Melty Blood Another 作:Unknown37564
石畳でぼこぼことした数える程しかない階段を、ポケットに手を突っ込んだままあがり、鳥居をくぐる。
月光がスポットライトのように俺の背を照らし、境内に一つの落ち影を生み出す。
───広くない境内だ。周囲は木々で覆われている。夜間も相まって静けさと空気の冷え込みで別世界のようだった。
がさ、とほんのごく微かに後方から音がして、右を向こうと首を向けると。
ひゅん───と。
何かが放たれた音が聞こえ、反射的に回転して背後を見る。
目の前には鳥居があるが、その柱から人影が伸びているのが見える。
こんな不意打ちをかます輩に誰だ、なんて聞いた所で答える訳がないだろう。瞬時に考えて。
「出てこい」
言いながらポケットから手を出す。
勿論、その手には愛刀の七ツ夜。
但し、大々的に見せびらかさず、拳で柄頭を握り込み、服の裾で柄全体を隠している。
突如吹き荒ぶ野分が木々を打ってざわめきを立てる。
より集中して周辺を警戒していると、ざわめきが止んで数秒の後に女性の声が返ってきた。
「常に隙がなくて結果的に今になってしまいましたが…。やはり暗殺者を相手に背後から不意打ちを仕掛けるのは、得策ではありませんか。とはいえ、エーテライトを見もせず躱すとは…」
小紫の制服とベレー帽でコーディネートされた少女が、月明かりの逆光を浴びながら鳥居の柱から出てきた。
花紫の艶やかな三つ編みが風に煽られてふわりと浮き上がり、月光に讃えられて神秘さを感じさせる。
その姿から、俺はアルクェイドとのかつての邂逅が一瞬よぎるも、髪とは違う糸が視えた事で現実に戻る──。
手指からは数本の糸と──拳銃。
今までの経験上色々な拳銃を見たことがあるが、あの型式のものは見たことが無い。
口径を見るにベレッタM92系統かと思ったが、全体像が東側と西側のどちらの系統とも見てとれるし、グリップセーフティが見当たら無い。
武装からではまだどこぞの誰なのかは判別できない。
もっと情報が欲しい。出方を伺う事にする。
「俺を知ってるようだけど、そんな物騒なモノ出して何のつもりだ。何処かからの刺客か?」
自分で口にしておかしな身の上になったもんだとおかしくなる。
しかし同時に、ふと七夜の里を思い出した。
親父は出稼ぎしていたとはいえ退魔稼業としては廃業していたが、それに関わらず刺客が差し向けられ命を落とした。俺にも、ついにそんな時が来たのかもしれない。
「刺客、といえばそうなるでしょう。私は貴方を拘束したいと思っているので」
言いながら少女は右手で拳銃をこちらの方へと構えだしたのを見て、俺の中のスイッチが完全に切り替わる──。
相対距離、二メートル。
銃の射程、二十五メートル程度。
糸の範囲は──五メートルか。
糸は危険だ。様子を伺う。
「抵抗するのならどうぞ。私の名はシオン・エルトナム・アトラシア。ここで、貴方の自由を奪う者です」
まるで狼煙のような彼女の発砲──。
よりも先んじて右前方、二時の方向に既に駆けていた。
「?! 速い──!」
右手構えだったからか、アトラシアは照準が遅れる。
──七夜に伝わる移動術、
緩急をつけて瞬間的に動き、認識を外す。
俺が距離を詰めるまでにアトラシアは何度も俺に銃の照準をあわせようとする。
しかし、予測を外してるからか撃てずじまいでいる。
「そこ!」
ついに俺の動線を掴んだアトラシアが発砲。
音速に達した弾頭は俺の右耳を掠めていく。
金属が空気を摩擦する強烈な音で耳がやられてしまう。
───問題はない。
水月で神社の側道にある木にめがけて飛びかかる。
そのまま、身体がバネにして思い切り身体を右回しに絞る。
逆回転で木を蹴って勢いよく飛び出す。
だん!という轟音と共に木が煙を上げてしなり、疾走する。
アトラシアがこちらに向き直る。
「くっ!」
アトラシアはやや遅れて左手の糸を展開して、何かが編み込まれていく。
しかし──。
「──遅い」
編み込まれた糸の隙間。
照準は、鳩尾。
目掛けて、左掌底。
「───がはっ!!」
ドン、という鈍い音。
アトラシアの展開した糸は纏まりをなくして宙を暴れる。
──胸骨はまだ折っていない。
打ち込まれて呼吸が止まったか、アトラシアは苦悶の表情を浮かべる。
この掌底を更に深くねじ込みながら、旋回して地面へと叩きつける。
──────
「───っぅぐ!!」
地面と激しく衝突する鈍い音を立てる。
アトラシアはもろに背中で地面を打ちつけた。
もはや吐き出す息も無いのか、か細い悲鳴が微かに聞き取れる。
側面から膝で横隔膜を圧迫、呼吸と行動を抑える。
右手で七ツ夜の刃を飛び出させて首元に当てる。そのまま引き──
◇
刃に血が滴る。
ふと、我に返った。
この血はなんだ?
