【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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Thesis.36 潜入

 摩天楼の合間を縫って、吹きすさぶ風を切っていく。

 高層ビルの多い自凝県の街並みは、垂迹一糸(キルストリング)の移動には都合がよかった。

 

 

「へぇ、けっこう素早く動けるんだね」

 

 

 ロケットブースターのような形で炎を吹かす御巫が、感心したように言う。

 ちょっとした隠し芸を見たようなリアクションだが、一応これでも時速二〇〇キロ近くは出ているんだぞ。何で平然と『おっなかなかついてこれてるね』みたいな態度なんだよ。

 

 

「軽く言ってくれるぜ……。こちとら御巫の移動に着いて行くだけで精一杯だっての」

 

「でも、超音波で空気の膜を展開すればもっと速く動けるでしょ? 頑張ろ?」

 

「無茶言うなよ……。そこまで高速機動に順応した設定になってねーって」

 

「ダメだなぁ。改良の余地ありだよ、友悟。出力が足りないなら、不要な部分の運用を縛って出力を捻出するんだって」

 

「めちゃくちゃスパルタである」

 

 

 なんというか、昨日の一件から御巫は俺に対する期待を隠さなくなってきたのを感じる。まぁその前から、節々に俺に対して『最強』への挑戦めいたものを期待していたようなところはあったが、余計に。

 俺としても、目標が高いのは良いことなので別にその期待が煩わしく感じたりはしないのだが……なんというか、むず痒くはある。ちょっと前までは『無力な一般人』だったので。

 

 

「ま、ちょっとずつ調整していけばいいけどね。せっかく良い機能なんだし、どんどん使ってブラッシュアップしていこ」

 

「そうは言っても、この機能はお前を助けるためだけに作ったから、全部終わったら解体もありだとは思ってるけどな」

 

 

 『垂迹一糸(キルストリング)』は、もともとフェーズ2──『最奥差配(A2Tリノヴェーション)』の口頭指示妨害──ありきの機能である。フェーズ1は、その盤面まで持っていくのに必要な最低限の汎用性を無理やり確保しただけ。なので、この先ずっと運用していくならまた別の機能を構築した方がいいというのが俺の正直な感想だ。

 ま、フェーズ1でも想定する敵戦力は『操られた御巫七夕』なので、全く汎用性がないかと言われればそんなことはないのだが……。

 

 

「……そ、そか」

 

 

 御巫は、そう言ってそっぽを向いてしまった。照れるなバカが。こっちまで恥ずかしくなってくるだろうが。他意はないんだよ。ほんとだよ。

 

 

「っていうかそうだよ。この機能、御巫を仮想敵にしているから、それ以外を相手にした時の汎用性が未知数なんだよ。現場で全く歯が立たない相手にぶつかったらどうしよう」

 

「んー。アプリはまだ端末ドローンに入ってるよね?」

 

 

 俺の当然といえば当然の疑問に、御巫は少し困った感じで問いかけてくる。

 もちろん、『Quible』は今も標準装備だ。軽く頷くと、御巫は続けて、

 

 

「なら、一応現場で調整できなくもないよ。普通は推奨しないしわたしも絶対やらないけど…………まぁ友悟のセンスならワンチャン、かな?」

 

「そんなハードル高いんだ」

 

「そりゃあ、頭が回る環境で腰を据えてじっくり考えた機能の方が、どう考えても穴が少ないからね」

 

「言われてみれば確かに。浪漫はないが……現実はそんなもんかね」

 

「まぁ、なくはないよ。土壇場で反駁伝承(ATリノヴェーション)を改造して窮状を打開するっていう逆転劇。でも大抵、そういうのって追い詰められた状態でやる最後の悪足掻きだからさ、めちゃくちゃシンプルな見落としとかして無駄に終わることが多いの。あと、最低でも数十秒の間が必要だからね」

 

 

 御巫は、まるで何度も見てきたかのように言う。

 ……いや、実際に見てきたのか。まぁ、ご存じの通り自他ともに認める『最強』だもんな。追い詰められた末に、御巫に特化した超メタ機能を考えるような輩は当然現れるはずだ。

 もっとも、その結果は、今もコイツが最強の名を欲しいままにしている時点で分かり切っているが。

 

 

「相手の扱う機能に対する正確な理解と、冷静な思考、十分な準備時間、それからある程度実用的な機能を考えられる構築センス。これら全部が揃ってようやくギリ、かな。結局、事前にどれだけの戦局(ケース)を想定して対応できるようにしておくかが重要だよ」

 

最強(みかなぎ)が言うと説得力があるな」

 

「ま、伊達に最強やってないからね」

 

 

 誇らしげにピースサインを見せた御巫は、そこで眼下の景色に視線を移す。

 遠くに(そび)える『アメノミハシラタワー』は、先ほど県警本部で見た幻影と近しい距離感のように見えた。

 

 

「着いたね。とりあえずまずは、玄関からお邪魔しよっか」

 

 

 御巫の言葉に従い、俺は目的の場所に降り立つ。

 そこは、小さめの校舎のような建物だった。建物の所属を示すような看板は一切なく、街中に自然な形で溶け込んでいるにも関わらず、おそらく街の誰もがこの建物の存在意義を掴めないだろう。

 これ以上ないほどに隠れ家として最適化された隠れ家。それが、この建物に対する印象だった。……此処で、御巫を襲った一連の事件の黒幕──椎塚須金の陰謀が渦巻いているのか。

