【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション 作:家葉 テイク
御巫の推理は終わらない。
俺が無言のままなのを確認して、御巫はゆっくりと話を続ける。
『わたしがきみを助けた時、思えばきみは逃げることをやめていたよね。腹を括って、『怪異』に対抗する意志を見せていた。全く対抗手段を持っていないのなら、そんな自殺行為を選ぶわけなくない?』
答えることはできなかった。
何故なら、それらの疑問はすべて、俺が並べていた欺瞞を打ち崩すものだったからだ。
俺が『神憑き』の素質を制御できていないという話に、嘘はない。
制御できていないからこそ俺は『怪異』に襲われやすい体質で、そのせいで色々と
無力な一般人というのも、嘘ではない。
『神憑き』の素質を持っていたとしても、それは御巫のようにパンチ一発で『怪異』を血煙に変換するようなトンデモ戦闘能力ではない。そんなものを持っているなら、『怪異』を厭うようなこともないしな。
俺は、『怪異』に対して絶望したことがない。どうしようもないとか、逃げるしかないとか、恐ろしいとか、そういう風に思った経験はない。
そもそも根本的に『怪異』というのは──俺にとって、対処可能な障害でしかないのだ。たとえそれが、どんな規模のものであったとしても。
『あるんでしょ? 対怪異用の鬼札が。じゃあ、そんなに心配要らなくない?』
「『怪異』に簡単な命令を与えられるだけでもか?」
ただし。
それが全てのリスクをゼロにしてくれるとは限らない。
対処可能な障害でも、障害なのは障害なのだ。真っ向から立ち向かうなんて戦法は、
「ああそうだよ。俺は『怪異』に対抗する手段がある。殴るとか蹴るとかで強い衝撃を与えると同時に命令すれば、簡単な命令なら言うことを聞かせられるんだ。対『口裂け女』なら、『俺に定めた狙いを解除しろ』とかな」
だが、とそこで俺は逆接の言葉を繋げて、
「それだけだ! 『怪異』に呪われれば苦しいし祟られれば死ぬ! 『口裂け女』に切り裂かれれば、俺も口裂け族の仲間入りだ! そもそも簡単に対処できるなら逃げねぇよ! 対応するときは常にギリギリだからできるだけ逃げるようにしてんの! 丸腰の状態で、伝承師に管理されてる整えられた怪異の相手なんて命が何個あっても足りねぇ!!」
『なーに言ってんの』
ギリギリのところで声量を抑えてるだけの叫びに、御巫はそれでも鼻白んだような声で答えた。
まるで、自らの掌中にあるモノの価値に気付けていないとでも言わんばかりに。
『丸腰なんかじゃないじゃん、友悟。手元には
最低最悪の無茶振りのはずなのに、その女の声色がまるで祝福するように穏やかだったから。
俺は思わず、反論の言葉を呑み込んでしまった。
その時点で、俺の負けは確定した。
「…………クソったれ! 分かったよやってやる! その重い期待に応えてやるよ!! それであとどのくらいで到着する!?」
『んー、三分ってとこかな。着く前に片付けてたら褒めてあげる』
「褒賞なら物理的なもので!」
適当に言って通話を切り、俺は通話用のARモニターを閉じる。
……啖呵を切ってしまった以上、もうやるしかない。無理だと縮こまって助けに拘泥することはできた。それでもやると言ってしまったのは、俺の選択だ。ならば精々、最大限カッコつけてやるしかない。
モニタに映るのは、伝承師と思しき男と乳白色の蜘蛛のような足を持った機体──
他に二人の男がいるが、コイツらは伝承師ではないだろう。
推察するに、モノを盗まれたことを察知して、悪事の証拠である帳簿だけでも回収しようというハラだろうか……。
「……蜘蛛型の機体を持つ
もちろんそうとは限らないが、御巫の話と照らし合わせて考えれば、蜘蛛系の『怪異』に対して蜘蛛型の機体を用意するのは、
そして蜘蛛系の『怪異』だとしたら、考えられるのは……
蜘蛛の妖怪型『怪異』の伝承は色々あるけど、だいたい共通して人に化けたり、体調を悪くしたりする逸話が遺されている。一番注意すべきはこのあたりの逸話を再解釈した幻覚攻撃か。あとは、一部の
対して、こっちにあるのは赤黒のサインペンと台帳、チャチな文房具、『口裂け女』が封入された核骨にクソったれの特殊体質のみ。
これらの材料で、能力も分からない未知の敵と対峙するとしたら。
……………………。
これなら、やれそうか…………?
◆ ◆ ◆
──
いいや、悪夢というなら、ずっと前から悪夢だったかもしれない。
彼は、曾祖父の代から続く貿易商の四代目だった。
生まれながらに家業を継ぐことが確定していた人生。それは刺激に乏しいものだったが、一方で彼は満足もしていた。何故なら、その道筋には失敗の気配が存在していなかったからだ。
引退した父の跡を継いで若くして社長となった
世界的企業となったダブルスリーナイン社の、インフラ業界への参入。
これ自体は、まだよかった。業界には荒波が巻き起こったが、小さな会社だったナオライはそれによって変動するパイの大きさの影響を最小限に抑えることができていた。
しかし──それに対抗するようにして発生した業界再編、これは、零細企業であるナオライに無視できない打撃を与えた。大きな商流の変化に、コストカットの嵐。その中でパージされた『比較的優先度の低いコスト』の中には、ナオライも含まれていた。
結果、ナオライの経営は荒波に呑まれて転覆する船よりも見る間に傾いていった。
そんな時に現れたのが、
未認可
何せ、元手となる機体は人工タンパク質により安価に生成できるのである。そして未認可のアングラ品だからこそ、必ずしも正常に稼働するものを送らなくてもいい。相手は出るところに出ることもできないのだから、『怪異』の封入されていない空の機体を売り捌くだけでもそれなりの『儲け』が得られるのだ。
加えて、
──しかしそれは、
経営利益の大半が
「クソったれが!! ふざけやがって!! どういう警備体制をしてりゃあこうなるんだよッ!!」
「す、すいませんすいません……」
悪態をつく
物流センターの職員を買収していた
ゆえに、
「おいゴラァ!! 動くんじゃねぇぞ!!」
教室の半分くらいの大きさの宿直室の中にいたのは──一人の少年だった。
猫のような吊り目の黒い瞳に、黒髪の天然パーマ。仏頂面にどこかの高校のものらしき学ランを身に纏った、どこにでもいそうな少年。──しかしその少年には、たった一つだけ明確に不自然な点があった。
それは、その口元。
少年は何かを握った左手で口元を覆い隠していた。そしてその拳から見え隠れしている少年の頬には、赤いマジックで描かれた、落書きのような『裂けた口』がある。
何かの冗談なのかと一瞬呆気にとられた
「テメェ、伝承ッ──」
「
少年の口から。
致命的なまでに蠱惑的な、女の声が響いた。
そしてそこで、
少年の右手が置かれている壁を起点として、部屋中に赤いマジックで描かれた線が走っている。
まるで、キリトリ線か何かの様に。
「
直後。
分解されたハサミがひとりでに浮かび上がり、粥筒の
③に続く。
さて、一体日向はどんな能力を構築したのでしょう。次回の種明かしをお楽しみに。