Melty Blood Another   作:Unknown37564

12 / 36
- 03

 

「どうしよう……」

 

 声を押し殺すようにしながら脱衣所に掛かった志貴くんの垢すりタオルをじっと見つめていた。

 一年ぶりのお風呂をタオルで済ませるのも勿体ない気がしたのと、公園の水飲み場とかを使って身体を拭いていたとはいえ一年も入ってないから垢が溜まって汚くしちゃいそうだなという葛藤があって。

 

──うん、これは言い訳だった。単に志貴くんのを使おうかどうかの下心だけだった。ホント何考えてるんだろう私、路地裏生活で頭がおかしくなっちゃってるのかな。シオンも待ってるだろうし、早く考えなくちゃいけない。

 

「えーい、使っちゃえ! 使い終わってからきちんとお湯で丁寧にもみ洗いすれば汚くない! はず!」

 

 いざ垢すりタオルを取って、外開きの戸を開けた。

 六畳ほどの広さの室内には換気扇と窓が一つ、眼の前にシャワー、右手に蓋がされた浴槽。真っ白に塗装されている壁の冷たさを左手で感じ取る。良く掃除が行き届いているようでカビは一つも見当たらず、ぬめりも無い。

 

「──偉いなぁ、凄いなぁ」

 

 家事もやって、妹さんの看病もして、化け物退治もして、それで学校に行って──とても同年代とは思えなくなっていた。

 

 いやいや、とにかく今はこのお風呂を満喫しなくっちゃ、遠野くんに失礼だ。きっと私があんな生活してるって分かってるからお茶とお風呂をくれたんだし。まずはゆっくり休んで、それから!

 

 シャワーを捻ってお湯を適温にしてから、いよいよ頭からお湯を浴びた。

 

「ふぁ~──気持ちいい~……」

 

 心が洗われる、ってこういう事を言うんだろうなぁ。温かいお湯が、まるで大丈夫だよと安心させてくれるように身体を包んでくれている。

 

 お風呂、ご飯、寝るところ──全部、今まではあって、ある日突然無くしてしまったもの。

 今の私は死んでいるのだろうか、生きているのだろうか。もしかしたら私は死んでいて、今は残り少ない時間をロスタイムのように生きているだけなんだろうか。いつも路地裏で隅に蹲って寝る前に考えていた。

 

 けれど、この温もりが、生きているんだよって事を教えてくれていた。その事が、とても──。

 

 「あたたかい──」

 

 身体を抱いて、蹲ると涙が自然と流れていた。

 シャワーのお湯は、私の涙も包み込んで流してくれているような──そんな気がした。

 

 

 

          ◇

 

 

 

 俺は脱衣所にさつきとシオン、二人分の寝間着を置きに来ていた。

 寝間着は秋葉にも使わせてるガウンのような丈の長い甚兵衛のような、脇で紐を蝶々縛りにするタイプの浴衣と薄い半纏だ。

 

 そっと畳んであった寝間着を、着る服用のカゴに入れて後にしようとする。

 

「あたたかい──」

 

 さつきの声がしたと思うと、啜り泣きが聞こえていた。

 ああ、やっぱりとても苦労してきたんだな。へとへとになって帰ってきた後に入るお風呂は格別だ。ましてやそれが一年、しかもご両親を亡くしてからようやく一息つけた事実は、彼女の心にくるものがあるだろう。

 

 彼女は変わっていない、いやタタリと戦ってたから変わっている部分もあるにはあるだろうが。それでも彼女は弓塚さつきのまま、今まで自分を変えずに頑張ってきたんだな。彼女のすすり泣きを聞いていると、俺まで込み上げてくるものを感じて何だか泣けてきた。

 ここに来るよう促して良かった、本当に良かった──そう思いながら、目頭を抑えて脱衣所を後にする。

 

 居間は先程引いた布団が二つ並んでおり、端のベランダ側にちゃぶ台を追いやっていた。

 その追いやったちゃぶ台はテレビと垂直になっており、テレビの対面ではシオンは座ってお茶を啜りながらそれを見ていた。

 

 俺はあえて黙ったままで居ることにし、部屋の角──テレビの見える方を向いてテレビを見た。

 

「え」

 

 俺はそれを見て思わず驚愕した。

 テレビでやっていたのはなんとアニメだったのだ。

 

「シオン、君アニメ見るのか?」

 

 あまりの驚愕の事実に、思ったことが口に出てしまった。

 シオンは啜っていたお茶をテーブルに置いてからこちらを向いた。

 

「ニュースはやっていたのですが、どうやら短いものだったようで、その後にアニメが始まりました」

 

「あぁ……そっか」

 

 なんだ、リモコンの操作を知らないから黙ってみていただけか。

 

「いえ、リモコンの操作を知らない訳ではないです」

 

 え、なんで考えてること分かったんだ?

