Melty Blood Another   作:Unknown37564

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【第四章】遠き日々
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 秋葉の面倒をシオンたちに任せて、俺は隣町に来ていた。

 一車線の側道、住宅も数多く並ぶ中を歩いて目的の喫茶店へと辿り着いた。

 時刻は十二時。お昼時であるにも関わらずドアプレートは準備中の表示。

 だが、ここでいい。これから接触する"ある人物"がこの喫茶店を気に入っており、貸切状態としているためだ。

 

──正直、気が重い。

 

 木造りのドアを押し入る。開閉の度にドアのフレームの木が、蝶番が軋んで音を立てる。

 その音色はこの喫茶店の時の重みを知らせるかのようだ。喫茶店ではお決まりの鈴の音、そしてコーヒーの香りが迎える。

 店内を見渡す。窓から入る鋭い日の光だけが店内を明るく照らしている。当然の如く客はおろか、店員もマスターもいない。カウンターに一人、コーヒーを飲みながら新聞を読む男を除いて。

 

──久我峰斗波(くがみね となみ)。七三分けの小太りな男で、身長は160センチ前半ぐらい。素人目から見ても質が良いと分かるダブルの背広(せびろ)姿。

 彼の容姿は世間一般でいうところの「成金」のそれに思われるだろうし、実際本当に成金だ。しかし、たった一つだけ唯の成金とは一線を画す点がある。

 それが目だ。彼の瞳はまるで深淵を覗いているかのように深く淀んで、しかし全てを呑み込んでしまうかのような力強さも感じられる。

 かつて彼の商談相手であろう人物とすれ違った時、その人物は死人のような顔をしていた。

 その直後に俺が入った時に見せた彼の目つきの鋭さは、なるほど確かに大企業のトップを務めるだけの説得力があった──。

 彼は俺を見つけると、読んでいた新聞を畳んで横におき、こちらへにたりと笑みを浮かべて手をあげた。

 

「おお、お待ちしていましたぞ」

 

 斗波は挙げた手で隣の席を指した。密会で話さねばならない会話である以上、声を絞って会話する必要もある。不本意であるが彼の隣に腰を下ろした。

 すかさず彼は卓上ベルを鳴らしてマスターを呼び出し、人差し指を立てる。

 奥から現れたマスターもそれを見て理解し、バリスタでコーヒーを淹れ始めた。

 

「妹さんのお加減は?」

 

「……変わらないさ、何も」

 

「……そうですか。彼女たちも相変わらずでして。脳波はあるようですが意識は……」

 

 斗波はコップの中の闇を見すえる。

──秋葉から、彼は盗撮癖がある変態だと聞かされていた。彼と会うのが気が重いというのはその点からだった。仕事の話だけならまともな人物なのだが、仕事以外となるとただ変態のおっさんでしかない。隙あらば猥談しようとしてくるので、いつもどう切り上げるか考えなくてはならない。

 しかしいざ協力を仰ぐと流石に社会人、その辺の分別はしっかりしていたようだ。の仕事ぶりは実際目を見張るものがあり、"仕事"をするにあたっての彼の情報力には寒気すら覚えるほどだ。その仕事に対する姿勢を信用して、現在琥珀さんと翡翠は久我峰グループの病院で面倒を見てもらっている。

 今回、彼にある人物の足取りと可能であればコンタクトを、という依頼も無理は承知で依頼していたのだ。

 

「どうぞ」

 

 ことり、とマスターが俺の前にコーヒーを差し出して奥へと引っ込んだ。マスターは前もって俺達が稼業の話をする事を事前に伝えてあり、余計な事を聞かないようにする為にコーヒーを淹れる以外でこちらに来ない。

 立ち上る湯気を吹き払い、一口つける。キリマンジャロといったか。鋭い酸味とそれを追いかける穏やかな苦みが、バスによって齎された微睡みを脳から剥ぎ取る。

 

「それで、接触できたのか?」

 

「はい、中々骨が折れましたが、何とか」

 

 ここへ来るようにとの連絡の時点で分かっていた事とはいえ、思わず瞠目する。その道の人間でも無いのに"彼女"に接触できたとは、やはりこの男は侮れない。

 

「先方は、直接会いたいと。これから指定場所と時刻を伝えますが、『くれぐれもメモを取ってはなりません』との事です」

 

「はぁ、覚えてられるかな」

 

「ええ、私もです。なので」

 

 と斗波はジャケットから財布を取り出す。

 

「──メモ、取っちゃいました」

 

 彼はにやりと笑いながら、財布の小銭入れの中から折りたたんだ紙片をこちらに差し出す。

 俺は失笑しつつメモを受け取り、その中身を確認する。

──書かれていた内容に、思わず眉を(ひそ)めた。

 

「まぁ、わかりますよ。その指定先は何とも」

 

