Melty Blood Another 作:Unknown37564
俺の目の前の座卓に、湯呑が差し出される。
「お茶よ」
有馬の叔母さんがにこりと微笑む。その目は真っ赤になっていた。
夫婦とも、寝ずに都古ちゃんを探し回っているという話は、宗玄の爺さんから聞いていた。
「ああ、ありがとう」
あの真っ赤な目を見て、どうにも居た堪れなくなった。何か言葉をかけないと、と思うも結局かけられずに返事しかできなかった。
俺は今、有馬の家に来ていた。
宗玄の爺さんから失踪の件を聞いた俺たちは、それぞれの出来ることに注力することにした。
まず、さつきは夜の街での都古ちゃんの捜索。夜に抜け出したのなら夜に徘徊している可能性があると考えてだ。
一方で昼の捜索については、久我峰にも連絡を入れて捜索を手伝って貰っている。
宗玄の爺さんには、あえて動き回らないで待機して貰っている。秋葉の事もそうだが、誰かが負傷した場合の面倒を見てもらう為だ。
そういう意味では、今回一番心強い仲間になったのがレンだった。彼女の夢魔の性質で、眠っている秋葉の夢を操って深い眠りにつかせてもらっている。
そして、シオン。彼女が一番肝心で、エーテライトで小学生たちから直接情報を集めてもらっていた。
俺はといえば、失踪前の都古ちゃんの様子を聞き取る為にここへと赴いていた。
襖の開く音が聞こえ、そちらに目を向けると有馬の叔父さんが入ってきた。
柔らかい目つきの奥に、叔母さんと同じ充血した目をさせている。目元もこころなしか
「やあ、志貴」
「あぁ。都古ちゃんの事、聞いたよ」
疲れ切った様子で、叔父さんは俺の向かいに座った。
「……申し訳ない。君が大変な状況なのは知っていたんだが」
「謝らないでくれよ。俺を迎え入れてくれた時に、家族だと思ってくれって言ってくれたじゃないか。俺、そのつもりで来たんだよ」
有馬の叔父さんが眼鏡を外して、手を目にあてる。ぽつりと一言、そうだったね。と聞こえた気がした。
この家で数年、居候していた事がある。だからこそ、この夫婦がどれだけ愛情を持って
そしてその愛情を、ほんの一分でも俺へと分けてくれたこの人達に、少しでも力になってあげたかった。
叔父さんが眼鏡を元に戻すと、真剣な面持ちで俺に向き直る。
「それで、昨日の都古の様子を知りたい、で良いかな」
「ええ、お願いします」
俺はポケットからメモとペンを取り出して机に広げる。何だか刑事ドラマのような感じになってきたな、と不謹慎ながらに感じてしまった。
退魔師としてはただ問題のある場所に赴いて魔を滅するだけなので、こういう捜査などは今回が始めてだった。
この段取りはシオンが計らって考えてくれたものだった。改めて、シオンが仲間としていてくれる事の心強さを感じる。
それから叔父さんたちから聞き取った内容に、俺は更に疑問を深めることになった。
───まず、叔父夫婦は呼び出しを受けて学校へと向かった。
保健室に通されると、そこには友人のお父さんがいらっしゃった。そこで担任から事の経緯を聞かされた。
まず、友人の方が休日に一緒に遊ぼうと誘った。それを都古ちゃんが鍛錬があると断った。
じゃあ私も見学しにいきたいと粘ったが、都古ちゃんは邪魔になるから、と冷たくあしらった。
それに対して最近遊びに誘っても全然乗ってくれない、お喋りをしても返事がそっけないと怒り出した。
対して都古ちゃんもやる事があるから、と。
その返答に友人の子は、片手で張り手のように都古ちゃんの顔にめがけて手を出した。
それが都古ちゃんの顔に当たってしまい、教室の壁に強く身体を打った。
都古ちゃんは壁にもたれ掛かってぶつぶつと何かを言っていた様子だった。
友人の子は感極まって色々とひどい言葉を都古ちゃんに投げかけていたらしいが、その時に。
"うるさいっ!!"
大きく一喝。
そして、思いっきり足踏みをした。
その姿は、子供の地団駄では無かった。
八極拳でいう、震脚のそれ。
その揺れと驚きで、友人は頭を地面に打ち付けた。
あまりの出来事に、教室中が阿鼻叫喚となる。
騒ぎを聞きつけた先生が大慌てで来た、という経緯だった。
「その震脚がどうやら凄い、という一言で表すには異常な程だったようで」
嫌な予感しかしないし、もう頭には三文字の言葉が浮かんでしまっていたが、聞かざるを得なかった。
叔母さんが出してくれた、もうすっかり冷めたお茶を啜っていざ覚悟を決めて聞く。
「……異常?」
「あぁ…小学校の教室の床って、木のタイルで出来てるだろ?」
叔父さんは座卓に肘をついて、口元を隠すようにして話す。
口にするのも憚れるような事を、言うかのように。
「あれを、踏み割っていたようなんだ」
叔父さんの言葉を聞いて、思わず顔を顰めた。
───ああ、嫌な予感が当たってしまった。
小学生女子が震脚したとて、木のタイルを割れる程の頸は出せない!
「なんだって……?!」
「それだけじゃないんだ、この件の異常さは……」
「え……?」
これ以上まだ何が出てくるのか、俺はもう聞きたくなかった。
血のように赤い夕日が、叔父さんの右頬に当たって陰影を生み出す。
それがとても不気味に思えて、背筋に鳥肌が立つ。
「どうにも……先生が"そうだね?"と友人の子と都古に事実確認をしながら話をしていたんだ。それに対して"はい"と返事はしていた。けれどどうにもそれが生返事のように聞こえてね。都古に後で聞いたら"よく覚えてない"って」
「でも……それは一番自分がやらかして罰が悪かったってのと、無我夢中だったからでは……?」
「その後で、菓子折り持って謝りに行ったんだよ。そしたらさ、その子も言ったんだよ」
叔父さんは蒼い顔をしながら言った。
"よく覚えてないから大丈夫"って。
あまりの異常さに気持ちが悪くなってくる。覚えているのはそれを見ていた者たちばかり。
俺はまるでホラー映画のようだな、という漠然とした感想が思い浮かんだ。それと同時に、俺の姿をしたタタリのセリフを思い出した。
"やれやれ、まだ開幕したばかりだというのに、無粋な"
奴が最初に化けたのはさつきで、吸血鬼として生きていく事を拒否するさつきの生き方を嘲笑うかのような姿を見せた。
次に奴が出てきた時はシエル先輩に、過ちを見てみぬフリをしてきた先輩を嘲笑うかのように。
他人の歩みを否定していくような、ひどく歪つな舞台劇。
それを今度は幼気な小学生でやろうとしてるのか。
俺はむかっ腹がたって思わずペンをぎゅっと握る。
「ああ、それと志貴。一つだけ君に言っておく事がある」
「うん?」
「都古の友人の子なんだけど…乾、なんだよ。君の友人の妹さんだ」
───乾の、妹。
叔父さんから都古ちゃんたちが俺の話を出したとは聞かなかった。
だが、有彦の妹か。
それなら、俺の名前も出るだろう。
───俺は、完全に当事者だった。