【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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Thesis.40 反響

「これで御巫七夕のクローン製造が有効に使えるモンだったら、最奥差配(A2Tリノヴェーション)でも妥協できたんだがなァ」

 

 

 胸元を肌蹴(はだけ)させた椎塚が、荒々しくぼやく。

 ヤツの視線の先には、無人の大穴があった。人どころかトラックすらくぐれそうなほどの大穴が、研究室の壁を突き破り、ビルの外側の景色まで映し出している。……そこにいたはずの少女は、影も形も残っていない。

 

 ………………いや、御巫は死んでいないはずだ。その証拠に、御巫は直前に臨界稼働を展開していたが、鳴釜戦のように手の中に集約するような動きはしていなかった。

 アレはどちらかというと、自分のことを守る盾を作るような光の動きだった。おそらくアイツ自身も強力な攻撃の可能性を考えて、荷電粒子砲に使うエネルギーを全部防御に回したのだろう。

 結果……おそらく荷電粒子砲に近い攻撃が飛んできたことで、電磁力同士が反発して吹っ飛ばされた。多分、そういうことなんだと思う。

 

 脳裏で状況を考察し終えた俺は、冷静さを維持するよう心の中で唱えながら、目の前のクソ野郎を見る。

 椎塚は御巫という驚異を排除したからか、先程までよりもさらに饒舌になっていた。横合いに視線を逸らし、ヤツは続ける。

 

 

「『神憑き』ってのは厄介なモンでな、その力は血によって遺伝するものの、能力は魂魄によって決定する。生まれ落ちて観測された段階の揺らぎで確定しちまうんだよ。『神憑き』を量産するだけなら現代の科学でも可能だが、何が出るかは運次第っつー訳だ」

 

 

 椎塚の口調は先ほどまでの取り繕った──白々しい丁寧さがきれいに剥がれていたが、しかしその物腰は却って研究者然とした理知的雰囲気を帯びていた。

 必然、計画の成功を確信したらしき能書きにも、小難しい理論の匂いが立ち込めてくる。

 『神憑き』の量産……確かに、その体質の内容を選択できないとすると、かなりリスキーということは分かる。体質を計測するのにも苦労するだろうし、クローンの作成コストだってタダじゃない。まして、俺の体質のような『ハズレ』を引いたら大事故が発生する可能性すらあるんだ。……実用的じゃあないな。

 

 

「だが、それじゃあ文明は先に進めねェ」

 

 

 ──椎塚の瞳に、思想の色が滲み出た。

 

 

「なァ日向友悟。物語が成立する定義ってのが何か分かるか?」

 

 

 …………、………………。

 

 

「ヒロインの存在、じゃねーの?」

 

「く、ひゃははは! ロマンチックだなァ! いいね、嫌いじゃねェよそういうのも。正味惜しいが、不正解としておこう。──正解は、『属人性』だよ」

 

 

 椎塚はひらひらとうんざりしたように手を振って、

 

 

「人の手によって左右されるからこそ、物語は成立する。三〇年前に物語に突入したこの世界だってそうだろ?」

 

「………………、」

 

「『神憑き』という個人によって『怪異』から守られる世界。それが終わった後も、再現性の薄い個人の才覚によって均衡が保たれる『怪異文明(スペクターパンク)』の到来だ」

 

 

 俺達が、当たり前のように生きてきた世界。

 それを俯瞰して、椎塚は目を見開いて叫んだ。

 

 

()()()()()()ァ!!」

 

 

 両手を広げて、椎塚は語る。

 この世界の当たり前に対して、反旗を翻すように。

 

 

「だってそうじゃねェか? もし明日、御巫七夕がトチ狂って街を焼いたらどうする? 『異界特区』を牛耳る実力者達の利害計算が『既存社会の解体』に触れたら世界はどうなる? 何も持たない弱者は巨人の気まぐれに踏み潰されるしかねェだろ!?」

 

 

 その懸念自体は、正しいものだろう。

 『怪異』の絶対数が足りていないせいで全人口には到底供給できず、伝承師たちが自分達の働き口を確保する為に能力の占有をはかっている。インフラ整備についても、今はまだ自凝県の中だけの普及が精一杯という現状──『文明隘路(ボトルネック)』。確かにこれは、今の社会が抱えている問題である。

 『属人性』が強すぎるというのは、この怪異文明(スペクターパンク)社会の明確な課題だ。

 だが。

 そんな当たり前の問題意識から出た答えは、あまりにも歪み切っていた。

 

 

「だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 極彩色の笑みを浮かべて、椎塚は断言した。

 

 

「一人ひとりが御巫七夕と同じ『最強』を手にすれば、誰かが勝手をしようがすぐに叩き潰せる。『最強』はありふれたものになって、世界は物語から脱却する」

 

 

 つまりは、それこそがすべての計画の根幹。

 即ち────

 

 

「『一切陳腐(A2Tリノヴェーション)』。巻狩の雑魚が提唱してたのは単なるお遊びだったって訳だ。本命はこっちだよ」

 

