【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

35 / 50
Thesis.35 尋問 ②

「…………? どうかなさったんですか?」

 

 

 執務机に向かっている巻狩が、怪訝そうな声色で問いかける。その対面には、温和な顔立ちの青年が佇んでいた。パリッとしたスーツを身に纏った、上品そうな雰囲気。色素の薄い亜麻色の長髪と合わせて、まるで貴族の子弟のような雰囲気を醸し出している。

 立派な執務机に向かう中年の男に、立って向かい合う若い青年。傍から見れば巻狩の方が上司のような構図だが、実情は違う。巻狩にとってこの青年は雇用主であり、事実上の上司でもあった。

 だからこそ、神経質なこの男にしては珍しく、青年に対しては細心の注意を払って接していた。

 

 

「いえ、ピーピングトムにサプライズを少し。向こうに切れ者がいなければ、もう大丈夫でしょう」

 

 

 青年は落ち着き払った調子で、巻狩の疑問に答える。いや──答えにはなっていなかったが、青年はそれ以上の説明をする気がなかったし、巻狩にもそれ以上問い詰める権利は与えられていなかった。それが、二人の関係値だった。

 

 青年の名は、椎塚須金。

 五年前ほどから歳旦重工の経営に携わるようになり、今や重役の席の一つに鎮座するまでになった伝承師の男だ。

 

 

「『最奥差配(A2Tリノヴェーション)』の調整は順調ですよ」

 

 

 椎塚須金はそう言って、窓の外を見遣る。

 ガラス張りの壁の向こうには、天高く聳える『アメノミハシラタワー』があった。自凝県最大のランドマークにして、反駁伝承(ATリノヴェーション)を基盤とした怪異文明(スペクターパンク)社会の象徴。それを見つめながら、椎塚須金はそんな社会の否定に繋がる言葉を紡いでいく。

 

 

「この分であれば、七夕は簡単に篭絡できるでしょう。……ああ、私としては『最強』が野放図に環境をかき乱す状況さえ失われてくれればそれでいいので、篭絡したあとの七夕は好きにしてくださって構いませんよ」

 

「はぁ。それは……どうも」

 

 

 にこやかな笑みを浮かべる椎塚須金に、巻狩は気味の悪いものを感じつつも頷く。

 『最奥差配(A2Tリノヴェーション)』の実行役は、巻狩がすることになっている。

 男が()()()あらゆる反駁伝承(ATリノヴェーション)を扱えないための措置ではあるが、これはつまり、『最強』の手綱を巻狩が握ることを良しとしているということだ。もちろん、『最強』を手に入れたとしてもこの得体のしれない男に反旗を翻すつもりはないが、椎塚須金がどう考えているかは分からない。巻狩が『最強』を手に入れた瞬間反旗を翻すと考えて、ことが終わったらすぐに処分される可能性もある。巻狩にとって目下最大の懸念事項は、そこだった。

 そして自分の安全が保障されていない以上、最悪のケースを考えて逃走準備をはかるのは当然の発想だ。執務机に向かっている巻狩は、そのことを強く意識する。──即ち、『県外』への逃走及び潜伏である。『最強』御巫七夕の機動力をもってすれば、下手な航空手段よりもよほど速やかにこの島から逃れることができるだろう。電子機器への干渉も駆使すれば、現代文明が御巫の逃走を追うことは不可能である。

 そしてそれはつまり、御巫の戦力をもってしても、巻狩にとってはこの青年から逃げることが最適解であるということでもあった。

 

 

「これも、貴方から得た技術情報のお陰です」

 

「……で、では、約束通り」

 

「ええ。歳旦重工でのポストは確約しますよ。私は近く退きますので、その後はご自由になさってください。この会社を苗床にして、かつての結社の思想を再び花開かせるのも良いでしょう」

 

「あ……ありがとうございます!」

 

「いえいえ。私の専門は『軍事』ですからねぇ。『椎塚』の中でも、荒事に特化しているんですよ。巻狩さんが使えるほどのモノを残せていたらいいのですが……」

 

 

