◇◆◇◆◇
「ん…」
(……朝……か…)
四角く切り取られた、早朝の優しげな光が部屋の中に置かれた家具たちをぼんやりと浮かび上がらせる。
今日は日曜日。
時計に視線を移すと、いつも起きる時間よりも少しだけ早い。
目覚めも悪くはなかった。
それなのに、あたしの気分は今日の空模様のような晴れ晴れしさとはほど遠い。
理由はもちろん、昨日の夜の出来事だ。
「これでよしっと」
バッグの中をもう一度、念入りに確認してあたしは部屋を出る。
財布と携帯電話、そのほかにも小物がちょこちょこ。
泊まるのは今夜だけだし、携帯電話以外は特に必要ないかもしれないけれど、念のため。
(たしか、応接間って言ってたわよね…)
足早にそこへ向かう。
あんまり待たせちゃうわけにはいかないし。
それになんていうか……
部屋の前までたどりついて、コンパクトミラーをとりだした。
(変なところは……ないわね)
べつに深い意味なんてない。
一応ね。一応。
「ウルキオラ、おまた――――――…せ……」
ノブに手をかけたまま、その場に釘付けになる。
どくんって、大きく鼓動がはねる。
いない。
だれも。
それどころか、照明すらついていない。
まっくら。
あたしの脇をすり抜けた光がからっぽのソファーやテーブルをなぞる。
それだけだった。
「…ッ」
はじかれたようにあたしは駆け出した。
目指したのはもちろん、玄関口。
家に入ったときから、少しおかしな感じはしていた。
資材なんてどこにも置かれてないし、使用人の人たちだっていつもとなんにも変わらない様子だった。
(イヤな予感がする――――――――…)
早くお風呂に入りたかったから、そのときは深く考えたりはしなかったけど、まさかこんな――――――――
「鮫島っ!!」
玄関口で直立する人影に向かってさけぶ。
かたわらには…誰もいない。
イヤな予感が――――――――当たってしまった。
「はぁ……はぁ……」
鮫島をはさんで、玄関口の前に立つ。
乱れる息をなんとか整えて、キッと鮫島を見上げた。
「…ウルキオラはどこ?」
「先程お帰りになられました」
「ッそこどいて!!」
声を張り上げるあたし。
だけど、鮫島が道をゆずる気配はない。
まぶたを閉じて、ただ首を横に振る。
「どいてって言ってるのが分かんないの!?今ならまだ――――――――」
「なりません。お嬢様」
言葉をさえぎる鮫島。
なにがあってもあたしを通さないつもりだ。
こうなった鮫島の意志はゆるぎない。
たとえあたしに仕える身であったとしても、あたしの言葉を聞き入れようとはしないだろう。
「…何で帰したのよ。応接間に案内するって言ってたわよね」
「何でも急なご用事が入られたと――――――――」
「本当のことを言いなさい」
怒りの色がにじんだ、いつもよりも低調な物言いに鮫島が口をむすんだ。
こんな声を出せたことに、あたし自身が少しおどろく。
少しだけ、あたしたちをとりまく時間が止まった。
「……お嬢様。あの御方には近付き過ぎてはなりません」
ゆっくりと、鮫島がつむぎ始めた。
「なんで?鮫島はウルキオラが悪い人間だって言いたいわけ?」
意識しているわけじゃないのに、なぜかあたしの言い方はかみつくような方向をむいてしまう。
「いえ、そのようなことはございません」
「…なら、どうしてよ」
「――――――――――――…誠にお恥ずかしながら」
「私はあの御方に、言い知れぬ『恐怖』を感じました」
「……え?」
神妙な顔つきで、突然鮫島はそんなことを口にした。
「…恐らくあの御方は、悪意を持った方ではございませんでしょう。ですが…私の眼には、どうにもあの御方は
「普通じゃ、ない……」
カランカラン……
頭の中をよぎったのは、あの時の光景。
彼の手の中から滑り落ちる、無数の弾。
魔法と言われて振り返る、彼の姿――――――――…。
「…お心当たりが、ございますか?」
「そんなこと…」
その後の言葉が、のどの奥でひっかかってうまく出てこない。
「
「鮫島…」
ふうっと、軽く息をつく。
「あの御方自身がお嬢様に危害を加えるなどとは申しません。しかしながら――――――――」
頑とした視線が、あたしのそれと交わる。
「あの御方には
