【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション 作:家葉 テイク
「で、小物類っつっても何買えばいいんだ?」
ビルの中を移動して雑貨コーナーにやって来た俺は、隣を歩く御巫に問いかける。
御巫曰く、欲しいものっていうのは自認じゃなくてコンサルティングを受けないといけないらしいからな。まったく釈然としないが、どうも回避不能なイベントっぽいので俺は仕方がなくその話に乗っかる。
御巫はノリノリで端末ドローンを操作しながら、
「うん、ちゃんと参考情報も用意してあるから」
そう言って、俺にホログラムのウインドウを見せて来る。
此処は……御巫のビルの居住スペースか。
俺も住む三階の居住スペースは、6LDK+浴室・トイレという構造になっている。階段の踊り場スペースから廊下が伸びてリビングに繋がり、そこから各部屋に繋がっているという構造だ。
リビングとダイニングは一体化しているが、キッチンはしっかり部屋として分かれており、内部の高性能具合と相俟ってキッチンというより厨房という響きの方が似合っている風情だった。
それ以外の部屋は木の扉で区切られており、部屋の内部の様子は分からない。元々その中の一室だけを御巫の寝室として使用されていたが、一昨日からは俺も一室を使わせてもらっている形になっている。
カメラの映像は少しずつ移動していき、見覚えのある扉の前までやってきた。俺の部屋の前だ。
「一応、防犯用に留守番カメラドローンを置いてあるんだよね。友悟の部屋の中身を見ながら足りないものを探していきたいんだけど、良い?」
「別にいいけども」
見られて困るようなもんもないしな。
ただ、御巫が思いのほかマジで小物選びをしようとしていることにちょっと驚いた。っていうか、御巫だって私物の類ほぼゼロな生活感ゼロ人間なのである。なんでその御巫が俺に教える側に回ってるんだ? というほのかな理不尽感がないと言ったら噓になる。主食ピザのくせに。
「ほいほい」
俺が部屋の中の探索を承諾すると、カメラドローンから伸びたアームが扉を開ける。
部屋の中は、本棚と机とタンスとベッドと、床に転がった旅行カバンというシンプルな構成だ。本棚の中には参考書と漫画本があり、机の上にはノートPCと筆記用具類が無造作に置かれている。何の変哲もない空間だ。
「見て分かると思うけど、過不足ないだろ? これ以上物を増やしても散らかるだけだと思うぞ」
「まず、学生カバンがないじゃん」
……え、学生カバン?
「要るかぁ? 教科書類なんて基本学校に置きっぱでいいだろ。課題とかで必要なら手で持って行けばいいし。期末は旅行カバンにぶち込んどけばいい」
「友悟……悪いこと言わないから、今日のところはわたしの言うこと聞いといた方がいいよ。大丈夫、お金なら出してあげるから」
「いや流石にそこまでしてもらう訳にはいかないし自分で出すよ……」
探偵助手のお給料も入るし、奨学金もあるし、家賃分も浮くことだし……。
学生カバンね。メモっとこ。
端末ドローンのメモ機能に学生カバンと書いていると、御巫はさらにカメラをぐりぐりと動かして、
「流石にドローン用の充電器はあるみたいだね。ノートPCは……『核骨』の調整にはスペック不足なのできちんと高スペックの量子PCを買うこと。最低でもクアント9。あ、これは生活力云々とかじゃなくてプロとしてのマジダメ出しね」
「あいよ」
プロとしてのマジダメ出しに対してタメ口で反応するの、なんか凄く据わりが悪いのですが……。
でも『うっす』とか『押忍』とか言うと怒涛の勢いで敬語を指摘されそうなので適当に返事をしておく。これでOKなのは逆におかしくない?
