for you...«彼女が彼にできること»   作:巡朗

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せーるすまん

◇◆◇◆◇

 

 

 

「――――――――――――…」

 

 

うっすらと双眸を開く。

辺り一面に陰りが落ち始めた郊外の丘に人気は皆無。

10メートルに届くかという樹木の枝から、ウルキオラは軽やかに地を踏みしめる。

 

 

「…潮時か」

 

 

腰に差した刀の鍔の上で月光が舞い踊る。

蝙蝠の翼を模したそれは彼の得物であることの証明に他ならない。

ゆるりゆるり。

彼は丘を下っていく。

目的は街中ではない。

例えそうであったとすれば刀は不要。

持ち歩けば否が応でも目立つそれをわざわざ街中でぶら提げる行為は愚行の一言に尽きる。

 

 

「…」

 

 

知らず、彼はこの丘に足を運ぶことが多い。

刀を隠すのも、決まってこの丘。

特別なものは無い。けれど、特別な場所。

彼にとっての、特別な場所――――――――――――…

 

 

 

 

 

 

「――――――――…」

 

 

静かに。緩やかに。そして確実に。

世界が紐解かれていく。

果てしなく広がる天上の蒼海。

どこまでも。

どこまでも。

 

 

「――――――――――――――――…ッ」

 

 

が、それを目の当たりにしていた彼の胸中を真っ先に()ぎったのは、言い知れようのない違和感。

目を覚ました――――――――()()()()()()()()()ことに対する、違和感。

それもその筈。何故なら彼は――――――――…

 

 

「馬鹿な……俺は確かに……」

 

 

黒崎一護との戦いで…。

おもむろに上半身を起こし上げる。

広がるのは、憶えの無い風景。

海と、山と、空と、そして街。

傍らには、一本の刀だけが静かに横たわっている。

 

 

「……」

 

 

余りにも見慣れたそれを、躊躇うことなく手に取る。

鞘から露わにした刀身に一片の曇りなし。

今、こうして彼を見下ろす大海のように。

そして、彼の心も…。

 

(何が起こったのかは解らんが…)

 

 

間違いなく――――――――これは行幸。

原因は定かではない。

が、特段それを追及する必要もない。

 

『生きている』

 

今はそれでいい。

生きてさえいれば…会うことができる。

()()()掌に感じたモノを、今一度確かめねばならない…。

瞼を伏せ、神経を研ぎ澄ませる。

探査神経(ペスキス)

相手の霊圧強度や所在を探る、破面である彼の基本能力の一つ。

 

 

「――――――――…?」

 

 

おかしい。

死神はおろか、(ホロウ)の霊圧すら(かす)りもしない。

それどころか、この辺り一帯の霊子濃度が極めて低い。

周囲の様子からして現世であることは確かだ。

探査回路が及ばない程に空座町から遠ざかっているということなのか…。

 

 

「…行ってみるか」

 

 

眼下に広がる喧噪へ。

進むことしか出来ない道。

ならば進んでから思考するのが利口というもの。

少なくとも、この場で思案に暮れるよりは遥かに…。

 

 

(…しかし妙な感覚だ)

 

 

何気無しに掌を眼前まで運んだところで、静止。

 

 

「何だ、これは…」

 

 

他人の身体を見つめているかのような錯覚に見舞われた。

これが本当に自分の一部なのか。

違う。

こんなに血が通ったような色では無かった筈だ。

こんなに生命の胎動を感じさせる肌では無かった筈だ。

掌を、そのまま頭部へ…。

 

 

「――――――――…ッ馬鹿な…」

 

 

無い。

破面の証である、剥いだ仮面の名残が。

唖然とするウルキオラの視界の端に映りこんだのは――――――――小さな池。

 

 

ザッ――――――――…

 

 

瞬時にその端へと居場所を移す。

スッと彼が覗き込んだ先には…

 

 

「ッッ!?…これは……」

 

 

一人の()()()()()容姿をした男がこちらに向かって目を見開いていた。

視たことのない顔.