 ──巻狩は、己が抱えていた『最奥差配(A2Tリノヴェーション)』の技術を提供する見返りとして、歳旦重工でのポストを提示されていた。

 結社が解散してから燻り続けていた巻狩の再起を助けるだけではなく、その技術の調整をもって巻狩の野望も補佐し、そればかりか全てが終わったら会社からも消えるという椎塚須金の真意は相変わらず謎だったが、おそらくそこから彼自身も何かしらの利益を吸い上げているのだろうと、巻狩は思考を停止していた。

 というより、椎塚須金の真意を探ろうとする行為について、巻狩の生存本能が最大級の警鐘をかき鳴らしていたというべきか。この男の意志を知ろうとしてはいけない。巻狩には、そんな強迫観念めいた確信があった。

 

 この会話を以て、巻狩は歳旦重工の怪異部門技術アドバイザーとして正式に参画することとなり──そして、模倣小町(デミダブルセヴン)をはじめとしたかつて結社で研究されていた技術の数々を再開発していく。

 その起点の記憶で、巻狩はやはり得体のしれない椎塚須金の笑みをただ見上げていた。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

「椎塚須金は、歳旦重工の取締役の一人です」

 

 

 一時停止した風景の前で、枕飾さんは静かに語る。

 とはいえ、多少の動揺はあるらしい。枕飾さんは眉間の皺を揉みながら、

 

 

「我々の業界ではそれなりに名の知れた人でしてねぇ……。……あぁ、といっても悪い噂ではなくですよ? むしろ逆。立ち位置としては、御巫さんに近いですかねぇ……。『怪異』系の捜査によくご協力を頂いていた方だったんですが……」

 

 

 もっとも、私は『窓口』じゃあありませんでしたけどねぇ──と語る枕飾さん。

 ……御巫と同じ、秩序に与するタイプの伝承師。

 そいつがどういうわけか、最奥差配(A2Tリノヴェーション)の黒幕だったと……? ………………此処で当惑しつつも特に立場を変える様子がない枕飾さんは信用できるが、ほかの警察については信頼するわけにはいかなくなってきたな。汚職や裏切りはないにしても、椎塚に丸め込まれている可能性があるし。

 

 

「年齢は二一歳。歳旦重工には五年ほど前から経営に関わっていて、そもそも歳旦重工が今の路線──反駁伝承(ATリノヴェーション)産業に参画し、復古星系(アンレガシー)の旗振り役となった背景にも、彼が関わっているとされています」

 

「え? 待ってください。二一歳で、五年前から? 時空歪んでないっすか?」

 

「伝承師にはよくあることですよ。貴方の隣に好例がいますよね? この人一四歳で自分の事務所持ってましたよ」

 

「えへへ」

 

「………………そっすね」

 

 

 にしても、一六歳から企業の経営に関わっているとか、とんでもない話だと思うが……。

 

 …………一つの企業どころか、多数の企業が集まった企業複合体の方針にすら干渉しうる男。

 これは当然の話だが、『主任』の計画は歳旦重工にとっては全くプラスにならない。

 『最奥差配(A2Tリノヴェーション)』は『主任』個人が御巫を操れるようになるものであって、御巫の力を企業全体に分配するようなものではないからな。……あるいは技術が進めばそういう運用もできるようになるのかもしれないが、少なくとも『主任』にその意思はなさそうだった。あのオッサンは、御巫個人に対しても価値を見出していそうな気配があったし。

 

 さっきの話からして、椎塚に歳旦重工を発展させるような意志はあまりなかった。むしろ野となれ山となれという感じで、計画のための薪としか思っていない節すらあったようだ。

 ある意味で、歳旦重工のパッとしない現在も納得である。何せ、その中枢にいる伝承師が歳旦企業なんてどうなってもいいとすら思っているのだから。

 ……そしてそう考えると、椎塚の異常性が浮き彫りになる。

 これまでの連中は、何だかんだ言っても自分が巣食う企業は最低限維持させていく姿勢があった。筒粥もそうだし、『主任』だってそうだ。だが、この男は違う。歳旦重工がどうなっても関係ない。自分の計画が成就するまでの間()()ばそれでいいと言わんばかりの割り切り方。

 ……おそらく、今のラインに乗せるために、企業を一つ──どころか、複数巻き込んで食い潰している。謀略の、スケールが違う。

 

