【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション 作:家葉 テイク
それから、俺達は県警本部のとある一室にやって来ていた。
──というより、俺達が県警本部にやって来た理由というのが、
「厳重に拘束していますが、万が一ということもあります。十分に気を付けてくださいねぇ。……『椎塚』相手には、警戒のし損というのはありませんのでぇ」
「はいはい。釈迦に説法だよ、枕飾サン」
「やめろよ。枕飾さんだって言いたくて言ってる訳じゃねーから」
軽口を叩き合う俺達の前にいたのは────一人の青年。
しかし、白い布とベルトで構成された拘束具で戒められた青年は、金属製の装飾がついた目隠しとマスクで顔の感覚器の大半を覆われ、椅子に固定された状態になっていた。
ここまでしてもなお、警戒の対象から外れないほどの『脅威』。
『椎塚』。
椎塚、須金。
──数日前に倒した男が、そこにいた。
「マスクを解放します。注意してくださいよぉ」
カシュ、と空気が抜けるような音と共に、男の口半分を塞いでいた拘束具が解放される。つかの間の自由を得た男の口は、待っていましたとばかりに流暢に動く。
「────ようこそ、友悟さん。歓迎しますよ。それと、七夕も」
すっかり猫被りが戻っていやがる。
…………あと、なんか距離感が縮まっていやがる…………。
「名前で呼ぶな、気色悪りぃ」
「私のことも須金と呼んでくださっていいんですよ? これから貴方は嫌と言うほど『椎塚』と関わっていくんです。いちいち関わる者全員を椎塚と呼んでいてはややこしいでしょう?」
「被ったヤツはその都度考える。テメェはただの『椎塚』だ。それで十分だろ」
「………………それも良いですね」
…………いくら戦闘が終わったからと言って、あまりにも変わり身が早すぎないか? 自分が殺されないと分かっている上に、これ以上悪い状況になりようがないから開き直ってるんだろうか。
あとさっきから枕飾さんのリップサービスでも余裕の表情だった御巫の機嫌がみるみる悪くなってるんだけど、対抗心燃やすタイミングそこなの?
「暇つぶしが欲しいならこっちから提供してあげる。──この前の戦闘において、おまえの言動には明らかな違和感があった。分かる?」
「……ええ、もちろん。七夕、貴方が愚かにも心砕かれて気付けなかった、分かりやすい違和感がね」
あからさまに御巫の神経を逆撫でする言葉に、俺は即座に御巫の肩に手を置いた。
こういう煽りカスに対してああだこうだ言い返しても不毛である。会話には応じてくれているので、会話の節々はスルーして話を進めるだけでいい。
御巫はというと、痛いところを突かれていたはずだが(依然として不機嫌ではあるものの)大して気にした様子も見せず、
「何で、友悟の素性を知っていたの?」
余計なお世話だったかな──と思いつつ肩から手を引こうとしたところをグッと手で抑えられながら、俺は二人の会話を聞く。
御巫は掴んだ手を引っ張って俺に自らを抱き寄せさせながら、
「友悟とわたしが行動を共にしてから、あの時点で三日も経っていなかった。そっちが友悟のことを認知したタイミングだって、早くても鳴釜が接触した時……実際には『主任』が襲撃した頃だよね。どう考えても、調査時間が足りないと思うんだけど」
この女、真面目な話をしながら何をして……、……!! いや、違う!! コイツ……馬鹿にしてるんだ!! 椎塚を! この状況で!! 敗北を経て明らかに俺に対して個人的執着を見せるようになった椎塚の前で、見えないのをいいことにあてつけるようにくっついてるんだ!!
そうだった……この前の戦闘ではクリティカルな弱みを叩かれたけど、そもそもコイツ、めちゃくちゃ煽るタイプだった! 思えば、鳴釜も『主任』もめっちゃ煽り倒してたし!!
