【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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Thesis.41 アンチテーゼ

 突如鳴り響いた通知音。それを受けて、俺は思わず動きを止める。

 ──眼前の椎塚に、薄く延ばしたような笑み。特に対応の意志はない……。

 ……一切陳腐(A2Tリノヴェーション)が御巫の体質も模倣しているなら、臨界稼働のインターバルもないはず。……想定内の通信……? ……まさか。

 

 

「出ろよ。きっと向こうも待ち望んでるぜ」

 

「…………、」

 

 

 ……俺が通話に出ることも、向こうの作戦のうちか? なら出るのは……いや、だが通話の相手が俺の想定通りなら、出ておいた方が良さそうだ。

 通話に出るなり飛び込んできたのは、想定内の相手の想定外の声色だった。

 

 

『よかったつながった!! 友悟っ!! 大丈夫!? こっちは平気!』

 

 

 やはり、通話相手は御巫だった。

 戦況の厳しさを考えたら不釣り合いなほどに明るい声色は、却って不安をかき立てるが……。

 ……ハッキングによる合成音声とかではないな。向こうが『怨燃小町(バーンアウト)』を使っているなら当然あり得るが……。

 とりあえず本物と判断した俺は、目の前の椎塚から注意を逸らさないままに御巫へと返答する。

 

 

「ああ、お陰様でな。五体満足で通信中だ」

 

『なら何より。こっちも友悟の警告のお陰で防御がギリ間に合ったんだ。でも、電磁力の反発でめちゃくちゃ遠くに飛ばされちゃってて今海の上! 全力でかっ飛ばしても、多分かなりかかっちゃう……でも、安心して!!』

 

 

 御巫は、平時の明るい声色を保ったまま続ける。

 おそらく、攻撃を食らった際に向こうが『怨燃小町(バーンアウト)』を使えるようになっていたことは理解しているだろう。そのうえで、分断され、片方が『最強』の脅威に晒されているという状況で、聡明な御巫はまだ状況に活路を見出しているらしかった。……まぁ、俺も俺で勝つ道筋は立ててるけども。

 

 

『ヤツが扱う「怪異」が何であれ、機能の無条件複製は絶対にできない。わたしを殺しきらなかったところから見ても、おそらく向こうの「模倣」にはわたしが生きているのが絶対条件として含まれているはずだよ。つまり』

 

 

 明るい声で。

 ()()活路を見出していた。

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()!』

 

 

 死んで幕を引くという、論外中の論外。

 思考の片隅に挙げること自体が責める対象になるような妄言があの御巫の口から飛び出したことに、俺は自分の耳を疑った。

 

 

「…………なんだって?」

 

『だから、わたしが死ねば全部解決するんだよ。おそらくそっちの椎塚が扱っているのは、わたしの機能を参照した技術でしょ?』

 

 

 御巫は当たり前の事実を語るようにして、

 

 

『多分最奥差配(A2Tリノヴェーション)の時に核骨にマーキングでもされていたんだろうね……。ごめん、迂闊だった。でもってこれ、色々頑張ってみたけど核骨が稼働状態である限り解除とか無理っぽいからさ』

 

 

 …………御巫の心臓は、核骨によって置換されている。

 稼働を止めるということは、御巫の心臓を停止するということであり……それは即ち、御巫の死を意味する。

 

 

『だから、わたしが死ぬしかないっぽいんだ。……でも大丈夫。そうすれば敵の戦力は確実に削げるから』

 

「待て待て、落ち着け馬鹿野郎。向こうは初手で荷電粒子砲をぶっ放してきたんだぞ。御巫の防御が間に合わなかったら死んでたかもしれねぇ。そんな手を打ってきたヤツに対して『殺しきらなかったから自分の生存が条件になっている』なんて、全然確実性がねーだろうが」

 

 

 ……実際には、その通りなのかもしれない。不意打ちで御巫を殺すのが目的なのだとしたら、もっと早くあの札を切っていてもおかしくなかった。御巫が防御するところまで読んで、隔離するために荷電粒子砲を撃ったのであれば──御巫の読みは正しいことになる。

 そして多分、御巫の読みは正しい。こんな状況でも、アイツは聡明だから。

 それでも。

 

 

「それにもし、違っていたらどうする。お前は死んで『最強』は完全に向こうのモンだ。最悪のケースだろ、それ」

 

『…………、』

 

 

 御巫は、少し黙ってから、

 

 

『だとしても、この状況だとわたしは死んだも同然だよ。吹っ飛ばされた勢いを無理矢理減速したせいで多少内臓が痛んでるし、合流まで短くとも一〇分以上はかかる。わたしが着く頃には……戦闘は、多分終わってる』

 

「だったらなんだ。終わった後に『ごめん遅れた』って言いながら合流すりゃあいいだろうが。待っててやるからよ」

 

『ダメだよ』

 

 

 御巫の声が、揺れた。

 

 

『わたしが死んで終わらせられれば、友悟の危険はなくなる。無能力の模倣小町(デミダブルセヴン)の軍勢くらい、友悟なら苦も無く処理できるでしょ? 絶対にそっちの方がいいよ』

 

 

