◇◆◇◆◇
「ここなら静かに眠る事が出来ると踏んでいたんだがな」
透き通るように静かな声。
うっすらときらめく翠の瞳。
倉庫のすみっこに押し込められた暗闇から、1人の男の人のシルエットがぼんやりと浮かび上がってきた。
恭也さんと同じか、それよりも少し若いくらい。
しゃがみこんでいた男がばっと立ち上がって、彼にいち早く反応する。
「な、何だお前は……ッ!?」
「これから死ぬ貴様が知る必要は無い」
ザリ――――――――……
男の人が一歩、こっちに踏み出した。
胸をかくすように上半身を起こしていたあたしのすぐ目の前で、男の足が小刻みにガタガタと震えだす。
鉄砲を持っているっていう、とても強い立場にありながら、この男は目の前の男性に恐怖をおぼえている。
普通だったら、こんなことにはきっとならない。
あたしなんかでもなんとなく分かる。
なんだろうこれ。
ただそこにいるだけなのに圧倒されてしまうような、この感じ……。
「くっ来んじゃねぇっっ!!こいつが見えねぇのか!!」
「……」
「へ、へへ……」
鉄砲を向けられた男の人が、ぴたりと動きを止めた。
目の前の男はそれを見て、安心したようにくちびるのはしを少しゆがめた。
(ど、どうしよう……)
あたしのせいで、この男の人を巻き込んじゃったかもしれない。
なんとかしなくちゃ…。
そうだ。あたしがこの鉄砲をうばうことができれば…。
この男の意識は今あたしには向けられていない。
いちかばちか――――――――
ザリ――――――――…
「……え?」
思わず声がもれてしまった。
頭も身体もストップ。
一瞬、あの人がなにをしているのか分からなかった。
「……あ?」
「…」
コッ…コッ……
「おいッッ!!来んなっつってんだろ!!マジで撃つぞ!?」
「…」
コッ…コッ…コッ……
「ッッざっけんじゃねええぇぇぇ!!!」
パアァァン――――――――…
「…」
「あ…」
男の人の動きが止まった。
遅かった…。
無関係だった人を…巻き込んじゃった。
あたしが……あたしがもっとちゃんと気をつけていれば――――――――――――
――――…コッ…コッ……
――――――――えっ…?
「っっ…!!?」
…歩いてる。
普通に。何事もなく。
あたしはもちろん、撃った男の方も目をぱちぱちさせる。
な、何が起こったの…?
弾が外れた…とか?
コッ…コッ…コッ…
「――――くッ…!!」
パァンッッ!
パァンッッッ!!
――――――――――――――…ピタッ
ふと、男の人の動きが止まった。
青ざめながら撃っていた男の顔に、かすかに安堵するような色がさしこんだ。
「…」
スッと、ポケットにしまいこんでいた右手を胸の高さくらいまで持ってくる。
カランカラン――――…
その手の中から
たっぷり数十秒の時間をかけて、それがようやく
あたしにも。
そして……
「ひっっ…!!」
鉄砲を取り落とした男がどっかりとしりもちをつく。
おどろきのあまり力が抜けてしまったのかもしれない。
あたしだって信じられない。
でも、実際にそれは目の前で起こっていて…。
コッ…コッ…
「わ、悪かった!!ガキにはもう手は出さねぇってッ…!!頼むッッ!!」
コッ…コッ…コッ…
「な、何だよ…何なんだよお前はッッ!!?」
「…二度も言わせるな」
「――――――――…貴様が知る必要は無い」
それは本当に一瞬のことで、なにが起こっていたのか分からなかった。
いつの間にかあたしを襲った男がいた所にその人はいて、そこにいた男は――――――――…
「…が………ぅ………」
空気をゆるがすような衝撃音をつれて壁面まで移動していた。
背にした壁にはひびが入ってる。
建物が古いからもろくなっていたのか、それとも…。
「…」
「…っ」
翡翠のような瞳と目が合った。
反射的に息をのむあたし。
怖くはあった。
けれどそれ以上に、この人の存在そのものに圧倒されてしまった。
でも、目をはなしたスキにはその姿が消えてしまっていそうな雰囲気もあって…。
「…」
「あ…」
フッと瞳を閉じたその人は、あたしに背を向けて歩き出した。
『話しかけるな』
遠ざかっていく背中がそう語っている気がした。
それでも何か言わないと…。
だけど、思った以上にうまく声が出てこない。
そうこうしている間に、彼は倉庫から出ていってしまって――――――――
「――――――――…あなたも…魔法が使えるの……?」
よりにもよって、なんでこんな言葉を選んじゃったんだろ。
せめてお礼の言葉でも言うべきだったのに…。
「――――――――――――……何?」
だけど、予想外にその言葉は効果があったみたい。
こんな…今の状況ではほんとにどうでもいい言葉に、彼は足を止めて振り返った。
どんな言葉でも引き留められなそうな雰囲気だったから、声をかけたあたしの方がおどろいてしまう。
コッ…コッ…コッ…コッ……
「…」
「あ、その……なんでも…ないです……」
目の前まで来てあたしを見下ろす。
恭也さんと同じかそれよりも少し年下くらいに見える外見とは裏腹に、まとっている空気にはあたしのパパよりも長生きしてるんじゃないかって思わせられるような重みがあった。
本当に不思議な人…。
容姿が整ってるだけに、どこか現実離れしているような感じががして――――…
「…立て」
「……えっ?」
意識が他へいっていたせいか、彼の単純な言葉ですら理解するのに30秒くらいかかった。
「…」
「は、はいっ…」
彼の無言に引っ張られるようにすくっと立ち上がる。
――――――――ふぁさ…
「……え?」
突然目の前が真っ暗になった。
というより、なにかがあたしの上からおおいかぶさってきた。
これは…服?
