Melty Blood Another 作:Unknown37564
ななこはハンバーガー二つを一つにまとめて圧縮し、口を大きく開けて頬張っていた。
ちゃぶ台に大量のハンバーガーの包み紙がある。丸めると相当な量になって片付けるのが面倒という事で、一枚一枚広げて置いてある。
その枚数は凡そ二十枚。ななこのお腹はそれでも膨れてるようには見えなかった。
「ふぃ~! 食べましたぁ」
満足げな顔でななこはお腹をさする。
「いやぁ助かったぜ。こいつ毎日毎日、腹減った腹減ったってうるせぇからよ。毎回腹いっぱい食べさせてたんじゃ、とんでもない食費になっちまうよ」
有彦は包み紙を恨めしそうに見ながら言う。
「……後でシエル先輩に、これまでに掛かった食費に色つけて返すように言っておくよ」
「マジで助かるぜ……」
「良かったですね、ますたぁ~」
「何を他人事みたいに言ってんだ! お前のせいだっつの!」
意地悪くニヤニヤ言うななこに対して、有彦は肩を軽く叩いて突っ込んだ。
その様子を、弓塚は微笑みながら見守っていた。
普段結構な量を食べる彼女だが、ハンバーガーには全く手が出ていなかった。
「さつき、食欲無いのか?」
「……ううん、遠野くん。違うの」
彼女は首を振る。そして静かに、ゆっくりと有彦達の方に目を向けた。
──なるほど。有彦に、見せたくないのか。昔と違う、化物としての側面を持った自分を。
「……そうか」
言及するのは野暮だろうと、俺は一つ返事だけを送った。
「それで、だ。遠野、俺に聞きたいことは何だ?」
「ああ、本題に入ろう」
俺は姿勢を正して有彦に向き合った。
その様子に有彦たちもこれからの話しが如何に重いものかを悟ったのか、真剣な顔つきになる。
「まず、確認なんだが。お前、妹っていたか?」
「妹ぉ?姉貴ならいるけどな。お前も合っただろ?」
「待て、姉だと?」
あの美人だけど少し老けているように見えた女性、親じゃなくて姉だったのか。
そうなるとあの人も相当苦労しているのだろう。後で菓子折りの一つでも渡すか。
それはそれとして、悪い予想が的中しそうな気がしたもので、それを払拭したいが為に聞き返した。
「おう。俺んち、親いないぜ……。何で親がいないかも教えた方が良いのか?」
有彦の問いに俺は考える。
乾を名乗る都古ちゃんの友達だという親子、親父さんは謝罪しに行ったと言っていた。しかし、実際には有彦の親は死んでいて実在していない。
つまり、化かされたのは都古ちゃんたち小学校の人たちと有馬夫婦だろう。
俺はななこに視線を向けた。
「……え? な、なんですか?」
ななこがここに居る、というのは偶然の出来事なのだろうか。
「……先輩から聞いていた話は、聖典とは武装であると聞いていた。しかし、精霊がついているというのは聞いてない」
「え? 私疑われてるんですか? こんな幼気な少女を?」
ななこは目を潤ませて見せる。冗談なのか本気なのか今ひとつ掴めない。
精霊がついているという話は聞いてない、しかし教えてないだけで事実としてついている可能性もある。
タタリは既にシエル先輩と接触しているので、シエル先輩の情報を把握していると思って良いだろう。
有彦を巻き込む肚は決まったものの、有彦からどれだけの情報を貰うのか、それが今ひとつピンとこないでいた。
一つ分かることがある。
俺達は、情報によって──タタリに踊らされている、という事だ。
「有彦、お前とななこが、どうして同居する事になったのか、経緯を聞きたい」
「おう、むしろ聞いてほしくてしょうがなかったくらいだぜ!聞いてくれよ」
そうして有彦は語りだした。
◇
今でも覚えてる、どんよりしてる曇り空が俺の気持ちとリンクしてるようで、嫌な感じがしたのを。
案の定、雨が降り出したもんで俺は小走りで帰っていた。
そんな時、ゴミ捨て場の前を通過しようとしたんだが、どうにもそこに目立つ青色と金色が目に入った。
ゴミ箱には似つかわしいその配色がふと気になって、足を止めてゴミ箱を見たんだ。
そこには、段ボールに蹲る一人の少女がいた。
その少女は、いわゆるファンタジー作品のエルフのような尖り耳で、これまたお伽噺に出てきたような美少女だった。