 

 

「じゃ、まずはご挨拶から」

 

 

 バヂリ、と。

 御巫の指先から、紫電が迸る。何かと思って見ると、ちょうど御巫がゲートを足掛かりにして施設のセキュリティを乗っ取っているところだった。

 ……そうだった。コイツ、電子関係のセキュリティ全般を掌握できるんだった。味方にすると、あらゆる障害が障害じゃなくなるな……。

 

 

「あ、一応油断は禁物だよ。通り一遍のセキュリティはこれで無力化したけど、それだけで終わることの方が少ないからね。索敵系の機能なら電子機器に関わらずわたし達のことは感知できるわけだし」

 

「分かった、警戒はしとくよ」

 

 

 敵がどれほどの強者かは分からないが、御巫を敵に回すような作戦を練る計画の黒幕だもんな。つまりそれは、自分の牙が御巫(さいきょう)に届く自信があるってことだ。

 ……鳴釜の件もあるし、その自信が実際に現実を見たものかどうかってところは疑問が残るところではあるが、それでも警戒するに越したことはない。御巫の最強はあくまで定説であって、覆りがたい定義ではないのだから。

 

 

「先に進むよ」

 

「うっす」

 

「敬語」

 

「さーせん」

 

「敬語!」

 

 

 憤慨する御巫を宥めつつ、俺たちは先へと進んでいく。敬語か? 全体的に。

 

 

「……結構中も荒れてるんだな」

 

 

 施設の中は、まるで廃校のような寂れ方をしていた。外装とは裏腹に内装は綺麗に整えられていた『主任』の研究所とはまるで正反対だ。

 ……そういえば『主任』の研究所に人間はいなかったが、どうやって内部を綺麗に保っていたのだろうか? 御巫を模倣したあの人形兵にやらせてたのかね。やっぱり趣味悪いわ、あのオッサン。

 

 

「『主任』はその辺神経質だったからね。他に研究員がいないなら、わざわざ廊下の清掃に力なんて割かないんじゃない?」

 

「ってことは、この施設をまるまる全部自分一人で扱ってるってことか……」

 

「そうなるね」

 

 

 御巫は大して気にした様子もなく肯定する。

 

 

「『椎塚』は個人で動くのを好むんだよ。基本的に社会倫理ってものがないから。それでいて個人でも社会を揺るがしうるほどの成果を叩き出すから厄介なんだけど」

 

「…………、」

 

 

 個人で動くのを好む。個人で社会を動かしうる成果を発揮する。そこに、御巫との符合めいた要素を俺は感じた。

 社会倫理ってものがないという点は違うが……そこの話を掘り下げてもいいか分かったもんじゃないので、必然的に俺は口を噤む形になってしまう。

 御巫はけらけらと笑いつつ、

 

 

「ああ、わたしのルーツが『椎塚』っていうのは気にしないでいいよ。血筋がどうとか真に受けてないし。今のは、『椎塚』を名乗ってる連中の共通項みたいなもんね」

 

「お前の周辺事情、何かとセンシティブだから触れづらいんだよ」

 

「友悟は優しいねぇ」

 

 

 お前が気にしなさすぎなだけだと思う。困った、社会倫理ってものがないという条件がここにきて当てはまってきてないか?

 

 

「…………静かだな」

 

 

 通路を歩きながら、俺は呟くように言う。

 先ほどから御巫の先導に従って施設を進んでいるが(ハッキングの時に内部のMAPを入手していたらしい。抜け目なさすぎる)、敵からの迎撃の気配は一切ない。

 一応、毒ガスとか音波攻撃とかそういう形のない攻撃も含めて色々警戒してみてはいたのだが、今のところ全て拍子抜けに終わりそうだ。

 

 

「んーそうだね。この分だと、かなり早い段階で目的地に到達できそう。っていうか、着いたね」

 

 

 御巫はそう言って足を止める。俺たちの目の前には、一つの巨大な扉があった。

 電子ロックが施された、空圧式の自動ドアである。扉の横にはパネルとカードキーが存在しており、この二つの電子錠を解除しないと中には入れないらしい。

 ……かなり厳重な警備。この中に、何かしら敵の情報──ないし敵の計画の本丸があると考えてもいいかもしれない。

 

 

「はい、おじゃましまーすっと」

 

 

 ……もっとも、そんな厳重な警備も御巫の前では紙切れ同然なのだが……。

 

 プシュ、と空気の抜ける音とともに、重厚だった扉はあっさりと口を開ける。

 その中に広がっていたのは……小さめの体育館ほどの大きさの研究室だった。こちらも掃除されている様子はなくところどころ埃を被っていたが、外とは違い『使われている形跡』自体はある。

 人が入れるほどの巨大なガラス容器が高層ビルのように立ち並び、モニタが星々のように瞬く空間は、まるで夜の都市をミニチュアにしたような一つの『システム』の様相を感じさせる。

 しかし俺の目を惹いたのはそこではない。最も俺が驚愕したのは──立ち並ぶガラス容器の中に、見知った少女が漂っていたからだ。

 

 

「…………これは、御巫……?」

 

 

 御巫七夕。

 首から下に漆黒のボディスーツを身に纏った俺もよく知る少女が、林立するガラス容器の中に何人も漂っていた。

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