Melty Blood Another 作:Unknown37564
さつきが出て行って半日が経ち、流石に心配になった私は迎えに行く事にした。
──いや、正確には。
先刻の志貴の痛々しい姿を見せられて、ようやく私は"遠野志貴"という人物の人間性に触れられたような気がして、それが嬉しくて。彼の為に何か出来ないか、と思い立って行動に起こしたのだ。
──そうして、昨日タタリと戦った公園に足を運んだ。エーテライトで彼女がどこにいるかは把握していたからだ。
さつきは、ベンチに腰かけてうなだれていた。
「──さつき」
「──あぁ、シオン」
さつきはぎこちない作り笑いと共に、重い溜息をついて、また項垂れる。
私は、道すがら購入したペットボトルのお茶を差し出した。
「こちらをどうぞ。志貴からです」
「あ、ありがとう……」
さつきはお茶を受け取るも、どこか上の空でじっとお茶を見つめていた。
「……隣、良いですか?」
「うん、どうぞ」
一人分の感覚を空けて腰かける。買ってきたペットボトルの紅茶を開栓して、一口飲んだ。
それに応じるようにさつきもお茶を開栓して一口つけるが、それからまた項垂れた。
──公園には、人の気配も車の走行音も無い。風も全く吹かず、辺りは曇天によって陰が落ちる。凍り付いたような静寂が、私たちを支配する。
そうして数分の沈黙の後、さつきは凍った静寂を割るように、口を開いた。
「──シオンは、わかってるんだよね」
「──えぇ」
言われなくても、わかっていた。彼女の沈黙の理由。
さつきにも、昨日の治療の際エーテライトの簡単な説明をしていた。
そしてエーテライトによって彼女の記憶───その『
「──貴方は、人を、殺した事がある」
「──うん」
◇
──とにかく、楽になりたい。
疲れた。もう終わりにしたい。何故か喉が渇いて仕方ない。苦しい。苦しい。
喉が、渇いた。
───若い男の人たちが、騒ぎながら路地に入ってくる。
姿は確認できない。
「てかさ──は?おいおい大丈夫かよ、ヤバいんじゃねこれ」
「もしもーし、ダイジョブですかー?」
「おいおい、あんま揺するとやばいんじゃね?」
肩を叩かれる。うっとうしい。苦しい。横たわった態勢から動けない。
うめき声を上げるのが精一杯だった。不快感。苛立ち。
内側からせり上がる名状しがたい"渇き"。
「あー、意識はあるんじゃん。大丈夫なんじゃね?」
「酔っぱらってんのか?でもこの制服って近くの高校のやつだから未成年だよな?俺ここ地元じゃねえからわかんねえけど見たことあるわ」
「平日だしサボってっからここにいるんだろ?クスリでもやってんじゃね?」
男の一人が、私の顎を持って、軽く動かす。
喉の渇き。お腹の不快感。募る苛立ち。
「え、てか暗くてわかんなかったけどめっちゃかわいいじゃん」
男の指が、私の胸を無遠慮に、汚らわしく弄り──その瞬間、反射という名の衝動が、腕を振るわせた。
──ぐしゃり、と。
私に触れていた
壁一面に、アカイロの塊がへばりつく。
まるで現代芸術のよう。美しくて、目が離せない。
「は?」
「おおおおお、おいおいおいおいおい!!! なんだこれ!! なん、だこれ!!!」
アカイロたちが、喚いている。
当たりに散らばる、目の前のアカイロが吹き出す、鮮やかなアカ。
その情報だけで脳ガ支配サレル。
「ハァ──ハァ──!」
呼吸が一層速クなる。渇きが止まらなくて、もう──────。
◇
「気がついたら、もう全部終わってて、私は化け物になっちゃった」
灰色の世界に、より一層彩りを奪うような、絶望を笑顔という形に固定した、痛々しい微笑み。
