Melty Blood Another   作:Unknown37564

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 目覚ましの音で目蓋が開かぬままはっと飛び起きた。

 

 まぶたをこすって無理やり目をこじ開けつつ枕元の眼鏡をかける。

 

 時計を見ると時刻は五時半。

 三咲町近郊、中古の1LDKの平屋である六畳ほどの居間兼寝室へ、鈍い太陽の光が差し込む。

 

 寝汗でぐっしょりと濡れた体が気持ち悪くて、布団から起き上がった。

──あれは夢だ。かつての俺の出来事。すぐに分かる。だって、俺は、

 

「助けられなかった……」

 

 額の汗を袖で拭いながら、一人寂しく言葉を零した。

 

 寝間着のまま寝室を出てキッチンへ直行した。

 フライパンに油を注いで、火をかけたまま流し台で顔を洗う。

 顔を拭いたタオルをそのまま首にかけ、冷蔵庫から卵と薄切りベーコンを二つずつ出す。

 卵を流し台に置いてベーコンをフライパンにしき、流れでケトルに水を注いで居間に出向いてセットした。

──改めて自分の手際の良さに少しおかしくなって笑えてきた。昔はこんな風にちゃんと料理するなんて事、考えることもしなかった。

 

 台所に戻り卵をフライパンに投入し、火を弱火にして水を垂らして蓋をする。

 蒸らす時間でテレビのリモコンを探す。

 キッチンの向かい、リビングの机の上にあったテレビのリモコンで電源をつけて、学生服のズボンだけを着替える。

 

「吸血鬼騒動の再来でしょうか。今日未明、三咲市役所付近において男性の遺体が発見されました。遺体の損傷は激しく全身から血液が抜かれた状態となっており、未だにこの被害者男性の身元は判明していないとの事です」

 

 ニュースに釘付けになっている内にジューという焼ける音が耳に入る。そろそろ目玉焼きが、と思った時。

───どくん、と心臓が強く打つ。

 

「うっ…」

 

 動悸が激しくなり、そのまま床に膝をつく。

 胸が苦しい。

 どくんどくんと早鐘を打つ。

 それが頭にまで響いてきて頭痛までする。

 これは──。

 

 顔を上げて寝室の方を見る。

 朱髪の寝間着姿の死の線──秋葉。

 開いた戸の前で呆然とこちらを見ていた。

 直立したまま、無表情。

 何も考えていない。

 見ているようで、視ていない。

 

「秋…葉っ………」

 

 がむしゃらに、ふらふらと身体を起こしながら秋葉に近寄る。

 秋葉は動かずに呆けた表情で俺を見ている。

 なんとか秋葉に近寄って肩に手をやる。

 

「……秋葉、まだ寝てる時間だぞ。布団──」

 

 言いかけた瞬間──秋葉は思い切り俺の首筋に噛み付いてきた。

 

「うっ…!」

 

 鋭い痛みが首筋に走る。毎度の事ながら慣れる事は無く、うめき声をあげてしまう。

 秋葉はそのまま俺の血を吸い続けて大人しくしている。

 抱きしめるようにして布団の方に一緒に歩いていき、そのまま布団に秋葉もろとも自分ごと横になった。

 

 頭痛と心臓の痛みが引いてきた頃、秋葉は満足したのかそのまま目を閉じて寝始めた。

 体を起こして秋葉に布団を掛け直すと、俺は駆け足でキッチンへ戻った。

 フライパンの蓋を開けて確認したが……。

 

「はぁ。まぁ、少し焦げたぐらいなら…問題ない、な」

 

 フライパンの中の潰れた太陽は、ふちが炭化していた。

 

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 

 

──────終礼のチャイムを告げる鐘が頭の中で反芻する。

 

 連日体調が悪い俺は、また授業でうたた寝をしていたようだ。熱中症対策のための換気による九月の涼風が上体を起こす意識を手伝う。

 

 机に突っ伏した顔を気怠げにあげる。

 有彦が俺に侮蔑の眼差しを向けながら教室を出ていった。

 九月の始業式から弓塚を探しにいかないかと誘われるのを断って三度、ついに有彦は俺と口を聞かなくなった。

 

 先輩は『あの日』より姿をくらました。

 家に帰ればそこには言葉を交わすことが出来なくなってしまった義妹がいて。

 俺の日常は、吸血鬼騒動という津波で何もかも流されていった。

 

───そういえば自習中に前の席の奴がしていた話で、塾の帰路についていた夜十時頃に、神社でうちの高校の制服を着ていた女子高生がいたとか。問題なのが、その女子高生が失踪した弓塚にそっくりだったそうだ。

 

───期待はしちゃいない。

 俺なんかが何をやってもどうせ何も得られないし、何も変えられない。

 俺は身体も心も、完全に錆びついてしまっていた。

 

 教科書を鞄にまとめて、教室を後にする。

 

 おかえりが返ってこない、あの家へ帰るために。

 

 

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 

 

 遠野邸とは別の帰路、一面に田んぼが広がる田舎道を歩く俺を夕日が照らす。

 

 ふと、背を向けて小さくなった学校と夕日を見る。

───四季、いやロアとの戦いで琥珀さんと翡翠は重症を負ってしまい、秋葉も遠野寄りが進んでしまった。なんとかしようとその後の学校に駆けつけるもアルクェイドを死なせてしまい、先輩もあの戦いで消息を絶ってしまった。

 