そんな子がゴミ捨て場の段ボールに、雨に打たれながら座り込んでるという理由のわからん状況に、俺は頭の整理が追いつかなかった。
そうしてじっと見ていると、その少女が顔を上げて俺の方をじっと見た。
「…………もしかして、見えてます?」
「は?! 見てる?! 何が?!」
俺は驚きからしどろもどろになる。
「やったあ! やっぱりこれが正解だったんだぁ!」
少女はぴょんと飛び跳ねて立ち上がる。
「せ、正解だぁ? どういうことだよ……」
「えっとぉ。この前、何か感じの悪そうな人が段ボールに入ったネコを拾ってたの見たんですよ! これだと思って!」
いや、お前はネコじゃないだろ。というか。
「それって俺が感じが悪そうってことか?」
「え?! いやいや、そんな事は言ってないじゃないですかぁ~」
てへへと頭をかいて誤魔化す仕草に、いらっとさせられる。
「……んで、何なんだよお前は」
苛立ちを抑えつつ、もう関わってしまったもんだからと、この訳のわからん少女の事情を聞くことにした。
「よっくぞ聞いてくれました! 私は埋葬機関に所属する第七聖典です!」
「あっそお。じゃあな。風引かない内にお家帰りな」
埋葬がなんだの、厨二病じゃねえか。雨に打たれてるのも私カッコいいってか。付き合ってられねえ、雨に打たれ損だぜ……。
白けた俺は、駆け足で家路を急いだ。
「ああ! 待ってください!」
少女の声が聞こえるが、それを無視し続けた。
「良いですか? 埋葬機関っていうのは教会の中でも特に死徒っていう吸血鬼を相手にする機関なんです!」
厨二全開なワードが俺の耳を貫通してくる。
「その中でも、私のマスターであるシエルはエース級の強さなんですよぉ! 私に協力すれば教会からたっぷりお金貰えますよぉ!」
必死に色々と言ってくるのだが、うるさくてしょうがない。
振り返って思わず怒鳴ろうとした。
「うるせえ!! なぁ?!!!」
それを見て、俺は自分の目を疑った。
少女は浮いていたのだ。
ぷかぷかと、まるで宙に釣られるような格好で。
「うん? 何を驚いてるんです?」
「おま、お前、なんでそれ、浮いて」
「えぇ~? 当然じゃないですかぁ、精霊なんですからぁ~」
ニコニコと、ごく当たり前の事のように言ってくる。
化かされてるんじゃないかと思い、俺はその少女の周りを手で払って何かで支えてたりしてないか確認する。
しかし空を切るばかりで、何も無い。
よくよく見てみると少女の尻の部分から尻尾のようなものが生えていて、それがまるで生き物のようにうねっていた。
それが本物なのか確かめようと思い、しかし掴むとまずいだろうと手の甲で軽く払うようにして触った。
「ひゃん! どこ触ってんですか!!」
猫や犬の尻尾よりも硬いであろうそれは、まるで昔牧場で触った馬の尻尾のようだった。
「……マジかよ」
「まじですから!」
怒る少女の顔は、雨にも濡れていなかった。
◇
「んでこいつ、マスターのシエルってのとはぐれたからしばらく居候させろって」
「有彦は仮のますたぁなんですよ!」
よもや有彦がこっち側の事情に首を突っ込むことになってしまっていたとは。
事態が事態なだけに、俺の心中はざわめいていた。
「はぁ……ななこと言ったな? 君はいつ頃、どのようにしてシエル先輩とはぐれたんだ?」
「えっとぉ、確かこの町から離れる時ですね。何か中華服? みたいなのを着た女の子に襲われて~、体当たりみたいなの食らって思いっきりふっ飛ばされて、ですかね!」
そうか、俺と会った時点ではまだ先輩は
そして都古ちゃんに急襲されてしまい、そこで落とした、というわけか。
筋は通ってる。しかし、聖典は埋葬機関の切り札だ。探そうとせずにそのまま場を離れるだろうか。
「ねぇ、遠野くん」
腕を組んで悩んでいた俺に、弓塚が声をかけるのでそちらへ向いた。
一瞬違和感を覚えたが、一体何に違和感を覚えたのか気づかぬまま、俺は「何だ?」と返した。
「どうにかして、シエルさ……先輩と接触できないかな?結局、見せたほうが手っ取り早いと思うんだよね」
それはそうだ。しかし、そうもいかない事情がある。
「今、先輩はこの町にいないってななこも言ってただろ?その理由はタタリを完全抹消する方法を探るためなんだ。だから町の住人でありタタリの影響下にあるであろう俺達とは接触を絶って行動してるんだ」
