for you...«彼女が彼にできること»   作:巡朗

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黒と紫

◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

キーンコーンカーンコーン――――――――…

 

 

 

 

 

「つ、疲れた…」

 

HRが終了し、放課後を告げるチャイムが耳朶を打つと同時にフェイトが机へ突っ伏す。

 

「にゃはは…お疲れさま。フェイトちゃん」

 

「大丈夫?目がなんだか死んじゃってるよ?」

 

「まあ、朝一番であんなこと言われたら気にもなるわよね。特に男子なんかは…」

 

 

ちらっとアリサが流した目線の先で、なんだか憑き物が落ちたような表情の男子たちが教室を後にしている。

今日は本当に大変だった。

休み時間の度に女子からも男子からも質問攻めに()うし…。

体育から帰ってきたら机の中にラブレターみたいな手紙が何通も入ってたし…。

理由は分からないけど何人かの男子が二階のベランダから飛び降りようとするし…。

誤解を解くために何度同じフレーズを口にしたのか、もう数える気も起こらない。

疲れた。

ただただ疲れた。

傀儡兵と戦ってる方がまだ良かったと思わせられるくらい…。

 

 

「とにかくはやてちゃんのこと迎えに行こう?ほら頑張ってフェイトちゃん。お母さんが翠屋で新作のケーキの試作品用意してくれてるから。ね?」

 

「うん…」

 

 

抜け殻のような身体を引き摺るみたいにしながら、なのはたちの手を借りてふらふらとはやてのクラスへ向かう。

いつものメンバーの中で、唯一他のクラスになってしまったはやて。

長期間学校に通ってなかったこともあってわたしたちは少し心配していたけれど、持ち前の明るさや社交的な性格ですぐにクラスに溶け込んだみたい。

最初のころは車椅子に乗ったはやてをからかってくる男子が居たりもしたけど、特にアリサが頑張ってくれたおかげで、今ではそういうこともほとんど無くなった。

 

 

「はやてー。いる?」

 

 

アリサが出入り口から顔を覗かせた先で、談笑していた少女が栗色のショートヘアをなびかせながらこっちへ振り向いた。

わたしを捉えるくりっとしたつぶらな瞳。

ああ…わたしには分かるよはやて。その瞳の端っこに生まれた一瞬の輝き。

間違いない。

あれは新しい玩具(おもちゃ)を前にした子供の瞳…。

はやて…あなたは身も心もボロボロにされつつもこの先で待ってる甘いひとときの幸せを夢見て命を削り続けている目の前の女の子に(とど)めを刺そうっていうの?

わたしは信じてるよ。

今の(しお)れたわたしを間近に見たらきっと思い直してくれるって。

だってはやては優しい子だもん…。

 

 

 

「フェイトちゃん恋人ができたんやてな~。今度わたしにも紹介してくれへん?」

 

 

 

ぐしゃり

 

 

 

優しくない。

この世界はわたしに優しくないよ…。

道端で健気に自分を主張する野の花も無情に踏みつけられてしまった時ってきっとこんな気持ちなんじゃないかと思う。

 

 

「も~…だめだよはやてちゃん」

 

 

そんな心身をともに擦り減らしたわたしへ手を差し伸べてくれるかのように、なのはがはやてをたしなめた。

うぅ…ありがとう。なのは。

やっぱりなのはは最高の友達だね…。

 

 

「はやてちゃんだけじゃなくてわたし達みんなに紹介してもらわないと。ね?フェイトちゃん」

 

 

 

ぐしゃり

 

 

 

「…はやてもなのはもキライだもん」

 

「にゃはは…ごめんね?」

 

「フェイトちゃん怒らんといてー」

 

 

眉尻を下げつつ笑みを浮かべる二人が、わたしのささやかな意思表示とばかりに少しだけ膨らませてみせた頬をちょんちょんとつついてくる。

頬の両側からくすぐったさを感じる度にぷすーって音が零れた。

もちろん本気で怒っているわけじゃないし、それは2人にもちゃんと伝わっていると思う。

少し前まではわたしにこんな日々が訪れるまで想像してなかったな…。

 

 

 

 

 

「も~…アンタたちが馬鹿なことやってるから遅くなっちゃったじゃない」

 

「にゃははは…」

 

「あはは。ごめんな~」

 

アリサのジト目がなのは、はやて、フェイトと順繰りに射抜く。

 

「うう…わたしは悪くないのに…」

 

「あはは…」

 

「そう言えばフェイト、あたしも聞きたいことがあるんだけど」

 