 かつての遠野邸は維持ができなくなって売り払った。

 思い出の場所だから家政婦さんを雇ってみようかとも思った。しかし、昔から人付き合いの出来ない俺だ。今更新しい家政婦と馬が合うとは思えず、結局解体もせずに土地だけを売り払った。

 

──夕焼けを見る。世界中であの日没の太陽の色を表現する言葉がある。

 

──曰く、燃えるように。

 

──曰く、朱鷺色のように。

 

──曰く、爛れたように。

 

 弓塚と帰ったあの日の夕日は、優しい橙色だったように感じたと思う。けれど今の俺には、あの夕焼けは血のように赤く思えた。

 

──例の神社までの道のりは遠野邸の方で、こちらの方向ではない。

……別に、見に行きたい訳じゃない。だけど、それがもしアレなのだとすれば行ってみた方が良いのかもしれない。

 

「………いや」

 

 見たほうが、じゃない。見に行かなきゃいけない。俺の、過去のけじめとして。

 

 思案にふける内に、遂にくたびれた我が家へとたどり着いた。

 今日も特に秋葉が動いている様子も無く、辺りは静かで虫の音さえ聞こえない。

 玄関はアパートのようなポストが着いたものになっていて、重く軋んだ音がする開き戸だ。立て付けのせいか、鍵を差し込むのにも一苦労するのをやっと廻して、家の中へと入っていった。

 

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 

 ご飯、葱とわかめの味噌汁と焼き鯖、そして簡単なサラダが一人分だけ、居間の座卓に置かれている。その前には座布団に座った俺と、座椅子にもたれるように座った秋葉がいる。

 

 秋葉は口が半開きのまま無表情で食卓の膳を茫と見つめている。

 俺は焼き鯖を箸で割って、口で吹いて冷ましてから秋葉の口元に持っていく。

 

「ほら、秋葉」

 

 秋葉は俺の言葉に反応してか、口が開かれて俺の箸を受け入れて咀嚼しだす。

 

──昔はもっと酷かった。血液だけしか飲まない秋葉になんとか食べさせてやる為に、最初はおかゆやゼリー状のものを与えようとしたが拒絶されて噛みつかれて。

 昼間に突然暴れようとしたりして、拘束したとしても檻髪の力で無理やりまた暴れまわる。一度は本当に殺し合いに近いところまでになったこともあった。

 

 何度も頭を抱えて悩んだ。

 こうなってしまった秋葉が生き続けている事に、もし本人が見たらどんな思いをしているだろうと。

 

 何度も頭にきた。

 あれだけ才名だった自分の義妹(いもうと)が、こんなになってしまった事に対しての己の不甲斐なさとやるせなさに。

 

 何度も涙した。

 本人はいっそ殺してくれとでも言うのだろうか、そんな意思決定さえもできない状況になってしまった事に。

 

 秋葉に生きていて欲しいというのは俺の我儘でしか無いのだろうか。

 

 もう俺の手で楽にしてやった方が良いのかと。

 何度も、何度も考えた──。

 

 咀嚼を終えて呆然とする秋葉の側に寄り添って肩を抱く。

 秋葉は俺に身体を預け、そのまま抱き上げて布団へ運ぶ。

 

──今でも思わなくは無い。

 だけどそれでもなんとか、まだ何か無いかと足掻いている。

 秋葉は俺が遠野の家に帰ってくる為に沢山の苦難を超えてきた。俺や四季が居なくなってからひとりぼっちになって。年若いにも関わらず当主としての仕事をこなして、ずっと頑張ってきた。

 きっと辛く苦しかっただろうに。

 悲しかっただろうに。

 不安だったろうに。

 怖かっただろうに。

 それを思えば俺が今悩んでいる事なんて些細な事でしかない。

 秋葉は八年間も頑張ったんだ、兄貴である俺がここでへこたれてどうする。先に逝った四季にも全く面目が立たない。

 

 秋葉を布団に寝かせて、掛け布団をかける。

 

「…お前がどんな風になっても。俺はずっと、お前の兄貴だ。たとえ、このままお前が元に戻らなかったとしても………」

 

 沢山の取りこぼしてしまったものの中で。たった一つだけ残せたものを、台無しにしてしまわないように。青白い秋葉の頬を撫でた。

 

 

 

 

          ◇

 

 

 

 

 二十二時、暗闇の道路を一人歩く。

 秋口への差し掛かりによる肌寒さを感じていた。

 コンビニで電熱公費の支払いを済ませた帰り道だった。

 

 一万二千円の領収書を見ながら、将来への思いを馳せる。遠野の財産は株などを全て売り払い、秋葉から俺への相続税を払っても九桁に届くところ。贅沢な使い方をしなければ、およそ十年は余裕で預金だけで生きていける計算になっている。しかも今の俺は『太い稼ぎ』もあって、この預金は減るどころか増えてく一方である。

 

 最も──俺はそんな先まで生きてはいないだろう。

 俺は主治医の時南の爺さんから──もって数年と宣告されてしまっていた。

 

 自動車の免許は勿論の事、生来の持病もあってほとんどの職に就くことが困難だろうとドクターストップを受けている。高校三年生になり、進路の事を教師から問われてもぴんとこないのも理由がそこにある。

 

 なにより俺には、秋葉が衰弱して亡くなるのを見守っていく時間さえ無い。

 この命が尽きる前に、結論を出さなくてはならない。

 

 

 秋葉を救うためにこの命を使い潰すか、それとも秋葉と共に逝くか。

 

 

 俺の行く末は、目の前に広がるこの闇夜のようなものだった。

 

 

 

 

 

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