「あとはそうだなー……」
御巫がカメラを操作していると、机の上に置かれた写真立てが画面に映り込んだ。俺の部屋の中では漫画本以外だと唯一と言っていい実用品以外の私物である。
写真立ての中には、『卒業』したときに記念で撮影した施設の連中との写真が収められていた。
「ん、これって……?」
「ああ、施設での写真だよ」
写真の中の俺は、ぶすっとした表情で写っていた。周りの連中はそんな俺のことを揶揄うように笑っている。……当時反抗期真っ盛りだった俺は、あんな感じで自分の門出を祝われることに猛烈な照れ臭さがあったのである。いや、若かったな、あの頃は。
「俺、生まれてすぐ……一歳とか二歳とかくらいの時に事故で両親が死んじまってさ」
「ごめん。言いづらいこと聞いちゃったね」
「謝んなよ。怪異関係ない車の事故らしいし、俺もとっくに割り切ってるから」
これで『怪異』絡みだったら流石に俺も自分の体質と絡めて色々と思い悩んでいただろうが、そういうわけではない。なんでも、高速道路を運転中に付近の施設で爆発事故があったとかなんとかって話だが……そこまで言う必要はなかろう。
さらっと説明すると、御巫は特に気付いた様子もなく神妙な面持ちで頷いていた。よし。
「で、両親ともに親戚らしい親戚もいなくてな。どうも駆け落ち同然だったらしい。そんなわけで俺は施設に入ってそこで中学入学まで過ごした」
「……なるほど、それで『保険がない』っていうわけ」
「そういうこと。一応施設を出ても生活補助はあるし、生命保険から出た金があるから生活資金についちゃあしばらくは心配要らないが」
もちろん、その生命保険から出た金もいつまでも頼れる訳じゃない。
怪進法の奨学金は返済不要なのでそこの心配はいいとしても、中学生の身分じゃバイトもできなかったので貯金は減る一方だし、それなりの大学に通う為にはけっこうシビアな金銭管理が必要になってくる。……まぁ、御巫に拾ってもらったお陰でその辺はだいぶ余裕ができてきたのも事実だが。
「施設を出てからは、施設の生活支援を受けながら一人暮らしだ。……ただ、この体質のせいでなかなか同じところには居付けなくてなぁ……」
そう言って、俺は遠き日に思いを馳せる。
あれは、まさしく『怪異』との戦いの日々だった。思えば俺の戦闘勘めいたものは、あの日常によって培ったといえるかもしれない。
「入居してから数か月くらいすると、段々『怪異』が俺の生活拠点まで近づいてくるんだよ。家の近くで『怪異』が出没するようになったら逃げるように引っ越しの繰り返し。お陰で俺は中学校時代『事故物件量産機』とか呼ばれてた」
「あー、それで私物が」
「あると引っ越しの時大変だからな。業者呼ぶとか論外だし。ちなみに、机もベッドもタンスもこっちに来て『怪異』の被害も減ると思ってわざわざ調達したんだよ。結果はご覧の有様だったが」
半年に一回引っ越し業者のお世話になってたんじゃ、貯金の減りがマッハでヤバすぎる。こうしてミニマリスト日向友悟くんは誕生したのだ。決して俺の感覚が普通とズレてる変なヤツというわけではない。
なお、引っ越しについては施設の生活支援担当の人が俺の事情を分かってる人だから何とか融通をきかせてくれていた。それもなかったら、本格的に詰んでた気がする。
「施設に戻ることはできなかったの?」
闘いの日々に思いを馳せていると、御巫が当然といえば当然の疑問を出してくる。
確かに、それができれば俺の生活ももっと楽になっていただろうが……、
「逆に聞くが、戻れると思うか? 俺の体質で」
「あー…………」
巻き込みたくなかったんだよ、俺の問題に。
「まだガキの頃はよかった。実際、小学校中学年くらいまでは俺の体質もそこまで強力じゃなくてさ。精々通学路で物陰から不気味な女がこっちを見て来るとか、そういう程度で済んでたんだ。でも、五年生に上がるくらいから徐々に悪化してきてな……『卒業』する直前には、施設の近くで『テケテケ』に襲われたりして。分かるか? 『テケテケ』」
「上半身だけの女の『怪異』でしょ。『都市伝説』系の。分かる分かる」
「そうそれ。まぁ制度的には戻ることもできたんだが、施設の連中を巻き込みたくなくてさ……。だから色々頑張ってたわけだ」
そう言って、脱線気味に始まった身の上話を締めくくると、御巫はそっと俺の手に自分の手を重ねてきた。
「そっか……苦労してきたんだね」
「やめいやめい、不幸自慢みたいになるだろ」
そもそも、元・悪の組織の実験体さんが人生を謳歌してる横で不幸自慢っていうのもなんかね……。それに、何だかんだで人の縁には恵まれた人生だったと思うしな。
「そんなに悪いもんでもないよ、俺の半生も。体質のことはどうしようもないが、それ以外の廻り合わせでは大分良い目を引かせてもらってる」
「そういうとこも、わたし達意外と似てるのかもね」
気持ち朗らかに微笑みながら、御巫は俺がホログラムウインドウに展開していたメモ帳に指で何かを書いて……いや何してんだ!?
