体。それが、『復古星系(アンレガシー)』」

 

 

 遺物となることを拒絶する(アンレガシー)……実際、その存在感はダブルスリーナイン社ほどではないが、俺の印象にも残るほどにはなっていた。

 でもその『復古星系(アンレガシー)』の元締めが、どうして御巫を……?

 

 

「結局、じり貧だったんだよね」

 

 

 冷めた調子で、御巫が補足する。

 

 

「確かに複数企業の馬力を束ねることで、それなりにダブルスリーナイン社と対抗はできた。でも、所詮は経営統合もろくにしていない烏合の衆。単一経営のダブルスリーナイン社と比べてどうしてもフットワークは重いし、体力もない。ましてや業界トップはダントツでダブルスリーナイン社だしね」

 

「……何とか対抗できているように見えて、実際には足元から火が回っていた、と?」

 

「そ。それに、色々ズレてるんだよ。此処──『ガンジツ』も歳旦重工の関連企業だけど、通販で圧倒的シェアを持つダブルスリーナイン社に対抗して『反駁伝承(ATリノヴェーション)系の商品を実際に店頭で販売する』路線をやってるの。でも、正直イマドキ欲しいものなんて通販で終わりでしょ?」

 

 

 それは……確かにそうだ。実際、俺も此処で反駁伝承(ATリノヴェーション)用品が欲しいなとは思わなかったし。

 

 

「これは推測だけど、反駁伝承(ATリノヴェーション)を中核とする現代文明──ダブルスリーナイン社が提唱する怪異文明(スペクターパンク)社会という文脈に乗っかってる限り、自分達の運命は先細りだってことに気付いたんじゃないかな」

 

 

 反駁伝承(ATリノヴェーション)の地続きを歩くだけでは、遠からず自分達は潰れるという予感。

 それを得た連中が、藁をも掴む思いで手を伸ばすものと言ったら……。

 

 

「…………反駁伝承(ATリノヴェーション)を超克する概念」

 

「そうだね。わたしの古巣じゃ、そういうものを『さらなる高次の怪異応用技術(アンチ=アンチテーゼ・リノヴェーション)』って呼んでたけど」

 

 

 それが、つまり最奥差配(A2Tリノヴェーション)のルーツか。

 

 

「……わたし、実は悪の秘密結社の出身でね」

 

 

 と、御巫は唐突に冗談みたいなプロフィールを公開してきた。

 ……が、俺は別に面食らったりはしない。まぁそうなんじゃないかと思っていたからだ。人間を操ろうとする悪の科学者やら、裏がありそうな闇医者やら、元実験体の最強人間やらが出てきているのだ。もはや悪の秘密結社が存在しない方がリアリティがないだろう。

 

 

「『さらなる高次の怪異応用技術(アンチ=アンチテーゼ・リノヴェーション)』七七番目のプロジェクト。それが、わたし。研究所をまるまる一つ使った一大事業でね。『主任』も、英姫も、そこの研究者だった。一四年前にオジサン……ああ、私の義父ね、その人によって解体されたんだけど」

 

「……一人だけか?」

 

 

 御厨さんの話だと、昔の御巫はバックドア対策はしていなかったはず。となると研究所が解体されるようなことがあれば間違いなく操られたはずだが……いくら一四年前──つまり御巫が四歳だったとしても、『怨燃小町(バーンアウト)』は強力だろう。一人でどうにかできるとは思えないが……。

 

 

「一人だよ。オジサンけっこう強いからね。といっても、結構手こずったらしいけど。研究所は爆散するやらなんやらで周辺も巻き込む大事故になったから、揉み消しきれずにニュースになったらしいし」

 

「……へー」

 

 

 …………そうなのか……。

 

 

「ともかく、そこで一大事業だったわたしが解放されたことで、色々あって結社も解散になったんだけど……結社がかつて掲げていた『さらなる高次の怪異応用技術(アンチ=アンチテーゼ・リノヴェーション)』という概念が、反駁伝承(ATリノヴェーション)を軸にした現行環境を突破したい『復古星系(アンレガシー)』の人達の利害と一致したってことだね」

 

 

 御巫の説明に納得しかけた俺は、そこである懸念に気付く。

 

 

「待てよ。ってことはガンジツって敵のお膝元みたいなもんじゃないか? 大丈夫なのか? そんなところに行って」

 

「心配しすぎだって。敵のお膝元ってことは、そこで暴れれば敵にもダメージが行くってことだよ?」

 

 

 ……む、それはそうだが……。

 

 

「でも、歳旦重工は御巫を襲撃する為に配下のニイナメロジスティクスを切り捨てただろ? ってことは、ガンジツだって切り捨てるんじゃないか?」

 

「歳旦重工がニイナメロジスティクスを切り捨てたって見方もどうだかね……。実情は逆かもよ?」

 

「……逆?」

 

 

 オウム返しするほかない俺に、御巫は頷く。

 

 

「そ。逆に、ニイナメロジスティクスが『復古星系(アンレガシー)』から足抜けする為の対価として、自身の所属伝承師を歳旦重工に差し出したかもしれない。……企業に属する伝承師がこの街における生命線なのと同時に、()()()にもなりうるってこと、友悟は知ってるでしょ?」

 

 

 …………ナオライに巣食っていた筒粥か。

 確かに、旗色の悪い『復古星系(アンレガシー)』に属する為に悪質な伝承師に食い物にされるより、そいつを切り捨てつつあわよくば撤退して仕切り直したいという考えも、なくはない、か……。

 ……そしてそれが意味するのは、『復古星系(アンレガシー)』が思ったよりもガタガタで、余力がないという事実。

 

 

「正直、白昼堂々襲ってきてくれるならむしろ好都合だよ。統制が取れていない証拠だからね。わたしも大手を振って反撃できる。でも、目下の目標はこれかなー」

 

 

 そう言って、御巫は端末ドローンをこちらに見せて来る。

 ガンジツの店内情報が表示されたホログラムのウインドウの一角には……『新生活応援フェア』の文字が。いやだから、欲しいものはないって言ったじゃん。

 

 

「友悟、さっき欲しいものないとか言ってたけど、小物類全然持ってないでしょ? ダメだよー欲しいものっていうのは自認じゃなくて外部のコンサルティングを以て決めなくちゃ」

 

「いや本当に要らないんだけどな……」

 

 

 小物なんて、いるか? 最低限食事と身支度ができる程度のものさえあれば十分だと思うが……。いや、頻繁に引っ越す必要がないならある程度腰を据えることを前提とした小物類も使うようになるのだろうか。施設を出てからこっち、今まで半年以上同じところに住んでたことがないのでよくわからん。

 

 

「忘れてると思うけど、反駁伝承(ATリノヴェーション)の整備とかちゃんとしようと思ったらパソコンもいるんだからね? ってことでお姉さんの言うことを聞いて小物を買いに行きましょー」

 

「これから自分達が潰す企業のデパートで買い物するって、なんか無用に申し訳なくなってくるな……」

 

「そのうち慣れるよ」

 

 

 あの、できれば慣れたくはないのですが…………。

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