Melty Blood Another 作:Unknown37564
三本の黒鍵が外灯を反射する。タタリは眩しさから目を細めた。その一瞬を見逃さず、私は素早く左袖の下から黒鍵を取り出して瞬時に刃を展開、投擲した。
びゅう、という鈍い音と共に黒鍵は真っ直ぐタタリへと向かっていく。私は即座に右へと回り込むように駆け出した。
「───無為」
タタリはそう言いながら、一瞬で距離をつめて黒鍵を薙ぎ払う。
魔力で形成された黒鍵の刃は、破砕して宙を舞う。
私は右手に持った黒鍵を投擲する。
一本目を放った。
タタリは旋回しながら黒鍵を薙ぐ。
二本目を放つ。
タタリは黒鍵を払いながら私に接近する。
残った一つ───放つ距離の余裕は無い。
タタリは既に地を滑るようにして、逆手でナイフを振りかざす。
飛び退きながら黒鍵でナイフを受けた。
お互い押し合うようにして距離が少し開ける。
タタリが急接近するのを防ぐことができたが、悲鳴のような金属音を立てて黒鍵は割れた。
ただのナイフで黒鍵が破壊されるという普通ならあり得ない現象。これこそが、タタリが
それにしても───これはいけない。あまり黒鍵を消耗していては肉弾戦か魔術を行使する他に手立てが無くなる。しかし、直死の眼を相手にはどちらも良い手とは言えない。
私は一度、彼とロアの戦いを見ている。魔術を徹底的に捌いていきながらロアへと詰め寄るあの光景を思えば、私がロアの二の舞いになりかねない。
「───やれやれ、やる気があるのか無いのか分からない戦い方だね。この姿と踊るのを望んだのは君の方だと言うのに」
「勝手に私が望んだ事にしないでください」
彼の姿をしたタタリは、腰に手を当ててため息を吐く。
「いいや。君は私という存在が分かっていないようだから一つ教えておこう」
タタリはまるで悪戯をする少年のような笑みを浮かべて、ナイフを向けてくる。
「私が"ここまで"再現できているのは───君のイメージが原因だ」
「私が、
タタリは一瞬目を丸くすると、けらけらと笑い出す。
「ハハハハハ!!! ───失礼、どうやら君は事の本質が理解できてないらしい」
私は眉を顰めるも、言い返さずに押し黙る。こいつの言ってる事は間違ってない。
──私が知る"タタリ"とは、死徒二十七祖の十三位であり、噂を元に顕現するという事のみ。
それよりも──立ち位置がよくない。
少女が自分の身体を抱きしめるようにして青ざめた顔をしていたのを、目端で捉えた。
相対しながら少女を背にするように回り込む。今の私が詰んでしまう状況は、タタリにこの少女を狙われることだ。
「言っただろう?君のイメージなんだと。君は──
目を見張ってしまう。
晩夏のまだ湿り気を帯びた風だというのに、私の目が乾いていくのを感じる。
「なんたる我侭か、己で決めたことのくせに。君は赦されるために、自分を罰して欲しいのだ」
芝居がかったタタリの身振り手振り、話し方が苛立ちを募らせる。しかし、私は反論しなかった。
増長させるだけさせておけばいい、どうせ本人では無いのだから。
ぐっと奥歯を噛んで、それ以上奴の言葉に耳を傾けないように意識を周囲に向ける。
「あ」
小さくか細い少女の声。
振り返ると、少女の肩を掴んで後ろへ下がらせようとする人物がいた。
「──例えそうであったとしても。それはお前の出る幕じゃない」
「……遠野くん」
それは、
「全く。まだ開幕したばかりだというのに、無粋な」
タタリは退屈そうに、ナイフを逆手と順手に切り替えながら弄ぶ。
遠野くんはタタリに目もくれず、私だけを見据えて言った。
「先輩。"その程度のヤツ"、やれますよね」
知っているはずだ。タタリが自分の模倣であるということも。それを承知で、そんな事を言うのだ。彼はナイフを出さずに少女を後方へと下がらせるように退いた。
「期待されたとあっては、応えなくてはなりませんね………」
彼が来た。
ならば私は、余力を残さずに全力で──迎え撃つだけだ。
タタリはクラウチングをしたかと思えば、一瞬で距離が詰まる。
ナイフが私に向かってくる──手前で、私は大きく校門まで跳躍した。
門扉に乗り、更にしゃがんで大きく背面飛びをした。およそ3メートルは飛んだであろうか。
そのまま空中で旋回して地面に向き直り、ありったけの黒鍵を放った。
「──これは」
まずい、とタタリは急いでナイフを落とそうとする。
「遅い──!」
一、二本は無力化されてしまったが、問題無い。
そのまま魔力で黒鍵を操り始める。
ひゅん、という風を斬る音がそこかしこで鳴る。
まるで魚のように、黒鍵は空中を泳ぐ。
タタリはナイフで次々と私の黒鍵を迎え撃って沈めていく。
「この程度、繰り返しても──」
それが罠だとも知らずに。
黒鍵は徐々に加速していき、もはや弾き出された弾頭のように速くなっていた。
最初に迎え撃てる程の速度にしたのは、"迎え撃つ"という思考に切り替えさせる為の囮だったが──。
「やはり、貴方は眼の良さで調子に乗りましたね」
「──ぐあああああああ!」
黒鍵が肉を割いていく音が聞こえる。
タタリとはいえ、彼の姿がズタズタになっていく様を見ているのは心地よいものではない。
早くトドメを、と思ったその時──苦しむ顔をするタタリの姿をした彼と、眼が合ってしまった。
それは、彼ではない、偽物のはずなのに。
何かを思考するでも無く、無意識に。
黒鍵が、ぴたり、と止まる──止めてしまった。
しくじった──!
刹那、黒鍵とは違う何かがタタリに向かって突き立てられた。
肉を突き刺す、鈍い刃物の音。
タタリは何かを口にする暇も無く、一瞬で塵になっていった。
きん、と高い金属音が鳴る。
落ちたのは、彼のナイフだった。
視線を彼の方に移すと、何かを放ったような姿勢だった。
「まぁ、もう勝負あったようなものだったからさ」
遠野くんはポケットに手を入れて、首を掻きながらナイフの方へと向かう。
少女はといえば、門扉の後ろに小さく座り込んでいた。
その面持ちは最初に見た不安そうな表情ではなく、感情が読み取れない無機質なものだった。
遠野くんは、ナイフを回収すると私に向き直って穏やかな笑みを浮かべながら、言った。
「お疲れ様です。で、改めて。久しぶりです、先輩」