されど、どこか見覚えのあるような輪郭を持つ顔。

まさかだ。この姿はまるで――――――――…

 

 

「死神……」

 

 

そう。死神だ。

自身の中に宿る明瞭な霊圧の感覚。

破面でないというのなら、死神であると考えるのが現状で最も的を射ているだろう。

何故そうなったのかはさておくとして。

 

 

「…まあいい」

 

 

姿がどうであれ、現状生きていることに変わりはない。

黒腔(ガルガンタ)を開くことができないのは少しばかり問題ではあるが。

まずは現在の位置情報を含め情報収集を――――――――…

 

 

 

 

「――――――――あんちゃんあんちゃん。池の傍は滑りやすいから気ぃつけな~」

 

 

 

 

静止。

そしておもむろに振り返る。

 

 

「こんなとこに若いモンたぁ珍しいこともあるもんだぁ」

 

 

後ろ手を組んで腰を曲げた、年配の男性。

笑みを向ける顔には幾重もの皺が刻まれており、こちらの様子を気に留めた風もなくウルキオラに背を向けた。

徐々に徐々に(しじま)る背中を、ただただ虎視する。

 

 

「…」

 

 

平静であるつもりだったが、存外に動揺していたらしい。

何故これほど簡単なことに気付けなかったのか。

自分は自らを()()だと考えていた。

ならば人間に姿を視られるどころか、水面に映ることすらできる筈がない。

現世に於いて実体を伴わないのだから当然だ。

だが、結果は先程の通りであり…。

 

 

「人間…だと……?」

 

 

義骸に入ってでもいなければ、そういうことになる。

その義骸に入っているという可能性も、今は限りなくゼロに近い。

 

 

「…」

 

 

余計に解らなくなった。

霊力、斬魄刀、そして実体。

そのいずれをも有している現状が。

 

 

「…霊力を失っていないのは幸いだが……」

 

 

人間に姿が視えるという状況は厄介だ。

姿が視えるからにはその行動には当然制限が付き纏う。

人間社会に馴染むつもりは更々ないが、万が一の事態も考慮するならば目立つ行動は極力避けねばならない。

 

 

「…」

 

 

全身隈無く視線を這わせる。

自身の姿以外は破面の時と遜色ない。

人間共からすればこの格好も異質に映るだろう。

その程度のことはウルキオラでも容易に想像がついた。

 

 

「…………ちっ」

 

 

日没まで待つ。

それがウルキオラの導き出した結論だった。

適当な破落戸(ゴロツキ)共から金と身包みを剥ぎ取る。

それが彼にとって最も簡単かつ確実な方法。

方向性を整えたウルキオラは、池の畔に鎮座する大樹の大きな腕の上へ跳躍。着地。

その巨躯へ背を預けると、そっと瞼を閉じた。

今はただ待つしかない。

彼の時間がやってくるその時まで…。

 

 

 

 

 

 

事は上手く進んだ。

ウルキオラの潜んでいた大木の下で、あろうことか催された()()()の密売。

そのような絶好機を彼が逃すはずもない。

音も無く地に降り立ち、読んで字の如く、『瞬殺』。

難なく目的物を手中に収めることに成功した。

だがそれは、彼をより深い奈落へと突き落とすが為に盛り立てられた土台に過ぎなかった。

 

 

「まさか空座町が存在しないとはな…」

 

 

奪い取った金銭で装いを整えたまでは良かった。

だが事態は彼の想像を逸し、遥か斜め上まで突き抜けていた。

地形、年号、歴史――――――――その諸々は斉一だというのに、空座町が存在していたはずの場所は別の町に成り代わっていた。

名称が変わったのかと文献を漁ったが、そもそも『空座町』が存在していたという事実すら記されていなかった…。

ただ言葉を失う他なかった。

ウルキオラの知る現世と、決定的なところが異なっている。

その衝撃たるや、筆舌に尽くし難く――――――――――――

 

 

「…」

 

 

 

――――――――チキ…

 

 

 

悠然と、ウルキオラは相棒を鞘から解放する。

刹那。

 

 

 

 

オオオオオォォォォォォォォォォォォォ――――――――…ッッ!!!

 

 

 

 

彼が()()地点をエネルギーの野太い奔流が飲み込んだ。

 

 

 

ザリッ――――――――…

 

 

 

数瞬を置いてヒュッと、幾何か離れた位置にウルキオラの姿が顕現する。

元居た位置から、矛先を右へ。

視界の外から目の前を横切っていったサッカーボールの持ち主でも見やるかの様相で。

 

 

 

ズウウゥン……

 

 

 

砲撃型、射撃型、近接戦闘型…。

大小様々なれど、容姿はそのいずれもが類似している。

無機的。

機械の人形とでもいった形容が最も正鵠を射ているだろう。

そして確かなことは…

 

 

 

ジャキ…

 

 

ガコン…

 

 

 

余す事無く、ウルキオラに敵意を剥いているということ。

 

 

「躊躇無しか。解り易いことだ」

 

 

紡がれたと同時、彼らの眼前からウルキオラの姿は消えている。

 

 

 

ばがあぁぁッ!!