 

 ──それに何より、さっきの映像では気になる部分があった。

 

 

「……御巫、さっきの映像で椎塚はお前のこと『七夕』って呼んでたけど」

 

 

 御巫のことを七夕と下の名前で呼ぶ人間は、限られている。

 まぁ当然だ。下の名前で呼ぶっていうのはかなりフレンドリーな間柄だしな。御巫は初手で俺のこと下の名前で呼んだけど。

 

 

「友悟もわたしのことは『七夕』って呼んでいいよ」

 

「そうじゃねぇって」

 

 

 茶化すな茶化すな。

 鬱陶し気に否定すると、御巫もいったん真面目なテンションに戻って、

 

 

「んー……わたしはこの人とは面識ないね。警察と協力してる伝承師ってことで存在くらいは知ってたけど……。…………でも、『椎塚』かぁ」

 

 

 ……? 『椎塚』って苗字がどうかしたんだろうか。

 

 

「『椎塚』には、業界の都市伝説のようなものがありましてねぇ」

 

 

 説明を引き継ぐように、枕飾さんが俺の疑問に答えてくれる。

 ……業界の、都市伝説?

 

 

「血統主義が色濃かった『神憑き』の時代では、伝承師は『八家』に限るなんて格言があったのはご存じです?」

 

「それは……まぁ」

 

 

 ……歴史の話だ。『神憑き』がまだ職業として成立していた時代、特に力の強い八つの家系が『神憑八家(しんぴょうはっけ)』として君臨して、日本の対怪異政策の舵取りをしていたっていう。

 今は、反駁伝承(ATリノヴェーション)によって対怪異の主流が民間に移行したことで、すっかり存在感は失われているが……。

 

 

「今はそうでもないですが、やはり現場には血統主義の雰囲気が色濃く残っているんです。その流れで、今でも、『本当に強い伝承師は「椎塚」の血を引いている』──なんて言われてましてね」

 

 

 そして実際に、椎塚の名を持つ伝承師がいる──と。

 ……で、それとアイツが御巫のことを親し気に下の名前で呼ぶことに、何の因果関係が……、………………いや、もしかして。

 

 

「オジサンから聞いた話だけど、わたしも、ルーツは『椎塚』らしいんだよ」

 

 

 御巫は、少し言いづらそうに言った。

 やっぱりそうか……。

 御巫が研究所で生まれたわけではなさそうだったのが気にかかっていたのだが、『椎塚』として生まれた赤ん坊を計画の中枢に据えたという流れであれば納得がいく。

 

 

「わたしはオジサンの子だから椎塚じゃなくて御巫なんだけど、向こうからしたら妙なシンパシー……というか親族特有の親しみ? みたいなのがあるらしくてさ。『椎塚』の人間はどうも馴れ馴れしくわたしのことを下の名前で呼ぶんだよね。やんなっちゃうよ」

 

「ああ……それは同情するわ」

 

 

 よくわからん縁もゆかりもない連中が突然自分の下の名前を呼んでくるんだもんな。普通に不気味だわ。

 

 

「…………友悟、もしかして嫌だった?」

 

「あ? 何が?」

 

「いや何でもない。気にしてないならいいの」

 

 

 御巫はそう言って、ふいにそっぽを向いた。

 急に何のはな──ああ、下の名前で呼ぶ云々のこと!? …………いや、今更過ぎない!? もうすっかり慣れたわ。

 でも、初対面の時から特に不気味には思わなかったので、御巫は自分のツラの良さに一日一回は感謝すべきだと思う。お前が男だったら俺は絶対に不気味に思ってた自信があるので。

 

 

「つまり今回も結局は『椎塚案件』ということです。御巫さんも難儀ですねぇ」

 

「『最強』であることの必要経費みたいなもんだよ」

 

 

 話がまとまったとばかりに、御巫と枕飾さんが言い合う。

 ……『椎塚案件』なんて言葉が出てくるほど、『椎塚』関係者による事件はありふれているんだろうか?