その滴りは耳の辺りから発生している事から、ようやく先程掠めた銃弾で負傷した事に気付いたと同時に、熱く鋭い耳の痛みで興奮が徐々に冷めていった。
──まだだ、まだ殺さない。
気持ちを切り替えるんだ。
急激に動き出して少し息が切れたので、息を整える間を作ってから質問する。
「……言いたい事が色々ある。まず一つ目。態々右手で銃を構えたからにはカバーとして左手の糸を使う予定だったんだろうが…。回避される時の事を頭の中でイメージした上で引き金を弾くべきだったな」
質問にもなってないような投げかけだった。単にお前を殺すつもりは無いという意思表示。
そして外国人名を名乗った事もあって、日本語がどれだけ分かるかを再確認する意図だ。
アトラシアはまだ苦悶の表情で、息も絶え絶えながら返答する。
「まさか、躱、す、とは」
なんだ──こいつ。
殺し合いしてるのに最悪の事態を想定しないってどういうことだ。
自我が無いグールでさえ、不利と見るや退いたりすると言うのに。
これではまるで机上の空論だけで実戦を説く評論家のようじゃないか。
「──二つ目。お前が何の目的でここに居て、俺を拘束しようとしてるのかだ」
アトラシアの呼吸が整ってきたのか、浅い呼吸を繰り返しながら返答に答えだす。
「…私の、目的は──吸血鬼化の、治療です」
「────────────」
刮目、という言葉がぴったり合うほど俺は目を見開いてしまった。
吸血鬼化の治療、そんなもの遠野の家を探しても出てこなかったし、アルクェイドからも聞いたことがない。それが本当なのだとしたら、秋葉の治療にも使えるかもしれない───。
しかし──ここは我慢だ。まだ飛びつくべきじゃない。会話の主導権を掌握するためにも。
「吸血鬼に噛まれた人間を、元に戻す方法を、ずっと、研究してきました」
──言ってる事は間違ってなさそうだ。
というのも今こうして間近に居ると、感じる。ロアとの一件からもずっと退魔士として戦い続けた俺の感覚が、
「……吸血鬼に冒された人間の末路は死です。吸血鬼に成る方法はあるというのに、吸血鬼から人に戻る方法はいまだ確率されていません。多くの魔術師がこの研究に挑み敗れ去っていますが、私は敗れるつもりはない。不可能とされる事を可能にする。それがアトラシアの条件である限り」
それが不可能である事を。
しかしてそれが希望である事も。
俺は身に沁みて実感している。
「遠野志貴、貴方になら、吸血鬼化を治療したいという私の気持ちが分かる筈です。私と同じ、吸血鬼に成ってしまった妹がいるのですから」
「──────」
かつての俺なら、知った風な事を言われて頭にきていたかもしれないが、
「……話はわかった。だが、それと俺を襲って拘束しようとするのとは何か違うんじゃないか?」
これが引っかかるせいで、彼女をまだ信ずるに足りず拘束が解けないでいた。
「もちろん貴方自体に目的があったのでは無く、真祖の協力を求めてこの国に来たのです」
真祖──アルクェイドの事だろう。しかしあいつは先の件から──。
「吸血鬼化の治療法を探るのなら、死徒の元となった真祖を調べなければ。死徒に関する資料なら教会に揃っている。けれどそれだけでは鍵が足りないから、不可侵とされていた真祖を調べるしか無くなったのです」
なるほど、彼女は交渉の材料として俺を選んだわけか。
まぁ拘束して要求を叩きつけたとしても返ってあいつの逆鱗に触れそうな気もするが。
しかし、どうしたものか。この事を伝えるのは不安要素があるが。
「……アルクェイドは、もうここには居ないと思うぞ」
「──え?」
アトラシアは驚愕と悲哀の混じり合った複雑な顔をした。
「去年からずっと見てないんだ。死ぬ訳が無いんだけど、息絶えるのを確認してから先、姿は表してない」
──万物を殺せる魔眼で殺しても死ななかった奴だ。
死ぬわけないんだから死なないんだろう。だけど消耗までして、魔王に堕ちかけている今の状態を考えると。少なくとも人目を避けて眠りについているというところだろう。
「──そう、です、か……」
相当堪えたか、アトラシアは呆然としたまま夜空を見上げている。
社に吹き込む湿り気を帯びた突風が全身の汗を乾かし、身体が凍てつくように冷えていく。風に煽られた木々のざわめきが一層うるさく感じる。
──ざわつき。そう、俺はひどく心がざわつかされっぱなしだった。
できることなら関わり合いになりたくない。
俺の"これまで"の経験が (お前は死ぬ) と告げている。
別に得られるものがあるのならば死んだって構いやしない。ただ無駄死にがごめんなんだ、無責任に秋葉を投げ出す訳にはいかない!
