【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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Thesis.4 『怨燃小町(バーンアウト)

「もらったのはいいけどさ、核骨(かっこつ)……」

 

 

 核骨(かっこつ)を受け取った俺は、手の上のそれに視線を落としながらぼやく。

 

 

「まだ本格的な理論学習もしてないのに反駁伝承(ATリノヴェーション)の構築って、ムリゲーじゃないか?」

 

 

 実際のところ、俺の怪異知識は一般人のそれよりもかなり進んではいる。

 そうでなければ派遣留学の選考を通らないので当然だが、それはあくまでも用語知識だとか歴史だとか、そういう『お勉強』の範疇を出ない。反駁伝承(ATリノヴェーション)の構築に必要なのは、その中枢たる核骨(かっこつ)の構造理解であったり、そこから派生した反駁伝承(ATリノヴェーション)という機体全体がどう連関するかという知識だったりだろう。そしてそういった『実務知識』について、俺はそんなに精通していない。

 有体に言って、どこから手を付ければいいのか分からないという状況だった。

 

 

「ちょっとしたサポートさえあれば、反駁伝承(ATリノヴェーション)はド素人でも構築できるよ。そういう気軽さがあるから、たったの三〇年で数千年の歴史が塗り替えられたんだし」

 

 

 言いながら、御巫(みかなぎ)は手を軽く掲げた。

 赤黒の振袖に、全身を覆う漆黒のボディスーツ。……おそらくは、あの服装全てが反駁伝承(ATリノヴェーション)なのだろう。参考書を読んだだけでは考えられない代物だ。

 そんな素人の想像の範囲を超えたプロは、なんてことない調子で言う。

 

 

「わたしなんて、理論学習なんか一切せずにコレを構築したからね。資格だって四年くらい前にサクッと取っただけだから。それまではモグリの最強でした」

 

「それ多分、御巫(みかなぎ)だけのレアケースだと思うけど……」

 

 

 少なくとも、一般化して『誰でも理論学習せずにできる!』とはならないだろ。

 

 

「まぁまぁ」

 

 

 御巫(みかなぎ)は掲げた手をそのまま使って俺のことを軽く宥める。ハードルが低いってことを言いたいのは分かったが……。

 

 

「最初のうちは『テンプレ』を使うのも、一つの手ではあるんだけどね。でもまぁ、今回はせっかくだし試行錯誤しよっか。友悟(ゆうご)はセンスありそうだし」

 

「……そう言われると悪い気はしないな」

 

 

 『テンプレ』というのは──企業が販売している、反駁伝承(ATリノヴェーション)において『怪異』を調整する『型』となるプログラムのことである。

 初心者~中級者向けに反駁伝承(ATリノヴェーション)の『型』を販売する企業はそれなりに多く、言わずと知れたダブルスリーナイン社の他にも、『復古星系(アンレガシー)』企業の歳旦重工なんかも色々出していたはずだ。

 

 

「ただ、そうは言ってもゼロからインスピレーションを捻り出せっていうのは厳しいだろうからね。まずはわたしの反駁伝承(ATリノヴェーション)を例に出そうか」

 

 

 御巫(みかなぎ)の言葉と同時に、御巫が纏うボディスーツの全身に、無数の手形のような模様が光って浮かび上がる。

 ぼう、と。

 御巫(みかなぎ)の掌から、拳ほどの大きさの炎が立ち上った。

 

 

「わたしの機能は『怨燃小町(バーンアウト)』。明暦の大火……その原因とされる『小袖の手』を封入した反駁伝承(ATリノヴェーション)さ」

 

 

 ……小袖の手。

 確か、江戸時代の遊女の霊が和服に宿った、付喪神的な『怪異』だったはずだ。

 憑いた者を病に陥れるようなタイプだったはずだが、明暦の大火……。……あ、『振袖火事』か? 明暦の大火の火元って、お寺で供養、つまり燃やした振袖の火の粉が原因って俗説があるからな。

 『怪異』っていうのは人類特有の外的認知不協和だ。事実でなくとも、人口に膾炙(かいしゃ)した物語はある種の神話として成立する。そうなれば──『怪異』としてこの世に産み落とされてもおかしくはない。

 

 

「……ってことは、コレに江戸を丸焼けにするほどの威力が……?」

 

「その通り。そして、そこがスタートラインね」

 

 

 御巫(みかなぎ)は掌の中の炎を握り潰して、

 

