Melty Blood Another 作:Unknown37564
「水、を……!」
水分を求めて走った。
夜の森を走った。
山道は険しく、周囲は地獄だった。
歩き慣れた砂漠に比べれば、木々が乱立した山道は針の山みたいだった。
同行していた騎士たちは皆死んだ。
生き残りはいそうになかった。
村に戻れた。
村人は皆死んだ。
井戸は枯れていた。
川は死体で埋まっていた。
それでも、水を求めて地面を這った。
「あ、はあ、あ……!」
咽ても飲んだ。生き返るようだった。
そのうち何かが絡みついた。
服のようなそれは、際限無く絡みついてきた。
邪魔なので何度も引っ張った。
剥がしても剥がしても、水には布が絡まってきた。
川に口をつけるたびに絡まってくる。
はがしてもはがしても、ずる、と指に絡まってくる。
それは。
る。
皮膚だった。布状になった人間だったモノの亡骸。
つまり死体。
だらしなくずるずると敷き詰められ押し込められ弛みきった何百人という人間の
「は、あ………!」
──それでも、水が欲しくて飲んだ。
川につまったずるずるが邪魔でも口をつけた。
着ぐるみのような顔が滑稽だった。
そう、骨抜き 肉無し 内蔵空っぽ。
衣服みたいになった人間で川は埋め尽くされていた。
人々は飲み尽くされた。
血液ごと、あの吸血鬼に飲み尽くされたんだ。
──なんてアクム、まるでタタリ。
「アトラシア。おまえだけでも生き残れ。」
騎士団の一人、唯一の友人──リーズバイフェ・ストリンドヴァリが言った。
盾の騎士、女性だった。
だから生き残れた、自分と同じ。
逃がしてもらった。
彼女は、おそらく──。
山道を走った。
夜明けまで走った。
出口など無かった。
呪いは自身に返る。
私を呪う私は、私から逃げられない。
目の前には
──真っ黒い貌の"何か"が。
ごくごくと飲んでいた。
飲み込む以上の血液を、それは両目からこぼしていた。
だから足りない。
幾ら飲んでも満たされない。
「キ、キキ、キキキキキ………………!」
血の涙を流しながらソレは笑った。
黒翼がはためく。
黒い目がにじり寄る。
ぼたぼたと赤黒い血が零れていく。
──もうじき夜明け。
逃げようと這った足首に
ぬたり、と。
泣き笑いをする飲血鬼が──
◇
「──三年前。『それ』はイタリアの片田舎に発生しました。
今まで『それ』を放置していた教会も、流石にお膝元で吸血鬼による殺戮を起こさせたくなかったのでしょう。彼等は、『それ』の対抗策の一つとして、アトラス院に協力を求めてきた。私は教会の助言役として志願しました。『それ』に興味があったわけでもなく、ただ外の世界に出て新しい情報が欲しかっただけだったんです……そうして、私は『それ』と遭遇した」
シオンは自分の肩を抱いて辛そうな表情で説明を続ける。
ベランダの窓から差す光芒は彼女の肩付近を掠め、顔に落ちる影が一層辛そうに見える。
「そこに派遣された騎士団は全滅、村民も悉く血を吸われて死に絶え、私も──」
彼女の行動、おかれた現状の全てに納得がいった。
「君は、その件で死徒になってしまったが故に治療法を求めてアトラスを出奔した」
「──はい。魔術協会という組織にはそれぞれ戒律が存在していますが、アトラス院の戒律は唯一。それを破ったものは厳罰に処されます。その戒律とは、アトラス内での研究を流出させることです」
最初の方は真剣に聞いていたさつきも遂に俺とシオンの顔を交互に見比べてしまっていた。今後のためにもさつきにも理解してもらわないといけない。
「吸血鬼化の治療法を探す為に自分の研究情報を交換材料にした、それがアトラスの戒律に触れていた上に更に出奔までした…。なるほど確かにバックアップはおろかお尋ね者だから身を潜める必要もある、か」
日本はスパイ大国と呼ばれるぐらい簡単に入国してしまうことができる関係上、外国から刺客が送られる可能性も否定できないわけか。ここに来たのもきっと藁をも掴む思いだったに違いない。
「結論から聞くけど、"それ"は俺の眼で殺せるのか?」
「不可能でしょう。存在ではなく概念なので」
「概念か。概念とくると流石に俺もどうしようもないな。風や雨などの自然現象に死の線が視えないように、"それ"が生じさせる物事はこれで捉えられても『それ』そのものは捉えられない」
「そういう事です」
「えーっと、ちょっと質問なんだけど」
さつきが恐縮しながら俺とシオンを交互に見ながら挙手する。
「はい、どうぞ。さつき」
「えっとね、"それ"ってさっきから言ってるけどもしかして言葉にするとまずいからそうしてる感じなのかな?そもそもどういう死徒なのかイマイチ見えてこないんだけど」
ああ、そうか。さつきは俺と違って事前情報が無いんだったな。
丁度俺も具体的なタタリの詳細が聞きたかったのでシオンに目配せして説明を促した。
「では説明します。『タタリ』、語源はこの国の呪いでしょう。またの名を『ワラキアの夜』と呼ばれる死徒二十七祖のナンバー・13。ある一定の条件が揃わなければ永遠に現れないが、条件さえ揃えば永遠に存在する。それが『ワラキアの夜』が体現した不老不死です」
「……死徒でさえ永遠ではないが故に永遠を求める、か」