「なに?」

 

目線を斜め下に落として僅かに逡巡するが、「まぁいっか」という気持ちを前面に押し出した面持ちで口を開いた。

 

「昼間の続きになっちゃうみたいで悪いんだけど、あたしも興味あるのよね。気になる人を見かけたってフェイトの話」

 

「えっ?アリサも?」

 

「うん。まぁ、恋愛がどうってことじゃなくて、単純に興味があるだけだけどね」

 

「えへへ、実はわたしも気になってたんだ~」

 

「す、すずかまで…」

 

「なんていうのかな…フェイトちゃんの口からそういう言葉が出てきたことが意外っていうか…」

 

すずかの吐露した所見にアリサが首肯。

アリサもすずかもフェイトとの付き合いは未だ浅いと言わざるを得ない。

が、交友関係については友達と呼んで差支えない程の親睦は深められているはずである。

その中で築き上げられたフェイトという少女は、「活発」か「控えめ」かと問われれば「控えめ」のカテゴリに属しており、若干人見知りの気がある彼女であるからして、仲間や友達、その親族以外の人物に関心を抱くことはごく稀である。加えてその対象が見知らぬ男性ともなれば、周囲がフェイトの胸中について興味を抱くことは自然な流れであると言える。

 

「えと……実はわたしにもよくわからないの。好きとかそういうのじゃないんだけど、ただなんとなく…気になるっていうか……ごめん、なんだかうまく説明できなくて…」

 

「フェイトちゃん…?」

 

地面に視線を落とす彼女の面持ちをなのはが覗き込む。

別段深刻な問題では無さげ。

本当に思い当たるような理由は無くて。けれども脳裏に付き纏って振り払えない。

 

「元気出してフェイトちゃん。わたしにできることがあったら力になるから。ね?」

 

「なのはの言うとおりよフェイト。あたしだって協力するし、その人が気になるからってフェイトが気に病むことないじゃない」

 

「……うん。ありがとう」

 

そう顔を上げた彼女は笑顔だった。

まだ、ほんの少しぎこちなくはあるけれど。

これから彼女たちに訪れるであろう甘いひとときに思いを馳せる。今はそれでいい。

悩み俯く時間など、この先嫌というほどに味わうことになるのだろうから……。

 

 

 

 

 

 

「……少し遠くまで来てしまったな」

 

人はおろか、町すらも深く寝静まった海沿いの街。

ピンク色の髪を静かにたゆたわせる女性が独り、静黙の世界を享受する。

春を迎えたとはいえ、深更(しんこう)の空の下は未だ肌寒さを感じさせる。

まして海岸線を間近に捉えられる場所を歩いている彼女からすれば尚更だろう。

 

(……いいものだな。平和というのは…)

 

ベルカの騎士。八神はやての守護騎士――――――――シグナム。

彼女に深夜の市街地を徘徊する趣味があるのかと問われれば、無論答えは否。

深夜に目が覚めてしまった彼女は再度就寝を試みるものの、一向に眠気が訪れる気配が無い。

読書という選択肢が脳裏を掠めたが、少し外の空気を吸いたくなったというのもあってこうして夜の散歩へと繰り出した次第である。

女性が深夜に独りで出歩くなど危険極まりない行為であるが、何事にも例外というものは在る。

特に、彼女の様な存在とか。

 

「……」

 

フッと天上を仰ぐ。

月は出ていない。

そこかしこに輝きを散りばめた大海が彼女を見下ろしていた。

ただその光はとても儚く、街灯が灯っていなければ暗闇と称しても差し支えない。

 

「帰るか…」

 

そう。『帰る』のだ。

心優しき主と仲間たちが今も安らかな眠りに包まれているであろう、わが家へ。

 

(こんなにも平穏な時間を我々が過ごす事が出来るとは…)

 

歩みを帰路へ向かわせる中で、首から提げていたそれを手に取って見やる。

 

「戦う事しか知らなかった私が、今やこのような安寧の日々を送っているとはな」

 

Kein Problem(いいのではないでしょうか)

 

「フッ…そうか…」

 

長きに渡って連れ添った相棒は躊躇うことなく主へと返す。

彼女は微笑みで応えてみせると、そっと懐へとそれを戻した。

すぅっと、夜深の澄んだ空気を目一杯肺に取り入れる。

海原から運ばれた仄かな潮の香り。

そんな中でふと鎌首を(もた)げるのは僅かに鼻を突くような――――――――…

 