 明るい声。

 確かに、一見すると理屈は通っている。敵の能力のパワーソースになっているのだから、それが消えれば敵は能力を失う。だから自死する。デジタルに考えれば当然の帰結だ。

 だが、支離滅裂でもある。

 御巫は道具でもなんでもない一人の人間なのだ。海上なんて位置で死んだ日には、御厨さんにだって蘇生させることはできないだろう。こんなのは考えるまでもなくメリットとデメリットの釣り合いが取れていない。

 そもそも、本当にそう思っているなら、わざわざ俺に呼びかける意味はない。俺がそれを止めない訳がないんだから。心から迷いなく死ぬ選択肢を選びたいと思っているなら、誰にも言わずに海の上で自分の心臓を貫いて死ねばいいだけだ。

 

 でも、そうはしていない。

 

 俺だって馬鹿じゃない。こう動くに至った御巫の気持ちくらい、分かってやれるつもりだ。

 感情の行き場がないんだろう。それを吐き出さざるを得なくなっている。だから、合理性を無視して俺に通話をかけてきた。……『最強』と相対していると分かっているなら、会話の余裕だってないはずだと思って当然なのに、そこには考えが至らない。

 

 ……さっき俺に言われるまで攻撃に気付けなかったことと言い、今の御巫七夕は全く冷静じゃない。完全に、精神が動揺している。だから、こんな捨て鉢な発言まで飛び出してしまう。

 

 これは、SOSだ。

 『最強』の探偵とか、解放された実験体とか、そんな肩書きから外れた──たった一人の御巫七夕という少女から発せられた、必死の助けだ。

 死ぬしかないと、そう思うほど罪悪感とか混乱で追い詰められて、それでやっとの思いで俺の方へ手を伸ばしてきた。

 

 

「絶対に、ダメだ」

 

 

 だから、俺は震える少女の手を掴むように、厳然とした態度で断言した。

 

 

「そんな不明確なギャンブルに、御巫の命は絶対に賭けさせない。いいから急いで戻って来い。大丈夫だから」

 

『……もう良いんだよ、わたしは』

 

 

 御巫の声が、小さく震える。それを抑えるようにして、平坦な声色で御巫は続ける。

 

 

『……不思議だね。友悟とは、ほんの数日の付き合いのはずなのにさ。ほんとに楽しかったんだよ、この数日。今までだって楽しくない訳じゃなかったけど……友悟みたいな男の子は初めてだったし』

 

 

 御巫は、今まで心の奥底に引っ込めていた感情をただ吐き出していく。

 

 

『だから正直、ヘコんだよ。わたしが友悟の両親を殺したって知った時は。……まだ、それで取り乱したら相手の思う壺だって理性が働いてるから、こうして取り繕えてるけども』

 

 

 御巫の声の揺れが、そこで限界を超えた。

 

 

『でも多分……もう、これ以上は無理だよ……。もし友悟が、友悟が、()()()()()()()()()()()()…………』

 

 

 だから俺も、()()()限界を超えた。

 通話の向こう側で震えて泣いている馬鹿野郎も、目の前でニヤニヤ笑いで眺めているクソ野郎も。

 どいつもこいつも、揃って────

 

 

「そもそもの話なんだがよ。なんで、俺がお前の機能に負けることを前提にして、話を進めてんだ?」

 

 

 …………ふざけやがって。

 

 

「驕ってんじゃねーぞ、最強。『怨燃小町(バーンアウト)』だ? それがどうした。お前ごときの機能なんざ、こちとら攻略する方法は億万通りも取り揃えてんだよ」

 

 

 …………こっちの気も知らねーでぺちゃくちゃと。

 俺が死んだら、お前はなんだってんだ? 悲しいか? 辛いか? 悔しいか? 一生引きずるか?

 そんな風に思ってくれてるのに、()()()()()()()()()なんて考えもしねぇっていうのかよ。

 

 

「……死なせねぇよ」

 

 

 そんな解法を、俺が受け入れるわけがない。

 そんな結論が、正解であるはずがない。 

 

 

 

「言いたいことはいくらでもあるだろうよ。だがそりゃあこっちも同じことだ。だから勝手に死んで逃げるなんて絶対に許さねーからな!! いいからとっとと戻って来いこの馬鹿女!!!!」

 

 

 相対するのは、紛れもない『最強』。

 江戸の街を焼き払うほどの火力を素粒子レベルで操り、炎だけでなく雷などのプラズマを操り、その副次現象すら自在に支配する機能。

 さらに、あらゆる『怪異』が齎す事象を拒絶する『怪異殺し』の特異体質。

 

 対してこちらにあるのは、『問答』を起点に『斬撃』を仕掛ける怪異。そこから発展した、音波と斬撃を操る機能。そしてそれを封入し、糸の形で操る機体。

 

 彼我の戦力の確認は完了した。

 圧倒的な戦力差を認識した上で、()()()()()()()()()()()()

 

 

「────見せてやるよ。お前のそのくだらねぇ定説(ぜつぼう)の反証を」

 

 

 そして宣言する。

 どこか遠く、独りで泣いている少女の涙を吹き飛ばせるくらい、力強く。

 

 

「俺がゼロから──築いてやるっつってんだ!!!!」

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