「それは転生無限者ロアの言葉ですね。ええ、『ワラキアの夜』は彼にとても酷似しています。永遠を自己にではなく他者に依存した点が。死徒は不老不死ではありますが、永遠ではありません。他者の血を飲み続けなければ保てない不老不死は、その実不老でも不死でもないのですから。多くの祖はその不完全さを完全にするために手段を講じ、いまだ完成に至っていない。そんな中、自身に永遠を課すのではなく、他者に依存する永遠を試みた死徒がいました」
「他人に転生するロアと──」
「『ワラキアの夜』ズェピア・エルトナム・オベローン。彼はロアとは別のアプローチで、他者に依存する永遠を実現しようとしました。限られた区間で人々の噂、不安を摘出し、その通りに吸血行為を行う」
ズェピア・エルトナムの名を聞いて俺もさつきもぎょっとさせられる。
「エルトナムって、シオンと同じ……」
「はい、ワラキアの夜の前身、祖の一人であった吸血鬼ズェピアは私の祖先です。正確には三代前のエルトナム当主、稀代の錬金術師と謳われた人物でした」
「じゃあシオンがタタリ……ワラキアの夜を倒そうとするのって……」
さつきが言葉を濁しながら聞くも、シオンは首を横に振る。
「確かにズェピアはエルトナムの名誉を汚しました。奴はアトラスの禁を破り外界で研究を重ね、その果に吸血鬼になった。その結果、アトラスにおけるエルトナム家の権威は失墜した。体よく言えばエルトナムの物は一生消えない罪を負わされた、というところでしょう」
シオンは湯呑の中にの深緑を見つめながら語り続ける。
「先程も述べたように、私はあの時ワラキアの夜に噛まれました。シオン・エルトナムの体は、もう半分以上吸血鬼化しているのです。ですが、ワラキアの夜は吸血鬼でありながら吸血鬼でない半端な存在。アレは何年かに一度現れた夜にのみ、吸血鬼として存在します。そのおかげか、私はまだ完全に吸血鬼化していない。親であるワラキアの夜の影響を、三年前から一度も受けていないのですから。」
「……死徒に血を吸われた人間は親である死徒の命令に従って血を吸って、徐々に自立していくんだっけ」
「え?!そうだったの?!」
俺の補足にさつきが驚く。それはそうだ、当人はいつの間にか死徒とかいう得体のしれないよくわからない怪物になってたんだから。
「はい、そうですよさつき。貴方が現在吸血鬼衝動に駆られていないのはそこにいる志貴が、貴方を吸血鬼にした人物を斃してるからです」
「なんだ、そうだったんだ。もうあのひどい渇きはこないと思ってもいいんだぁ」
さつきはほっと胸を撫で下ろすが、死徒でいるという事はそんな単純な話ではない。
「さつき、本当に言いにくいんだけど。死徒という存在は人間を超越した存在だ。それはわかるか?」
「うん!だってスーパーマンみたいな力が出せるんだもん!」
二の腕を挙げて自分の力を自慢するさつきに、少し微笑ましくなって説明を辞めたくなったが本人の為にも言わなければ。
「人間を超越した代償として、急速に肉体が劣化していくんです。それを補うために吸血して遺伝情報を取り込み、肉体を固定させる。言い方を変えれば『エネルギーを補給し続ける必要のある不老不死』です」
「……まぁ、代償も無しにこんな力もらえませんよねー」
シオンの言葉にさつきががっくりと項垂れてしまった。
「何、心配しなくて良い。知り合いに医者がいるんだ。血液ぐらい取り寄せるのはできるだろうから当面はそれで凌げる」
宗玄の爺さんならきっと血液ぐらい手配するのは簡単だろう。裏社会に伝手のある人物だし。
「えぇ?!志貴くんそんな人とも交流あるの?ちょっと怖いよ……」
「いや、たまたま主治医がそういう人だったってだけで、俺がそういう人たちと積極的に交流してるわけじゃ……。話の腰が折れてすまない。シオン、続けてくれ。」
お茶を呑みながらこちらの会話を見ていたシオンが、湯呑を置いていすまいを正した。
「はい。さつきの場合は志貴が親を斃した事で吸血衝動は抑えられてるようですね。しかし私の場合は親が親なので。少しずつ吸血鬼化していく体に我慢してこれまで治療法を探し続けていました。もしワラキアの夜が顕現し、彼が吸血衝動を送ってきたら抗えないですから──二人とも、これが私のタタリを追う理由です。私はワラキアの夜に噛まれた人間。その意味を、貴方たちなら理解してくれる筈です」
「──最悪の場合、シオンはワラキアの言いなりになるってことか」
「はい、その時は躊躇わず私を殺してください。二人ならあるいはワラキアの夜を倒せる。私が残るよりはそれが正しい」
シオンの発言に、黙って聞いていたさつきが刃のような視線をシオンに刺した。
「シオン。シオンはワラキアに勝てないと思ってるの?」
「──そんな訳が無い。勝つ気が無いならとっくに命を絶っています。アトラスの錬金術師にとって勝負とは勝つためにするものです」
さつきの問いかけにシオンは一瞬引いたように見えたが、すぐに臆すること無く毅然とした態度を取り直す。
「そっか、なら良いんだ。もし負ける事が前提だったらそのふざけた考えを正さないとって思ったんだけど」
さっきまで張り詰めた空気を纏ったさつきはまたいつもの柔らかい笑顔をしていたが、俺にはそれがひどく恐ろしく思えた。
戦いとは、人をここまで変えてしまうものなのか。俺もまた、そうだったのかもしれない。
「さて、それじゃあそろそろ俺の話をするか」
俺の言葉にさつきとシオンは神妙な面持ちでこちらを向き直った。