「…?」

 

ふと、眉をひそめて周囲を窺うシグナム。

 

「何だ…この匂いは…」

 

違う……彼女は知っている。

この反射的に――――――――否、むしろ本能的に顔をしかめたくなる不快な臭気。

忘れようにも決して忘れる事はない嫌悪感……間違いない。

これは――――――――――――…

シグナムは警戒の色を深め、しきりに辺りを見回す。

 

「――――――――…っ」

 

忙しなく動き回る双眸。

やがてそれらは、ピタリとある一点のみを射抜いた。

(はや)る気持ちを押し込めつつ物音を立てる事無く、しかし可能な限り足早にその一点を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

『海鳴市廃棄物処理場』

 

 

 

 

 

数分を要して足を止めた彼女の眼前に立ち塞がったのは、高さにして6メートルはあろうかという鉄の扉。

赤茶色に錆びついたネームプレートは施設自体が相当な年季の入り様である事を窺わせる。

敷地一帯が鋼鉄の塀で包囲されており、その荘厳な出で立ちはさながら収監所と称するに相応しい。

辺りを漂う臭気の濃度。何より、夜更けという事があって分かりにくいがうっすらと煙が立ち昇っている様相が遠方から確認できたことからして、扉の向こう側に異臭の根源が存在しているのは明らか。

しっかりと扉は施錠されているが、無論正面突破するつもりなど毛頭無い。

6メートル程度の壁なら常人の枠から外れた彼女に言わせれば無いものと同義であるし、何より万が一何者かが扉の先にいた場合の事を(おもんばか)るならばそれを開閉させる事は得策では無い。

当然の如くその思考に至ったシグナムは両脚に力を溜め込み、跳躍――――――――。

 

 

 

ストン――――――――――――…

 

 

 

ほぼ無音で扉の上に着地するシグナム。

片膝をついて姿勢を低め、敷地内の様子を窺う。

 

「…」

 

だだっ広い敷地内には黒々と塗り潰された山が幾つも形成されている。

何が積み上げられたのかは判別し難いが、恐らくは全てガラクタの類であろう。

だがその廃棄物たちによって築かれた峰々のせいで敷地内の全貌が把握できないシグナム。

十二分に周囲を警戒した折りに彼女は先程同様に物音を立てる事無く地に降り立つ。

 

(煙が上がっているのは……あっちの方か)

 

常人にはまず気付く事など出来まい。

言ってみれば黒い絵の具の中に溶け込んでゆく灰色を追いかける様なもの……常在戦場だった彼女の如き五感が備わっていなければ成し得ない芸当だ。

足元に気を配りつつ、奥へ奥へと踏み入るシグナム。

少しずつ。

少しずつ…。

警戒を微塵も解く事無く…。

 

「…」

 

徐々に臭気が濃密になっていく。

僅かではあるが、パチパチと、何かが燃えているような音も…。

 

(近いな…)

 

一層神経を尖らせる。

一つ…。

二つ……。

極黒の山を迂回しては目先に気を配る。そして――――――――…

 

(あそこか――――――――…っ!?)

 

バチバチバチと。

まるでキャンプファイアーの如く燃え立つ炎。

その足元に視えたものは――――――――人間。

人間らしきものが山なりに積み上げられている。

人形だろうか……否。

距離はあるが、それが本物の人間であることをシグナムは疑わない。

見てきたのだ。

感じてきたのだ。

焼死体……焼けていく人間たちを。

長年に渡って、何度も。何度も。

しかし、彼女の肩に力が入った理由は別にある…。

 

(誰か居る…)

 

視界の劣悪さに加えて、幸か不幸かこちらに背を向けているために性別すらも識別できない。

丈の長い黒のコートにフードをかぶっており、じっと燃え盛る炎を見つめているらしい。

人間の山を(たぎ)った炎が舐める有様を間近にして一つの挙動も見せない辺りが何とも筆舌に尽くし難い気味の悪さを醸し出す…。

 

「…」

 

 

どうする。

十中八九、視界に捉えた人物とその前方の焼死体の山は密接な関係を持っていると考えていい。

逃げられる前に先手を打つか。

だが、万が一にも相手に過剰な手傷を負わせてしまったり、はたまた無関係の人間であったりすれば主や他の皆にも多大な迷惑を掛けることになる。

それだけは何としてでも避けなければならない…。

 

 