「かといって、全てが計算通りとも思えない。友悟が派遣留学を選択したのは友悟自身の選択だし、わたしと出会ったのだって『怪異』が絡んだ偶然だもん。どこまでにおまえの手が伸びてる?」
「……くく、そうですねぇ。全てが私の計算づくならばそれはそれで浪漫があったんですが…………残念なことに、全て偶然ですよ」
椎塚は、くぐもった笑みを零しながら御巫の質問に答える。あるいは、嘲笑うかのように。
「私の計画は、一〇年前から始まっています。『椎塚』の才能に嫉妬した愚かな科学者達の失墜から四年後──ひょんなことから
…………三人の『椎塚』?
「一人は七夕、貴方です。貴方を知ったのはそこでした。そしてその能力を個人に占有させるのは惜しいと思った。全世界の人間が等しく貴方と同じ『最強』を振るえる世界……さぞ素晴らしかったでしょうが、もはやそれを見ることは叶わないでしょう。残念です」
「おまえの妄言はどうでもいいよ。三人の『椎塚』っていうのはどういうこと」
「結論を焦ってはいけませんよ。こういうものは積み重ねが大事なのです。不安、焦燥、そうしたものが積み重なって、カタルシスが生まれ、」
「俺も『椎塚』ってことなんだろ?」
勿体ぶった話をする椎塚に面倒臭くなった俺は、さっさと話を終わらせるために椎塚の言葉を遮って尋ねた。
っていうかまぁ、そうなんじゃないかなとは思ってたしな。なので何か知っていそうな椎塚に聞いてみたが、この勿体ぶり方からすると間違いないだろう。
「そもそも違和感は最初からあったんだ。事故現場は確かに高速道路だが、研究所が近くにあるような工業地帯だぞ。そんなところになんで、生後一歳の子どもを連れてるんだ……とかな」
俺が続けて言うと、椎塚はつまらなさそうに舌打ちして、
「揺らぎませんねぇ、貴方は……。ハァ、友悟さんが推測した通りです。貴方のご両親は……正確にはお母様は、『椎塚』の血を引いています。本家直系ではなく分家の傍流といったところですがねぇ。とはいえ、彼女は『椎塚』として覚醒していて、研究者として活動していましたが」
へー、母方の方だったのか。まぁ日向姓は父方由来とは聞いていたけども。
「そして貴方の父も研究者でした。あの日研究所の近くにいたのも、偶然ではありません。貴方の両親は、七夕のプロジェクトに招聘されていたんですよ」
……なるほどな。
一歳の子どもを連れて悪の秘密結社の研究所まで行くのってどうなの? と思わなくもないが、まぁ『椎塚』だしな……。何かされそうになったらぶっ潰すくらいの気概でいてもおかしくはない。
あと多分、御巫のいた研究所って御巫を育てるためにめっちゃ育児の設備整ってたから、ワンチャン俺を預けながら仕事するつもりだったんじゃないだろうか。……そう考えると、下手したら研究所で御巫と出会ってた可能性もあるのか。うわ、なんというニアミス……。
「貴方の素性を洗えたのは、七夕のことを調べる過程で貴方の両親のことを前以て把握していたから。後は点と点を線で繋ぐだけです。簡単な作業でしたよ。時間をかけずに真実に到達できたのも、そういうからくりです」
そう考えると、なんとも数奇な偶然である。
まぁ『怪異』が跋扈するような世界だ。運命だの偶然だのがあったってちっとも不思議ではないが……。
「残念でしたね」
そこでふと、椎塚は御巫に向かって憐れむように言った。
「彼が貴方に救いを齎したのは、貴方にとって都合のいい奇跡なんかじゃない。彼が『椎塚』で、貴方の齎す破滅に対抗しうるくらい強い存在だった。ただそれだけのことなんですよ」
……あー、なるほど。
妙にペラペラ喋ってくれると思ったら、そういうことだったのか。コイツのことだ。敗者らしく勝者に従うついでに、あの美しい思い出にヒビを入れる程度の嫌がらせをかましてやろうってところか?
