◇◆◇◆◇
カランカラン
いらっしゃいませー
「お客様は1名様でよろしいでしょうか?」
「…」
店員からの問いかけを気に留める素振りもなく、店内に視線を這わせる。
手前。
真ん中。
奥。
「…」
居た。
店の最奥に備え付けられたテーブルセット。
ウルキオラが以前訪れた際にも陣取った位置であるのはただの偶然であろうか。
すっと軽く手を上げるジェイル。
ウルキオラが向かっていくのを認めると、店員も合点がいった様子で奥へと下がっていった。
「よく来てくれた。もしかしたら来ないのではないかと心配していたよ」
13時ジャストを示す壁掛け時計を横目に、ジェイルが口元でカップを傾ける。
「…」
「?どうした?君も掛けたまえ。立ったままでは落ち着いて話も出来ないだろう?」
…着座。
その様子にジェイルが軽く肩をすくめる。
程なくして、ウルキオラの目の前にはソーサーに乗せられたカップが運ばれてきた。
注文はおろか、彼がメニュー表に手を伸ばすことすら待たずして。
「無難に紅茶を頼んでおいたんだが、珈琲の方が良かったかね?」
「…余程自信があった様だな」
「フフ…紅茶が無駄にならなくて何よりだよ」
「俺は貴様と茶を飲みに此処へ来た訳じゃない」
カップは目もくれず、眼差しを交錯させる。
「貴様には訊きださなければならないことがある」
「無論説明はするさ。その為にこうして時間を設けたのだからね。とはいえ…」
周囲を一瞥。
「少しばかり視線が気になるな。主に君に集まっている様だが」
「この場所を指定したのは貴様の筈だ」
「くくっ…違いない」
口の端を歪めつつ、白衣のポケットから一枚のコインらしき物体を取り出した。
コッ…
左手の人差し指で取り出したソレを机上に直立させる。
そして…
ピンッ
右手の人差し指で軽く爪弾いた。
きゅるきゅる…
きゅるきゅる…
回る。
回る。
いつまでも、終わることなく。
「――――――――…」
逸早く、ウルキオラが異変に気付いた。
「…
傍から見れば何も可笑しいことはない。
彼等の周囲では数組の女性客たちが
「
「素晴らしい回答だ。周囲の人間達にしてみれば、今の我々は言わば『路傍の石』に過ぎない。そんなものの存在をわざわざ気に留める者などそうそう居るものではないだろう?」
紅茶を一口。
「さて…それでは本題に入ろうか。とは言え君の質問に一つ一つ答えるのは合理的ではないな」
「この世界のことを大まかに話せ。この世界と俺の知る世界は同一の地名や歴史はあれど似て非なる存在だ」
「成程。では質問等があれば後程訊いてもらうことにしよう。それで問題ないかね?」
首肯。
「承知した」
キン…
ジェイルがカップをソーサーに乗せる。
「君が感じている通り、此処は君が居た世界とは別物だ。多少異なる点はあるだろうが、君の話から推測するなら最大の相違点は『魔力』という概念が存在していることだろう」
「魔力…」
『あなたも…魔法が使えるの……?』
いつぞやの少女の言葉が、ウルキオラの脳裏を掠めた。
「そうだ。君のその剣が唯の人間の目に映らないことも、我々の存在がこうして意識の外側へと隔離されていることも全ては魔力が作用しているためだ。とは言っても見ての通り、周囲には魔術を操るどころかその存在すら信じる者など居ない。それは元来
「出自はこの世界ではない、ということか」
「正しくその通り…この世界とはまた別の世界――――――――ミッドチルダと呼ばれる世界がある。魔力を有するのは主にその世界の魔導士だ。今は色々とあってこの世界にも魔力を有する者が複数存在しているがね」
「その世界とは行き来が出来るのか」
「うむ。君の元居た世界とは違い、この世界と同じ『軸』の上に存在しているからね。君の世界はこの世界の『軸』上に存在する者から言わせれば、
再び紅茶を一口。
「つまりこの世界自体は何も特別なことなどないのだよ。そんな世界で偶然次元震が起こり、本来交わる筈のない世界に生きる君が現れた…それだけのことだ。君は次元震に巻き込まれたことを何も憶えていないのかね?」
「…」
憶えている筈もない。
この世界どころか、元居た世界ですら彼は存在を失っているのだから。
「まあいい。君の置かれた状況はざっとそんなところだ。それより、恐らく君にはもっと気掛かりとなっていることがあるだろう?」
ジェイルが両肘をつき、掌を組む。
切れ上がった双眸に怪しげな光を灯しながら…。
「元の世界に戻りたくはないかね?ウルキオラ・シファー」
「――――――――…」
