Melty Blood Another   作:Unknown37564

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【Prologue】夏夢如泡沫/夏の夢は泡沫の如し
- 01


 これは夢だ──。

 

 夕焼けに照らされながら、俺と彼女──弓塚さつきは帰路を歩いていた。

 夕日の日差しを横目に受けながら歩む彼女の姿を傍目でじっとみながら、俺たちはありし日に彼女を助けた思い出話に花を咲かせていた。

 

「わたしね、あの時に思ったんだ。学校には頼れる人はいっぱいいるけど、いざという時に助けてくれる人っていうのは遠野くんみたいな人なんだって」

 

「まさか、それは買い被りすぎだよ。ほら、ひよこが初めて見た人間を親と思うのと一緒。たまたま俺が助けられただけっていう話じゃないか」

 

「そんな事ない……! わたし、あの時から遠野くんならどんな事だって当たり前みたいに助けてくれるって信じてるんだから」

 

 そうして、彼女は思い立ったように顔をあげた。

 

「弓塚さん、それ過大評価だよ。俺はそんなに頼れるヤツじゃないんだけど」

 

「いいの。わたしがそう信じてるんだから、そう信じさせて」

 

 まっすぐに見つめられて断言されると、こっちとしては気恥ずかしくて反論ができない。

 

「──まあ、それは弓塚さんの勝手だけど」

 

「でしょ? だからまたわたしがピンチになっちゃったら、その時だって助けてくれるよね?」

 

 弓塚は笑顔で告げてくる。

……それは、正直困る。

 俺は弓塚が思っているほどなんでも出来るヤツってワケじゃない。ワケじゃないけど……こんな笑顔を向けられているのに、その信頼を台無しにする事なんて、したくなかった。

 

「そうだね。俺に出来る範囲なら、手を貸すよ」

 

「うん。ありがとう、遠野くん。随分と遅れちゃったけど、あの時の遠野くんの言葉、嬉しかった」

 

 言って、弓塚の足がぴたりと止まった。

 

「わたし、遠野くんとこうして話せたらいいなって、ずっと思ってた」

 

 それは、どこか思いつめたような声だった。夕焼けの赤色のせいか、弓塚はどことなく寂しそうに、見える。

 

「……なにいってるんだ。話なんていつでもできるよ」

 

「だめだよ。遠野くんには乾くんがいるから。それに、わたしは遠野くんみたいにはなれないもの」

 

 遠慮がちに返答して、弓塚は俺に離れていく。

 

「それじゃあ、わたしの家はこっちだから。また明日、学校で会おうね」

 

 ばいばい、と笑顔で手をふって弓塚は別の道へ歩いていった。

 

 

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 

 

 

 これは、夢だ──。

 

 夜も更けた頃、ナイトテーブルに置かれたライトがベッドに上半身だけ起こした俺とそこに腰掛ける秋葉を照らしている。

 秋葉は顔をクシャクシャにして泣いており、俯いて掛け布団を握りしめながら、俺に言う。

 

「兄さんは──私の兄さんは貴方だけです!ちいさかった頃から、ずっと秋葉は貴方を見てきたんですから……!」

 

「……嬉しいけど、それは秋葉が知らなかったからだ。俺は、秋葉の兄貴にはなれなかった」

 

 どん、という音。顔を涙で濡らしたまま、秋葉は、俺の胸に倒れ込んできた。

 

「そんなの、そんなの初めから知ってました……! 兄さんが養子にとられたっていうコトも、私の兄じゃないってコトも、それぐらい分かってた……! けど、それでも良かったんです。貴方が初めて私の名前を呼んでくれたときから、私は──」

 

 秋葉は早口でまくし立てる。

 

「秋──葉」

 

 細い両肩に手を置こうとした時、胸元で秋葉が呟いた。

 

「兄さん、お願いします……! 四季の相手は私に任せてください。秋葉は、兄さんがいて、琥珀がいて、翡翠がいて。そんな日々がとっても大切なんです。大好きなんです。お願いします。兄さん。生きてください。兄さんが生きていてくれたら、それだけで──」

 

 秋葉は泣きはらした顔を上げて、力強く言う。

 

「私は、それだけで十分幸せなんです」

 

 そう言って俺から離れてベッドから立ち上がり、部屋を後にしようとする。待て、と言いかけたが。

 

「おやすみなさい、兄さん」

 

 遮るかのような一言を告げて、秋葉は部屋から出ていった。

 

 