 

「分割思考、です。私は思考を仮想的に分割する事で常人より演算能力を加速化させる思考術を持っています。貴方が考えた事を、高速演算によって導きました」

 

 シオンは少し得意そうに説明する。

 

──そいつは凄い。いや、本当に凄い。こんなのもう読心術と何ら変わらない、反則レベルじゃないか。

 そうなると俺がシオンに簡単に勝てたのはまぐれって事になる。もしシオンがきちんと俺の事を把握した状態でやり合っていたら、少なくとも手こずってはいたかもしれない。

 まぁ、俺の方もこれまでの足跡を辿られないように仕事はしてきたが。何より今にしてみれば話せばわかる相手である以上、戦いが長びいたら話し合いになって今みたいになってただろう。

 とはいえ、お互いを知った今の状態でやりあったら眼鏡を掛けたまま(ころさず)では厳しいかもしれない。

 

「ふふっ……実はそのアニメというのを見るには見ていました。ゲームセンターで見たキャラクターが登場していたので」

 

 さっきから驚かされてばっかりだな。てっきりああいうものは下らないとか言い下すタイプだと思っていたんだが。

 

 「下らない、と今まで思っていました。けれど志貴。貴方が真祖を追うためには真祖が何をしていたのかを知ることが大切だと教えてくれた。今までそんな事を考えてもみなかった。私は、私だけで世界を識る事が出来る。故に私の世界は私だけで事足りる、と錯覚していたのです」

 

 シオンは後ろに手をついて天井を見上げながら語る。

 

「貴方の言葉があって、私は暗闇で閉ざされた視界が開けたような感じがしたのです。それは、私にとって今では希望です」

 

 シオンは首を俺に向けながら言う。

 

 「興味深くて、楽しくて───嬉しくて。今まで忘れようとしていた事を取り戻せたような気がするんです。ありがとうございます、志貴。貴方のお陰で私は少し、未来を明るく見ることが出来るようになりました」

 

 シオンは俺に向き直って頭を下げていた。

 

 俺はなんて言えばいいかわからなかった。あの言葉に、そこまで深い意味を込めて言ったつもりは無かったんだから。

 

──「志貴、君はとてもまっすぐな心をしている。いまの君があるかぎり、その目は決して間違った結果は生まないでしょう」

 

 ああ、そうか。こういう事だったんだな、先生。この目は、まっすぐな心で見るんだ──。

 俺が間違えてきたのは、まっすぐで無かったからなのか。あれもこれも欲張って、肝心な事は何も出来なくて、どうにもならなくなっていった。なんで間違えたんだろう、どうしたら良かったんだろうってずっと悩んでた。答えなんて、最初から──いや、俺の答えはいつもこれまでの積み重ねにあったんだ。

 

「いや、シオン。俺の方こそありがとう。キミに出会えた事で大切なコトを思い出せたし、弓塚さんも助けられた。君に出会えて無かったら吸血鬼を殺すだけのモノになって、きっと弓塚さんに合っても殺してしまっていたかもしれない」

 

 先生の言葉を思い出せたのは、シオンと出会ったからだ。それだけは間違いないと言える。

 

「だから、ありがとう。シオン」

 

 俺は少しはにかんで答えた。

 

「お風呂あがったよ~」

 

 さつきが後方、脱衣所から出てくる。さっきからドライヤーの音が聞こえていたのでそろそろ出るだろうと思ってはいた。

 

 シオンも気づいていたのか、既に立ち上がっていて脱衣所に向かおうとしていた。

 

「次は私がいただきます」

 

 シオンは歩きながら俺とほんの一瞬だけ目を合わせ、横切ると同時に顔を脱衣所へと向けた。

 その面持ちは、どこか晴れやかで柔らかい微笑みだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。