【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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Thesis.45 羽化

「やってくれたな、オイ」

 

 

 椎塚は、ゆっくりと口を開く。

 声の震えはない。頼みの『最強』を倒された椎塚は、それでも笑みを浮かべていた。余裕のない笑みだ。だが、まだ笑みを浮かべようという強気な意志がある。

 日向は、一周回って尊敬の念すら抱いていた。

 

 

「まだそんなに目に力を込められるのか。よく眼力で人を殺せそうって言われないか?」

 

 

 鎮座していた脳缶──一切陳腐(A2Tリノヴェーション)の核となる機体『怪能写鏡(ミラージエコー)』が、椎塚の背後に回った。模倣小町(デミダブルセヴン)が解体されたことで、『怪能写鏡(ミラージエコー)』にかけていた『爆発反応装甲』も解除された為である。

 『爆発反応装甲』が解除された今、日向に攻撃されたら、戦闘を考慮した作りではない『怪能写鏡(ミラージエコー)』はいともたやすく破壊されてしまう。それに対して椎塚は『怪異』なしではあるものの、一応スーツ型の機体を身に纏っている。まだ戦闘は可能という判断である。

 日向は手慰みのように端末ドローンを操作しながら、

 

 

「だが、決着はもうついただろ。『怨燃小町(バーンアウト)』の攻略は完了した。格付けは終了してる。ネタも割れているし、そっちの『核』の守りももうない。これ以上やる意味あるか?」

 

「おいおい、勝ったって言う割には弱腰だなァ。内心の不安が表出してんぞ?」

 

「…………、」

 

 

 実際、日向は()()勝利した訳ではなかった。

 一切陳腐(A2Tリノヴェーション)はそもそも、御巫の戦力を複数運用するのが最大スペックとなる技術である。当然ながら、一体の模倣小町(デミダブルセヴン)を破壊したところで、他の個体に乗り換えてしまえば継続運用ができる。

 

 

「テメェは格付けは完了したとか言っているが、勝ちを拾ったのは初見殺しでしかねェ。二度は通用しない、そういう類の手だ。もう一回やりゃあ、今度は『怨燃小町(バーンアウト)』が上回る。それで王座奪還だ」

 

 

 時間をかければ、『怨燃小町(バーンアウト)』は復帰する。

 研究所の破壊があったとはいえ、それですべての模倣小町(デミダブルセヴン)が潰せるはずもない。多少時間はかかっても、『次』を付与することはできる。

 では何故、それが分かっていて日向はトドメを急がないのか。

 それは、日向の持つ機能の殺傷力が()()()()ということもあるが、それ以上に────

 

 

「誘ってんなぁ?」

 

 

 日向は、ニヤリと笑みを浮かべてみせる。

 

 

一切陳腐(A2Tリノヴェーション)の付け替えにそう時間がかかるとも思えねぇ。精々、数秒ってとこか? 座標情報が完璧なら、遠隔から壁だの床だのぶち抜いて荷電粒子砲の狙撃が通るだろ。カウンター狙いが見え見えだよ、単細胞」

 

「…………チッ。嫌だね、大番狂わせの大金星でも冷静さは失ってねェか」

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それを考え、カウンターを避けて日向は攻撃()()()()()()のだ。

 

 

「だが、大勢は揺るがねェ。『怪能写鏡(ミラージエコー)』を破壊できないなら、模倣小町(デミダブルセヴン)が尽きねェ限り『怨燃小町(バーンアウト)』は俺の手の中だ」

 

『…………友悟。とにかく逃げて時間を稼いで。あともう少しでそっちにつく。そしたら、』

 

「まぁ見てろよ」

 

 

 すっかり持ち直した御巫が口を挟むのを、日向は制止した。

 軽口を叩いて不敵な笑みを浮かべて、日向は言う。

 

 

「此処からが面白いところなんじゃねーか。此処までやっておいて最後の詰めを救った女に託すなんてカッコ()りー真似できっかよ」

 