「…」
こうなると、なにも言えなくなる。
気付いたら目の前には、自分の足元があった。
どんなに周りより勉強ができても。
どんなに周りから大人っぽくなったってほめられても。
結局あたしはただの子供で――――――――
「お嬢様のお気持ちは重々承知いたしておりますが、何卒ご理解くださいますようお願い致します」
――――――――どこまでも、無力だった…。
「……はぁ」
もう一度横になる気にはならなかった。
ベッドから抜け出して、少しあったかめの部屋着にそでを通す。
春といっても、朝の早い時間帯は冬のなごりを感じさせるようだった。
着替えが終わったところで、黒い上着が視界に飛び込んでくる。
あたしにはぶかぶかな、男性用の。
「…」
会いたい。
どうしようもないくらいに。
…とか、そういうわけじゃない。
だけど、せめて最後にちゃんとした形でもう一度、「ありがとう」って言いたかったな。
「――――――――…っふぅ」
えり口からすっぽりと頭を出して、吸い込まれていた髪たちを外へと放つ。
(…あの人、結局あの後どうしたのかな…)
『貴様等の世話になるつもりは無い』
耳に残る彼の言葉。
あれって、あたしに対して言った言葉だったのかな。
なんだか、
なんの確証もない推測だけど。
「ちゃんとホテルとかに泊まれたのかな…」
なんて、うすうすそれはないだろうなって思ったのが正直なところ。
そうあってほしいっていう、あたしのただの願望が口をついただけにすぎない。
ホテルに泊まれるような人が…泊まりたいって考えてる人が、わざわざ
きっと昨日の倉庫みたいな――――――――うす暗くて、だれも近寄らないような場所で夜を…。
いったいどんな事情があってそんなことに――――――――――――
コンコン…
日曜日の早朝だからか、ごく控えめなノック。
鮫島だ。
「…起きてるわ」
ガチャリ
「お早うございますお嬢様。朝食はいかがなさいますか?」
「…食べるわ」
「畏まりました。用意が整いましたらまたお声掛け致します」
「ん…」
現れたときと同じように、鮫島が扉の向こうへと消えていった。
あたしの声は、あからさまに不機嫌だ。
鮫島との昨日の一件。
分かってる。鮫島だってあたしのことを思ってそうしたんだってことくらい。
だけど、理解したからといって納得できるかは別物。
あたしの態度はそれを露骨に物語っていた。
そしてそんな態度しか見せられないあたしは、やっぱりただの子供だった…。
「んっ…はぁ」
軽く伸びをしているあたしは今、家ではなく市街地に足を運んでいた。
昨日あんなことがあったにもかかわらず外出なんて、われながらどうかしてるんじゃないかと思う。
鮫島にも反対されたし。
けど、家の中でじっとしている気分にはなれなくて、かといってだれかと遊びたいって気も起こらない。
まるっきり昨日と同じ消去法で、結局あたしは同じ行動にはしっていた。
人の多いところから離れないこと。午後4時までには迎えを呼んで帰ること。っていう条件付きで。
もちろん、昨日の今日で遅くまで歩き回れるほどの精神力は持ち合わせていないから言われるまでもないけど。
「…そう簡単には見つからないか」
まぁ、当たり前よね。
こんなに人がいるんだし。
べつに探すために家を出てきたわけじゃないんだけど、偶然でも会えればいいなって思っていたのは否定しない。
彼がどう思っているのかは別として。
「それにしてもずいぶん多いわね」
これで4台目。
あたしを追い越したパトカーが、交差点を曲がった先へと消えていく。
もしかして、昨日のこととなにか関係が…
ぽすっ
「あっ…ごめんなさい」
「あらあら、こちらこそごめんなさいね。少し考えごとをしていたものだから」
見上げた先に、綺麗な女の人のきょとんとした顔があった。
「大丈夫?怪我とかはないかしら」
そう、しゃがみこんであたしに視線の高さを合わせてくれる。
白と黒のローウエストのワンピースに、薄い色のカーディガン。
とても落ち着いた雰囲気に包まれていて、結婚していてもおかしくない外見だけど、肌とかとっても綺麗で長い黒髪もつやつや。実年齢を思いっきりはずしそうなくらい若々しい人だった。
(…あれ?)