 

 

 

射撃型と思しき個体の一が自らを見下ろした。砕けて四散していく己の身体を。

 

 

「……ッ!?」

 

 

機能が停止するその時まで、一体何が起こったのか理解できなかっただろう。

金属隗が爆散するような、身の竦む鳴動が響き渡る。

 

 

「……ッ!!?」

「…ッッ!?」

 

 

別の二体の躯体が、やはり砕かれていた。

最初に爆ぜていった砕片が大地に触れるのを待たずして。

 

 

「……ッ!!」

 

 

ターゲットへの照準が定まらず、目先を右往左往。

あまりにも速すぎる。

剣を構えて斬りかかろうとすれば、斬りかかる前に。

狙撃銃の照準を合わせようとすれば、その構えを取る以前に。

間に巻き起こる風すらも置き去りにして、棒立ちする一党を粉砕していく。

時間にして一時間…二時間は経っただろうか。

否。ものの一分かそこらでしかない。

たったそれだけの時間で、徒党を組んでいた輩は屑鉄と成り果てた。

 

 

 

 

ガコンッ!!

 

 

 

 

ただ一体を除いて。

 

 

「…貴様にはこいつを試させてもらう」

 

 

ウルキオラが静止。

それを好機と捉えたのだろう。

唯一活動していた大型の機体が、両肩から突出させた巨砲の照準をこちらへとセットした。

光の粒子が収束。高密度のエネルギー体が練り上げられていく…。

ウルキオラが半歩踏み出すのと砲口が轟きをあげたのは、ほぼ同時だった。

迸る光の柱。

刹那を以って波紋を穿ち、大気を揺るがし、彼の姿を圧し潰す。

10秒…20秒…やがて渾身の砲撃は終息へと向かう。

一直線に舞い上がる土煙のせいで、事の次第を把握するまでに至らない。

その土埃もようやく晴れて…

 

 

「…ッ!!?」

 

 

手応えはあった。

ターゲットへ直撃したことは間違いない。

砲撃も人間相手には過ぎた威力を誇っていた筈。

ならば何故?

 

 

 

「……」

 

 

 

何故立っていられる?

それのみか、身体はおろか被服にすら傷一つ見受けられない。

回避した?

否。真っ直ぐに掻き分けられていた地面は彼の足下でぴったりと途絶えていた。

避けたのではない。打ち消したのだ。恐らくは、その握った刀一本で…。

不意に半歩後ずさる巨躯。

心は在らずとも、データでは処理しきれない事態に慄くかの如く。

ぎゃぎいぃッ!!

突如、金属同士が激しく摩擦し合う甲高い悲鳴が周囲を震撼させる。

金属で構成された巨体に、浅くない太刀筋が一つ刻み込まれていた。

 

 

「成程。今の踏み込みでその程度か」

 

 

背後から声。振り返る。

姿どころか、影すらも見当たらず。

そして今一度炸裂する、鼓膜を引き千切るような金切り音。

まただ。

右肩から腰の左側にかけて、鋭利な爪で抉り取られたような傷跡。

先の一撃よりも明らかに深い。

すかさず視界を前方へ。

前方だけではない。右。左。更には頭上。

居ない。どこだ。一体どこへ消えた。

 

 

 

 

「――――――何処を視ている」

 

 

 

 

…静止。

ゆっくりと、ゆっくりと巨体の足元へと目線を下ろしていく。

 

 

「貴様にもう用は無い」

 

 

大地を擦り上げる(きっさき)を振り上げた。

疾駆の速さで。音の先をゆく速度で。

空間すらも断つかと思わせる一閃が、巨人の体躯を二つに分かつ――――――――…。

 

 

 

 

 

 

 

「…」

 

 

周囲に散乱する鉄屑。

感情の伴わない眼でそれらを見下す。

正体や目的、何一つ取っても謎の存在。

いや、今はそんなことよりも…

 

 

ぱちぱちぱちぱち…

 

 

何処からともなく響く、手を打ち合わせる音が。

 

 

「…見物は終わりか」

 

 

90度振り返る。

一本の樹木へ…正確には樹木の背後の()()へと。

 

 

「やはり気付かれていたか」

 

 

その陰から一人の男が姿を現す。

肩まで届く紫の髪。猫のように黄金色に輝く切れ上がった双眸。そして、不敵な笑み。

 

 

「それにしても試作品とはいえ、23機のガジェットが一分足らずで全滅とは…」

 

 

くくっと鼻に付くような声を漏らす。

目の前に繰り広げられている状況をさも喜んでいるかのように。

 

