【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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Thesis.6 不届き者

 天浮橋(あまのうきはし)市は、自凝(おのごろ)県の北東部にある港湾都市である。

 

 人口は一〇万人程度。自凝(おのごろ)県に四つある港湾都市のうちの一つで、その中でも特に『人と物の流れ』を司る街だ。

 自凝(おのごろ)県の玄関口の一つである天浮橋(あまのうきはし)港を始めとして、複数の港を保持しており、それらの港に紐づくように、複数の物流センターを備えている──まさしく人と物の入口。それが、この天浮橋市である。

 何を隠そう俺も、ちょうど今朝にはこの街から自凝(おのごろ)県に入ったクチだ。

 

 

「ただ、人と物が大量に出入りするってことは、その分セキュリティも甘くなるってことでねぇ」

 

 

 未だ明るい倉庫街を歩きながら、御巫(みかなぎ)は軽い調子で言う。

 時刻は午後五時。真夏というにはまだ日が短い季節だが、それでもこのくらいの時間帯ではまだ日も傾き切ってはいない。ただ、眩しい太陽の下でからりと笑う御巫(みかなぎ)とは裏腹に、話題のトーンはどこか薄暗い印象だった。

 ちなみに、車は市内のコインパーキングに停めて来た。あまり近いところに停車すると潜入に来たのがバレバレなので、少し離れたところにだ。

 

 

「たま~に、悪さをする連中が出て来るのよ」

 

 

 悪さをする……という言い方だといかにも軽い印象だが、やっているのは未認可の反駁伝承(ATリノヴェーション)の密輸である。

 ──『怪異』が文明の動力になるという未来(ゆめ)が提示されてから三〇年。

 もはやこの街においてその未来(ゆめ)現在(げんじつ)になったが、『県外』では反駁伝承(ATリノヴェーション)の普及に幾つかの障害がある。『怪異』は恐ろしいという心理的ハードルもそうだし、反駁伝承(ATリノヴェーション)への法規制が追いついていないという制度的ハードルもそうだ。

 自凝(おのごろ)県では県独自の条例という形で反駁伝承(ATリノヴェーション)を管理しているが、これも影響調査をしながら騙し騙しでやっているようなもので、朝令暮改も日常茶飯事だ。とてもじゃないが『県外』に即座に広げられるようなものではない。

 

 これは想像になるが、そういう社会状況を鑑みれば、『県外』に未認可の反駁伝承(ATリノヴェーション)を持ち出せば、それを使って『悪さ』をする難易度は、自凝(おのごろ)県内よりも遥かに低くなるんだと思う。

 だから、未認可反駁伝承(ATリノヴェーション)の密輸という『悪さ』にとんでもない利益が生まれて、それに飛びつく連中も出てくると……。

 …………とはいえ。

 

 

「物流センターがどういう運営形態か知らんけど、企業が運営してるもんなんじゃないのか? そんな汚職企業みたいなのがポンポン出て来てるってこと?」

 

「流石にそこまでじゃないね。天浮橋(あまのうきはし)市には物流センターが全部で五つあるけど、形式的な管理運営の音頭は市が取ってるよ。そこに、参画企業が運営協力って形で各々の力を発揮しているってわけ。だから、意外と申請さえ通れば個人経営みたいな会社でも利用できたりして」

 

「へー…………」

 

 

 そりゃあ確かに、悪さをする連中が出て来やすいだろうな。

 そして物流センター側が特に対策してないってことは、なんか根深い事情もありそうだ。そうやって悪さをするヤツを黙認する代わりに、何らかの見返りを求める、みたいな感じで。

 ……あんまり思考を巡らせても愉快な話じゃないな。この件については、深入りしないでおこう。

 

 

「一番影響力が高いのはダブルスリーナイン社系だけど、最近は復古星系(アンレガシー)の流れでニイナメロジスティクスが勢力を拡大してきてるかな。自凝(おのごろ)県は島だからさ、物流企業の競争はかなり激しいわけよ」

 

「なんか真っ当な社会情勢の話が御巫(みかなぎ)の口から出て来るとめちゃくちゃ違和感があるな」

 

「お~? 友悟(ゆうご)はわたしのことを何だと思ってるのかな~?」

 

 

 ダメ女、とは言わないでおいた。仮にも雇い主である。ご機嫌を損ねたら困るのは俺だ。

 ちょっと楽しそうにこちらを追及してくる御巫(みかなぎ)に対し、俺は話題を逸らす意味も兼ねて、元の話の流れに戻していく。

 

 

「で、今回未認可の反駁伝承(ATリノヴェーション)を流そうとしたところはどこの会社か分かってんのか?」

 

「ん。ナオライっていう昔ながらの貿易商だね。経営難にあえいだ結果、未認可の反駁伝承(ATリノヴェーション)販売に手を染めちゃった感じっぽい」

 

「ナオライなら俺も聞いたことあるぞ。ガキの頃に見た動画で広告が流れてたよな」

 