「あ…」
やっと理解できた。
これは、彼が着ていた上着。
そういえば今、あたしなにも……。
「えっと…ありがとう、ございます…」
恥ずかしすぎて、うつむきながらそう伝えるのがやっとだった。
「……」
そしてまた、あたしに背中を見せて歩きだす。
頭の中がごちゃごちゃで、あたしはただその後姿を見送ることしかできなかった。
コッ…コッ…………
小さくなっていく背中が…止まった。
「…」
半歩後ろに引いて、あたしを振り返る。
早く来いって、そう言われている気がした。
弾かれたようにかけ出して、そのまま彼のとなりに。
ひと目あたしに視線を落として、ゆっくりと歩きだす。
ゆっくり。
まるで、小さいあたしの歩幅に合わせてくれているみたいに。
◆
「あ、見えた。あれがあたしの家」
「…」
人目をはばかるように2人で歩きながら、あたしは黒く塗りつぶされた大きなシルエットにぽつぽつと黄色く明かりが灯ったそれを指差した。
恋しかった自宅を目の当たりにして力が抜けていくのがわかる。
生きた心地がするって、こういうことを言うのかもしれない。
「今日はあたしの家に泊まってってよ」
ここへ来るまでの間に、あたしは普通に声をかけられるぐらいにはなっていた。
最初はちょっと怖くて無理だったけど、あたしが話しかけたらちゃんと返してくれて。
あたしが話しやすいような言葉づかいでもいいって言ってくれて…。
彼の言葉は少し乱暴な感じもするけど、不思議といやな気持ちにはならなかった。
あたしのこと。この人のこと。
ぽつりぽつりと話している内に、いつのまにか家の近くまで来てたものだから少しおどろいた。
「得体の知れん奴を容易く招き入れるのか」
「あたしのこと助けてくれたじゃない。理由なんてそれで十分すぎるでしょ?」
「…」
嘆息する彼。
まぁ、たしかに普段だったらありえないよね。そんなこと。
それに、この人はどこか
でもあたしのことを助けてくれて、上着も貸してくれて、こうして家まで送ってくれてる…。
これで彼のことを疑うような人には、あたしはなりたくない。
「…貴様は『魔法』というものが存在すると思うか?」
「え…?」
「…」
そういえば、倉庫であたしそんなこと言ってたんだっけ…。
自分のことながら、あんなことを言っちゃうなんてはずかしいと思う。
ただ、そう問いかける彼のまなざしは、バカにするとか、そんなあたしを下に見るような感情は全然こもっていないような気がした。
純粋に知りたいって、そんな感じがして…。
魔法なんて、普通に考えたら夢みたいな話を信じているようには見えないけど…。
「えっと…よく分からない…かな」
自分であんなこと言っといて、こんな返事をするのはどうなんだろう…。
でも
「そうか」
彼はとくに気に留める様子もなく、それ以上聞いてくるようなことはなかった。
それほど興味があるわけじゃなかったのかもしれない。
あたしとしても、あんまり深く聞いてこられちゃうのは困るからよかったけどね。
「――――――――…そういえば」
忘れてた…大切なコト。
あたしは数歩前に出て、彼を振り返った。
「名前――――――教えてよ。あたしはアリサ・バニングス」
彼は無言であたしを見つめている。
あたしはそれを静かに見つめ返す。
遠くで車が走っている音だけがあたしたちの間をすり抜けていって…。
「…」
ただ時間だけが過ぎていく中で、ふっと彼が瞼を伏せた。
閉ざしていた口を、静かに開いて――――――――
「――――――――…ウルキオラだ。ウルキオラ・シファー」
「…今日は、本当にありがとう」
