Melty Blood Another 作:Unknown37564
家へと帰宅した俺達が、シオンから受けた報告は、あまりにも衝撃的すぎた。
まず一つ目は、宗玄の爺さんが都古ちゃんから襲撃を受けた事。
二つ目は、病院で眠り続けていた琥珀さんと翡翠が居なくなったという事。
三つ目は──先ほど、秋葉が脱走した。
シオン曰く、秋葉の側で寝ていたレンが、吹っ飛んで退避したと思えば座敷を破壊した。
確認すると、幽霊のようにゆらゆらと揺れており、そのまま破壊した壁から出ようとしたらしい。
慌ててシオンは止めに掛かったが、檻髪を用いて抵抗してきたので交戦した。
しかし、凄まじい力で被害が甚大化するのを恐れたシオンは、取り逃してしまったという経緯だ。
「……申し訳ございません」
傷だらけでボロボロのシオンが、深々と頭を下げる。
辺りはひどい状態だった。
壁は崩壊し、窓ガラスは全て破壊され、道路を含めた地面も抉れている。
かなり凄まじい戦いを繰り広げたのであろう事が想像つく。
「いや、仕方ないさ。今のあいつがここまでやるとは、俺も思ってなかった」
ここまでの惨状を作り出す程の戦いは、俺が相手した時でも無かった。
琥珀さんと翡翠の失踪、秋葉の脱走、都古ちゃんの急襲。
これらの出来事が結びつける一つの原因は──。
「タタリの仕業、だよね」
抉れたアスファルトを見ながら、弓塚は言った。
同感だ。そうとしか思えない。
とにかく、今一番考えなくてはいけないのは、
都古ちゃんも相応に不味いが、今のところ無闇矢鱈に人を襲っているようには思えないので、優先度を下げても良いと思う。
しかし、秋葉はまずい。手当たり次第に人を害する可能性がある。
そしてその可能性があれば、タタリはそれをシナリオに含めるかもしれない。
いや、既にシナリオに含めて進行してるからこうなってるのだろう。
「志貴くん」
いつの間にか目の前に来ていた弓塚が、俺の肩を掴んで真剣な顔で見つめていた。
「あ、ああ」
「妹さんに、どんな気持ちを持ってるかはわからないけど。きっと大丈夫!大丈夫だよ!」
力強く、俺を励ましてくれる。
俺が余計な心配をすると、それが現実になる。
きっと不安を現実にするというタタリへの対策もあるのだろう。
「ああ、ありがとう、さつき」
とはいえ、気が急いていてこれからどうしたものか考えつかない。
いきなり地獄に叩き落とされた気分だ。
シオンも一連の出来事で意気消沈してるのか、ボロボロになった縁台に腰掛けてうなだれている。
その時、ポケットに入っていた携帯電話が音を立てる。
取り出して、着信名を見てすぐに電話に出た。
「久我峰か」
『はい。まずは、琥珀さんと翡翠さんの件は申し訳ありません』
「いや、その話は後で良い。連絡してきたって事は何か情報があるんだろ?」
一言ぐらいは言いたいこともあるが、今はそれどころでは無い。
滅茶苦茶になった家を眺めながら、俺は久我峰を急かしてしまう。
『ええ、勿論。都古さんの件もあって、捜索の人員を大幅に増やしまして。そしたら、場所がわかりました』
「どこだ?!」
『貴方の元実家、ですよ』
俺は目を見開いて、元家のあった方角に思わず向いてしまう。
──そうか、戻ったのか。
かつての遠野邸で、俺を待ってるのか?
