【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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Thesis.37 無双

「………………例の『主任』が使っていた人形兵……か?」

 

 

 ガラス容器の中に浮かぶ、無数の御巫。

 それを見て、俺は真っ先に思い浮かんだ可能性を口にした。しかも、『主任』の研究所に現れたような連中ではなくて今度は御巫の顔までしっかりと模倣されている。

 

 

「確か、模倣小町(デミダブルセヴン)だっけ? 操られてる演技してたときにそんなこと言ってたような」

 

「素敵なネーミングだな。よっぽど御巫が恋しかったらしい」

 

 

 いったいなんで、『主任』の研究所にあったものが此処にも──そう考えていると、カシュ、と空気が抜ける音と同時に、ガラス容器が一斉に開き──そしてその中から、培養液のような液体とともに模倣小町(デミダブルセヴン)が降り立った。

 じろり、と。

 まるで能面のような無表情の美貌が、一斉に俺達の方へと向いた。

 

 

「おっと、どうやら歓迎パーティの場所は此処だったみたいだね」

 

「言ってる場合かよ……!」

 

 

 大地に降り立った模倣小町(デミダブルセヴン)は、即座に行動を開始した。まるでゴム毬が跳ねるみたいにして、勢いよく跳躍する。──身体スペックはスーツ型を身に纏った御巫と同等……ってことか?

 正直、身体能力だけなら対処するのは容易いが、此処の研究設備をむやみに破壊すると、敵の目的に近づけないかもしれない。それを考慮しつつ高速で動き回る連中を対処するとなると、ちょっと厄介かもな……。

 そう考え、まずは『問答』を仕掛けようとしたその時だった。

 

 

「はい、おしまい」

 

 

 ゴウ、と。

 吹き荒れた炎の嵐によって、御巫と同じ顔をした少女兵達は一気に呑み込まれる。数秒経った頃には、可憐な美貌は見る影もなく、不格好な棒状の消し炭だけが残っていた。

 

 

「…………容赦ねぇ」

 

「これが一番手っ取り早いでしょ?」

 

 

 当然のように、機材は炎の余波を受けていなかった。

 『怨燃小町(バーンアウト)』の精密性を考えれば考えなくても分かることではある。敵が複数いて素早くて面倒なら、機材を破壊しないように注意して範囲を指定した広域燃焼で攻撃すればいい。『怨燃小町(バーンアウト)』による現象は実際の物理現象ではないから密閉空間での酸素の消費という心配もないしな。

 

 

「……ふーん、結構よくできてるんだね」

 

 

 と、気づけば御巫は模倣小町(デミダブルセヴン)のうちの一体の両肩に手を置いてじっくりと眺めていた。どうやら一体分はあえて燃やさないでおいたらしい。

 しかも、多分内部の電子部品を機能で掌握しているのか、模倣小町(デミダブルセヴン)の動きは完全に支配されているようだ。

 ……改めて、御巫の規格外さを痛感する。これ、反駁伝承(ATリノヴェーション)も内部に電子部品を入れてたら掌握されるってことだろ? 機能の相性以前の問題で足切りが発生するってことじゃん。こわ。

 御巫はぺたぺたと自分そっくりの少女人形の身体を触って確かめながら、

 

 

「作りもけっこう細かい。ただ、ガワだけだねぇ。顔も形だけで表情は動かないみたい。恐怖の表情とか作れるんだったら精神攻撃にはなったんだろうけど。ただし、主に友悟への」

 

「悪趣味すぎんだろ……」

 

「『椎塚案件』ではよくあることだよ。心しておくように。……でも、ガワは本当によくできてるね」

 

 

 言いながら、御巫は鹵獲した模倣小町(デミダブルセヴン)の肩に顎を乗せて、胸元を見下ろす。……確かにその視点からの自分の身体はさんざん見慣れているだろうが……。

 

 

「ほらほら。友悟も見てみなって」

 

 

 御巫が意地の悪い笑みを浮かべると、模倣小町(デミダブルセヴン)は無表情のまましなを作り、中腰になって両腕で胸を押し上げる。御巫のそれと同じ豊満な胸が、腕に潰されて柔らかく形を変える。

 ……こっ、この女……。

 

 

「あはははは、めっちゃそっくり。ミリ単位まで一緒なんじゃない? どうやって調べたんだろこれ」

 

「マジ、やめろ。ほんとやめろ、マジで」

 

 

 真顔のまま、俺は御巫の頭を掴む。ギリギリと万力のように力を籠めると、模倣小町(デミダブルセヴン)は糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。