自問自答の末、まずは声を掛けることにしたシグナム。

相手が逃走したり、逆に襲い掛かってくることを考慮して即座に戦闘態勢に移行できるよう心構えておくことは言うまでもない。

相手がただの人間であれば、彼女に勝つことはおろか、振り切ることすらできないだろう。

故に、まずは声を掛けてみた上での即時対応を行うことにした。

細心の注意を払いつつ、徐々に徐々に距離を詰めていく。

 

 

 

100メートル――――――――――――…

 

 

 

50メートル――――――――…

 

 

 

25メートル――――…

 

 

 

そして、残り10メートル余りという距離で足を止めた。

シグナムに背を向けて佇むそれは未だ微動だにしない。

ここまでくると、振り返ろうとする仕草一つでも見せてくれた方がまだ人間味を感じさせるだろう。

目の前の人物には、それが皆無。

それがシグナムにはかえって異様に感じられた。

つうっと。

シグナムの頬を(しずく)が伝う。

緊張はあるものの、恐怖に駆られている訳では無い。

ただ、一抹の薄気味の悪さが目立つ。

かと言って、シグナム自身もこうして立ち尽くすだけという訳にもいかない。

意を決して、彼女は口を開いた。

 

「おい。そこで――――――――」

 

何をしている。

そう紡ぎ終える、はずだった…。

だが、彼女は声を閉ざした。

故意では無く、無意識に。

呆気に取られるとは、こういうことを言うのだろう。

数瞬、完全に思考が途絶えてしまったのだ。

何故なら――――――――――――

 

 

 

 

 

フッ――――――――…

 

 

 

 

 

消えた。

(ろう)(そく)の火が掻き消えた様に、跡形も無く…。

 

 

 

「――――――――――――ッッ!!!」

 

 

 

咄嗟の瞬発力でシグナムは後方へ飛び退いた――――――――刹那。

 

 

 

 

ビュオンッッ――――――――!!!!

 

 

 

 

彼女の鼻先を()()が掠めた。

同時に、頭上から黒が降ってきた。

シグナムの眼前でそれは片膝をついて着地。

 

 

 

ガッッッ!!!

 

 

 

斜め下から(しな)る鞭のように伸びてきたそれを何とか腕で受け止める。

 

「ぐっ…!!」

 

(ほとばし)る倒懸にシグナムが顔を歪める。

同時に距離を取る事に成功したシグナムは体勢を立て直す事を試み、相手を見やった。

そして、その襲ってきたモノが今まで自分に背を向けていた相手であると、ようやく気付くに至った。

 

「くっ…貴様、何者だ!」

 

「…」

 

ゆらりと。

それがシグナムに対峙する。

 

(何だ…こいつは……)

 

 

ようやく頭が回り出す。

最初は手刀。

反応できたのは長年に渡る経験と、戦士としての本能の賜物だ。

ほんの数瞬遅ければ自分の意識は刈り取られていただろう。

二撃目は蹴り上げ。

衝撃の刹那で後ろに飛び退き、ダメージの軽減を図ってなおこの鈍痛。

そして……圧倒的・驚異的な速度。

 

 

(瞬間移動…魔法なのか……?)

 

 

あの時、私は完全に見失った。

アレが何をしたのかさえ分からない。

 

 

「…」

 

 

何もしてこない。

悠長にこちらを観察する余裕があるということか。

底を感じさせない(あん)(かい)さが酷く不気味だ。

目深に被ったフードと暗闇で顔すら認識できない。

だが……

 

 

「――――――――レヴァンテイン」

 

 

これだけは理解できる。

目の前にいるコイツは――――――――――――異常だ。

 

 

Jawohl(了解)

 

 

ただの人間であれば魔法の存在を知られる訳にはいかない。

だが、コイツは違う。

 

 

紫の魔力光に包まれ、シグナムの身包みが私服から戦士の装いへと変貌してゆく…。

 

 

 

 

 

「――――――――もう一度聞く。貴様は何者だ」

 

 

 

 

長剣。騎士甲冑。

燃え盛る戦意を(みなぎ)らせた――――――――――――烈火の将。

 

 

 

 

 

「貴様には訊きたい事が山程出来た。無理矢理にでも吐いてもらう……!」

 

 

 

 

 

ベルカの騎士シグナムの、得物を構えた豪然たる姿が、そこにあった――――――――。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆

 




お久しぶりです。
五ヶ月以上経ってしまいましたが更新を再開いたしました。
お待ち下さっていた方がいらっしゃいましたら大変お待たせいたしました。
拙い文章ではございますが、今後とも当小説を気にかけて頂けると幸いです。
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