Melty Blood Another 作:Unknown37564
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下校路を行く俺は、さて弓塚さんの服をどうするかと考えていた。考える彼女のイメージカラーは暖色系。
それこそ制服のオレンジ色なんかはよく映えると思っていたが、そのまんまだと味気ないなと思う。
暖色、そして俺の好みにあたるものだと和風っぽいといった所で色々と考えてみる。
萌黄、淡黄、金赤、蜜柑、蒲公英……どれも彼女に合いそうではあるが、何だか彼女の内面に合わないような気がして。
そうして色を思い浮かべる内に、桜色がよぎった。
桜は春の色、春は出会いと別れの季節。彼女と出会って、別れて、また出会えた。そういう意味もあって、桜が合うんじゃないかと思えた。
そうして商店街の入口に入った。
──突然、ぐちゃり、と。
何か、巨大な生き物のハラワタに、足をつけたような感触が、した。
それは錯覚か。踏み出した先は、見たことの無い世界だった。
鐘の音が聞こえてくる。
かーん。
かーん。
これは何の鐘だろうか。随分と遠くから聞こえてくる。はるかな眼下。
崖の下、狭い谷間に横たわる村から届いてくる、埋葬の儀礼の報せか。
まずい。ここにいてはまずい、と脳髄ではなく眼球が理解する。
何故ならこれは見慣れた世界だ。静かに腐りだし、誰にも気付かれないように崩壊している世界の端。この先に場所はない。いうなれば、ここは世界の果てだった。
───だというのに、俺は、この世界に何故か安心感を覚えていた。
まずいと分かっているのに。落ち着いてこの世界をもっと良く見たくなって、眼鏡を外した。
自分の眼──直死の眼で、この世界の正体を、安らぎの理由を知りたかった。
……腐食が進んでいく。この腐食が何らかの崩壊の予兆であるのなら、それはひとつの死。
そして、腐っていく世界から影が浮かんでくる。
「──なんだ、あんたか」
浮かんでくる影は、腐食の中から実像を象る。その実像は、岩のように頑なな鬼。それを俺は、覚えてはないが身体が理解していた。
──軋間紅摩。俺の親父を、七夜の里を滅ぼした張本人、恐らくその人だろう。今でもどこかで生きているというのを遠野邸の蔵書で見た覚えがある。
「……いずれ、あんたとケリをつける日もくるのかな」
そう呟くと手で空間に入った死の線を振り払い、この歪な世界を殺した。
◇
翌朝、シオンと弓塚よりも早くに起き出した──いや、起きてしまった俺は、朝食を作っていた。
今日の朝食はごはん、豆腐とわかめの味噌汁、焼き鮭、お新香と、これぞ日本という感じのものにした。
今日はシオンと弓塚も居る事だし、シオンにはこういう日本めいたものを味わって欲しい。そして弓塚には久しぶりに家庭的なものを食べさせてあげたかったというのもある。
そうして作っている内にカーテンからすっかり朝日が差し込んでくる時間となった。
この家の構造はキッチンの目の前にリビングが仕切り無く隣接する間取りとなっている。つまり、俺が居る厨房から弓塚たちが寝ている姿が確認できる。
その彼女たちの中で、シオンがもぞもぞと上体を起こしだした。寝ぼけているだろうから、まだ声を掛けずに調理の方に専念する。
「───この匂い、は」
シオンの少しぱさついてハネた髪が見える。どうやらぐっすりと寝れたようで家主として一安心だ。五感を判断できるようになったなら俺の言葉も理解できるかな、と思い声を掛けてみる。
「おはよう、シオン」
声を掛けられたシオンは、一瞬で俺の方へ振り返り、そのままフリーズした。恐らく状況を思い出しているのだろう。俺から説明してもいいが、自分の解釈の方が飲み込み安いだろうと思って笑顔で見守る事にした。
「──おはようございます、志貴」
彼女は状況を理解できたようで、すっと布団から完全に立ち上がる。
「服は枕元に置いてあるから。悪いけど、下着とかも畳んで置いとかせてもらった」
悪気なくきっぱりと言い切る事にした。
見たことに関して咎められるのであれば、もうこの際頭を下げるぐらいはしよう。
俺だって自分で畳めと前日に言うことは出来たわけだから。
「あ、ありがとうございます」
