【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション   作:家葉 テイク

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Thesis.8 考察と実践 ②

 御巫の推理は終わらない。

 俺が無言のままなのを確認して、御巫はゆっくりと話を続ける。

 

 

『わたしがきみを助けた時、思えばきみは逃げることをやめていたよね。腹を括って、『怪異』に対抗する意志を見せていた。全く対抗手段を持っていないのなら、そんな自殺行為を選ぶわけなくない?』

 

 

 答えることはできなかった。

 何故なら、それらの疑問はすべて、俺が並べていた欺瞞を打ち崩すものだったからだ。

 

 俺が『神憑き』の素質を制御できていないという話に、嘘はない。

 制御できていないからこそ俺は『怪異』に襲われやすい体質で、そのせいで色々と()()()()()()人生を送って来た。だからこそ、その体質を克服する為に──そして少しでも保険を獲得する為に、伝承師を目指したのだ。

 

 無力な一般人というのも、嘘ではない。

 『神憑き』の素質を持っていたとしても、それは御巫のようにパンチ一発で『怪異』を血煙に変換するようなトンデモ戦闘能力ではない。そんなものを持っているなら、『怪異』を厭うようなこともないしな。

 

 

 ()()、『()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 俺は、『怪異』に対して絶望したことがない。どうしようもないとか、逃げるしかないとか、恐ろしいとか、そういう風に思った経験はない。

 そもそも根本的に『怪異』というのは──俺にとって、対処可能な障害でしかないのだ。たとえそれが、どんな規模のものであったとしても。

 

 

『あるんでしょ? 対怪異用の鬼札が。じゃあ、そんなに心配要らなくない?』

 

「『怪異』に簡単な命令を与えられるだけでもか?」

 

 

 ただし。

 それが全てのリスクをゼロにしてくれるとは限らない。

 対処可能な障害でも、障害なのは障害なのだ。真っ向から立ち向かうなんて戦法は、()()()()()()()

 

 

「ああそうだよ。俺は『怪異』に対抗する手段がある。殴るとか蹴るとかで強い衝撃を与えると同時に命令すれば、簡単な命令なら言うことを聞かせられるんだ。対『口裂け女』なら、『俺に定めた狙いを解除しろ』とかな」

 

 

 だが、とそこで俺は逆接の言葉を繋げて、

 

 

「それだけだ! 『怪異』に呪われれば苦しいし祟られれば死ぬ! 『口裂け女』に切り裂かれれば、俺も口裂け族の仲間入りだ! そもそも簡単に対処できるなら逃げねぇよ! 対応するときは常にギリギリだからできるだけ逃げるようにしてんの! 丸腰の状態で、伝承師に管理されてる整えられた怪異の相手なんて命が何個あっても足りねぇ!!」

 

『なーに言ってんの』

 

 

 ギリギリのところで声量を抑えてるだけの叫びに、御巫はそれでも鼻白んだような声で答えた。

 まるで、自らの掌中にあるモノの価値に気付けていないとでも言わんばかりに。

 

 

『丸腰なんかじゃないじゃん、友悟。手元には反駁伝承(ATリノヴェーション)と「怪異に命令を与える力」。しかもアイデアを練る時間まであったときた。できるよ、友悟なら。わたしは見る目のある最強だからね』

 

 

 最低最悪の無茶振りのはずなのに、その女の声色がまるで祝福するように穏やかだったから。

 俺は思わず、反論の言葉を呑み込んでしまった。

 その時点で、俺の負けは確定した。

 

 

「…………クソったれ! 分かったよやってやる! その重い期待に応えてやるよ!! それであとどのくらいで到着する!?」

 

『んー、三分ってとこかな。着く前に片付けてたら褒めてあげる』

 

「褒賞なら物理的なもので!」

 

 

 適当に言って通話を切り、俺は通話用のARモニターを閉じる。

 ……啖呵を切ってしまった以上、もうやるしかない。無理だと縮こまって助けに拘泥することはできた。それでもやると言ってしまったのは、俺の選択だ。ならば精々、最大限カッコつけてやるしかない。

 

 モニタに映るのは、伝承師と思しき男と乳白色の蜘蛛のような足を持った機体──反駁伝承(ATリノヴェーション)

 他に二人の男がいるが、コイツらは伝承師ではないだろう。反駁伝承(ATリノヴェーション)を持ってなさそうだし。おそらく、ナオライ側の窓口的な人間じゃなかろうか。

 推察するに、モノを盗まれたことを察知して、悪事の証拠である帳簿だけでも回収しようというハラだろうか……。

 

 

「……蜘蛛型の機体を持つ反駁伝承(ATリノヴェーション)。とすると、封入された『怪異』も蜘蛛系か……?」

 

 

 もちろんそうとは限らないが、御巫の話と照らし合わせて考えれば、蜘蛛系の『怪異』に対して蜘蛛型の機体を用意するのは、()()()()()()()()という意味で理に適っている。

 そして蜘蛛系の『怪異』だとしたら、考えられるのは……絡新婦(じょろうぐも)や大蜘蛛、土蜘蛛あたりか……。

 蜘蛛の妖怪型『怪異』の伝承は色々あるけど、だいたい共通して人に化けたり、体調を悪くしたりする逸話が遺されている。一番注意すべきはこのあたりの逸話を再解釈した幻覚攻撃か。あとは、一部の絡新婦(じょろうぐも)には糸で人間を引き込み殺す逸話もある。物理攻撃の線も考えないといけない。

 

 対して、こっちにあるのは赤黒のサインペンと台帳、チャチな文房具、『口裂け女』が封入された核骨にクソったれの特殊体質のみ。

 これらの材料で、能力も分からない未知の敵と対峙するとしたら。

 

 ……………………。

 

 これなら、やれそうか…………?