 

 ……………………。

 

 

「見え透いてるぜ。テメェは別に社会がどうとか興味ねーだろ」

 

 

 得意げに語る椎塚の言葉を真っ向から打ち砕くように、俺は言う。

 全員が巨人の足取りを手に入れる? 『最強』をありふれたものに? 結構なお題目じゃねーか。だが、それらのご立派な目標を達成する為に、誰を礎にしようとしてるっていうんだ。

 

 

「誰もが『最強』を手にしたら、そりゃあ確かに『属人性』は失われるだろうさ。だが、待っているのは理想の社会じゃない。誰もが誰かを一撃で殺せる力が前提となった、潜在的暴力の恐怖に震える世界だ。……何だかんだ言ってるが、テメェは結局御巫っていう分かりやすい『最強(おもちゃ)』を使って自論の実証実験がしてーだけだろうが」

 

「……やーっぱ分かっちまうかァ?」

 

 

 吐き捨てるように言ってやると、椎塚は悪辣な笑みを浮かべる。『主任』の時のような下卑た感情ではない。もっと冷徹で、もっとどうしようもない──何かを虐げることに対する喜悦と、知的好奇心が満たされる愉悦が同居した、絶望的な笑み。

 ……くっだらねぇ。結局、サイコ野郎が自分の加害欲を満たすための大義名分に社会奉仕を謳っているだけだ。こんなもの、聞く価値すらない。

 

 

「………………扱っている『怪異』は、『山彦』だろ?」

 

 

 一言、呟くように問いかけた。椎塚の表情に、僅かな驚愕の色が滲む。

 分析なら、目の前の外道が自信満々の演説をしている最中に済ませていた。

 

 

「おそらく、機能は『機能の完全模倣』。それも、荷電粒子砲の実現までこなせるとなると御巫の体質も含めてってところだろ。……通常の調整じゃ無理だな。『主任』のゴタゴタで御巫の窓口(ポート)が開いている間に、調整用のパラメータを取得していたのか」

 

 

 今までの事件は、全て繋がっていた。

 『主任』が御巫の制御を奪おうとしたのは『主任』個人の陰謀だったが、それを椎塚が支援していたのは、このためだったんだ。御巫が最奥差配(A2Tリノヴェーション)の対策をしていたとしても、その克服の過程で絶対に窓口(ポート)は開く。

 『主任』を捨て駒として、その窓口(ポート)からパラメータを取得し──『山彦』を使って全く新しい次元の反駁伝承(ATリノヴェーション)を構築した。それが、最奥差配(A2Tリノヴェーション)すら超越した技術…………一切陳腐(A2Tリノヴェーション)というわけだ。

 

 

「…………ってことは、模倣小町(デミダブルセヴン)は『山』の役割だな。そいつらが『(ちから)』を反射するって建付けで、御巫の機能を使えるようにしてるわけか」

 

 

 そして、主任が扱っていた模倣小町(デミダブルセヴン)にも意味はあった。

 アレは、そもそも椎塚が一切陳腐(A2Tリノヴェーション)を扱う為の端末として用意されていたんだ。……椎塚はその体質上、機能を扱うことができないから。

 だが、この一切陳腐(A2Tリノヴェーション)……最初から使わなかったあたりおそらく調整はまだ完璧じゃないと思われる。

 ヤツの口ぶりからして、調整が万全ならば複数の模倣小町(デミダブルセヴン)一切陳腐(A2Tリノヴェーション)の端末にできそうだが……せいぜい、今は一体分ってところか。

 俺達が予想外に早く到着したことで、当初の椎塚は一体分の一切陳腐(A2Tリノヴェーション)しか準備できない状態だった。だが、万全の御巫と一体分の一切陳腐(A2Tリノヴェーション)でやりあえば、俺がいる分向こうが劣勢になる。だから最初は機能を使わずに食い下がりつつ、真実をバラして御巫の隙を作って場外に吹っ飛ばした。……おそらくこれが、椎塚視点から見たときの先ほどの戦闘の流れ。

 

 

「…………俺の計画、そんなに分かりやすかったか?」

 

「別に。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ぎゃは」

 

 

 俺の答えに、椎塚は愉快そうに笑う。

 

 

「ぴんぽんぴんぽーん! 大正解!! やっぱセンスあるぜ、お前!!」

 

「…………そりゃどうも。だがな」

 

 

 腕を振るう。袖口から伸びた『垂迹一糸(キルストリング)』がしなり、パシィン!! と空気を叩いた。

 

 

「テメェに褒められたところで、これっぽっちも嬉しくねぇよ」

 

意中の女(ヒロインさま)に頭ナデナデされるのがお好みかァ? だが残念だなァ。こっちにゃよく似た木偶人形しか残ってねェ!!」

 

 

 ──叩き潰す。

 思考がそれ一色に染まりかけたタイミングで────端末ドローンが通知音を発した。

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