 

「想像通り…いや、想像以上だ」

 

 

「…何だ貴様は」

 

 

「ああ、すまない。自己紹介がまだだったね」

 

 

ウルキオラを迎え入れるように片腕を差し出す。

 

 

「私はジェイル・スカリエッティ。君を同胞として迎えに来た者だよ」

 

 

「同胞だと…?」

 

 

僅かに眉をそびやかした。

彼の握る刀がちゃきりと鳴く。

 

 

「おっと恐い顔だな。勘弁してくれないか。見てくれの通り私は非力な一科学者だ。君みたいな高度な戦闘力なんて持ち合わせていない」

 

 

降参だとでも言いたげに軽く両手を上げる。

怯えてる風ではなく。本当に軽い調子で。

 

 

「こいつらは貴様の差し金か」

 

 

「その通りだよ」

 

 

「何が目的だ」

 

 

「先程も言った通りだよ。君を同胞として迎えに来た」

 

 

「何故俺を引き入れるのかと訊いている」

 

 

「君とは利害が一致しているからさ。『ウルキオラ・シファー』」

 

 

再度、ウルキオラは微かに眉をそびやかす。

それもその筈。

ウルキオラにとって眼前の男は間違いなく初対面。そして自身の名を名乗ったことは目を覚ましてから一度だけ。

この男がその名を知る筈はない。

 

 

「貴様…」

 

 

ウルキオラの様子を気に留める素振りもなく、男が切り出す。

 

 

「君は今困っているんじゃないか?例えば…そう。()()()()()にでも足を踏み入れた、とか」

 

 

「――――――――…」

 

 

ウルキオラの瞳の色が変わった、気がした。

知ってか知らずか、薄く笑みを浮かべるスカリエッティなる男がなおも続ける。

 

 

「ふふ…私は君の理解者だよ。ウルキオラ。恐らく、()()()()の誰よりもね」

 

 

さくっさくっと草の絨毯を踏みしめ、白衣を風にたゆたわせながらウルキオラへと歩み寄った。

互いが手を伸ばせば届く程の距離。

依然、ウルキオラが警戒の色を解く素振りはない。

その状況のウルキオラに相対するスカリエッティは、警戒色すら見えない。

すっと、スカリエッティが手を差し出す。そこには、一枚の紙きれ。

 

 

「…」

 

 

僅かに逡巡したが、ウルキオラはその紙を受け取った。

スカリエッティの顔には満足そうな笑み。

 

 

「今日は時間も遅い。明日の午後一時にそこに書いてある場所まで来てほしい。そこでゆっくり話そうじゃないか」

 

 

「…」

 

 

ウルキオラは答えない。ただスカリエッティの双眸と自らのそれを結ぶのみ。

その様子に、スカリエッティはやや芝居がかったような溜息を吐く。

 

 

「やれやれ…そんなに警戒しないでくれ。先程も述べたとおりだが私と君は利害が一致している。君に危害を加える理由が私にはない」

 

 

「…」

 

 

答えない。

嘆息。

 

 

「まぁ、今日はこの辺で失礼するよ。それではまた明日、君と話せることを楽しみにしているよ」

 

 

スカリエッティが踵を返す。

あろうことか、刀を握るウルキオラに対して堂々と。

斬られることなど在り得ないとでも確信しているかのように。

その遠ざかる背中に、ウルキオラは何を思うのか。

 

 

「ああ、すまない。一つ伝え忘れていた」

 

 

ぴたりと足を止めるスカリエッティ。

そのまま、振り返ることなく言い置く。

 

 

「君が最後に倒したガジェットにはちょっとした()()が施されていてね」

 

 

「…何だと?」

 

 

「君のその剣、君以外には不可視になるようにしておいたよ。私に会いに来る時もわざわざ()()に置いてくる必要は無い。嘘だと思うなら今から町へ下りて確かめてみたまえ。それとすぐにここから離れた方がいい。面倒な連中が直ぐに嗅ぎ付けてくるだろう」

 

 

ではまた明日。

そう軽く右手を上げるとそのまま現れた時と同じように樹木の陰へと姿を消す。

姿だけでなく、その気配も。

 

 

「…」

 

 

暫く、ウルキオラはスカリエッティが消えた樹木の方角を見定めたまま佇んでいた。

やがて思い出したように、二つ折りになっている紙面をそっと開く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『 明日の午後一時に翠屋という喫茶店で待っている 』

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 




遅くなってしまいすみませんでした。
もう少し速度を上げたいですね。はい。
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