 

 

 

   ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ──直会(なおらい)雉仁(きじひと)にとって、今日は悪夢の日だった。

 いいや、悪夢というなら、ずっと前から悪夢だったかもしれない。

 

 彼は、曾祖父の代から続く貿易商の四代目だった。

 生まれながらに家業を継ぐことが確定していた人生。それは刺激に乏しいものだったが、一方で彼は満足もしていた。何故なら、その道筋には失敗の気配が存在していなかったからだ。

 引退した父の跡を継いで若くして社長となった直会(なおらい)だったが──程なくして、巨人の歩みはそんな直会の夢想していた未来を蹴散らした。

 

 世界的企業となったダブルスリーナイン社の、インフラ業界への参入。

 これ自体は、まだよかった。業界には荒波が巻き起こったが、小さな会社だったナオライはそれによって変動するパイの大きさの影響を最小限に抑えることができていた。

 しかし──それに対抗するようにして発生した業界再編、これは、零細企業であるナオライに無視できない打撃を与えた。大きな商流の変化に、コストカットの嵐。その中でパージされた『比較的優先度の低いコスト』の中には、ナオライも含まれていた。

 結果、ナオライの経営は荒波に呑まれて転覆する船よりも見る間に傾いていった。

 

 そんな時に現れたのが、筒粥(つつがゆ)壮真(そうま)という男だった。

 筒粥(つつがゆ)は経営再生の一手として未認可反駁伝承(ATリノヴェーション)の密輸を提示し、直会(なおらい)は藁をもすがる思いでその提案に乗った。

 未認可反駁伝承(ATリノヴェーション)の密輸による利益は、凄まじいものがあった。

 何せ、元手となる機体は人工タンパク質により安価に生成できるのである。そして未認可のアングラ品だからこそ、必ずしも正常に稼働するものを送らなくてもいい。相手は出るところに出ることもできないのだから、『怪異』の封入されていない空の機体を売り捌くだけでもそれなりの『儲け』が得られるのだ。

 加えて、筒粥(つつがゆ)の作成した『本物』の未認可品はそれだけで莫大な利益となる。未認可反駁伝承(ATリノヴェーション)の密輸によって利益を得たナオライは、瞬く間に業績を回復させていった。

 

 ──しかしそれは、筒粥(つつがゆ)という存在への依存でもあった。

 経営利益の大半が筒粥(つつがゆ)という男の技術力と存在なくして成立しない状況では、筒粥の言うことは絶対である。最早ナオライは直会(なおらい)の城ではなく、筒粥という伝承師の隠れ蓑と化していた。

 筒粥(つつがゆ)の機嫌次第では、社長である自分すらもいつ切られるか分からない。その極大のプレッシャーで、気付けば直会(なおらい)の頬はこけ、見た目は実年齢より一〇は老けて見えるほどにまでなってしまっていた。

 

 

「クソったれが!! ふざけやがって!! どういう警備体制をしてりゃあこうなるんだよッ!!」

 

「す、すいませんすいません……」

 

 

 悪態をつく筒粥(つつがゆ)の横で頭を低くしながら、直会(なおらい)は宿直室に急いでいた。

 物流センターの職員を買収していた直会(なおらい)は、宿直室に不正の証拠である裏帳簿を隠していた。商売道具の未認可反駁伝承(ATリノヴェーション)が何者かに持ち去られた以上、帳簿に関しても手が伸びる可能性が高い。反駁伝承(ATリノヴェーション)も危険だが、帳簿を取られれば本格的に『詰み』だ。それだけは避けなくてはならない。

 ゆえに、筒粥(つつがゆ)直会(なおらい)は部下一人を連れて宿直室に急行したのだった。

 

 

「おいゴラァ!! 動くんじゃねぇぞ!!」

 

 

 筒粥(つつがゆ)反駁伝承(ATリノヴェーション)が、宿直室の扉を叩き破る。

 教室の半分くらいの大きさの宿直室の中にいたのは──一人の少年だった。

 猫のような吊り目の黒い瞳に、黒髪の天然パーマ。仏頂面にどこかの高校のものらしき学ランを身に纏った、どこにでもいそうな少年。──しかしその少年には、たった一つだけ明確に不自然な点があった。

 

 それは、その口元。

 少年は何かを握った左手で口元を覆い隠していた。そしてその拳から見え隠れしている少年の頬には、赤いマジックで描かれた、落書きのような『裂けた口』がある。

 何かの冗談なのかと一瞬呆気にとられた直会(なおらい)とは違い、筒粥(つつがゆ)の警戒はその瞬間にMAXまで引き上げられた。

 

 

「テメェ、伝承ッ──」

 

()()()()()()()

 

 

 少年の口から。

 致命的なまでに蠱惑的な、女の声が響いた。

 

 そしてそこで、直会(なおらい)は気付く。

 少年の右手が置かれている壁を起点として、部屋中に赤いマジックで描かれた線が走っている。

 まるで、キリトリ線か何かの様に。

 

 

()()()? ────ちなみに答えは聞いていないがな」

 

 

 直後。

 

 分解されたハサミがひとりでに浮かび上がり、粥筒の反駁伝承(ATリノヴェーション)に襲い掛かった。




 ③に続く。
 さて、一体日向はどんな能力を構築したのでしょう。次回の種明かしをお楽しみに。
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