 

 そこに、追い詰められた弱気の思考は一切ない。確かな勝算。日向は最初からそれを見据えて動いている。

 この局面まで積み重ねて来た勝利への一手の集大成。此処に来て、日向はその手札を切った。

 

 

「これで終わりだ。()()()()──」

 

 

 反駁伝承(ATリノヴェーション)において、奥義とされる技法──臨界稼働。

 日向は既に、これまでの経験の中でその技術を習得していた。

 

 

「──『禍は口から出でて口を裂く(たまのおの)』」

 

 

 日向の背に、淡い紫色の光の紋様が浮かび上がる。無数の刃が放射状に延びた、光の代わりに刃を伸ばした太陽のような紋様だ。

 そして此処まで鎬を削り合ってきた椎塚が、その動きを前に座して待つはずもなく。

 

 

「臨界稼働────『弔いの炎は都を焦がす(ぬえどりの)』」

 

 

 『怨燃小町(バーンアウト)』の臨界稼働は、敵反駁伝承(ATリノヴェーション)の扱う大火力を上から塗り潰す。その意味は、『対臨界稼働用の臨界稼働』。

 それはある種の死刑宣告だった。

 日向が何を策していようと関係なく全てを消し飛ばす、破滅の極光。絶対の最大火力。

 それが、戦場から遠くに位置する模倣小町(デミダブルセヴン)から放たれようとして──

 

 

 シィ…………ン、と。

 

 

 静寂が、その場を支配した。

 

 

「…………………………………………あ?」

 

 

 椎塚の呆然とした声が、いっそ滑稽なほど孤独に響き渡った。

 そしてその声は、徐々に狼狽の色を宿していく。先程までの対応する気概のある焦燥ではない。絶望的な結末を予感した、本気の狼狽だ。

 

 

「ばッ…………馬鹿な!? なん……ッこれは、機能していない!? 一切陳腐(A2Tリノヴェーション)が一切動かないだと!? テメェ……日向友悟ォ!! 一体何をしやがったァ!?」

 

「随分頭が固いじゃねーか。見りゃあ分かるだろ? 臨界稼働だよ」

 

 

 日向は、呆れたような笑みを浮かべる。

 分かり切った回答。だが、日向はそれだけで済ませるつもりもなかった。

 

 

「テメェがスペアへの機能の付け替えをするってことが分かっていて、俺が何も対策していない訳がねーだろうが。考察する時間ならいくらでもあった。狙うべき『核』も突き止めた。俺が、御巫との通話の為だけに端末ドローンを起動していたとでも? ──ずっと準備していたに決まっているだろ」

 

 

 日向の端末ドローン。

 通話ウインドウと同じようにホログラムで展開されていた画面には、()()()()()()が表示されていた。

 『Quible』──即ち反駁伝承(ATリノヴェーション)の編集ソフトだ。

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

「っていうかそうだよ。この機能、御巫を仮想敵にしているから、それ以外を相手にした時の汎用性が未知数なんだよ。現場で全く歯が立たない相手にぶつかったらどうしよう」

 

「んー。アプリはまだ端末ドローンに入ってるよね? なら、一応現場で調整できなくもないよ。普通は推奨しないしわたしも絶対やらないけど…………まぁ友悟のセンスならワンチャン、かな?」

 

「そんなハードル高いんだ」

 

「そりゃあ、頭が回る環境で腰を据えてじっくり考えた機能の方が、どう考えても穴が少ないからね」

 

「言われてみれば確かに。浪漫はないが……現実はそんなもんかね」

 

「まぁ、なくはないよ。土壇場で反駁伝承(ATリノヴェーション)を改造して窮状を打開するっていう逆転劇。でも大抵、そういうのって追い詰められた状態でやる最後の悪足掻きだからさ、めちゃくちゃシンプルな見落としとかして無駄に終わることが多いの。あと、最低でも数十秒の間が必要だからね」

 

 

 