シオンはそう言って服を確認しだすが、耳と頬が真っ赤なところ以外特に何を言うでもなかった。
「ああ、そうだ。着替えるなら脱衣所でどうぞ。ついでに髪もハネてるようだから、いっその事シャワーでも浴びたらどうかな」
「わかりました、そうさせてもらいます。寝間着の方はどうしましょうか」
「洗濯機の中に入れといてくれればいいよ。あぁ下着はネットに入れといてね。そのまま洗濯しちゃうとダメになっちゃうから」
「わかりました」
シオンは自分の服を取って急ぎ足で風呂場へと向かった。
一方、弓塚の方はまだ起き出していない。シオンは寝覚めが良いタイプだったのだろうが、弓塚はどうだかは分からない。起こして、二度寝するようなら止めないでおくか。
そう思案しつつグリルの中の焼き鮭の様子を確認する。
片面が良い色に焼けていた為、裏返してもとに戻してから弓塚を起こしに行く。
「弓塚さん、朝だよ」
「うぅん。んん」
弓塚は少し眉をしかめて寝返りをうつ。やれやれ、これは起こすのが大変になりそうだな。そう思いながらもう一度、今度は肩を揺さぶって起こす事にする。
「おーい、弓塚さん。朝だよ」
手を肩に当てようとすると、俺の手をばっと弓塚が掴んで引っ張った。
弓塚は一瞬で上体を起こし、俺の身体を胸で受け止める。
「起きてるよぉ~、志貴くん。おはよ」
「あ、あぁ」
胸に顔を埋めているせいで、よく分からないけれど。とにかく何かに例えられない程の絶妙な柔らさって事と、がっしりと腕で俺の頭を押さえつけてるというのは分かる。殺すつもりで締め上げてるようではなく、俺が離れないようにしているのだろう。
「いや、起きてたなら良いんだけど」
とにかくこの男を、いや人間を駄目にしてしまう柔らかさから抜け出そうと弓塚から身体を離そうとする。
「ん、だぁめ。志貴くん、昨日言った事守ってないから」
昨日言った事?なんだ、なんだっけ。きっと思い出すまで離してくれないだろうと思い、そのままの体勢で考える。
昨日、弓塚がタタリと戦ってるところに出会って。俺がタタリを殺して、弓塚と再開して。そしてシオンと合流して、帰宅したと。
「志・貴・く・ん」
弓塚はゆっくりと、そしてはっきり俺の名前を呼ぶ。名前──そうか、名前か。
「あぁ──ごめん、さつき」
そう俺が呼ぶと、さつきが俺へのホールドを解いた。
「うん、よろしい」
ばっと身体を離してさつきの顔を見ると、普段以上の満面の笑顔をしていた。
アルクェイドもそうだけど、吸血鬼ってのは唐突にイタズラでもしたくなる病でも患ってるのだろうか。
とにかく焼き鮭の具合が心配になって立ち上がる。
「とりあえず、シオンが今風呂に入ってるからその後に顔を洗ってくれ」
「私ならもう出てますよ」
シオンはもう自分の服に着替えたまま、腕を組んで壁にもたれ掛かっていた。
「あー、シオン。いつから?」
「途中からだと思いますが、さつきが貴方の名前を呼んでいた辺りです」
シオンは不敵な笑みで語る──ああ、出歯亀が好きなタイプだな、こいつ。
半ば呆れながらキッチンへと戻る俺、対してシオンは俺とすれ違うようにして居間へと向かう。
「どうでしたか?」
「は?!」
イキナリの事でビックリした。意地の悪い顔つきでシオンは俺を見る。
どう、とはどうなんだろう。ナニがどうなんだろう。関係性なんだろうか、それとも。いや、シオンに限ってそんな下品な事を聞くとは思えないんだが。
「いえ、何でもありません」
シオンはそういうと、頬を赤くして居間へと戻った。
俺は呆気に取られながら、シオンの方を見ていた。
その先ではさつきが律儀に布団を畳んでおり、シオンがそれを見てさつきにやり方を聞きながら畳みだした。
その光景に、ホームステイしてきた留学生を見るような新鮮で面映ゆい感覚がした。
「いやまずい、こうしちゃいられない」
言葉に出して直ぐに考えを変える。今の俺に重要なのは、頭を包んでいた二つの山の柔らかさでは無く、グリルの鮭の焼き加減なのだ。
キッチンに急いで戻ってグリルを開ける。
「あー……」
4匹入れていた鮭の中で、一番奥に置いていたやつが少し焦げていた。
しょうがない、これは俺のにしよう。
あの罪作りな柔らかさを堪能した代償と思えば、安いものだ。