今の彼女にとって、自分が化け物になってしまった事も、人を殺した事も、些細な問題でしか無い。その程度の絶望は、既に日常の一部へと溶け込んだ。
しかし、だからこそ。
「──あなたの恐れは、遠野志貴に今の自分を受け入れて貰えると思えない、という事ですね?」
彼女は泣きそうな顔をぐっと抑え込むようにして、頭を抱えた。
「──だってそうでしょう? 私、生きる為だけじゃなくて……あいつらがムカついたから殺したんだよ。それはもう、人間の在り方じゃないんだもん」
──か細いエーテライトから、感じられる。
まともでいられなかった事を言い訳にした事への、深い失望。それを環境への適応だと納得した憎悪。そんな自分が彼の前で一人前の顔をしてしまったという、恥。
「彼自身も衝動で真祖の姫を衝動で殺害してしまったと言ってたでは無いですか」
気休めにもならないような言葉を投げかけてしまう。
己の対人経験の無さを、そしてそれを"無用"として切り捨てた己の愚かさを、今日ほど恨めしく思うことは無い。
「アルクェイド、さん、の場合は人間じゃないから……」
「殺害した対象が人であったか人外であったかの違いです。彼も同じ"我々"側ですよ」
「全然同じじゃないよ。今の志貴くんは狩る側で、私は狩られる側だよ」
──無意識の内に、高速思考を展開していた。
考えろ。弓塚さつきのこれまで、彼への心情、私とのやり取りでの思考の変化からくる機微を。
駄目だ。出会って日の浅い私の言葉では、上っ面だけの言葉に聞こえるのだろう。
エーテライトから読み取った、出会った時の心の高揚を、穏やかな学生としての日々を、路地裏で過ごした過酷な日々を、再開した時の灰色の気持ちをなぞる。
エーテライトで情報が読み取れたとて──相手のこれまでを把握できたからといって、その人がどんな思考をしたからそういう心情になったのかまでは、正確に演算しきれない。
彼は本当に弓塚さつきを殺めるだろうか?あの夕暮れでした問いかけは嘘なのか?
そもそも友人付き合いの経験が皆無の私に、気の利く言葉を選ぶ事は無理からぬことでは無いだろうか。
あの公園で肩を抱き合って泣いたあの二人が、私には眩しくて、羨ましく見えたのに。
あの時の二人の光景が。
──一つの解へと、導いた。
「さつき。彼と出会って日が浅い私でも、これだけは言えます」
生気の抜けた彼女の瞳を、真っ向から見据える。
「志貴は
「嘘、だって志貴くんはあの体育用具倉庫の時に面識の無い私たちの事も助けてくれたんだよ」
食ってかかる彼女の顔には、明確な拒絶があった。その面持ちはエーテライトを使わなくたって心情が汲み取れた。
お前に、遠野志貴の何がわかる、と。
「それは、彼が助けなかったという選択をした事により周りから批難を受けたくなかったが故でしょう」
「──と、志貴くんはそんな人じゃない!」
さつきは私の肩に掴みかかる。きっと力を抑えているのだろう、彼女の腕は小刻みに震えているが、その握力は凄まじく肩の筋肉を押しつぶす。このままでは筋挫傷をしてしまうかもしれないという激痛。だというのに、不思議と嬉しさがこみ上げた。
──そうか。志貴という友人が良い評価をされてることが、私は嬉しいんだ。それに気づけた時に、自然と口元が緩んだ。
「な、なにがおかしいの……」
「いえ──もう、解が出てるではないですか」
私はさつきの肩を掴み返してこう言った。
「志貴はそういう人じゃない。だから、きっと──大丈夫ですよ」
さつきは驚愕の顔をし、肩を掴む力を緩めた。ぽとり、とベンチに彼女の手が落ちる。
「そう、だね──そうだった、ね」
まだ少しぎこちない彼女の微笑みを、柔らかい陽が照らす。
太陽を覆い隠した厚い雲に一つの切れ間が入っていた事に、ようやく気づいた。