………………くっだらねぇ。
「椎塚なら誰でも御巫のことを救ってくれるんなら、今頃御巫は今の一〇〇倍無敵のヤバ女になってんだろ」
こんなもん、完全勝利に砂をかけようと必死になってるだけの詭弁にすぎない。まともに取り合うのも馬鹿らしい。
「『椎塚』だかなんだか知らねーが、親族ヅラしておいて誰一人御巫の手を握らなかったのが
「もういいよ、友悟」
そこで、御巫がゆっくりと口を開く。
「この人、羨ましいだけだから。同じ『椎塚』なのに、わたしだけちゃっかり理解者を獲得して人生を謳歌してるのが憎たらしいんだよ」
「……優越感に塗れた誤謬ですねぇ。あの御巫七夕の台詞とは思えません。色惚けすると人はここまで浅はかになるんでしょうか」
「でも、良かったよ」
椎塚は御巫の言葉に言い返すが、御巫はもう椎塚に取り合わなかった。
「明らかにわたし達の知らない情報源を前提に喋ってたからね。何か知らない陰謀を潰し損ねているとか、致命的な見落としがあるとか、そういうのじゃないか心配してたんだ。『椎塚』関連は何があるか分かんないから」
──実際、俺達が此処に来た目的は、主にそこだった。
今回の一件における、取りこぼしの有無。先程から静かにしている枕飾さんに尋問用
「結果、因縁はあったけど、取りこぼしはなかった。それだけ分かれば十分だ。ありがとね、
「…………、またいずれお会いすることになるでしょう。その時までごきげんよう、友悟さん」
その言葉を最後に、椎塚のマスクが再び起動し、口が閉ざされる。SF的な研究室のような面会室からも出された俺達だったが、ほっと一安心する間もなく枕飾さんが問いかけて来た。
というより、どこかちょっとヒキ気味な様子で……。
「あの、さっきご自身の出自が明らかになったんですが、葛藤などはありませんので……?」
「葛藤? ……あー、そうか、『椎塚』ってなんか周りに害をなすとかそういうジンクスがあるんでしたっけ」
脅威を与えるだっけ? 言い回しはもう覚えてないが……。
「そう言われても、今までの人生こうやって過ごしてきたんで……今更っていうか」
言われてみたら、『怪異誘引体質』も『椎塚』の性質の一環とかなのかもしれないが、そういう風に言われても『こじつけじゃね?』って思っちゃうんだよな。俺、捻くれてるから。
ぶっちゃけ、御巫が『椎塚』の体質を体現してるみたいな話も大分こじつけが酷いと思う。『最強』が周りを歪めてしまったって、そんなん言い出したらもう何でもありだろっていう。
だから、椎塚が言っているのは『椎塚』という高い『神憑き』の素質を持つ家系が素質の高さゆえの不遇から己の心を守る為の防衛機制。俺はその程度のもんだと思っている。
…………それに何より。
「仮に『椎塚』の性質っていうものが本当にあったとしても、俺は御巫を救いたいと思えて、そして実際にきっちり救うことができた」
完璧に椎塚をやりこめることができたからだろう。横で上機嫌そうにしている御巫を横目に見て、俺は続ける。
「ならもう、後はどうだって良いです。もし何か問題があったって、その都度解決していくだけっすから」
そもそも、俺の母だって『椎塚』でありながら家の事情からトンズラこいて俺を産んでいるのである。
事故って死んだのは『椎塚』の性質に負けたと言えるかもしれないが、見方によっては『俺を遺すことに成功した』──『椎塚』の性質に風穴を開けたとも言えるわけで。
俺の母がそこまでやったんなら、俺はそれをさらに推し進めて、全員ハッピーエンドで一生を終えてみせようじゃないか。
「……頼もしい限りですねぇ。これからはアナタにも期待させてもらいましょうかぁ」
「任せてよね。なんせわたしの助手だもの」
で、なんでお前はそんなに誇らしげなんだ。いや頑張るけども。
次回、最終話(多分)!
多分とつけた自分の理性だけは褒めてあげたいです。