 笑いながら、御巫は俺の手をぺしぺしと叩く。

 

 

「んやぁっ、ごめん、ごめんって。ちょっとふざけすぎた! ギブ、ギブ!」

 

 

 マジでどういう感覚なんだコイツ? 自分を正確に模倣してるんだぞ? ……いや、さっきは何の躊躇もなく消し炭にしていたし、自分を模してるだけのものは自分とは切り離されたものって感覚なのかな……。俺だったら普通にめっちゃ嫌なのだが……。

 半ば呆れつつ手を離すと、御巫も一息吐きつつ、さっきまで遊んでいた個体を消し炭に変える。ホントに容赦ねーな。

 

 

「でも、なんで此処にこんなのがあるんだろうね」

 

 

 自分が生み出した消し炭の群れを一瞥してから、御巫は怪訝そうな表情をして呟く。

 俺も気を取り直して、

 

 

「十中八九、嫌がらせだろ。自分と同じ顔をしたヤツを焼くなんて、まともな神経(メンタル)してたら気が滅入るもんだからな」

 

 

 もっとも、そんな常識は目の前にいるコイツには通用しなかったのだが……。

 じいっと視線を向けると、御巫はにっこりと笑ってから、

 

 

「うふん?」

 

 

 と、大げさにしなを作った。

 ………………! …………。

 

 

「お前マジほんとやめろよ……。次やったら本気でキレるからな……」

 

「ごめんて。もうやらないよ。でも友悟の視線に含みがあったのもよくないと思うなー」

 

 

 ほんとに頼むぞ。円滑なコミュニケーションに深刻な問題が発生しかねないので……。

 

 

「でも、向こうも私の精神性(メンタリティ)は知ってるだろうから、嫌がらせではないと思うよ」

 

 

 再び気を取り直して、御巫は指先を顎に当てて思索を巡らせる。

 確かに、仮にも『七夕』なんて親し気に呼ぶヤツが、御巫の琴線に全く掠らない精神攻撃をしてくるとも思えない。そう考えると、別の理由がありそうではある。

 

 

「椎塚須金の計画にまつわる陰謀の一環として、何かしらの関係があるとは思うんだけど……」

 

「そう考えさせて、俺達の足を止めるのも作戦のうちかもしれないぞ」

 

 

 御巫が思考の沼にはまりそうだったので、横から口を挟む。

 実際、俺達には時間がないのだ。敵の思惑を推理している時間で、せっかく確保できたはずの時間が消し飛んでタイムリミットが来てしまうかもしれない。

 そう考えると、多少拙速寄りでも行動を先に進めてしまった方がいいだろう。

 俺の言葉に御巫も頷いて、

 

 

「うーん、確かに。…………となると、研究所の中に入り込めたし、この手が使えるのか」

 

 

 ぽつり、と呟きを一つ。

 御巫は、部屋全体を見渡しながら俺に言う。

 

 

「実は、最初に思いついた対応案として、外部から施設全体を焼き尽くすっていうのがあったんだよね。だってそれが一番安全でしょ? わざわざ敵の根城に侵入する前に、全部余すところなく燃やせれば罠も何も関係ないんだもん」

 

「……身も蓋もねーけど、確かにその通りだな」

 

 

 では、御巫がその身も蓋もない最適解を選ばなかった理由は……。

 

 

「ただ、それやると証拠も何も全部消えちゃうんだよね。あとシンプルに、外で大火力を使うと、わたしがアグレッシブ放火犯だって喧伝しちゃうようなものだからね。『黄泉』ならいいけど、此処、『常世』だから」

 

 

 …………まぁそりゃそうか。

 いくら連携してるとはいえ、放火犯として衆目を集めてしまったら流石に警察との関係も悪化しかねない。そもそも鳴釜との戦闘のときだって、そういう理屈で現場から離れてたんだっけな。

 

 

「ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そこで。

 ある種当たり前の社会規範で制限されていた話題の流れが、決定的に捻じれたのが分かった。常人ならば押し通れないほど分厚い扉を、御巫という巨人の手が、簡単に押し開けていく。

 

 

「いい感じに内部の間取りも確認できたし…………面倒くさいし、やっちゃうか。このビル全部」

 

「ま、待て待て待て待て!!」

 

 

 俺は、慌てて制止する。

 

 

「確かにこのタイミングなら派手な火力を使っても御巫の立場が悪くなることはないだろうが……研究設備はどうする!? ビル全域を焼いたら証拠も何も残らないだろ! それじゃあ此処を潰してそれで終わりでいいのか分かったもんじゃない!」