ほんの僅かに眉が微動したことを、ジェイルは見逃さない。
「今の君のような者は『次元漂流者』と呼ばれていてね。稀な話ではあるが前例は存在している。そしてそういった者達を元の世界へ帰す方法も」
「出来るというのか?貴様に」
その問いに、くくっと笑声を漏らす。
「愚問だ。ミッドチルダはおろか、他の世界においても私を超える頭脳を持った者など見たことがない」
自身たっぷりに断言。
彼を良く知らない人間ですら、それが虚勢ではないことを窺い知るほどに。
「…何が狙いだ。わざわざ俺を帰すだけが目的という訳ではあるまい」
「フッ…私の目的は昨日告げたとおりさ。『同胞として君を迎え入れる』――――――――それが私の目的だ」
「貴様に協力しろと?」
「なに…そう難しいことではない。君のその強大な力を私に貸してほしいのだよ」
ここで初めて、ウルキオラが紅茶に左手を伸ばした。
「私は君を帰す為に協力する。君は帰るまでの間私に協力する。その間の衣食住は全て私が保障しよう。用入りの際には出来る限り要望にも応えるつもりだ。君にとっては悪い条件ではないと思うのだが、どうかね?」
「…貴様に一つ訊きたい」
「何だね?」
「この世界には魔力を持つ者が複数存在すると言っていたな。そいつらは貴様の敵か?」
「敵だ。この上ない程のね」
悠然とカップを傾けるジェイル。
「俺がそいつらの側に付く、その可能性を考慮していない筈はあるまい」
「無論だ」
だが、ジェイルはゆとりある姿勢を崩さない。
「今君が話している者達は『時空管理局』と呼ばれる組織に所属する連中だ。私の研究を理解できない劣等共だが戦闘力はそこそこ有している集団ではある。だが――――――――」
唇の端をつり上げる。
「私なら君をあの連中より逸早く帰すことが可能だ。私の技術力が勝っているからこそ、こうして誰よりも早く君に接触することが出来た。奴らは今何が起こっているのかすら把握出来ていまい」
「成程な」
「付け加えるなら時空管理局はそれなりの規模を持った組織だ。組織とは巨大になればそれだけ制約も付き纏う。だが私の組織のトップは私だ。奴らが逐一上の者に許可を求め身動き出来ない間にもこちらは着実に君の目的に近づくことが出来る」
「…」
「フフ…まあ今すぐに決めろとは言わないさ。時空管理局に協力を求めるのも、この世界に留まるのも君の自由だ。それに私と違い、時空管理局は見返りなど求めたりはしないだろう。君が後悔しない答えを――――――――」
「貴様の条件は何だ」
ジェイルの結びを待たずして、ウルキオラがジェイルに眼光を浴びせる。
刹那に目を丸めたジェイル
だがやがてうっすらといやらしい笑みで顔を塗り替えると、ゆるりと口を開いた――――――――。
「――――――――…ふむ。
頬杖をつきながら、カップに注がれた黒茶色を弄ぶ。
「珈琲もなかなか悪くはないな」
ジェイルが傾けるカップの中身は紅茶から珈琲へと姿を変えていた。
彼の目の前には、器の中ほどまでが紅茶で満たされたティーカップがソーサーの上で物寂しく佇んでいる。
対面にセットされた空席の椅子からは、まだ人肌の温もりが失われてはいない。
「ウルキオラ・シファーか……実に興味深い」
自然と口の端が上がっていく。
ジェイル自らがそれを自覚するほど、今の彼は気分が上向きだった。
「勧誘は成功したみたいね」
まるで初めからそうしていたかの如く、ごく自然に、ジェイルの目の前には一人の少女が腰掛けていた。
「何か飲むかね?」
「いらないわ」
にべもない少女。
ジェイルは特に気分を害した様子もなく、珈琲をゆるりと流し込む。
「
「あの2人ならあいつの後ついてったわ」
「ククッ…そうか。紹介する手間が省けるというものだ」
「…どういうこと?」
怪訝な表情を浮かべる少女に視線を流す。
「初めから気付いていたよ、彼は。
「…」
『君も薄々勘付いてはいるだろう。私が君に依頼したいのは私の敵――――――――時空管理局の連中を排除することだ』
『そいつらを始末すればいいのか』
『殺すな……などと甘いことは言うまい。迷ったときには念のため生かしておいてくれたまえ。奴等には
『そうか』
『心配することはない。君は我々にとっても危険な存在だ。その危険な存在が自ら元居た場所へ帰りたいというのならこちらとしても願ってもないことだ。必ずや君を無事に帰すことを約束しよう』
『…』
詳細は後日知らせる、と。
当分の住み処となる場所を記した紙一枚を手にウルキオラは店を後にしていた。
先日一悶着のあった場所なので、早々に切り上げることができたのは不幸中の幸いである。