「相手の扱う機能に対する正確な理解と、冷静な思考、十分な準備時間、それからある程度実用的な機能を考えられる構築センス。これら全部が揃ってようやくギリ、かな。結局、事前にどれだけの戦局(ケース)を想定して対応できるようにしておくかが重要だよ」

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 即ち────『怪異』の再定義(リノヴェーション)

 日向は『口裂け女』をさらに改変し、『垂迹一糸(キルストリング)』からさらに別の形へと昇華させた。

 

 

「山彦ってのは、そもそも根本的に旅人の()()()()()『怪異』だ。テメェがやった能力の模倣ってのは、その拡大解釈でしかない。つまり、だ。結局、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 より一切陳腐(A2Tリノヴェーション)にとって致命的な形に。

 

 

「そして『口裂け女』は、問答によって相手に選択肢を強制する『怪異』だ。コイツに問答を仕掛けられた相手は、どういう形であれ問答に対応しなくちゃいけない。そこに『真似る』なんて選択肢は存在しねぇ」

 

 

 つまり──『問答型怪異に対してのみ効果を発揮するジャミング機能』。

 その説明を聞き、椎塚は声を震わせながら言う。

 

 

「…………あ、ありえねェ。そんな真似がありえてたまるか!! 第一! そんなにも歪な改変、効果を発揮するはずがねェ!! 直接触れでもしない限りまず相手に影響を与えることすら難しいはずだ!! それを、行動そのものをキャンセルするような……!?」

 

「ああそうだよ。だから出力は上げさせてもらったぜ。臨界稼働でな」

 

 

 ──意図的な暴走による出力の向上。

 これを使えば、無茶な改造によって実用性を失った機能であっても、ある程度実用可能な出力を発揮してくれる。臨界稼働そのものが難易度の高い技術である上に、使用すればその後しばらく通常機能すらも『機能』しなくなる諸刃の剣。

 当然、平時であればデメリットの方が勝る最悪な改変だ。しかし──この場においてのみ、恐ろしいほどに効果を発揮する。

 

 

「~~~~~~~ッッ!!!! ……いや、そうだ!! ポマードポマードポマード!!!!」

 

 

 そこで、椎塚は即座に打つ手を変更する。

 『垂迹一糸(キルストリング)』が別の形に昇華されたなら、日向が行っていた魔法の言葉(セーフティロック)対策の超音波防御も失われていることになる。であれば、言葉を三回唱えるだけで、日向の全身を覆っている機体はそのまま日向の身体を縛る枷となる。

 

 

「ハハッ……! 最後の最後で詰めを誤ったな。これで──」

 

()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()。忘れたのか?」

 

 

 ダン!! と、日向が足を踏みしめる。

 『怪異』の能力は、メリットとデメリットが表裏一体。メリットとなる機能が使えなくなるということは、即ちデメリットもまた無効になるということ。

 ──残り二〇%とはいえ、全身を覆う膂力強化と触手のような機体の操作は未だ健在。単なる膂力強化のみでは分が悪いと判断した椎塚は、『怪能写鏡(ミラージエコー)』と共に飛び退きながら、端末ドローンを操作し、

 

 

「テメェにやれることなら俺にだってやれてもおかしくねェよなァ!?」

 

 

 ──『怪能写鏡(ミラージエコー)』が、『怪能写鏡(ミラージエコー)』でなくなる。

 『怪異』の再定義(リノヴェーション)。日向が時間をかけて行った工程を、プロである椎塚はたったの数秒でこなしてみせる。

 ギシリ、と軋むような音を鳴らした脳缶の機体の周辺が、まるで木の洞のような変貌を遂げ始めると同時──ピキ、とひび割れて一瞬静止する。

 

 かつて最高峰のプロ──御巫七夕はこう語った。

 

 土壇場での構築の場合、最低でも数十秒の時間は要する、と。

 それは椎塚であろうと例外ではない。

 急場で組み立てた即興細工には、何かしらの欠陥が備わってしまう。たとえば──動作不備とか。

 