この関わりの先に、秋葉へ残してあげられるものがあるのか?
こいつを助ける事は"俺たち"の利になるのか?
出会ってさっきまで殺し合ってたヤツの言うことを真に受けるのか?!
逡巡の内に落とした視線を再び空を呆と見るアトラシアに向け直した時。
ふと、いつの日かの先生の言葉を思い出した。
──"志貴、君はとてもまっすぐな心をしている。いまの君があるかぎり、その目は決して間違った結果は生まないでしょう"
──俺は、まっすぐな心でいられただろうか。
いたずらに目を使わなかったと、心から言えるだろうか。
アルクェイドと出会うまで適当に生きてきて、出会ってからは一生懸命に生きてきたつもりだけど。いつの間にか大切な事さえ、忘れてしまっていたのかもしれない。
「──アルクェイドとの仲を取り持つぐらいなら出来る、つもりだ」
右手のナイフを収めてポケットにしまいながら馬乗りから立ち上がりる。
そして、彼女に手を差し伸ばす。
「……しかし、真祖はここには……」
自分で言った言葉で現実を認識してか、彼女は薄っすらと涙ぐんだ目で明後日を向く。
何か、何か気が利く言葉を──────。
駄目だな、こういうときに意識して言っても。
ありのままの自分で、語りかけてみよう。
「不可能を可能にするのがアトラシア、なんだろ?その不可能を可能にする行程に、諦めはあるのかい?」
少し臭かったか、言って小っ恥ずかしくなって頭を掻いた。俺の言葉で彼女ははっと目が開かれて俺の方を見る。今ある情報の中で、俺が切れる手を全部出しつくす。
「あんな事言ってなんだけど。俺自身、色々あって正直きちんと探し回れて無かったんだ。それで俺は最近噂の吸血鬼って奴を探してたんだけど。そのついでにお姫様を見つけ出す。これで君と俺の利害関係は一致するはずだけど、どうかな?」
気休めにしかならないかもしれないけど、嘘偽り無い俺の本心なのは確かだ。
彼女は目を閉じて数秒後、深呼吸してから俺の手を取って立ち上がりながら答えた。
「……解りました。それでは私は、貴方の目的に手を貸しましょう。噂を探しているというのなら、私は貴方より早く噂の吸血鬼を発見できる」
先程とは変わって、自信に溢れた表情で月を見上げながら彼女は返答する。
「わかった。それはそっちに任せるよ。ところでその前に」
これは重要な事だから改めて置いたほうが良いだろう。
「その前に?」
彼女は真剣な表情でこちらを見つめる。根が真面目なのだろうか、これから先の事が思いやられるが……。
「君、シオンって言ったよな。協力しあうんだから名前で呼びあった方がよくないか?」
いちいちアトラシアって呼ぶのも緊急事態に長くて困ると思い、特に何の考えもなくそんな提案をしてみた。
「────────────」
鳩が豆鉄砲を食らったような、というのはこの顔のことを言うのだろう。シオンはしばしフリーズしてから答えだす。
「そうですね。それでは私のことはシオンと。貴方の事は──」
「ああ、志貴で良いよ」
特になんとなしに返したつもりだが、シオンは少し目を泳がせて頬を少し赤らめながら数秒の後、答える。
「……し、志貴」
「うん、そう呼んでくれればいい」
「……志貴」
「うん」
「志貴」
「だから、それでいいって」
なんだよ、これ。ウブみたいで恥ずかしいというか…気まずい。
「………。それでは、私は吸血鬼の情報を追ってみます。志貴は真祖の捜索をお願いします」
「ああ、まぁすぐって訳にはいかないだろうけどな」
そう、不在の方が濃厚な人物を探すのだから、探して見つけましたで落ち合うのでは永遠に会えない可能性もある。
「当然です。ですからまた明日。夜になったらこの神社で落ち合いましょう」
「ああ、わかった。それじゃ、また明日」
「はい、それではまた明日、志貴」
シオンは振り向いて神社を後にしていく。
俺は疲れからか少し境内に座り込む。
そういえば。
「──なんだか懐かしいな、これ。一年前を思い出す」
あの時はアルクェイドが俺へと会いに来てくれた。今回は、俺のほうがあいつを探す。あいつには沢山迷惑をかけてしまった。俺が苦労するぐらい、なんてことないさ。
夜空を見上げる。
宵月が、頂点まで登ってきていた。