【完結】アンチ^2テーゼ・リノヴェーション 作:家葉 テイク
その姿と言動を見た時点で、
『口裂け女』──話しかけた相手に狙いを定め、自らと同じように口を引き裂いて殺す『怪異』だ。
(口元の赤いマジックによる落書き……おそらく『自分と同じ傷を与える』っつー『口裂け女』の目的を妥協再現した結果か。そして部屋中に書かれた同じ赤いマジックは、『口』!)
自らの『口の拡張』に利用した赤いマジックを使って描いた線を『口』と定義することによる、『口裂け女』の攻撃条件の設定。そこから導き出される
二〇代で
赤いマジックをなぞるようにして壁を切り刻むハサミを見て、
(この奇襲タイミング、『ポマード』の連呼には時間が足りねェ! だが、攻撃対象が赤い線に限定されるなら脅威度は
事前準備というコストを支払うことで大きく利便性を上げた応用。それを、目の前の一〇代の少年が成し遂げたという事実に、
しかしプロである
乳白色の蜘蛛が、赤い線から飛び退いた。
こうすれば、赤い線を攻撃対象にして『ついでに「
「涙ぐましい努力だな。勝ち筋を限定して一縷の望みにかけたようだが──」
『無駄だったな、クソガキ』。
そう、勝ち誇ったつもりだった。
線にさえ注意しておけば、あとは詰将棋なのである。
『
『口裂け女』程度の不自由な
しかし、イレギュラーは凡人では想定できない結果を生み出す。
違和感の始点は、己の口から漏れ出た『こぽっ』という水の音だった。
温かい何かが、右頬を伝っている。
そして口から出したはずの言葉が、言葉になっていないことに気付いた。そのつもりで放った息が、想定外のどこかから漏れ出たかのような感覚だった。
反射的に、右手が頬を抑える。
ぴちゃりという音と共に、右手に
──それが刃物によって引き裂かれた頬の先にある自分の歯の感触だったことに、
「お、おぉ、ォォおおおおおおおおおおおおおおッッ!?!?」
あり得ないはずだった。
確かに、『口裂け女』の本来の異能は『声をかけた人間の口を引き裂いて殺すこと』だ。
だが、
そこまで考えて、
「──テメェ、ブラフか!!」
赤い線は、『「口裂け女」の異能を改造した』と思わせ、直接攻撃の可能性を思考の外に追い出すための
その証拠に、
半端に裂けた口を抑え、
不意打ちによって
確かに、
(残念だったなァ……。テメェの敗因はその『怪異』を武器に選んだことだ!!)
痛みや怒りを冷静さに転換しながら、
「
おそらく、先ほど何かを握っていた左手に
だが、根本的に自身を『口裂け女』と同一視する構造ならば──その弱点も自分に降りかかって然るべきである。
必然、『
はずだった。
──
彼は
己の経験・思考の埒外に位置する『例外』の存在を無視して、目の前の違和感に気付くことができなかった。
つまり。
◆ ◆ ◆
というより、ブレインストーミングを経て、
『口裂け女』の真価は、その異能にあるのではない。呼びかけた相手に攻撃対象を限定する性質も、相手を切り裂く攻撃も、キーワードで動きを止める弱点も、『口裂け女』という『怪異』を運用する上で重要なポイントではない。真に重要なポイントは──
──『攻略のしやすさ』だ。
そもそも原典からして、『口裂け女』という『怪異』は攻略される運命にあった。
こうすればやりすごせるだとか、こうすれば撃退できるだとか、こうすれば逃げられるだとか、『口裂け女』という都市伝説にはそんな諸説ありの『対策』が付いて回る。
その為、原典を知る者が『口裂け女』と相対する場合、反射的に『対策』の方に意識が吸い寄せられてしまう。なまじ
だから、『口裂け女』はあえて見せ札に留めた。
『口裂け女』の出番は、初撃のみ。
ほぼ改造していない劣化版の一撃で敵に手傷を負わせ、『「口裂け女」に対策しなくては』という意識を植え付けた後で──あえて、『口裂け女』を手放す。
そうすれば、相手は意味のない『口裂け女』用の対抗策で一手を無駄にしてくれる。
その一手分の空隙で──
「
何故なら、その時点で既に
「まったくヒヤヒヤさせてくれるよ、本当に」
そして
「『寝てろ』」
──宣言に、力が宿る。
おそらくは人間一人など容易く蹴散らせる機動力の『
「ば、なァッ!? んだテメ、その機能は一体!?」
「機能じゃねぇよ」
全ての戦力を一時的に喪失した
戦闘の一切を
構わず、
「クソったれの体質だ。羨ましいだろ」
刃は突き立てなかった。
代わりに全力で振り抜かれた拳が、半分裂けた
◆ ◆ ◆
「……んで、続けるか?」
顔面にいいのをもらって昏倒したオッサンを横目に、俺は残り二人のオッサンに呼びかけた。
…………………………マジで危なかった。ギリギリのところだった。
虎の子の
そもそも、これでオッサン二人が継戦姿勢をとってもそれはそれでマズイのだが……。
「ひ、ぃ。こ……この野郎……」
二人のうち、年老いた方が呻くように呟いた。
まるで噴火の前兆のように、老けたオッサンの呟きは徐々に大きくなっていく。
「この野郎!! 真っ先にダウンしやがって!!!! お前が負けたら全部終わりだろぉ!!!!」
老けたオッサンはかんしゃくを起こしたようにそう叫んで、くるりと踵を返した。……あ、逃げるんだ。それならそれで有難い。敵の身柄確保はこちらの仕事じゃないし、逃げてくれるなら仕事が減る。
そう呑気に考えていたら、
「はいどーん!」
オッサンが踵を返して走り出した一歩目の段階で、廊下の窓から突入したアホのドロップキックが炸裂した。
ドロップキックを食らった老けたオッサンは壁に叩きつけられ、そのまま活動を停止してしまう。
「ん、この人あれだね。ナオライの社長の
「もっと早く来てくれればよかったんだがな」
上機嫌で俺を褒める
「ところで、コイツらどうすんだよ」
両手を挙げて降伏の意志を示している秘書らしき人を壁際に押しのけつつ、俺は
「ん。さっき依頼主に連絡入れたからね。しばらくしたら現場に到着すると思うよ。来たら
「分かった」
流石に投げっぱなしではないか。
ちょっと安心して、俺は改めて
真面目な話だ。ちゃらんぽらんな
「それじゃあ、約束の褒賞の話をしようか。言っておくがかなり薄氷の勝利だったからな。めちゃくちゃ保険が足りなかったからな。生半可なモンでお茶を濁したら流石の俺も本気で怒るぞ」
「高いお肉」
「………………」
真面目なトーンの俺に、
高いお肉。たかいおにく。
そのたった六文字を耳にして、俺は決断した。たった一日、だがそれでも濃密な経験の連続だったこの日の積み重ねを、俺は迷いなく評価する。
「一生ついていきやす、
「
「これもダメなの???」
────そうして、俺の初めての伝承師戦は終わりを告げたのだった。