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 こ、れは、夢だ──。

 

 

 昼下がりの離れの庭で、涙目の翡翠に俺が語りかける。

 

「……それじゃやっぱり、翡翠が俺たちと遊んでいた子で、琥珀さんのほうが──屋敷の中にいた子だっていうのか、翡翠」

 

「…………」

 

 翡翠は俯いて答えないが、俺は続けて問いかける。

 

「どうして……? わからない。どうしてそんな入れ替わるような真似をしてるんだ、翡翠たちは」

 

「……志貴さまを欺こうとしていたワケではないんです。志貴さまが有馬の家にいかれた後、わたしは以前に比べて大人しくなったんだと思います。姉さんはそんなわたしを励まそうと明るく振る舞うようになって、いつのまにか、わたしたちはそっくり立場が入れ替わっていただけなんです」

 

 翡翠は俯いたまま答える。俺の心は疑問でいっぱいで、聞かずにはいられないコトがたくさん湧き上がってきてしまった。

 

「そんな……どうしてそんな事に……? 翡翠……キミはあんなに元気な子だったのに」

 

「……違います。わたしはもともと、あまり活動的な子供ではありませんでした。ただ志貴さまがいらしたから、精一杯駆け足で志貴さまを追いかけていただけなんです」

 

 精一杯、駆け足で……。

 

「あ……」

 

 気が遠くなる。足に力が入らなくなって、前のめりに倒れ込む──。

 

「志貴さま……! しっかりしてください……!」

 

……その寸前。翡翠は、倒れる俺の体を正面から抱きとめてくれた。

 

「「あ────」」

 

……俺と、翡翠の声が重なる。

 

 翡翠はよっぽど必死になって俺を支えてくれたんだろう。俺と抱きしめ合うカタチになって、体をふるふると震わせている。

 

「…………翡翠」

 

 わかってる。翡翠が異性と触れ合う事を苦手にしている事はわかってる。だから今も、こうして支えてくれてはいるものの、翡翠の体は小刻みに震えているんだ。

 

「──翡翠」

 

 その体温。柔らかな体。……幼い頃から、俺のことを見守っていてくれた、少女。

 ああ──もう、間違いは、ない。

 

「姉さんを──姉さんをお願いします。きっと分かるはずです。志貴さま」

 

 

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 

 

 こ、れ、は、夢だ──。

 

 

 夕暮れ時、遠野家の自室から出ていこうとする自分を、琥珀さんが呼び止めた。

 

「秋葉さまを止める、と言いましたね。それは七夜としての血ですか」

 

「……そんなものは知らない。ただ秋葉には、今の秋葉のままで、いて、ほしいんだ。それは遠野志貴としての、当然の、気持ち、だろ」

 

「……いけません。そんなお気持ちのままでは、秋葉さまは志貴さんをお許しにならないでしょう。志貴さんも分かっているはずです。今の秋葉様は以前の秋葉さまではないと」

 

 ……そんな事は承知の上だ。

 

「それでも──止めないと。俺は、あいつの、兄貴なんだから」

 

「……………………」

 

 琥珀さんは何も言わない。押しのけて、机まで歩く。そこには有馬の家から持ってきた、数える程度の持ち物が入っている。引き出しからナイフを取り出す。

……そうして。まだ返していないモノを、見つけた。

 

「琥珀さん」

 

 最後の名残に強く握りしめて、琥珀さんに向かって歩く。

 

「………………」

 

 琥珀さんはただ立ち尽くすだけだ。

 

「……最後になるかもしれないから、これ」

 

 手を差し出して、白いリボンを見せた。

 

「遅くなったけど、返すよ。ごめんな。せっかく借りたのに、結局、一度も使わなかった」

 

 気持ちが言葉に出来たかどうかは分からない。ぽん、とできるだけ優しく。少女の手に、約束のリボンを置いた。

 

「──────────」

 

 息を飲む音。琥珀さんは人形のように立ち尽くして、呆然と、自分の手の平に収まったリボンを見つめている。

 

「……気づいていたんですか、志貴さん」

 

「……すぐには気がつかなかった。解ったのは本当に最近なんだ。……本当なら帰ってきたあの時に気がつかなくちゃいけなかったのに」

 

 そう。屋敷に帰ってきた自分を迎えてくれた琥珀さんがおかえりなさい、といってくれたときに、俺は気がつかなくちゃいけなかった。それでもこの人は、昔ここにいた子か、と問いかけた俺に、微笑みを向けてくれた。

