【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション 作:家葉 テイク
Thesis.46 それから ①
──御巫が到着したのは、それから数分後のことだった。
決着の後、御巫との通話はすぐに切れた。御巫の方から、『移動に専念する』という旨の連絡が来たからだ。
手持無沙汰になった俺は、通報しようか御巫を待とうか悩んだり、気絶した椎塚を『
そんなことをしていると、やがて遠方から風を切るような音が聞こえて来た。
そちらの方に視線をやると──赤い振袖どころかその下に纏ったボディスーツすらボロボロにした姿の御巫が。
掛け値なしの本気のスピードで、こちらに向かって来る。よほどこの場に俺を独りで置いておくのが堪えたと見える。
──あれ? ヤバイ、アイツあの勢いのまま突っ込んでくるつもりじゃねーか!? こっちは椎塚の拘束で残りの機体全部使っちまってるから、あの速度のタックルを受けたら普通にどこかしらの骨が折れるんだが!? 物理的に!!
「御巫、スピード落とせ! その勢いだと俺が死ぬ!」
俺が慌てて言うと、御巫はそのまま高度を落とし──そして予想通り、俺に突っ込んで抱き着いてきた。衝突と同時、御巫は俺の首に両腕を回す。一応速度は落としてくれたらしく、辛うじて人間の膂力で対応できる勢いだった。
「友悟っ!!」
「うぐっ……!」
──それでも疲れた体には正直かなりキツかったが、この勢いに負けて吹っ飛ぶようでは男ではない。気合で堪え、俺は御巫の突進を受け止める。……まぁまぁまぁね。このくらいの勢いで来られることをしたという自覚はありますよ。ええ。
「…………ありがとう」
俺の肩に顔をうずめた御巫は、開口一番にそう言った。……おぉ。
「今度はちゃんと最初から言えたじゃんか」
「わたしは学習するからね」
そう言って、御巫は俺の首に回した腕の力を強める。俺はというと、悲しいことに、御巫を受け止めた腕をそれ以上どうしようか決めあぐねていた。一応御巫の身体が勢いで吹っ飛ばないように背中に回してホールドしてるような状態なんだが、ここからどう動いてもなんか正解にならなくない? どう?
「……ねぇ、友悟」
椎塚と戦っている時の数十倍の勢いで懊悩してるんじゃないかというくらい思考を回して硬直していると、ふと御巫が腕の力を緩めた。
身長の関係で完全に俺が支えていた体重がゆるりと離れ、俺の視界に御巫の顏が入って来た。ちなみにまだ肩に腕は回されている。よって、顔はとても近い。もう一度言うが、顔はとても近い。
俺はそっと横を向き、
「何だ?」
「…………わたし、友悟に何をあげればいいかな」
寂しそうな呟きに、思わず視線を御巫に戻した。
「友悟から何もかも奪ったのに、わたしは友悟からいっぱいもらってばっかり。……って言ったら、きっと友悟は怒るんだろうけどさ。でも実際に、その通りでしょ?」
「…………、」
絶対に違う、と俺は断言できる。
そもそも俺の両親が死んだのは御巫のせいではなく、御巫を暴走させた『主任』のせいだ。もっと言えば、椎塚が俺の事情を把握していたのだって気にかかる。俺の両親の事故については調べれば出て来ることだから、助手である俺のことを調べれば一発で引っかかる情報ではあるが……アイツのことだし、俺の両親が事故ったのにも何らかの関与があったっておかしくない。そうなると両親の死そのものが誰かに仕組まれたことという可能性もある訳で、御巫を責める筋合いは本格的になくなってくる。
それと、さっきも言ったが俺の人生は誰かに償ってもらわなければいけないほど不足していない。施設での暮らしだって貧乏ではあったが人の出会いには恵まれていた。それなりに良い半生だったと、本気で自認している。
それに何より。