「何してんだ!?」
「何って……主題だよ。買う必要のあるもののラインナップ。話題自体は脱線してても、本筋はちゃんと進めておかないと」
「しれっと懐に潜り込んでダイレクトに書き込んでる理由の方を聞いたんだがな……」
俺が低い声で言うと、御巫は『えへ』と舌を出して誤魔化した。お前それ可愛い感じでやれば誤魔化されると思うなよ。そして近いんだよ。
……で、ええと何を書いてるかと思ったら……マグカップ、箸……なにこれ?
「これ、全部家になかったか? 一昨日も昨日も今日も俺普通に使ってたじゃん」
「それは来客用ね。一緒に暮らすんだから自分の分を買わないと」
「別に俺は来客用のままでも構わないぞ」
「わたしが構うの」
「さよか……」
いやまぁ、来客用を俺が占有してたらいざ本当に来客が来た時に枠がなくなるから、ついでに買うというのは自然な流れではあるんだが、『わたしが構うの』って押し切り方はどうなんだ。説得がめんどくさくなってないか?
「ほら、ちょうどこのあたり食器コーナーだから。ちゃっちゃと買っちゃおうよ」
そう言って、御巫はさっさと先導していく。実際、俺も小物の好みなんてものは存在しない(そもそも小物を持たない)ので、特に何も考えず御巫の先導に従った。
青色のコップを手に取った御巫は、それをかごドローンの中に入れ、続いて赤色のコップを、
「待て待て、コップの数多くない? 予備?」
「ん? そりゃあわたしの分も買ってるしね」
御巫の分……? いや、別に御巫がこの機に小物を新調しようが何もおかしくはないんだけど、そのう……色違いだとなんかこう、ペアルックっぽい感じがさぁ……。
「デザインの統一感とか気にするタイプじゃないだろ? 御巫」
「そうだけどほら。新生活応援フェア」
そう言って、御巫は展開したままだったホログラムウインドウの表示を指差す。
先程と同じように表示されている、『新生活応援フェア』の文字……
「住所が同じ二人が対象になると、他のフェアと重複して価格が割安になるんだって。友悟はまだまだお金節約したいでしょ? これを使わない手はないよ」
「却ッッッッッ下ッッッッッ!!!!!!!!」
確かに! 確かに俺達が置かれている住的環境は客観的に見たら同棲なのかもしれないが…………!!
それを認めて利用したら、終わる! 何かは分からないが、確実に終わる! なのでダメ! ダメでーす!!!!
────その後、俺の必死の抵抗により、適用される割引は派遣留学生フェアと新学期フェアのみとなった。理論値よりは割高になったが、俺の精神的安寧という意味では安上がりだったと言わせてもらおう。流石に俺にそこまでの覚悟はありません。彼氏くんではないので。
一歳か二歳か判然としないのは、わざと数え年と満年齢がごっちゃにして話しているからです。正確には数え年で二歳、満一歳ということですね。ちなみに日向は現在満一五歳です。