 

「……だから、今更俺にはそんな資格はないけど、ありがとう。琥珀さんがこの家で待っていてくれて、嬉しかった。」

 

……それがこの八年間。遠野志貴がずっと言いたかった、言葉だった。

 嬉しくも悲しくもない彼女の顔に、一筋だけ涙が流れた。

 

 

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 

 

 

 夢だ──。

 

 真夜中の学校の渡り廊下で、俺は倒れたアルクェイドを抱きかかえていた。

 アルクェイドの体は、ひどく冷たい。かろうじて残っている熱は、蝋燭の火に似ている。

 

「アルクェイド────!」

 

 呼びかける。閉じられた目蓋は、眠りから覚めた時みたいに、元気よく開かれた。

 

「あは──かっこわいるいとこ、見せちゃっ、た」

 

 ツギハギだらけの明るさで。アルクェイドは、うっとりとした笑顔をうかべた。

 

「この……なにばかのこと言ってるんだ、おまえ。どうして──どうして、こんな──」

 

……言葉がもううかばない。もっと、もっといい言葉を言ってやりたいのに、あたまがどうかしてしまっている。

 だって、とても冷静じゃいられない。抱いているアルクェイドの体温は、もう絶望的だ。今メガネを外せば───もっと絶望的なモノが、見えてしまうに違いない。

───そんなのは。そんなのは、絶対に視たくない。

 

「──どうして──どうしてこんな──どうして一人で、コトするんだよ……! 俺たちは仲間だろ、協力するって──最後まで助けてやるって、ちゃんと言ったのに……!」

 

「……そっか……そういえば、そういえば、そうだったね。なんか……忘れちゃった」

 

「忘れるなよそんなコト……! これじゃ──これじゃ俺は最低じゃないか。おまえを助けるって、言ったのに。ちゃんと助けるって言ったのに──ただの少しも、助けて、やれなかった」

 

「……ううん、そんなコトないよ志貴。わたし、貴方にいっぱい助けてもらったもの。……だから助けてもらうのは……もう、いい、んだ」

 

 こふ、と。唇から血をこぼして、彼女は苦しげに笑った。

 

「……アル、クェイド」

 

「──な、に?」

 

「……俺の血を飲め。そうすれば力が戻るんだろう、おまえは……!」

 

……何も考えず。ただ、そんな事を叫んでいた。

 

「…………」

 

 アルクェイドは答えない。ただ、見落としてしまいそうなほどかすかに。首を横にふった。

 

「──なんで!? まさか、まだ恐いとか言ってるのか!? いいか、よく聞けよ。前に言ってたよな、もしも鳥や魚に自分と同じぐらいの知性があったら食べられるかって。俺は食うぞ。食わなきゃ生きていけないからな。生きるために何かを奪うことは、自然界じゃ当たり前のことなんだろう……!」

 

 それはアルクェイド自身が言った言葉。なのに。彼女は哀しい目をして、首を振った。

 

「わたし、もしもの話って、好きじゃ、ない」

 

 拒絶の台詞。それは──俺の、口癖だったのに。アルクェイドは言ってたのに。イフは、もしもの話は好きだって。そこに救いがあるような気がするからって。

 

「──そう、か? おれ、俺は好きだぞ。たとえ詭弁っぽくてもさ。それなりに、どこか──救いがあるような気が」

 

 するじゃないか、と、言いたかった。けど、喉がふるえて。うまく発音することが、できなかった。

 

「……そうだったね……けど、今はそれより、もっと欲しいものが、あるんだ」

 

 なんだ、とふるえる声で尋ねた。

 

「うん、志貴にね、キスして、ほしい」

 

──なんだ。そんな簡単なことで、いいのか。

 

 唇を重ねる。それは、甘いものでもなかったし、優しいものでもなかった。ただ。冷たい唇に自分の唇をあわせただけの、何の温かみもない、口づけ。

 そのあとに。本当に嬉しそうに、彼女はわらった。

 

「……よかった。憧れてたから、こうゆうの」

 

「……そっか。ヘンなものに憧れたたんだな。おまえ」

 

「……うん、なんだか嬉しい。たったそれだけのことなのに、すごく気持ちよかった。ずっと長く生きてきたけど、今ぐらい幸せな時間はなかったよ」

 

「だからこのまま消えてなくなっても、いいかなって、思えちゃった」

 

 そんなコトを呟いて。それきり、彼女の体温はなくなった。

 

 

 

 

 

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