 

反駁伝承(ATリノヴェーション)では、核骨(かっこつ)に封入した時点で怪題(テーゼ)の『反転』は成立する。反転した怪題(テーゼ)は『人に対するモノ(TO)』から『人から発するモノ(FROM)』に意味が逆転するの。これが、反駁伝承(ATリノヴェーション)で怪異の力を振るえるようになる基本原理」

 

 

 御巫(みかなぎ)で言えば、明暦の大火と同等の火力……つまり江戸の街を丸ごと焼き尽くすほどの火力があるってことだ。

 そして『怪異』の性質上、本来その火力を制御することは難しいだろう。『街丸ごとを含めた人を焼き尽くす』能力を反転させたところで、『街丸ごとを焼き尽くす炎を人が発する』能力にしかならないのだから。

 つまり──そこに反駁伝承(ATリノヴェーション)のもう一つの役割、『調整』がある。

 

 

反駁伝承(ATリノヴェーション)の本質は、量子コンピュータ。その中に封入され、量子情報となった『怪異』の性質を弄るのが調整なんだけどー……ここで登場するのがコレ。ででん」

 

 

 御巫(みかなぎ)がチープな効果音を口にすると、彼女の振袖の中から一機の端末ドローンが浮かび上がる。

 何の変哲もない通常の端末ドローンのように見えるが……。空中に投影されたARウインドウには、ポップな文体で『Quibble』と表示されていた。……クイ、クイブルか?

 

 

「『Quibble(クイブル)』。反駁伝承(ATリノヴェーション)開発用のアプリケーションだね。これは私の知り合いが開発元だから信頼できるよ」

 

「おぉ……! 現場にいないと得られない知識だ」

 

「下手なアプリを使うとバックドアを仕込まれるから要注意ね」

 

「急に話の風向きがヤバくなってきたな?」

 

 

 何を当たり前の様にめちゃくちゃ致命的な情報を提示してるわけ!? バックドア!?

 

 

「そんなに驚くほどのこと? 反駁伝承(ATリノヴェーション)は次世代の必需品だよ。そのくせ、媒体の関係で直接プログラミングする難易度はめちゃくちゃ高い。殆どの伝承師が既存の開発用アプリ頼りにならざるを得ないなら、そりゃあバックドア仕込むでしょ。少なくともその使用者は自分に歯向かえなくなるんだから」

 

「いやこえーわ!!」

 

 

 知りたくなかったよそんな事実! え? かなり薄氷の上に存在してない? 怪異文明(スペクターパンク)

 

 

「あと、これは下手なアプリを掴んだ個人の伝承師の話だから。インフラを司ってる大手企業は当然自社製の開発アプリを使ってるのでもーまんたい」

 

「…………、…………それもそうか……」

 

「その会社がバックドア仕込んでたら終わりだけどね」

 

 

「…………………………」

 

 

 やっぱこの文明、かなり薄氷の上に成立していないだろうか。

 

 

「で、このアプリを起動した端末ドローンを反駁伝承(ATリノヴェーション)に繋いで、アプリで『怪異』の調整をできるんだよ。便利でしょ? いやーいい時代になったもんだ」

 

「確かにな……。もっとこう、デカいコンピュータに繋いでガチャガチャやるもんだと思ってた」

 

「人工タンパク質製の量子コンピュータが成立する前ならそうなってただろうね。ただ、今や端末ドローンにも量子コンピュータが組み込まれて久しいからな~」

 

 

 そう考えると、凄い時代になったもんだ。

 俺は生まれた時からそんな時代だったから何の感慨もないが……って、俺と三つしか変わらないコイツにしたってそれは同じことじゃないか!?

 

 

「本題に戻ると、わたしの扱う『小袖の手』は、明暦の大火の火元になったとされている。つまり、街一つ焼き払えるほどの超火力を持つと()()()()()()()()()。だから、これをどう制御するかっていうのが最初の課題だったんだよ」

 

「そりゃ、そうだろうな……」

 

 

 まさしく、ゼロか一〇〇かなのだ。決戦兵器として運用するならいいかもしれないが、そんなものを探偵業に活かすのは不可能だろう。

 少なくとも、街を焼き払わない程度には制御できなければ話にならない。と思う。

 

 

