【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション 作:家葉 テイク
で、現在地は物流センターの三階にある宿直室みたいなところです。
……いや、確かに見つかりづらい場所ではあるが、帰る時はどうすればいいんだこれ?
鉄面皮を心に意識しながら、俺は端末ドローンを起動する。俺の手からふわりと浮かび上がった端末ドローンは、眼前の辺りでピタリと静止した。明鏡止水の境地だ。遺憾ながら見習いたい。
「じゃ、わたしは行って来るかな。そんなに時間はかからないと思うけど、暇になったら通話かけてくれてもいいよ」
「単独行動の時にまで話し相手を求めるなよ。暇なら普通にアイデア練りしてます」
「敬語やめてね」
「だから判定厳しくない?」
適当に言い合いながら、
「……まぁとりあえず、時間は有効活用するか」
誰に言うでもなく呟いてから、俺は宿直室の中を見回してみる。
宿直室の中は、宿直という言葉のイメージに反してそこそこ広かった。学校の教室のだいたい半分くらいだ。その部屋の一面に一段高い座敷のスペースがある。多分、これは仮眠をする為のスペースだろう。他には、教卓くらいの大きさの机に赤と黒のマジックペンと何らかの台帳が置かれている。ついでにハサミや定規のような文房具類も備え付けられていた。
時間的にまだ宿直室を使う人がいないので、誰もいない……ということなのだろう。どれだけ猶予があるか考えても仕方がないし、そんなことを考えるくらいならさっさと
端末ドローンを操作して、『Quible』を立ち上げる。端末ドローンからホログラムのARウインドウが新たに浮かび上がり、そこであるぼやきが口を突いて出た。
「…………つっても、地味なんだよなぁ。『口裂け女』」
『口裂け女』からしてみればまことに遺憾な評価だとは思うが、実際のところ、そう言わざるを得ない。
恐怖を煽る為か知らないけど、実際に危害を及ぼすまでにステップが多すぎるんだよ。襲われる身としては隙が多いので助かるが、運用する身としてはもうちょっとシンプルな『怪異』であってほしい。っていうのは、いかにも『怪異』をリソースとして見る人間のエゴか。
……いや、違う。俺がシンプルな形になるように調整すればいいんだな。
となると、まずは『口裂け女』の性質の中で使いづらそうな部分を列挙してみるか。
たとえば原典の『口裂け女』は、『刃物で口を引き裂いて殺す』という行動の制限がかけられている。これはいかにもやりづらい。
ただ、この制限は『女の細腕で口を正確に引き裂き殺せる』という超常的な行動と表裏一体の性質だ。上手く使いこなせば、たとえば『物理的な行動なしに自分と同じ傷を与える』みたいに、単なる怪力以上の現象を引き起こせるようになるかもしれない。
あと、原典の『口裂け女』は『対象に定めた相手に問答を仕掛ける』という行動の制限もかけられている。これは相手に『ポマード』や『べっこう飴』のような対抗手段を講じる隙を与えてしまっているので、相当な制限だ。
ぶっちゃけ、さっきの行動制限よりもこちらの方がよっぽど扱いづらい。先手必勝ができない上に、ポマードだのべっこう飴だので簡単に動きが止められてしまうのだ。そりゃあ面倒だろう。
とはいえ、ただでさえ戦闘手段が斬撃一辺倒な『怪異』である。これ以上スペックを下げてどうこうしたら、結局小さくまとまっちゃうよなぁ……。でも、これらの弱点を放置してたら、対抗策を知ってるヤツからしたらむしろデバフにしかならないわけで……。
…………デバフ?