 

 

「歳旦重工がニイナメロジスティクスの伝承師入れ替えに関与し、かつこちらの捜査を妨害していたことが分かった以上、警察としても歳旦重工の捜査及び椎塚須金の身柄拘束は急務です。……とはいえ、逮捕状を取るのに多少ラグがありますが……」

 

「それだと遅いね。光過敏性発作でわたし達をダウンさせることができるにしても、せいぜい数時間程度でしょ。それだけの時間稼ぎしかしなかったってことは、あと数時間でやりたいことが全部終わるってことだよ。つまり、タイムリミットは二時間くらい」

 

 

 二時間か……まぁ妥当なラインだな。ただ、これにしても振れ幅は存在するだろう。短ければ一時間で終わってしまうかもしれないし、逆にあと五時間は余裕があるかもしれない。

 それについては、『主任』の記憶から読み取れるような情報はなかったが……。

 …………あと二時間で、椎塚の居所を突き止めることができるか……?

 

 御巫と枕飾さんは互いに視線を躱して、

 

 

「では、そちらはお願いしますねぇ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、こちらは組織内部に内通者がいないかの確認と、いた場合の牽制をば」

 

「ありがと。じゃあお願いね」

 

「いやいや待て待て」

 

 

 当たり前のように話を飛ばし始めた二人に、俺は待ったをかけた。

 え? 座標位置が特定できた? さっきの立体映像(ホログラム)で? 特定につながるようなものなんて何もなくなかった?

 

 

「場所特定できたのはこの際もういいですよ。でも、どうやって特定したんすか? そんな情報どこにもなくなかったじゃないですか」

 

「いえ? 『アメノミハシラタワー』がありましたよねぇ?」

 

 

 え……。

 

 

「それと、周辺ビルもしっかり映ってました。その距離と位置関係を逆算すれば、巻狩と椎塚が会話していた場所は特定可能です。まぁざっくりと、天御柱市北西部といったところですねぇ。そして天御柱市内に歳旦重工系のビルは存在しません。公式に存在しない隠れ家ということは、そこに椎塚の足取りが残されている可能性は非常に高いですよぉ」

 

 

 …………な、なるほど。確かに……。

 言われてみればその通りなんだけど、でも、あの映像の中で真っ先に窓の外の景色に着目して座標位置を割り出すのって、普通かなり厳しいと思うんだが……。

 

 

「枕飾サンは凄腕なんだよ。言ったでしょ?」

 

「確かにすごかった……」

 

「友悟もいずれはあのくらいになってね」

 

「無茶言うな」

 

 

 無茶言うな。

 

 

「それじゃ、わたし達はもう行くね。結構一分一秒を争う感じっぽいし」

 

 

 そう言って、御巫は帰り支度を始める。

 それに続くように、空間全域に展開されていた立体映像(ホログラム)も消失する。

 枕飾さんは意外そうな表情で、

 

 

「おや、日向さんもつれていくんですか? 今回の現場はかなり修羅場になりそうですが……」

 

「もちろん行くよ? 友悟は助手だもんね」

 

「助手じゃなくてバイトなんだけど、大丈夫か? 既成事実化してない?」

 

 

 もう言っても無駄な境地に達し始めてきた気がする。こいつ強引なんだよ。

 ……でもまぁ。

 

 

「行きはしますよ。乗り掛かった舟ってのもあるけど、こっちはもう喧嘩売られてんだ。決着をつけるときだけ留守番っていうのは消化不良ですから」

 

 

 特に今回の一件は、明確に御巫が狙われた事件でもある。

 椎塚の計画が最終的にどういう絵を描いているのかは分からないが、ウチの雇い主を使って勝手な真似をされるのは困る。従業員として。

 

 

「そういうわけだから。心配ありがとね、枕飾サン」

 

「いえいえ、とんだ野暮天でしたよぉ。良いバディをお見つけになられたようで」

 

「ふふん。ま、それほどでもあるかな」

 

「なんで御巫が誇らしそうにしてんの?」

 

 

 流れ的に俺が褒められた気がするのだが……。

 なんてことをぶつくさ言いつつ、俺達は再度枕飾さんの先導で、地下を後にしたのだった。

 

 …………あ、そういえば『主任』の自由意志を解放するの忘れて……、…………まぁいいか。あんな変態オヤジ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。