Melty Blood Another   作:Unknown37564

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 何でも無い、どこにでもいる普通の学生だった。

 体育用具倉庫での、あのなんてことのない出来事が、私に彼を──『遠野志貴』という少年を意識させた。

 それから、中学、高校。学校へ行き、友人と他愛のない話に花を咲かせ、テレビに映る遠い世界の事件を眺める。

 自分がそんな世界へ飛び込む事なんて、これっぽっちも考えたこと無かった。

 そんな、ガラス細工のように脆くて、けれど温かい日常が、私は大好きだった。

 

──ある日。お父さんの誕生日を祝うために、ホテルのレストランへ向かった。

 それが、私の知る世界(にちじょう)の『終焉』であり、地獄の『幕開け』。

 

 

 

 お父さんの運転するセダンの後部座席に私は座っていた。

 乗り換えたばかりでピカピカの車窓には、夜の帳が下りた一面の田んぼが映り込んでいた。

 その水面は月明かりに照らされて、冷たい光を放ちながら窓に映り込んでいた。

 満腹感から少し眠くなっていた私は、ドアにもたれ掛かってうとうとし始めていた。

 

「うわあ!!!!!」

 

 お父さんがいきなり大声を挙げたのではっと起きようとしたら。

 

──がしゃーん!!

 何度もニュースで聞いた事のある金属がひしゃげる轟音。

 

 重力が、上下が、世界の法則がかき混ぜられた車内。

 

 怖い!

 

――そう思った瞬間に、私の意識は硬質な闇に叩きつけられた。

 

 

──気づいたら横倒しになった車の中にくの字に折れ曲がっていた。

 手、耳、左目、鼻、ありとあらゆるところが、まるで焼けた鉄を流し込まれたような痛みが駆け巡る。

 視界が赤に染まり、よく見えない。

 まぶたを擦ろうとして、私は自分の手を見た。

 

──赤い、花。

 

 そこには、ケイトウの花のように、無惨に、鮮やかに裂けた肉があった。

 それが自分の手だと認識した瞬間、脳が沸騰するような痛みが脊髄から迸り、正気を手放しそうになった。

 

「きゃああああああああああああああ!!!!!」

 

 耳を裂く悲鳴───お母さん!

 思考もおぼつかないまま、必死に立ち上がって窓から顔を出した。

 ───よく考えればおかしな話だった、お父さんもお母さんも、何故その時車内にいなかったのか。

 普通の自体ではないという事も、痛みと状況によってすっかり気が動転した私に知る由も無かった──。

 

──身長2メートル以上はあるだろう黒色のトレンチコートを着た大男。

 大男のお腹から生えてる角のような腕。

 その先端に、血まみれでお腹を貫かれたお母さん。

 大男の足元に転がるお父さんに群がる、犬や鹿、ワニのような漆黒の獣の群れ。

 そんな現場を、月明かりがまるでスポットライトのように照らし出していた。

 私は咄嗟に車の中に引っ込んだ。

 

 理屈でどうこうじゃなくて考えるより先に身体が理解した、危険だと。

 

──何? 何何何何何何何? 何で何で何で何で何で?

 

 どうしてこうなったのかわからないけど、声をあげたら、殺される!

 

 目を瞑って耳を手で塞ぐ。ぐちゃぐちゃの手では抑えられてるかどうかもわからなかったけど、そんな事を気にしてる余裕もなかった。

 

──ドックンドックンドックンドックン!

 鼓膜を直接打ち抜くような心臓の早鐘。

 

──ぐちゃ、ぐちゃぐちゃ、ぐちゃぐちゃぐちゃ!

 骨も、鉄さえも噛み砕くような、凄まじい咀嚼音。

 

 ───バウバウ! バウバウバウ!

 指を耳で塞いでいるのに、大型犬のような鳴き声がまるで近くに──。

 

 咄嗟に上を見上げた先の、犬の口内は闇夜よりも深く、暗かった。

 

 

 意識を取り戻したのは、見らぬ路地裏。

 ひどく寒くて、身体のあちこちが痛くて、身体の内側が全部ひっくり返りそうなほど気持ち悪くて。

 そんな日がずっと続いて、苦しすぎて、もういっそ殺してほしかった。

 あんまりに辛くて、思い切り地面を叩くとアスファルトが無造作に爆ぜた。

 その非現実さが私をより思考の泥沼へ叩き落とす。

 私は悪い夢を見てるんだ。そうだ、そうでなきゃおかしい──。

 それからひたすら眠ってこの気持ち悪さに耐えた。

 そうしてずっと横になり続けてたある時、路地裏の隙間から街頭のテレビが目に入った。

 きちんと見てないけれど、それは私たちが事故にあったっていうニュース。

 それを見て──私の中の大切な何かが、音を立てて崩壊した。

 

 

 

          ◇

 

 

 

「そうして化け物になってしまった私は、『吸血鬼』だとか『余所者』を相手する夜の住人になりました、と」

 

 さつきは精一杯胸を張って誇らしげにしてみせるが、あまりにも酷い話にとても聞いていられず俺は顔をしかめた。

 俺はアルクェイドを衝動によって殺したあの日から、普通に生きていくという道から外れた。

 自分の意思では無いかもしれないけど、それでも俺がやった事だから、地獄に落ちたって仕方ないだろうと覚悟してる。

 けれど、さつきはこんな目に合うほどの何かをしたわけではない筈なのに。

 もがき苦しみながら必死に生き足掻かねばならなくなったのは、ただの女子高生にはあまりに惨い仕打ちだろう。

 

 「本当に唯の日本の高校生だというのなら残酷なまでの天賦の才ですね…。魔術への理解も無く固有結界を会得しているとは」

 

 「え、こゆうけっかい? 何それ?」

 

 さつきの回答にシオンは思わず手で頭を覆ってしまった。

 まぁ無理もない、魔術師にとっては最奥と呼ばれる技術を、吸血鬼になったとはいえ一般人にやられたらこうもなるだろう。

 

 「……後で説明します、それでは次に私のことを話します」

 

 シオンはお茶に一口つけてから話し始めた。

 

 

 

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