「ここ覚えておいてほしいんだけど、『怪異』が持つパワーは個体ごとに一定なんだよね。デフォルトよりも制御力を上げようとすると、その分デフォルトよりもどこかの性能を下げなくちゃいけない。これが、反駁伝承(ATリノヴェーション)の調整の基本だと思っておいてね」

 

 

 御巫(みかなぎ)はお茶で口を湿らせ、

 

 

「ただ逆に、デフォルトよりもどこかの性能を下げれば、どこかの性能を上げることもできる。この辺の駆け引きはまぁセンスだよ。友悟(ゆうご)の腕前次第だね」

 

「プレッシャーだよ……」

 

 

 センスについては根拠なしのお墨付きはもらってるが、とはいえ素人だしなぁ……。

 ちょっと不安に思っている俺に、御巫(みかなぎ)は軽く笑いながら、

 

 

()()()()()()()()()()()()。ちょっとした調整のコツがあってさ。友悟(ゆうご)にもそのうち教えてあげるよ。で、そのお陰でほら、こんな風に」

 

 

 そう言って、御巫(みかなぎ)は人差し指を立てた。

 そしてその先に──豆電球ほどの『光』が現れた。

 

 

「これ…………炎、か?」

 

「いいや、光だね」

 

 

 御巫(みかなぎ)が突然道理に合わないことを言い始めた。

 俺はちょっと困惑しながら、

 

 

「い、いや待て待て。『怨燃小町(バーンアウト)』は明暦の大火の火元となった小袖の手を封入してるんだろ? なら光を出すのはおかしくないか?」

 

「何もおかしくないよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 と。

 御巫(みかなぎ)は、当たり前の様にそう言った。

 

 

「わたしが搭載したのは、()()()()()()()()()()()()()()()。まぁ調整だけじゃないカラクリもちょっとはあるけど。お陰様で『怨燃小町(バーンアウト)』は炎だけじゃなくて、光や電気も出すことができるわけ。すごかろー?」

 

「すご……」

 

 

 拡大解釈ってレベルじゃねーぞ。

 

 

「ま、友悟(ゆうご)に最初からこのレベルをやれとは言わないけどさ。『口裂け女』をどう料理するのかについては、色々アイデアを考えておくといいよ。〆切はそうだなー……」

 

 

 ピピピ、と。

 

 そのタイミングで、御巫(みかなぎ)の端末ドローンが着信音を鳴らす。『失礼~』と全然申し訳なくなさそうに言いながら、御巫は端末を確認した。

 間が悪いが、まぁそういうこともあろう。仮にも探偵業として、雑居ビルを自宅にできるほど稼いでいるのなら、そりゃあ依頼の類もひっきりなしだろう。

 

 

「仕事の依頼か何かか?」

 

「んにゃ、進捗確認だった。わたし今、依頼の真っ最中でねー。今日中に結果出さないとなのよね」

 

「こんなことしてる場合じゃなくないか!?」

 

 

 いや俺からしたら有難いが、それで依頼失敗とかなっても俺は何もできないのですが!?

 動揺する俺に、御巫(みかなぎ)は笑って、

 

 

「だーいじょうぶだーいじょうぶ。パッとやればサクッと終わるからさ。お姉さんに任せなさい」

 

「此処までで俺は御巫(みかなぎ)の暴力性しか信頼できないんだけども……」

 

 

 いや、確かに機能の魔改造っぷりは凄まじかったんだが……。

 

 

「で、えーとなんだっけ。そうだそうだ、〆切だったね。じゃあせっかくだし、この依頼が終わるまでにしよっか」

 

「はぁ!? そんなんじゃろくなアイデアも出ないと思うけど…………分かった、やってやるよ。御巫(みかなぎ)も仕事頑張れよ。バイト就任早々雇い主が依頼失敗って縁起でもないからな」

 

「半端なアイデアは認めないよ。あと、なんで他人事みたいに言ってんの?」

 

 

 そう言って、御巫(みかなぎ)はすっかりぬるくなったお茶を飲み干して立ち上がる。

 

 

友悟(ゆうご)も一緒に行くに決まってるじゃん。自覚を持ちなよ、ワトソン君」

 

「………………はい?」

 

 

 えーと、それってつまり、今日中に終わらせなければいけない急ピッチの依頼に同行して諸々の手伝い(当然慣れない)をしながら、その依頼が完遂される前にアイデア出しもやんなきゃいけないと? しかもちゃんとしたヤツを?

 

 

 ………………。

 

 いや、本当にムリゲーすぎない!?!?

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