「…………そうだ、その発想があるじゃないか」
そこで、俺は気付いた。
制限がデバフになるのなら、
たとえば紐状の
拘束の他に通常の『口裂け女』としての攻撃能力も搭載できるし、これは結構強いのでは? うむ、アイデアとしてアリだな。
……あーでも、紐の
「……っと、そうだった。モニタの監視もしないとな……」
数分ほど考えていただろうか。
思考もそこそこに、俺は端末ドローンを操作して新たなARウインドウを立ち上げる。
これだけのハッキング技術があるなら、電子戦だけでしっかり探偵の仕事をこなせそうなモンだけどなぁ。
依頼メールを見たが、受けずに断っている依頼もかなりあった。中には今回の依頼よりも成功報酬の高いモノもあったが、そっちも断っているくらいだ。ちなみに断る理由は『多忙のため』らしい。ウソつけ。
ともあれ、そんな中でわざわざこの依頼を選んでいるというくらいには、
いずれにせよ、依頼を選り好みできる程度には業界内の信頼も高く、羽振りも良いらしいというのはプラスの情報である。お外に漏らしたら本格的に死ぬタイプの情報なので墓場まで持って行くしかないが。
雇い主の自由っぷりに呆れつつも監視してみるが、特に変わった様子は見られなかった。
一応、その事実を頭に入れて監視カメラを精査してみたものの、これが案外分からない。
炎の応用で電気を流すっていうだけでどうやってこんな高度なハッキングをしてるんだ? 多分何かしらのカラクリがあるんだろうけど、どういう解釈で実現してるのか全く分からん。
「……解釈を広げるっていうのも、大事だよなぁ」
これも広義の『行動自由度の強化』になるのでその分どこかのスペックを下げる必要は出て来るんだろうが、『口裂け女』という『怪異』に囚われない手札の獲得は魅力的だ。
たとえば、呼びかけることで狙いを定めるという性質。これを
他にも、『自分と同じように口を引き裂いて殺す』という性質を『攻撃が必ず裂傷の形で現れる』みたいに解釈できれば、例えば掠っただけで裂傷を与えたり、殴ったダメージを裂傷に変換したり、そういう形に応用できるかもしれない。
何より、こういう形なら投げ縄だの鞭打ちだのの腕前も必要ないな。
……うん、縄の方もアリだけど、一旦こっちの方向性で考えてみるか。『ポマード』問題は依然悩ましいが。
っと、そうだ。モニタの方も監視しとかねば。
えーと……、ん?
ちょうど確認したタイミングで、モニタの複数に動きがあった。
どうも、数人の従業員らしき人間が慌てているような……。……アレ、従業員じゃないな。傍らに乳白色の蜘蛛みたいな見た目の自走式ロボットを従えてるし。十中八九、伝承者じゃないか?
何で伝承者が? 何て疑問は今更だ。おそらく、ナオライに巣食っていた悪徳伝承者だろう。
「……ん?」
そこで、俺は気付く。
なんか……アイツら、こっちに向かってない? なんで宿直室に……いや、そこは重要じゃない。心当たりはないが、俺の端末ドローンからシステムにアクセスしているのを逆探知されたとか、連中の潜伏場所がたまたま此処だったとか、可能性は幾らでもある。それについてはあとで
重要なのは……このままいけば、
待て待て待て。
……真っ向から鉢合わせ?
………………。
俺は無言のまま、端末ドローンの通話ウインドウを立ち上げてコールする。通話相手は当然例のクソ女である。
果たして、カス女はワンコールで応答した。反応の速さだけは褒めてやろう。
アホ女は上機嫌そうな調子で応答する。
『もしもしー? なんだよ
「おいダメ女ァ!! 推定ナオライの伝承師がこっちに向かってんだけどどういうことだ!?」
『おおー罵倒が一巡したみたいな円熟さを感じるね。いやゴメンゴメン。証拠品の未認可
「んなわけ……、」
言いながら、俺は適当に仮眠スペースらしき座敷から畳を一枚持ち上げてみた。
……板張りの床がありそうなところには、何やら物々しいロックつきの箱がすっぽりとおさめられていた。
「……ありそうだな」
『アハハ、
「運が悪いで済ますな! どうすんだよ! こちとら生身の丸腰だぞ! 企業に巣食うような悪質伝承師なんかどうしようもないだろ!」
『んー、
俺の叫びに、
それに対して、俺が何かを言い返す前に、
『だって、そもそも話がおかしいんだよ』
確定的な証拠を突きつける。
『直接戦闘力がない? 無力な一般人?」
奇しくも、まるで物語の中の名探偵の様に。
「
俺が抱えていた些末な欺瞞を、突き崩した。