 

「大丈夫大丈夫。さっきのハッキングでビルの間取りと設備は全部把握済み。ビルそのものには影響を一切出さず、中にいる動く物体だけを精密に焼くから」

 

「だ、だとしても……椎塚ってヤツが死んじまったら、事件の全容究明もできないだろ。さすがにビル全体を焼き尽くすのはやりすぎじゃないか?」

 

 

 相手が何かしらの方法で防護を固めてくれていれば問題ないが、そうでなければさっきの模倣小町(デミダブルセヴン)のような消し炭が一つ増えるだけだ。研究設備が無事ならある程度の証拠収集は可能だろうが、一番の情報源はやはり黒幕だろう。そいつからの証言が全く失われるのは避けた方がいい。

 椎塚に協力していた組織みたいなのもいるはずだし、御巫の今後を考えたらそういう撃ち漏らしは面倒の種になる。

 しかし御巫はむしろ鼻白んだ様子で、

 

 

「言いたいことは二つかな。まず一つ目。この状況で敵に時間を与えるよりは、証拠を捨ててでも攻撃を仕掛けた方が生存確率は高くなる」

 

 

 ………………それは確かにその通りだ。

 どちらか一つしか選べないというのであれば、脅威の排除の方を優先した方がいい。証拠のことを考えてこちらが敗北してしまっては元も子もないわけだし。

 御巫は軽い感じで手を振りながら、

 

 

「そして二つ目。──ナメてんの? 人の肉の焼き加減くらい、分子単位で心得てるよ」

 

「………………おみそれしました」

 

「敬語」

 

「やるじゃん見直したわ」

 

 

 わざわざ言い直すと、御巫はにっこりと表情を緩めてから、腕を伸ばして俺の頭をぽんぽんと叩く。

 なんでこれで満足気なんだよ。こんなんでいいのか? めちゃくちゃ上から目線じゃないこれ? ただぞんざいなだけじゃないこれ?

 

 

「思いついても、やれるのは御巫くらいだろうけどな」

 

 

 ……相変わらずの無法っぷり。いやまぁ、さっき模倣小町(デミダブルセヴン)を焼いたときに研究設備にダメージを一切与えてなかったんだから不可能じゃないのかもしれないけど、でもビル一棟全体ってなるとまたちょっと話が違うだろ……。

 

 ちょっと釈然としないものを感じつつ、御巫の所作を見守る。

 ビル一棟を焼くほどの炎だ。臨界稼働ほどでないにしても、御巫にも予備動作があるはず──と思っていると、御巫が腕を前に向けた瞬間、掌の先から膨大な量の炎が一気に撒き散らされた。しかも炎は掌の先だけでなく、俺たちの後方を含めた部屋の隅々まで行き渡っていた。どこに誰が隠れていようと焼き尽くそうという算段らしい。

 ……予備動作、ほぼゼロかい。

 

 

「さて、このまま炎を広げて──」

 

 

 御巫がそう言って、腕を横合いに振りかけたのと、ほぼ同時だった。

 ぎゅりん、と。

 何かが捩じ切られるような音が、響いた気がした。

 

 

「な…………!?」

 

 

 御巫の口から、驚愕の声が漏れる。

 ──無理もない。妙な音の直後、御巫の掌から放たれていたはずの炎は何故か()()()()()()()()()()()()()()()のだから。

 

 

「────ダンジョンに火を放つのってテーブルゲームのご法度なんですけど、ご存じないんですか?」

 

 

 男の声が。

 炎が消し飛んだあとの残響をかき消すように、研究室に響く。

 聞いたことのある声だった。実際に男が話したその場に立ち会ったのではない。その記憶の再生に立ち会ったからだ。 

 

 研究室の入口に佇むのは、亜麻色の長髪を後ろで括った、温和な笑みの美青年。

 

 男は、煩わし気に右手を振る。すると、男の手で燻っていた炎が断末魔をあげるように散っていった。

 

 

「…………そっちから出向いてくれるとはね」

 

「渋々ですよ。まったく、これからがお楽しみだったというのに……」

 

 

 男はそう言って、スーツの首元に指を突っ込んで、ネクタイを緩める。

 

 

「これ以上素体を焼かれては敵いませんので。このあたりで軽めに叩き潰させてもらいますが、構いませんね? 七夕」

 

「馴れ馴れしいな。まず、初対面なのに名前で呼ばないでくれる?」

 

 

 ──椎塚須金。

 

 全ての黒幕が、俺たちの目の前に立っていた。

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