「とにかくわかった。すぐにそちらへ向かう」
『それでしたら、今そちらへ私が手配したドライバーを向かわせてますので』
「助かる。ありがとう」
そうして電話を切る。
「遠野邸、ですか」
シオンが俺に尋ねる。きっと俺の向いた方向で分かったのだろう。
「ああ」
「私も行きます。恥を雪ぐ機会をください」
ふらふらとシオンは立ち上がる。
その様子に見かねたさつきが、思わず乗り出して支える。
「シオン。あなたボロボロじゃない。私が代わりにいくよ」
「いえ、私が……!そうしたいのです」
力強く、シオンがさつきに言う。
シオンの気持ちも痛いほどよくわかる。これまで宿敵であるタタリに後手に回されてるというのは、筆舌に尽くし難い屈辱だろう。
どっちについてきてもらうか、と考えていた時にまた携帯から着信が入る。
久我峰の連絡忘れか?と思い表示を見ると、意外な人物からの連絡で慌てて出た。
『おう!小僧の電話であっとるよな?!』
「はい。そうです。何かありましたか?」
電話口の宗玄の爺さんは、とても慌てた様子だった。
『都古ちゃんの場所が分かってな!今車で向かってるんだが』
なんという事だ。
俺はもう頭が痛くなってくる。
どうする、どちらにどう人員を割くべきかわからない!
「……どちらに向かってますか?」
『刀崎!刀崎の家じゃ!場所わかるか?!』
「ええ、わかります」
遠野邸と真逆だ。
とにかく、向かうということだけは確定させるしかない。
「……わかりました。直ぐに向かいます」
『足は大丈夫なのか?!』
「ええ、久我峰に頼るつもりですので」
『おう!じゃあ儂は行っとるぞ!』
電話を切る。
二人が俺の方を心配そうに向いている。
おおよそ何の電話か察しがついているのだろう。
「……宗玄の爺さんから、都古ちゃんを見つけたと連絡があった」
二人は目を丸くする。
「まだ捕まってはないのですか?」
「ああ、これからだ」
「ならば、私とさつきで遠野邸へ向かいましょう」
それは──まずいのでは無いだろうか。
琥珀さんと翡翠がどれくらいやれるのか俺は知らない。
しかし、タタリの影響を受けていたなら、きっと常人よりも強いはずだ。
「志貴くん、私たちなら大丈夫だよ!」
「ええ、志貴が来るまでの時間稼ぎに徹するならやりようはいくらでもあります」
二人を遠野邸に向かわせる選択肢以外、今持ち合わせていない。
恐らく宗玄の爺さんがどれだけ動けるか知らないシオン達では、お互い足を引っ張り合う可能性もある。
かといって、俺が一人で遠野邸に向かってもどうにかできるかと問われると、自信が無い。
せめて後一人、人員が……。
そうだ、一人、いる。
「レン!レンはどこだ?!」
叫んでみると、猫の鳴き声が縁台から聞こえてくる。
縁台を覗き込むと、黒い猫が蹲っていた。
引っ張り出してやると、砂だらけの黒猫、レンだった。
使い魔としてのレンは、普段は猫の姿を取っていた。
「レン。悪いけどこれからシオンたちと一緒に、遠野邸に行ってくれ」
にゃあ、とレンは返事をする。
「レンは戦えるのですか?」
「レンは夢魔だ、一瞬でも意識を失わせる事ができれば、動きを止め続ける事が出来るだろう」
と、期待している。実際にはどんなものかわからない。
しかし、今は"猫の手も借りたい"状態だ。
俺は急いで久我峰へ電話を掛ける。
『はい、どうされましたか?』
「さっきの車の件だけど、もう一台派遣してもらいたい」
『というと?』
「都古ちゃんが見つかった。刀崎の方だというから、真逆なんだよ」
『なんと……わかりました。それにしても、大丈夫ですか?』
「大丈夫ではない。でも、やるしかないだろ?」
『そうですな……車の手配はしておきます』
「ああ、助かる」
さて、これで鬼が出るか蛇が出るか。
いや──鬼はもう、とっくに出ていたか。
びゅう、と一陣の冷たい秋風が吹いた。
これから、冬が来る。
背筋が凍りつくほどの、寒い冬が。