Melty Blood Another 作:Unknown37564
"シオン・エルトナム・ソカリス。これを次期院長候補と任命する"
勅令を告げる学長はいつも通りの渋い顔。
その他大勢の院生と教官は目を見開いていた。
ざわめきは収まらず、何百という視線が私に向けられた。
まさか、という驚愕。
許されない、という避難。
信じられない、という否定。
言葉にならない声は、全魔術で言う呪詛のようだ。
"シオン・エルトナムは、以後シオン・エルトナム・アトラシアと称するように。彼の者には教官の資格が与えられ、扱いは特使と同格である"
学長の言葉は絶対だ。
それは権威から来る物だけではなく、言語そのものに絶対的な命令権が含まれている為だろう。
院生たちは抗議を呑み込んで、ただ私を睨みつけるばかりだった。
私に格別変化はない。
議会道の中で平静を保っていたのは学長と私だけだった。
他の者達──院生ばかりか教官たちまで、あり得ない出来事に言葉を失っていた。
それも当然だろう。
私はこの時、シオン・エルトナム・アトラシアとなった。
名にアトラスを冠する錬金術師はこの学院における代表と同意だ。
それが院生の中から、しかもエルトナムの者に与えられようとは誰が予測しただろう。
事前にアトラシアに選ばれると報されていた訳では無い。
単に今のアトラス協会の中で、後継者に必要な能力を持っている人間が私以外にいなかっただけ。
驚くというより、当然過ぎて退屈だった。
──それからの生活は、一体何が変わっただろう。
私の環境に変化は無かった。
私の家であるエルトナムは没落貴族で、周囲からの軽蔑は相変わらずだ。
私は優れた生徒であることを証明して、先祖が冒した罪を帳消しにしている。
周囲の人間は私を排除したがっていて、私が優等生である以上は無視するしか無く、
アトラシアとなった私は、彼等を排除できる立場になった。
彼等は私の報復を怖れたらしい。
彼等がした事と同じ妨害が返ってくると予想したのだろう。
侮らないで貰いたかった。私は貴族だ。
罪人とはいえエルトナムは貴い血を伝える一族なのだから、私情で権力を振るうことなど無い。
そもそも、私は彼等に対して何の感情も抱いていない。
私は、私を遠ざけようとした彼等を、望み通りに遠ざけた。
それも以前と変わらない。
私は誰も必要していないのだから、彼等と関わる必要がない。
私は予てから必要だった研究室を貰い、優れた生徒であり続けた。
それが今から8年前の出来事だった。
◇
「錬金術の大御所、アトラス院の次期後継者か。」
容姿からは想像もつかない凄い肩書が飛び出してきたな、と俺は感嘆した。
かつて先輩から教わったことがある、魔術師を管理する三大組織──確かイギリスを本拠地とする時計塔、北欧を根城とする彷徨海、そしてシオンの言ったアトラス院。
シオンの語った事に嘘がないのだとすれば、本当に吸血鬼化の治療に対する希望が持てるのかもしれない。
だとして、一つ疑問に思ったことが出てきたので聞いてみた。
「話の腰を折るようで悪いんだけど、君、泊まる所にも苦労してるようだけど学院からバックアップを受けてないのかい?」
「その事ですが──私が吸血鬼化の治療を目指しているのも、私がここで孤立無援だったのも、全ては3年前に起因します」
そうしてシオンはお茶にまた口をつけて語りだした。
◇
どうして私は志願したのか。
アレが発生したのは西欧の農村。
錬金術師が必要だったのなら、プラハの錬金術師を選抜すれば良い。
だというのに教会は我々アトラス学院に協力を要請した。
私は自ら手を挙げた。
彼等は計算が必要だと言ったから、私が計算してやろうと思ったのだ。
そう、私たちは計算しなくてはならない。
それこそがアトラスの錬金術師の基本であり全てだ。
魔力回路が乏しい私たちは、魔力による神秘の実行は出来ない。
だからこそ、唯一自由になる脳による神秘を実現させるのだ。
私たちは星を読み、風を読み、人を読み、世界を読む。
しかし──思えばその驕りこそが、私の人生最大の失敗に繋がるのだった。