 

「……ッ!? クソが、造りが甘ッ──だが!!」

 

「いいや、もう終わりだ」

 

 

 ──その一瞬で、日向の腕から伸びた『アンカー』は、脳缶の機体を捉えていた。

 そして、言う。

 

 

「『俺の言うことだけを聞け』」

 

「な…………!?」

 

 

 ──日向友悟の持つ体質。

 『怪異』に対する制御強度の高さ。彼は自分が干渉した『怪異』に、命令を送ることができる。()()()

 

 

「馬鹿な!? 『怪異』は一人一体しか制御できねェって原則を忘れたのか!? それじゃあ俺の『山彦』の制御を奪うことができても、『口裂け女』と『山彦』の暴走でテメェ自身が食い破られるだろうが!?」

 

「いいや、そうはならないよ」

 

 

 ──日向の身体には何ら悪影響は発生していない。

 

 

「お前はさっき言ったよな。最奥差配(A2Tリノヴェーション)は結局、『怪異』を操ってるって。人間の魂は付属品だってな。……その話が正しいなら、俺は既に二つの『怪異』を制御下に置いていたことがあるんだ」

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

「善処じゃなくて~? わたしの神業に対するお褒めの言葉は~?」

 

「あーもう凄いよ流石だよ感服した!! これでいいか!? 肩をぐりぐり押し付けるな猫じゃないんだから!!」

 

「ぅゃあ゙んっ!?」

 

「……………………ッッッッ!?!?!?!?!?!?!?」

 

「……あ、いや、ごめん。油断してて……『最奥差配(A2Tリノヴェーション)』用にわざと窓口開けてたからさ……。……ほら、友悟の体質で……ちょっと……うっかり本気で制御取られそうになって」

 

「クッソ危ないな!? 気を付けてくれよ!?」

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

「あの時、俺は『口裂け女』を制御した状態で、さらに御巫越しに『小袖の手』の制御にまで手を伸ばしていた。だが、暴走の兆しは欠片もなかったんだ。もしも俺が二つの『怪異』に手を出せば暴走するのなら、あの時俺は異常を感じていたはずなんだよ」

 

 

 だが、そうはならなかった。

 まるでコメディのワンシーンのように、明らかな異常は見過ごされていた。まるで、そうであることが彼にとっては正常であるかのように。

 つまり。

 

 

「俺の体質の本質は、『怪異の誘引』じゃない。『怪異の制御乗っ取り』でもなかった。────『怪異の複数制御』だったんだよ。『怪異』が寄って来るのも当たり前な話だ。だって俺には、複数の『怪異』を同時に制御できるほどのキャパシティがあったんだから」

 

 

 答え合わせを終えて、日向は拳を握る。

 『山彦』を失い、模倣小町(デミダブルセヴン)は手元になく、完全に身一つになった椎塚は、そこに至って今までで最も笑みを濃くした。

 それは、獰猛な笑み。原始の笑みの意味でもある威嚇にも似たそれを浮かべながら、追い詰められた野獣はしかし、それでも牙を剥く。

 

 

「だったらどうしたクソガキィ!! 能書き垂れて偉そうに勝ち誇ってんじゃねェぞォッッ!!!!」

 

「『叩き伏せろ』」

 

 

 ドゴム!! と。

 飛び掛かろうとした椎塚の身体は、横合いから衝突した脳缶の機体によって大きく傾ぎ、勢いを失う。

 そして、それによって発生した致命的な隙に滑り込むように────日向は拳を引き絞り、そして目の前の男に向かっていく。

 

 

「反証完了だ。誇っていいぞ。……随分保険のない、ギリギリの戦いだった」

 

 

 ゴッガン!! と。

 少年の拳が、男の顔面に突き刺さる。

 枯れ葉の様に吹っ飛んだ男が壁に激突し、完全にその場の勝者は決定された。




 これにて完全決着です! あとはエピローグっぽいものがちょっとあります。
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