屋敷にだいぶ近づいてきたところで、あたしは生きて帰ってこられたんだって実感する。
普段なら当たり前だと思っていることが、こんなにも大切だったなんて…。
自然とあたしの口からはお礼の言葉がこぼれ落ちた。
「さっきも言ったけど、今日はあたしの家に泊まってって。お礼がしたいし…それに…」
もう少しだけ、一緒にいたいし…。
さすがに口には出せなかったけど。
「…
相変わらず、彼はこんな調子だった。
まぁ…無理にでも屋敷に連れ込んじゃうけどね。
野宿なんて絶対させるつもりないし。
『ここなら静かに眠る事が出来ると踏んでいたんだがな』
たしかに彼は倉庫でそう言っていた。
それは、何も起こらなければあそこで寝泊まりするつもりだったということ…。
(なにか、理由があるんだよね…きっと)
でも、それを聞くのはちょっとためらいがあった。
本当に、あたしが聞いても良いことなのかなって。
もっと仲良くなれたら、教えてくれるのかな…。
「そ。なら無理にでも屋敷に連れ込んじゃうから」
「…あまり他を信用し過ぎない事だ。少しでも生き永らえたければな」
「ん…覚えとくわ」
なんとなく、彼の言いたいことは分かった。
この世界にはいい人たちばかりじゃないから。
それでも…
「ウルキオラの言いたいことはなんとなく分かるわ。それでも…今日みたいに、今日のあなたみたいにあたしを助けてくれた人まで、疑いたくはないの」
少し足早に前に出て、身体を180度反転させる。
「あたし…自分の心に嘘はつきたくないから」
口にしたあとで、少し恥ずかしくなった。
「心…」
でも、言ってよかったかな。
目の前の彼が、ほんの少しだけ目を見開いて驚いたような顔をしてる。
こんな顔もできるんだ。
あたしがこんな表情にさせられたんだって、ちょっと心がはずんだ。
「ほらっ、早く中入ろ?」
また身体を反転させて、案内するように彼の先を歩く。
心配させちゃってるみんなにもあやまらないと。
汚れた身体もきれいに洗って…そのあとで…。
「――――――――…ならば尚の事、貴様は俺と係わるべきでは無いのだろうな」
「…えっ?」
すぐ後ろにいる彼の声が、やけに遠くから聞こえるように感じた。
「お嬢様っ!!」
振り返ろうとしたところで、せっぱつまったような声。
「鮫島…」
「お嬢様っ!!このような時間まで一体どちらへ――――――――お嬢様、そのお姿は…?」
やっぱり心配させちゃったわよね。
普段は落ち着いている鮫島も、あたしの姿を見てうろたえていた。
「うん…ちょっといろいろあって…」
「…左様でございますか。して、そちらの方は…?」
「…」
鮫島が彼の存在に目を丸めた。
一瞬、目を細めたように見えた気がしたけど…。
「この人はあたしの命の恩人なの。鮫島、すぐにこの人の部屋を用意して」
そう鮫島にお願いして、あたしは彼の腕をとった。
「ほら。早く中に入ろ?」
彼の腕を引いて中へ急ごうとするあたし。
けれど、なぜかあたしの前に鮫島が回りこんでくる。
「申し訳ございませんお嬢様。ただいま屋敷内の一部を改装しておりまして、資材などが所々に放置してある状態にございます。お客様に万が一の事があってはなりませんので、本日は私の方でホテルを手配させていただきます」
「?そんなこと朝は言ってなかったじゃない」
「申し訳ございません。お伝えするのを失念していた私の落ち度でございます」
「そう。別にいいわよ。なにも屋敷中が危ないってわけじゃないんでしょ?そこに近づかなければいいだけじゃない。ねえ――――――――」
「いけませんお嬢様。お客様に万が一の事がございましたら」
ウルキオラもそれでいいでしょ?
