Melty Blood Another   作:Unknown37564

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 シエル先輩は戻ってきた俺を見るや、腕を組んで深いため息を零した。

 

「どうして貴方はそう、女の子に好かれるんでしょうね…」

 

 レンが俺の足を壁のようにして、ズボンの裾をぎゅっと掴んで隠れる。

 

「別に、何か好かれるような事はしてないんだけど」

 

 俺は照れくさくなって首を掻き、先輩に笑って見せる。

 

「はぁ…とはいえ、先程は助かりました。ありがとうございます」

 

 先輩が会釈する。助けたという程の事ではなかった。俺の手出しが無くても、先輩が不覚を取ったとしても、恐らくあの戦いは先輩が勝っていただろう。

 俺が手を出した理由は、一つにさっさと終わらせたかった事、もう一つは。

 

「偽物とはいえ、身内の姿に手をかけるのが心苦しいのは……わかるつもりだ」

 

 暴れる秋葉を抑える為に何度かやり合った。本当は手を出したくないのに、出さざるを得ない。言葉で言い表せない程の葛藤と、苦悩。その深さと暗さは、己の心の内に穿たれた、深淵だ。

 

「遠野くん……」

 

 先輩が泣き出しそうな顔で押し黙る。共感する事で気持ちを分かち合おうとしたのだが、かえって気を使わせてしまったのだろうか。

 

「ああ、先輩。先に話をしておきたい事があるんだけど」

 

 あっけらかんと俺は伝える。今はただ、この重苦しい空気を切り替えたかった。

 

「……はい、聞きましょう」

 

 先輩は神妙な面持ちになる。

 

「実はさっき、この子──レンって言うんだけど」

 

 足に隠れてたレンの背中を、手で優しく押す。レンはすっと前に出て、先輩に向かって会釈した。先輩もそれに会釈で応えた。

 

「──はい、それで?」

 

「ええ、どうやらレンはアルクェイドの使い魔らしくて。手紙を貰いました」

 

「あの真祖の、ですか。それで、手紙は?」

 

 先輩が手を出すも、俺は首を振って答えた。

 

「アルクェイドから、タタリに悪用されないように俺が読んだら処分するように、と。なので、口頭で」

 

 そして俺は先輩に手紙の重要な部分になるタタリ──ワラキアの夜に関する情報を、シオンが提供してくれた情報も踏まえて伝えた。

 

「なるほど………一つ良いですか、遠野くん」

 

「はい、なんですか」

 

 このやり取りも何だか懐かしくて、状況が状況なのに何だか少し心が踊るような気がした。

 

「恐らく。私の予想になりますが。直死、いえ、遠野くんは」

 

 何度か言いづらそうに先輩は言い直す。

 

「このタタリを越える事なら出来ると思います」

 

「……どういう事、ですか」

 

 言ってる意味が、よくわからない。シオンはタタリを概念的存在だと称した。それを俺が倒せるとは、一体どんな理由でだろうか。

 

「これまでのタタリの発生と、どのような状況になったのかを私は調べました。結果的には全て滅んでいるのですが、遠野くんの話を聞いて納得がいきました」

 

 いまいちピンとこない俺に、先輩は真剣な面持ちで告げる。

 

「タタリは噂を介して顕現する。ならば噂を発信する人間がいなくなったなら?」

 

「……そうか、消えるのか」

 

「ええ。完全に顕現したタタリが、タタリを呼ぶものたちを殺戮して顕現を終える。つまり完全顕現しているタタリを強制終了させれば」

 

「超えられる、ってことか。その夜だけは」

 

「はい。それだけなら私…だけでは少し厳しいかもしれませんが、少なくとも遠野くんが協力してくれるならば可能だと思います」

 

 言われて一つの疑問が浮かぶ。確かに、それならば俺でも出来るだろう。だが、この夜を越えたとて次またここにタタリが発現する可能性を否定できるだろうか。

 当面は大丈夫かもしれないが、俺が死んでから──いや、そこまで先の事を考える余裕は、俺に無いか。

 

「で、先輩は完全に滅ぼす気なのか?」

 

 自分で言って、思わずはっとした。俺は何を言ってるんだ。当面の解決策があるんだから、それに乗っかればいいのに。

 先輩も鳩が豆鉄砲食らったような表情で一瞬固まるが、ふふ、と微笑んで応えた。

 

「そうですね。それについても考えてみます」

 

 なんでか先輩は笑顔が零れていた。

 

「それにしても……ズェピア・エルトナム・オベローン。初代アトラス院長がワラキアの夜とは」

 

 アトラス院の名前が出て、俺は思わず目を見開いてしまう。先輩にはシオンの事も、アトラス院の事もまだ伝えてない。

 慎重に答えねば、対応を誤るとまずい。緊張が走る。

 

「……知ってたのか」

 

「はい。教会とアトラス双方から。日本に入国したので保護、もしくは拿捕をと」

 

 手のひらに汗が滲むのを感じた。まずいな。まさか教会からも追われてるとは。しかもその追手が先輩とは。先輩を何とかしながらタタリまでどうにかするのは骨が折れる。

 事情を説明して協力を取り付けた方が良いか、それともこのまま押し黙るか。

──黙ったままでいるのは良くないか。協力関係を取り付けるのに騙してましたなんて、少なくとも"身内"には。

 

「先輩。正直に話をするとですね──」

 

「シオン・エルトナム・アトラシアと、弓塚さつきを保護している。ですね?」

 

 先輩が俺の言おうとしていた事を先に言う。

 

「……それも、知ってましたか」

 

 心臓が高鳴る。"手を引け"と言われたら、俺はどう答えるべきなんだ。

 退魔師としてか。遠野家当主としてか。先輩の友人としてか。

 答えなんて考える事も出来ないまま、先輩がにっこりと微笑んで口を開く。

 

「──ありがとうございます。遠野くん」

 

「……え?」

 

 思いがけない言葉が返ってきて、俺は訳がわからなくなる。先輩は後ろ手を組んで、月を見上げながら言う。

 

「良いんです、意味がわからなくても」

 

 先輩は月を見上げながら深呼吸をすると、俺の方に見返りする。

 

「私は、救われたんです」

 

 どう救われたのかは、わからないけれど。

 月明かりが、先輩を照らす。

 まるで(かさ)のように後光を称える先輩は、夜なのに眩しく見えた。

 

 

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