俺は、御巫七夕という少女から、しっかりとたくさんのものを受け取っている。そうでなければこんなに必死になって戦ったりしないし、降って来たコイツを意地になって踏ん張って受け止めたりもしない。
だが。
それは違うと否定するのは、今この場では不可能だ。
何故ならそれは、御巫の心の奥に深く根付いた確信だから。それを突き崩して反証するには、今の俺の言葉だけじゃ足りない。
「……『椎塚』はね、何もしなくても、周囲に脅威を齎すんだ。高熱の物質が赤外線を放つみたいに、周囲の因果を捻じ曲げる」
俺の首に腕を回したまま、御巫は囁くように言う。
それは、さっき椎塚が言っていたことだ。御巫は気にしていない風だったが……。
……いや、気にしていない訳がない。でなければいくらコイツが『最強』で自立心の塊だからといって、一四歳という幼いとすら言える年齢で独り立ちするはずがないんだ。
「結構気遣ってはいるつもりなんだけどね。それでも、『
「………………その割に、御厨さんに同居を勧めてたろ?」
「英姫は、どうせ来てくれないって分かってたから」
御巫は、寂しそうに答えた。
……。御厨さんだって、御厨さんなりの罪悪感とか贖罪とか、複雑な事情がある。その上で彼女は自分にやれる範囲で御巫のサポートをしてきたはずだ。だからこそ、今のあの人の信頼がある。伝承師が自分の生命線を丸投げするくらいの信頼が。
だが…………そこから先へ踏み込んでくることは、
「でも、友悟は違った。わたしを恐れなかったし、わたしを畏れなかった。……それだけじゃなく、わたしを超えてまでくれた」
俺を見上げる御巫の瞳は、泣きそうなくらい潤んでいた。
「わたしから、『最強』を奪えるって証明してくれた。ただの女の子として見てくれた。おかげで、誰かの隣にいてもいいって、初めて思えたんだ。……本当に、救われたんだよ? 泣いちゃうくらい」
その言葉を、俺は受け止めるしかない。
だって俺はそうやってこの女を救うつもりで、そして実際にそれを成し遂げたのだから。であれば俺は、『得る』しかない。その責任があるとすら言えるだろう。
そしてその前提を共有した上で、御巫はこう言いたいのだ。
「ねぇ、代わりにわたしは、何を差し出せばいい? ……差し出させて? 全部あげるよ。わたしの全部。だから──」
「いらねーって」
御巫の言葉を遮るように、俺は御巫の頭に手を置いた。
確かに、俺は御巫のことを救った。
でもそれは、御巫から今以上の何かを受け取りたくてした訳じゃない。逆だ。その逆で、俺は──今を守りたくて、今までの様に御巫といたくて、それで戦っていたんだから。
「何も受け取らなくったって、隣にくらいいてやるよ。心配ならちょうどいい肩書きだってあるだろ。お誂え向きのヤツがよ」
今までの様に御巫といたくて……と言ったが、流石に一つは諦めなくちゃいけないと、俺は内心で観念していた。
つまり。
「……クソったれ。もう流石にバイトは名乗れないよな」
御巫は探偵で、俺はその助手。
隣にいるには、まさにお誂え向きだろう。
「………………それじゃダメか?」
「しょうがないな」
窺うように言った俺に、御巫は苦笑してから、また腕に力を込めて抱き着いて来た。
いよいよ我慢の限界が近づいて来た俺は、やんわりと肩を押して御巫を離す。
体がくっつくかくっつかないかの距離で俺を見上げる御巫に、俺は大変気まずい思いをしつつも、自衛の為に仕方がなく言った。
「……あのさ、さっきからずっとこう、その、
それに対し、『最強』のレスポンスはこう。
少し上気した頬で、潤んだ瞳で、寂しそうな表情を浮かべて、こちらを見つめて、一言。
「………………嬉しくない?」
『最強』は零落しただと?
ふざけやがって。どこがだっていうんだ。
────流石に、叫び出さなかった俺は褒められるべきだと思う。
というわけで、今回からその後の話とか戦後処理とかのエピローグ。