そうたずねる前に鮫島がすぐさま言葉を重ねる。
まるで…
「…絶対に近づいたりしないわよ。彼にも気を付けてもらうから…いいでしょ?」
「なりません。お嬢様」
「なら、今日はあたしも彼と同じホテルに泊まるわ。危ないのはあたしだって同じなんだし…それでいいわよね」
「…かしこまりました。ではお嬢様は先にご準備をなさってくださいませ。お客様は私が応接間にご案内致します」
「…分かったわ」
どこか釈然としなかったけど、とりあえずここは鮫島にまかせることにした。
早く身体を洗って着替えたかったのもたしかだし。
「それじゃ、またあとでね」
彼の腕から手を離して、一足早くあたしは屋敷の中へと向かうことにした。
それが、鮫島の思惑通りだったって事も気付かずに…。
◆
「…余程俺をあのガキから遠ざけたい様だな」
アリサが門の内側へ消えると、おもむろにウルキオラが口を開いた。
「―――――――お嬢様を助けて下さったそうで、ありがとうございました」
ウルキオラへと向き直った鮫島が深々とこうべを垂れる。
「…ですが、私は旦那様や奥様からお嬢様の安全を任されております。如何なる術を以ってしてでも、私はお嬢様をお守りしなければなりません…」
「…」
「バニングス家のご息女ともなりますれば、多様な危険が及ぶ可能性を考慮する必要がございます。お嬢様の恩人であらせられる方とあれど、容易に信用する訳にはいかないのでございます」
深く深く頭を下げながら、鮫島はなおも続ける。
「非礼である事は重々承知しております。ですが、私共の事情をどうかご理解くださいますよう、何卒宜しくお願い致します…」
「…貴様等の都合など俺の知った事じゃない」
そう言い放ち、ウルキオラは踵を返した。
「…どちらへ行かれるのですか?」
「…」
「私がこのような事を申し上げる資格などございませんが、お嬢様は貴方様を命の恩人と仰られた。それが誠でございましたら、何のお構いもなしにおかえしする事などできません」
「貴様等の世話になるつもりは無い」
「ですが――――――――――――…ッ!」
軽く顔をのぞけらせたウルキオラの眼光が、鮫島を射抜いた。
硬直する鮫島。
まるで、喉元に剣先を突き立てられたかのごとく。
ひんやりとした汗が、鮫島の背を伝い落ちる。
「…」
そのまま、ウルキオラは歩みを再開させた。
そして――――――――
「…ッ」
鮫島が瞬いた後には、その後姿は忽然と消え失せてしまっていた。
「……本当に、申し訳ございませんでした」
誰に聞かせるでも訳でも無く、鮫島は紡ぎ続ける。
「貴方様が私の眼に
それは長年を生きた鮫島が感じた、未だかつてない程の『恐れ』だった。
暫くウルキオラが消えた方向を見据えていた鮫島が、珍しく深く息を吐いた。
この後、彼には大きな仕事が待っている。
消え去ったウルキオラの後姿へもう一度深く礼を捧げると、鮫島も門の中へと引っ込んでいった。
念のためとばかりに、しっかりと門が施錠された事を確認しながら――――――――…。
◆
「…魔法か」
あのガキ…アリサ・バニングスはそう言っていた。
『――――――――…あなたも…魔法が使えるの……?』
本来ならば、戯言だと気にも留めなかっただろう。
だが、今の状況はその荒唐無稽な言葉ですら無下には出来ない。
奴のあの言葉―――――――『も』というのは、『魔法』などというものを使える存在を知っているという事。
加えてあの反応の仕方は、『魔法』の存在そのものに驚いているといったものではなく、存在は知っていたが自分の知る以外にも使える奴がいたのかといった様相に視えた。
思考が停止した中では出鱈目な事を言う余裕などあるまい。
(奴の中では、『魔法』と呼称される確かなものが存在しているということか…)
だが、それだけで判断を下すには早計だ。
「バニングス家…あれならば可能性は十分に在り得る」
奴の程度を知る必要がある。
奴の帰路に付き合ってやったのはその為だったが、どうやら無駄足にはならなかったらしい。
他のガキよりも精神的には成熟していると視えたのも、あの屋敷の住人ならば説明がつく。
衣服までくれてやるつもりはなかったが…。
『自分の心に嘘はつきたくないから』
「…」
なぜ最後に、わざわざ助言してやるような真似をしたのか。
「――――――――…何故俺は此処に
あの戦いで死んだ筈の俺が。
人間の姿で。
俺の与り知らぬ世界に。
まさか、俺の記憶そのものが紛い物だったとでも言うのか…。
解らない。
状況を把握するには情報が余りに少な過ぎる。
「…ちっ」
故に今は動く以外に他は無い。
そうする事しか―――――――――――――――俺には出来ない。
◇◆◇◆◇
お久しぶりです。
再開するとは自分でも思いませんでした…。
もう一つの小説も気が向いたら続きを投稿しますね。