タタリの影響にあるこの町の中でタタリを滅する算段を立てればノイズが生まれる可能性があるとして先輩は一時、三咲市から離脱していた。
だからこそ、こうして悩んでいるわけだ。
「そっかぁ……それは困っちゃうなぁ」
「ああ。とにかく、有彦に親はいない。つまり、都古ちゃんの友人を騙る乾という女の子は人違いか、あるいはタタリである。と仮定するしか無いだろう……」
「都古って子がタタリって線はねえのか?」
「無いとは言い切れないが、俺は無いと思ってる。というのも、タタリの性質は劇場型だと思うんだ。シナリオがあって、そのシナリオの通りに役者を動かす。今回のシナリオで都古ちゃん本人と都古ちゃんに扮するタタリの二人がいる事は"やるメリット"が無い。寧ろ、都古ちゃん本人を操ってあれこれさせた方がどっちに転んでも都合が良い筈なんだ」
「どっちに転んでも……?」
腕を組んで弓塚が考える。
「ああ、つまり引っ掻き回すという目的が達成できるという事だ」
考えれば考えるほど、タタリの思考は反吐が出る。
俺と同意見なのだろう。弓塚も「あ~」と一言だけ呟いて険しい顔をして黙り込んだ。
「それで、俺とななこはどうすりゃいいんだ?」
「……今のところは、お前の方でななこを見ててくれないか?正直、俺の家は結構人が増えて面倒を見るのは大変だ」
現在俺の家にいるのは、秋葉に弓塚、シオンとレンの四人がいる。ここにななこまで加われば、ありとあらゆる理由で俺の負担が重すぎるのだ。
「それはいい。いいが、一つだけ……」
「食費はなんとかする。これ使ってくれ」
俺は黒色のカードを、テーブルの向かいの有彦に差し出した。
「さっきハンバーガー買った時に使ってたカードじゃねえか。これはお前のだろ?流石にまずいだろ」
「いや、まぁ俺のではあるんだが、支払いは俺じゃないから大丈夫だ。好きに使ってくれて良い」
このカードは久我峰から仕事の為にと支給されたもので、限度無制限だ。俺の懐は痛くも痒くもない。
「……まぁ、そういう事なら遠慮なく使わせてもらうが、本当に良いのか?」
「良いんだ。さっきも言ったように、俺が受けてる仕事の性質上、こういう金の必要な事態が起こりうるからこそ、このカードがあるんだ」
「わかった。遠慮なく使わせてもらうぜ」
有彦は頭を下げてから、俺のカードを受け取った。
「やったあ! これでお腹いっぱい食べれますよね!」
ななこは手を万歳して、大喜びしている。
「金に余裕はあるが、それはそれとして限度ってもんがあるから毎日大食らいは駄目な」
「えぇ~!! そんなぁ~」
有彦の釘に、ななこはショックを受けてぐったりと床に倒れ伏した。
そんなやり取りを見ていると、この二人はタタリの影響には無いんじゃないかと思うが、油断をするべきでは無いだろう。
俺にとっての日常の象徴でもあった都古ちゃんは、タタリの影響でああなってしまっていたのだ。
今の俺は全ての事象に疑いを持って臨まなければならない。
後日、またどうするか決まったら連絡すると有彦に伝えて、俺達はアパートを後にして、帰路についていた。
薄暮の静かで薄暗い道を、俺とさつきは歩いている。
「……なんだか懐かしいね。志貴くん」
その言葉で、先程弓塚に感じた違和感を悟った。名前呼びだ。
有彦の前で俺のことを遠野くんと読み続けていたのは、わざとだったのだろう。
俺もすっかり、あの頃に戻ったような気がしてしまっていた。
「ああ、色々とな……」
かける言葉を慎重に考える。
「最後に一緒に帰った時は、茜空だったね」
「そうだな……」
「あの夕日、綺麗だったような気がする」
陰りをまとう彼女の顔は、晴れやかでもあり寂しそうにも見えた。
そして、弓塚は空を見上げる。
釣られて空を見上げると、既に日が落ちかけた空は夜闇が広がり、星たちが
こんな状況で無ければ、と何度も思わずにはいられなかった。
彼女は大きく深呼吸をしてから言った。
「……明日は雨かな」
彼女に言われて、俺も匂いに集中した。湿り気を帯びた青さと土の匂い。
確かに、明日は雨かもしれない。
「梅雨時期だからな」
ごく当たり前の返事を、渡すことしかできなかった。