でもどこか、ちょっとだけだれかに似ているような気が…。
「どうかしましたか?」
目の前の女の人とは別の、美由希さんと同い年か少し上くらいの女の人が、体をかがめてひょこっと顔をのぞかせる。
「私の不注意でこの子にぶつかってしまったの」
それを聞くやいなや、並ぶようにしゃがみこんで、同じように目線の高さを合わせてくれる。
雪色のベレーを乗せた髪は薄茶色のショートで、いつくしみを感じさせる瞳は深みのある青。
着ているニットのチュニックみたいに、だれでもすぅっと優しく包み込んでくれそうな雰囲気のお姉さんだった。
「そうでしたか。どこか痛むところはございませんか……あら?」
目を丸めながら、あたしの顔をまじまじと見つめる。
「あの…あたしが、なにか…?」
「いえ、ごめんなさい」
ほろっと表情をくずして、やわらかい微笑みをあたしに向けてくれた。
それはとても魅力的で、女のあたしでも思わずドキリとさせられてしまう。
「今日はお友達と一緒ではないんですか?」
「ふぇ…?あ、はい…」
「そうですか」
とくに深い意味はないみたいだった。
ただ…
「お友達……大切にしてあげて下さいね」
ちょっとだけ、変な感じがするような…。
それはとても小さなもやもやで、あたしにはうまくつかみとることができない。
「――――――――…そろそろ行きましょうか。あまり
「そうですね」
2人がそろって腰を上げる。
な~
どこからともなく間のびした、抜けたような声がたちのぼってきた。
「ねこ…」
「あらあら」
1匹のネコが、お姉さんの足にすり寄ってくる。
「お姉さんのネコなんですか?」
「いえ。この子は野良猫みたいですね」
野良のネコってこんなに人に寄ってくるものなのかな。
イヌよりも警戒心が強いイメージがあるけど…。
「お姉さんは動物に好かれる人なんですね」
「いいえ、猫だけですよ」
お姉さんがあご下をなでると、ネコは目を細めながらゴロゴロとのどを鳴らし始めた。
なんだか微笑ましい光景で、思わず笑みがこぼれる。
「ふふ…それじゃあ行きましょう。私の不注意で本当にごめんなさいね」
「い、いえ!あたしの方こそ…!」
穏やかな笑みを残して、2人はあたしに背中を向けた。
のそのそと、ネコも2人に続いていく。
(なんだか不思議な人たちだなぁ…)
小さくなっていく後姿をしばらく見つめて、あたしはきびすを返した。
ケータイを開くと、お昼をちょっと回ったくらい。
ちょうど良いから近くの喫茶店にでも――――――――――――
「――――――――――――…さようなら。お話できて嬉しかったですよ、アリサさん」
「……え?」
まるで、そよ風だった。
つうっとすべるように耳をすり抜けて、透きとおる声音を響かせる。
それは草原をなでていくように、とても優しい。
あたしの視線は、自然とあの2人の後姿を追いかけていた。
「あ…」
だけど、人ごみに溶けてしまった2人の姿は、二度とあたしの目に映ることはなかった。
(あたし…あの人たちに名前教えた…?)
…もしかしたら、気付かないうちに言っていたかもしれない。
クラスメイトとかの家族で、たまたまあたしのことを知っていたのかもしれない。
とくに深く考える必要もないと結論付けたあたしは、そこからほど近い喫茶店で軽めの昼食をとることにした。
アイスクリームを乗せた絶品のフレンチトーストが、いろんな思いでがんじがらめになっていた心を優しく解きほぐしてくれる。
ほんのりとした、甘い桃色の世界。
………あれ?
(あたしさっきまで、なにしてたんだっけ…?)
頭の中は思いのほかすっきりしていた。
でもそのすっきりしている感じが、かえって違和感を覚えさせる。
(ついさっき、だれかと話をしてたような…)
だけど結局それでお終い。
抱えていた違和感も、喫茶店を出るころにはすっかり影を消し去ってしまっていた。
あたしはその後もふらふらと歩き回って、約束通りの時間で帰路についた。
言うまでもなく、結局彼には会えていない。
そして家に着いた後で、初めて知ることになる。
◆
天上では星々を乗せたウルトラマリンの絨毯が、マーマレードの空を隅っこへ押しこめていた。
止め処なく打っては返す若葉色のさざ波の大地。
海鳴のはずれにそびえる丘に、彼は―――――――彼等は居た。
「素晴らしい。想像通り…いや、想像以上だ」
彼らの周囲には、プスプスと白煙を立ち昇らせた鉄塊がそこかしこに四散していた。
先程まで牙を剥いていたであろう
「…何だ貴様は」
チキ…
握る剣が僅かに角度をずらす。
月光を滑らせる刀身が、対峙する男の姿を捉えた。
「失礼した。自己紹介がまだだったね」
気にした風もなく、くくっと鼻に付くような声を落とす。
すっと腕を伸ばして、彼は手を広げた。
まるで、手を取り合おうとでも語りかけるかのように。
「私はジェイル・スカリエッティ。君を同胞として迎えに来た者だよ」
ゆっくりと、彼等の歯車は廻り出す――――――――…。
◇◆◇◆◇
ウルトラマリンを「ウルトラマン」と少しでも読んでしまった方は皆様に当小説をご覧いただいた数だけ腹筋してくださいね^^