「ジェイル・スカリエッティか…」
得体の知れん男だ。
無論、奴のことを全面的に信用する訳にはいくまい。
だが、俺の存在が奴にとって邪魔であることも事実だろう。
現状手を
「――――――――…いつまでそんなことを続けるつもりだ。貴様等は」
急遽立ち止まり、ウルキオラが口を開いたその場所は閑静な住宅街。
昼過ぎという時間帯であることも手伝って、周囲に人影など見当たらないが…
「……いつから気付いていた」
「俺があの男と会っている時からだ」
スッと、電柱の陰から一人の女性が姿を現した。
「へぇ~すごいねっ!ちゃんと気配は隠したつもりだったんだけどな~」
しゅたっ。
彼女に続くようにして、電柱とは反対側にそびえ立つ樹の腕から地へ軽々と降り立つ少女。
「まったく…『刑事ドラマみたいだ』などと
「えー?わたしのせい~?」
口を尖らせながらぷんすかと、腰の辺りまであるツーサイドアップに結った金色をぱたぱたと揺らして抗議の声を上げる少女。いや、外見だけで判断するならば『幼女』と称するほうが正確にも思える。
そんな彼女を嘆息しながら見下ろす女性は、今のウルキオラと同程度か少し上回るくらいの外見。
銀色の長髪。
ルビーの瞳。
出るところは出て、引っ込むところは引っ込むという抜群のプロポーション。
見た目も正反対ならば性格も正反対なのに双方人目はばっちり引きそうな2人組は、凸凹と言うよりかは凸凸コンビ。
気付かれたというのに、当の彼女達からは毛の先程の緊張も感じられない。
「俺を監視しろとでもあの男に言われたのか」
「ドクターに?んーん。ちがうよ?わたしたちはあなたに少し興味があったからついてきてみただけ」
「お前を引き入れることに随分と熱が入っていたみたいだからな。実際にこの目で見ておきたかった」
「うんうん。ドクターがあんなに興味持つなんて珍しいからね~」
くりっとした子猫のような紅の双眸。
あどけない笑顔で上目遣いにウルキオラを見やる。
「…」
「?」
だが見過ごしてはならない。
そのつぶらな瞳の奥底に潜む、狂気。
首をかしげる愛らしい仕草に惑わされて気安く近寄れば、浅く仕込まれたその鋭利な爪牙に身を切り裂かれることだろう。
「さってと。それじゃあわたしたちは帰ろうかな」
「そうだな」
そう踵を返す2人。
数歩進んだところで、
「じゃあまたね。ウルキオラ」
「ウルキオラ・シファー…貴様の力、見極めさせてもらう」
そう言い置いて、最後まで名乗ることもなく彼女達は姿を消していった。
静かに静かに、彼の歯車は回り始める。
ふっと天を仰ぐウルキオラ。
帰るべき
「…それで、本当にあの男を引き込むつもり?」
軽く目を見開いた後に少女はそう切り出した。
「不満かね?」
「あの男がこっちの思い通りに動くとは思えないわ」
「フ…仕方ないのだ。こればかりは」
わざとらしく、ジェイルは肩をすくめてみせた。
「それよりも例の件については考えてもらえたかね?」
「あいつの『監視役』のこと?」
「うむ」
「正直気は進まないわ。そんなことするためにあなたのところにいるわけじゃないんだけど」
「『より強大な力を』だったかね。だが彼の近くにいるというのは君にとっても悪い話ではないよ」
「…」
「これは私の予想だが、時空管理局の連中はおろか、我々の陣営の中にも彼を凌駕する者は存在しない。故に彼にはこちら側に付いてもらわねば困るのだよ。彼一人の存在はこの戦局を左右することになりかねん。その彼の力を間近にすることは、君にとってもいい経験になるかと思うのだがね」
ゆるりと珈琲を口に含む。
「……分かったわ」
ウルキオラの前に現れた少女よりも少しだけ年を重ねたくらいの、オレンジ髪のツインテールが特徴的で少し勝気気味な少女が、不承不承といった様子を隠すこともなく目も前のカップに口を付けた。
「…」
ジェイルが瞠目する。
滅多に見せることのない、豆鉄砲でも食らったような、そんな感じ。
「…なに?」
「…良かったのかね?」
「なにが?」
「その紅茶、彼が残したものだろう?」
「…」
静止。
「~~~~~~っ!!」
途端、少女は耳まで真っ赤に染め上げ、ガチャンと音を立てながら慌ててカップを戻す。
何人かの客が何事かと、少女に視線を投げかける。
当の本人はトマトの様になりながら、終始俯いたまま。
「ククッ…まあいい。それでは彼のことは任せたよ」
――――――――――――――…こくり。
「期待しているよ」
「ティアナ・ランスター」
◆◇◆◇◆