 短く一呼吸し、それを手のひらで丸めて灰皿に放った。

 

「……よろしいので?」

 

「ああ。忘れようのない──時と場所だ」

 

 そうですか、と斗波はオイルライターを取り出してメモに火をつけた。

 俺はテーブルカウンターの角砂糖を一つ入れて、スプーンでコップの中の深い淵を掻き回す。

 指定場所は、俺の学校。時刻は深夜。かつてロアと殺り合った──死の満ちる時間だった。

 

 

 

          ◇

 

 

 

 深夜一時、三咲市内の高校。"対象の彼"と会うために、彼の教室にいる。

 学校特有の、木と消毒の臭い。きれいに整列された机たち。彼の使っている机を、そっと手で撫でる。

 かつてここを制服で通っていた日々が、彼と逢って夜の散歩をしながら話をした日が、遠い昔のように感じる。

 名目上は遠野(ロア)を探る為とはいえ、失われた青春が取り戻せたような──そんな眩しい日々だったように思える。

 今の私といえば、修道服に身を包んで黒鍵(えもの)を忍ばせている。

 正直、彼に会うのを今まで避けてしまっていた。

 彼がロアを仕留めたあの夜、崩壊した学校の隠蔽などの後始末に奔走していた。それから直ぐに教会からの呼び出しや任務での遠征が相次いで、結局彼に挨拶をする暇も無かった。

 今は件の死徒の顕現先が三咲市(ここ)だと特定できたので、土地勘のある私がまたここに戻ってきたのだ。

 本来ならまた暗示をかけて学校に潜伏すればいい。

 しかし、ここに潜伏するとなれば彼がいる。

 忙殺されて気づくことができなかった、彼がどんな状況におかれているか。

 私のお節介は、本当に余計なお世話で終わってしまっていた。

 こんな事なら無理してでも彼に挨拶をしてから離れるぐらいするべきだった。

 

 今宵、彼と会う。

 私は埋葬機関の代行者として。

 彼はこの地を納める実力者として。

 もう、先輩と後輩ではない。

 とはいえ──感傷に浸ってばかりではいられない。

 今のこの街は、いつどんな事が起こってもおかしくは無いのだから。

 

 窓を開けて腰掛ける。秋風が心地良い。

 大きく一つ深呼吸をして、片手で黒鍵を弄びながら夜空をぼうと眺めていた。

 ふと、何やらグラウンドの方で話し声が聞こえたので視線を下に向ける。

 後ろ姿から件の彼と認識した──が、彼が向き合う先に少女がいて話をしているようだ。

 離れているのでよく見えないが、黒い服装に大きな黒いリボンが見える。

──ざわ、と身の毛がよだつ。

 注意深く動向を観察する事にした。

 彼は自分のナイフを取り出すと、逆手持ちで振りかぶる態勢になった。

──動揺するよりも先に、身体は自然と彼の行動を阻害するための行動に出ていた。

 思い切り、黒鍵を放つ。びゅん──空気を裂く音。

 彼が襲いかかる一歩手前で、黒鍵は彼の足元近くに突き刺さる。

 反応がやや遅れて彼は飛び退き、遅れて少女も飛び退いた。

 窓から勢いよく跳躍し、彼等の近くに着地する。

 

「──始めまして、かな」

 

"彼の姿をした誰か"が、私に言う。

 

──薄々感づいていた。

 彼なら軽率にナイフを抜くという行動はしないだろうと。

 であるならばと、私の中にあった答えが目の前の人物が誰かを導き出す。

 

「……タタリ」

 

"彼の姿をしたタタリ"が、にたりと笑みを浮かべる。

 

──チリン、と鈴の音がした。

 タタリの後ろで少女が顔を青くして後退(あとずさ)りをしている。

 私が少女に興味を向けてしまうと、タタリは危機として少女への危害を優先するだろう。そう考え、少女には目もくれずにタタリに黒鍵を向ける。

 

「これから"本物"が来ます。お前は、邪魔です」

 

「おや、つれないね。"これ"を期待したのは"君"だろうに」

 

「──黙りなさい」

 

 図星だった。

 誰もいない校舎でもし"タタリ"が発生するとしたら、それは私を媒介にしたものだろう。

 学校という土地の記憶もあるが故に、発生させやすいかもしれない。

 推測という空気が、不安という風船を膨らませて、今まさに破裂(あふれだ)した。

 

「舞台にふさわしき面持ちになりましたところで──早速、踊りますか」

 

 彼の姿をしたタタリは、彼に似つかわしい笑みでナイフを私に向ける。

 その双眸は、妖しく、蒼く私を見据えている。

──直死の魔眼。

 こいつも持ち合わせてるのか。記憶の中にある彼の戦いぶりを想起し、思う。

 

「やれやれですね。自分で巻いた種とはいえ──」

 

 黒鍵を構える。

 

「骨が折れますね」

 

 

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