 だいたい、五年くらい前だったか。

 ナオライナ~オラ~イ♪ ってな感じの特徴的なメロディの動画広告が耳に残るから、よく覚えてる。そういえば、ここ数年は全く見ていなかったが……。経営難になってたのか。

 

 

「諸行無常ってヤツだね。今の時代、反駁伝承(ATリノヴェーション)で悪いお金儲けを企む伝承師は掃いて捨てるほどいるからさ。経営が傾いて余裕がなくなると、そういうのに乗っ取られやすいのよ」

 

「全体的に世知辛いなー……」

 

 

 『結構あるんだよねーそういうの』と、御巫(みかなぎ)は語る。

 そんなにいるのか、悪い伝承師。しかしこう……悪い異能の使い手が個人で悪さをするんじゃなくて、その異能でやることが企業を乗っ取って金儲けというのも、物語に語られるような体制が崩壊した今のこの混沌とした社会情勢って感じだよな……。悲しいことに。

 少し侘びしい気持ちになっていると、御巫(みかなぎ)は人差し指を立てて話を続ける。

 

 

「ほら。三〇年前の反駁伝承(ATリノヴェーション)の発明で、ダブルスリーナイン社が世界の覇権を獲ったじゃん? ダブルスリーナイン社が巨大化した企業の図体を支える形で事業を広げていった影響で、色んな業種で巨人の歩みに踏み潰される事案が出てるのさ」

 

「ああ……それは知ってる。その影響で、旧来の企業による業界再編が活発になってるって話をニュース系のチャンネルで見たことある」

 

「そそ。復古星系(アンレガシー)なんてまさにその筆頭ね」

 

 

 『復古星系(アンレガシー)』系企業。

 歳旦重工やニイナメロジスティクスをはじめ、様々な業種が経営協力をして、まるで鰯が群れを成して巨大な魚群を形作るみたいに『一つの巨大な企業』を形作った複合企業体……だったか。

 存在感で言えばダブルスリーナイン社がダントツではあるものの、『復古星系(アンレガシー)』という言葉は伝承師を志していればそれなりに耳にするワードである。

 

 

「それでも、世界的なシェアはダブルスリーナイン社がダントツで確保してるっていうんだから凄いよねぇ。すっかり『不動の一位(デファクトスタンダード)』を掴んじゃってるよ」

 

「ダブルスリーナイン社もだいぶ手広くやってるよな。反駁伝承(ATリノヴェーション)の原料となる人工タンパク質に、インスタントにその完成品を扱える雛形に、動作を決定づけるプログラム系に……あとなんだったっけ?」

 

「警備とか物流とか通信とか色々だよ。噂だと、旧来の『神憑き』の名家をも取り込んでるって話だけど」

 

「ってことは一応『神憑き』の素質持ちの俺も頑張ればワンチャン就職できたりしないかね? 別に名家とかではないけど」

 

「夢見るのも良いけど、まずは手に職つけなくちゃね~」

 

「ソデスネ……」

 

「あ、敬語出てるよ。わたし堅苦しいの嫌い」

 

「判定厳しくない?」

 

 

 そんなことを話していると、目の前に目当ての倉庫──天浮橋(あまのうきはし)第三物流センターが見えて来た。

 三階建ての倉庫を眺めながら、御巫(みかなぎ)はゆっくりと屈伸して、

 

 

「落ち着ける場所に着いたら端末ドローンに監視カメラの情報を送るから、その場に待機しつつそれ見て何か異常があり次第わたしに連絡入れること。とりあえず初仕事の内容はそれだけね」

 

「ん? 待てよ。連絡入れるって、そっちは単独行動か? いや、そうじゃないか。()()()()()()()()?」

 

「なに、怖いの?」

 

「怖いも何も、見つかったらアウトな状況だろ!」

 

 

 大前提、ハッキングしてセキュリティを無効化して忍び込むんだよ、俺達は!

 何かの拍子に見つかったら、詰むだろ! バイトにできるのは話し相手までで、単独行動で別のミッションをこなすなんてできません!

 

 

「だいじょーぶだいじょーぶ。ちゃんと見つかりづらいところに置いていくから。っていうか、わたしについて行く方が危険だと思うけどね。現物抑えに行くわけだし」

 

「俺、この世には貴方より辛い思いをしている人もいるのだからっていう言い回しはその人の辛さに目を向けていない不誠実なロジックだと思うんだ」

 

「奇遇だね。わたしも全く同感だよ」

 

 

 クソったれ!! 欠片も響かねえ!!!!

 

 

「此処でぐだるよりも、さっさと行動して帰ることを考えてた方がいいと思うよ? まだ物流センターの外とはいえ、見つかるリスクが全くないとは言えないしね」

 

「生殺与奪権を握られるってこんな気分なんだな。改めてさっさと反駁伝承(ATリノヴェーション)をモノにしたいと思ったよ」

 

 

 ぼやいてみたものの、御巫(みかなぎ)は既に無視して侵入モードに入ってしまわれていた。

 給与については最大限交渉しよう。振袖の裾から見え隠れするボディスーツに覆われた御巫(みかなぎ)のケツを後ろから見ながら、俺は静かに決意した。

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